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ファム・ファタールの断罪  作者: 丹㑚仁戻
第二章 はじめまして、婚約者様
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【Ep5 聖なる魔女と純白の魔術師】5-2 緑の街

 聖女として皇太子に会ってからというもの、私は以前より一層精力的にシエルとして活動していた。

 何かしていないと本当にサリに堕とされるかもしれない――そんな焦燥感が私を駆り立てるのだ。少しずつでも自らの足で復讐へと進んでいることを実感していないと、この憎しみが全部悪魔(サリ)に掬い取られて飲み干されてしまうかもしれない、と。

 そんなの駄目だ。私が五十年もかけてやってきたことを、いくらサリとはいえ他人に攫われてしまうだなんてあってはならない。生まれた肉体を失い、この魂だっていずれは他人(サリ)のものになってしまう私には、この憎しみだけしか残っていないのだから。


「――こんにちは、シエルさん。いつものですか?」


 シエルとして冒険者ギルドに行けば、受付の男性が声をかけてくれた。ここの受付は女性が多いけれど男性もいる。この人も何度か見かけたことがある人で、もう顔見知りと言えるくらい会っているからそのうち名前を聞いておいてもいいかもしれない。


 シエルとして活動するうちに、いつからかこうして受付の人達が声をかけてくれるようになっていた。〝いつもの〟だなんて聞かれると飲食店に来たみたいだけど、彼らの言う〝いつもの〟は食べ物じゃない。

 シエルが利益度外視で埋もれた依頼ばかりを狙っているのはすっかり有名になってしまったから、古すぎて他の依頼書が貼られている場所――通称〝白壁〟から外されてしまったものを見せてくれるようになったのだ。ちなみに白壁という名前はその見た目からだそうだ。依頼書が所狭しと貼られたそこが白いからそう呼ぶようになったらしい。でも古い紙は劣化して茶色く変色しているので個人的には茶壁と呼んだ方が正しいと思っているのは内緒だ。


 冒険者ギルドに依頼を出す時は依頼料を払うのだけど、それによって保証されるものの中に一定期間の白壁への掲示がある。期間は依頼の難易度によって様々で、期間内に依頼を取り下げれば残り期間に応じて依頼料の一部が返金される仕組みだ。そうしてなるべく受注されない依頼が残らないようにしている。

 それでも掲示期間の過ぎてしまったものは白壁から回収されるものの、一応依頼としては生きている。それらはマスティブックと呼ばれる本のような形で種類や地域別にまとめられていて、白壁の依頼にめぼしいものがなくなってしまった私は最近この本のお世話になっていた。


「やはり帝都から近いものの方がよろしいですか?」


 いつものように帝都付近のマスティブックを私に差し出しながら受付の男性が聞いてくる。マスティ(黴臭い)なんて誰が考えたのか。中の紙は古いけれどきちんと管理されているそれは精々少し埃を被っているくらいだ。


「そうですね、できるだけ多くの依頼を完了するには近い方が都合が良いんですけど……たまには違う方も行ってみましょうか。ついでに周辺の情報収集もできれば今後の参考にもなりそうですし」

「遠出されるのでしたら近くの街のギルドに立ち寄ってみるのもいいかもしれませんね。基本的に依頼はギルド全体で共有されていますが、流石にその依頼に関する噂レベルの情報はその地域のギルドにしかありませんから」


 受付が仕事であるはずの彼らが私にこうして教えてくれるのは、シエルが聖女の番犬だと知っているからだ。以前までは信憑性のない噂だったのだけど、先日聖女シェルビーが国に呼ばれたことでその存在が公に認められることになったらしい。

 お陰で埋もれた依頼が以前より格段に探しやすくなったものの、どうにもすっきりしない。聖女が怪我をすることで国の弱味にしてやろうとして失敗したこともそうだけど、結局イグルが何故シエルにあんなことを依頼したのか分からないままだからだ。


 皇太子と会う前に、一応シエルとしてイグルと話す機会があった。だけど盗賊の件はほぼ聖女シェルビーの働きにしか見えないから、軽い挨拶程度で大した話は何もできなかったのだ。

 とはいえ、イグルのその対応は至って当然のものだった。客観的に見たらシエルはシェルビーを盗賊の居場所まで案内しただけ。そんなこと、そこそこの冒険者なら時間をかければ誰だってできる。イグルからしたら聖女の同行者の顔を確認しておこう、というくらいの必要性しか感じなかったのだろう。


 だから普通に考えたらイグルのその対応は何の問題もないのだけど、あの盗賊のことは考えれば考えるほどおかしく感じた。彼らの言い分を信じるならば、国の施策のせいで彼らの村の水が汚染されてしまったのだ。それは村人の健康を奪い、更には村の土を殺して住めなくしてしまったのだという。

 イグルがそのことを知らなかったなら分かるけれど、あの盗賊の対応はギルドに依頼が出ていなかった。ということはどこかで握り潰されていたはずなのに、それをイグルが知らないということはあるのだろうか。口止めすらなかったことを思えば私の考えすぎかもしれないけれど――。


「そちらの依頼が気になるんですか?」


 受付の男性の声にはっと意識を現実に戻す。私の視線の先には適当に開いていたマスティブックがあって、彼には私がこのページの依頼書を凝視しているように見えたようだ。


「え? ああ、そうです。これにします」


 相手の訝しむような視線に頭を切り替えて、私は誤魔化すようにその依頼書を抜き取った。



 § § §



 依頼書に書いてあった場所はラムエイドという街だった。帝都から西に馬で半日ほどかかる場所にあって、このあたりでは珍しく観光地として栄えている。

 シエルとして依頼を受けた私は少し時間を置いてからこの街に向かっていた。というのも依頼を受けてすぐこの街に現れてしまっては私が特別な移動手段を使っているのではと怪しまれてしまうからだ。でも実際は魔女の魔法でひとっ飛び。ものの数秒でこの距離だって移動できる。


 ということを周りに勘付かれてはならないので、ラムエイドから少し離れた場所に飛んだ私はそこから徒歩で街へと歩いていた。

 観光地として有名だからか、街道はしっかりと煉瓦で舗装されている。時々私を追い抜いていく庶民向けの乗り合い馬車には観光客が乗っているのだろう。

 彼らは外の景色を見ているだろうか。見ていたら肩に黒猫を乗せた少年は物珍しく思われるかもしれない。


「サリさ、自分で歩いても良くない?」

「なんで俺が人間共の足元を歩かなきゃならないんだ?」

「……ああそう」


 どうやら黒猫の姿をしたサリが歩かないのは四足歩行に慣れないせいではなくて、単に彼の気持ちの問題らしい。となれば何を言っても無駄だから、私は早々に会話を切り上げた。

 代わりにと言わんばかりに周囲の景色に目を配れば、街に近付くにつれてどんどん緑が深くなっていっていることに気が付いた。しかも異常なくらいに。

 なるほど、観光地として栄えているのがよく分かる。このあたりは特に名産や有名なものはないのだけど、これから行く街は〝緑に飲まれた街〟として人を呼び集めているそうだ。その表現のとおり、街全体が植物に飲み込まれたような状態となっているらしい。


 そのまま歩を進めていくと、だんだんと街道を舗装する煉瓦の間からもたくさんの緑が主張をするようになっていった。いい塩梅に煉瓦を破壊せずに植物が育っているのかなと思ったけれど、このあたりの煉瓦は見たところどれも新しい。恐らく何度も駄目にされているのを頻繁に補修しているのだろう。


「――うわ……すご……」


 街を覆う外壁が見えた時、私の口からは勝手に声が漏れ出していた。緑に飲まれた街ということである程度想像していたものの、目の前の光景はそれを遥かに上回っていたのだ。

 まず外壁がもう完全に緑だった。丈夫な煉瓦でできているはずなのに、それらしき色が全く見当たらない。壁一面が蔦に覆われている建物は時折目にすることはあるけれど、ここは更にその壁が周囲の森と一体化しているように見えた。〝外壁が蔦に覆われている〟のではなく、〝深い森の中、壁のような形で複雑に蔦が絡まり合っている〟と、そこに外壁があると知らない人間は思うかもしれない。


「これは依頼出すのも分かるな……」


 私がぽつりと零せば、肩に乗ったサリが大きな欠伸をした。今はもう周りに人がちらほらといるから話せないとは分かるけれど、流石に欠伸で返事はどうかと思う。

 と不満を持っても仕方がないので、私は街へと近付きながら依頼内容を思い返した。


「確かにこのままじゃ、いつ住めなくなってもおかしくないね」


 サリにだけ聞こえる声で言いながら門をくぐる。するとその先に見えたのは街――ではなく森。辺り一面を覆う植物の中、あちこちに大きな緑の塊がある。恐らくあの塊は建物だろう。建物が外壁と同じように植物に飲まれ、もはや巨大な緑の化け物のようになってしまっているのだ。


 依頼書によれば、これは住民が意図したものではないらしい。ある時から突然緑が増え始め、いつの間にかこうして飲み込まれてしまっていたそうだ。

 今でこそそれを逆手にとって観光事業化したものの、植物の侵食は止まらない。どうにか騙し騙し建造物を使える状態に保っているけれど、このままではそれもあと数年以内に追いつかなくなるだろうと考えられている。

 だから街はギルドに依頼を出した。この植物が増える原因を突き止め、少しでもその侵食をコントロールできるようになることが目的らしい。ついでに街の住民は花粉や虫の被害にもやられているから、そのあたりの対策もしたいのだそうだ。


「……って言っても、これだけ土の精霊がいたらこうなるのも仕方がない気がするけど」


 街は緑と同時に土の精霊でも溢れかえっていた。植物がこれだけ成長するのは彼らの影響もあるのだろう。

 土の精霊は言うなれば森そのもの。森のあるところに彼らは多く存在するし、痩せた土地でも彼らの力を借りることで時間はかかるが肥沃な大地とすることだってできる。


「これは彼らが増えた原因を探ればいいのかな。でもどこから手を付ければ……クシュンッ!!」


 突然のくしゃみで大きく肩を揺らせば、サリが迷惑そうに低い唸り声を上げた。今のは確かに私が悪いかもしれないけれど、流石に生理現象は大目に見て欲しい。


「ごめんごめん、マフラー越しでもここ鼻がむずむずしちゃって……」


 サリに謝りながら口元のマフラーをしっかりと巻き直す。正直目も痒くなってきた気がするけれど、それはどうしようもないので気の所為だと思い込むことにした。


「とりあえず建物の中に避難を――」

「見つけました!」

「――……え?」


 ガシ、と腕が後ろから何者かに掴まれる。サリが反応しなかったのはきっと敵意がないからだ――頭の片隅でそう考えながら後ろを見れば、大きなメガネをかけた少女が私を見つめていた。

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