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ファム・ファタールの断罪  作者: 丹㑚仁戻
第一章 そして魔女は聖女になった
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【Ep4 聖なる魔女と神の加護】4-9 魔女の思惑

『俺、割と短気よ?』


 あまり聞かないその声色を最後に耳にしたのは、エイダがまだ少年だった頃。レッドブロックで暴れ回っていた彼に戦いを挑んできた者がいて、それを楽しそうに受けた時のエイダは相手とこんな声で話していた。

 声から滲むのは相手を挑発するような嘲りと、ほんの少しの殺意。本気のものにはまだまだ及ばないけれど、少しでも戦いに身を置いたことがある者ならば敵意として十分に感じ取れるだろう。


「盗賊の調査に来て、アンタらを見つけたのに何も分かりませんでしたって帰れると思うか? だったら虱潰しに探したけど見つかりませんでしたって俺は報告したいのよ」


 話しながらエイダの指が宙をなぞる。魔力の跡が絵になっていく――魔法陣だ。でもこれは魔女の魔法じゃない。姿を消したままのディリーの気配がしないし、何より描かれているのは火炎魔法を使うための広く知られた図形の数々。

 一般的な魔法陣に使われるこの図形のような文字は人語ではない。先人が精霊達から教えてもらった彼らの言葉だ。だから人間は魔法を体系化できた。そしてそれを後世に伝えてこられたのだ。

 ガエリアでは大抵の人間が魔法を使える。魔法を学ぶ時はこれらの文字も教えられるから、この国の民であればエイダが今から魔法を使おうとしていることは考えなくても分かるだろう。この中に火炎魔法の使い手がいれば彼が何をしようとしているかまで分かるかもしれない。


「洞窟ってのは可燃ガスが溜まってることもあるよな。そんなところに調査のために松明持って入ろうとして、運悪く大爆発ってこともあるかもしれない。でも()()()()俺は火炎魔法を使えるから、たとえいきなり爆発が起きても自分と同行者くらいは守れるわけよ」


 にやりとエイダが意地悪く笑う。男達のうち何人かは彼の意図に気付いたようで、顔をどんどん強張らせていく。


「だけどいくら火炎魔法を使えるったって、爆発自体は普通準備もなしに制御できない。だから調査しようと思ってた洞窟は爆発で吹っ飛ばされて、そこにあったものは全部瓦礫の下敷き。ガスが溜まってたところに人はいないだろうと判断されるから、わざわざ掘り返すこともない。悲しいなァ……調査はそこで終了だ」


 魔法陣を描く指が止まる。エイダが周りに火の精霊を呼び集める。そこまでしたところで見える者がいなければ意味ないけれど、先程から顔を青ざめさせていた男の一人が慌てたように声を上げた。


「わ、分かったからやめろ! 話すから!」

「本当に?」

「本当だ! 短剣の使い道だろう!? 自分達で使うんだ!」


 叫んだ男を咎めるように、「お前、何を勝手に……!」と怒鳴りつけるような声が聞こえてきた。そのまま彼らは揉め始めたけれど、どうやらエイダを止めた男が周りを説得しているようだ。

 確かに爆発を起こせる魔法陣を描いた上に、火の精霊まで呼び集められれば本気だと思わざるを得ないだろう。特に普通は精霊を呼ぶところまでしてしまえば、もうその魔法を中断することは難しい。それができるのは一部の優秀な魔法師か私達魔女くらいだ。


 だから男達が緊迫感を滲ませ話し合いをするのはよく分かる。でもその一方で彼らに緊張をもたらしたエイダ本人は、涼しい顔をして男達の様子を見ていた。

 なんとなく分かっていたことだけど、エイダに魔法を使う気なんてこれっぽっちもないのだろう。爆発なんて起こせば私達は無事でも彼らは全滅だ。それに短剣だって瓦礫に埋まってしまう。

 つまり魔法を使おうとしたのはただの脅し。お陰でまんまと聞きたいことを聞き出せそうなものだから、エイダはほんの少し口元に笑みを浮かべている。なるほど、こういうところから悪魔に似てきてしまうのか。私も気を付けよう。


 なんて考えている間に話がまとまったらしく、先程の男がこちらに向かって話し始めた。


「見て分かるだろう、俺達の中には病人が多い。薬で時間を稼いじゃいるが、体力のない奴からどんどん死んでいく……でも金は全部薬に使ってるから普通の手順じゃ教会墓地に入れられないし、素人が村に埋葬すればただでさえ死んだ土が余計に汚染されるかもしれない……」

「まさか自分達で勝手に教会に埋葬してるのか?」

「そうだ。あれだけ数があるから多少増えたところでバレやしない! だけど装飾品がないのは忍びなくて……特に短剣は御国に渡る時に必要だろ? だからどうにか用意しようとして……」


 埋葬時に短剣を納棺するのは、それを持っていることで今後は神に仕えるという意思表示ができるからだ。だからガエリアの民は遺体に短剣をもたせる。それがなければ御国に渡れず、魂がこの世を彷徨い悪霊となってしまうとされているのだ。

 敬虔な信徒ほどそれは恐ろしく感じるだろう。たとえ神を信じていなくたって、古くからの風習でもある。遺体を埋葬したいと考えるならば、自然と短剣も持たせなければと思ってもおかしくはない。


「その気持ちは理解できます。ですが奪われた方はどうなるのです? 眠りを妨げられた上に短剣まで失って……その方は御国から追い出されてしまうかもしれないとは考えなかったのですか?」

「考えたさ! でも一度渡ってきた人間を追い払うほど俺達の神は心の狭い方なのか? 違うだろう! 神はきっと俺達の行いを許してくださる。貧しいならば仕方がないと認めてくださるはずだ!」

「そんな……」


 近くでサリの笑う声が聞こえた気がした。でも今は怒る気にはなれない。だってこんなのガエリアの民そのものじゃないか。神の教えを自分達に都合良く解釈して、国を支配しているガエリアの皇族とやっていることは同じ。

 これが彼らの中だけで完結していれば、私はまだサリを諌められただろう。だけど駄目だ。だって彼らのこの行いの影響は、もう彼ら以外にまで及んでしまっているのだから。


 いくら短剣を持たせたところで遺体は浄化されない。そんな遺体を長年埋葬し続けたから、あの教会墓地では暗闇の精霊が増えていったのだろう。

 そしてあそこで暗闇の精霊が増え続けたから、とうとうあの辺りに住んでいたブランバックボアが移動してしまった。移動した先の地域では元々いたイノシシ達が人里へと追いやられ、そこで暮らしていた村の人々は農作物の被害に悩まされることとなった。


 全部繋がっているのだ。彼らの自分勝手な行いが、別の誰かを不幸にしている。


「あなた方の行いは確かにあなた方を救ったかもしれません。ですが他の人々を不幸にしています。少なくともあの教会の神官達は墓荒らしに悩まされ続けてきたんですよ? それなのに堂々と罪はないと言えますか?」


 男達の元に向かって歩きながら語りかける。本当はもっと直接的なことを言いたいけれど、聖女として来ている以上これが限界だ。暗闇の精霊が増えたことによる被害なんて引き合いに出すことはできない。


「神官のことなんか知るか! 国のせいで俺達の村は死んだんだ! 国の施策のせいで水が毒になったから……俺達は知らずにそれを飲み続けてしまったから……!! 国にたくさん殺されたのに、その国と仲良くやってるお前ら教会の人間なんていくらでも困ればいい!」


 そういえばさっき村の土が死んだと言っていた。ということは村が毒水で汚染されて住めなくなったから、彼らはここにいるのだろうか――確かめたいけれど、聞いている暇はなかった。

 男のその叫びをきっかけに、それまでエイダを恐れて大人しくしていた男達が武器を構えたのだ。そしてそれをエイダが制する間もなく、彼らはこちらに向かって走り出していた。


「シェルビー!!」


 エイダが後ろから私を呼ぶ。でも私は彼の元へ行こうと思わなかった。

 だって、好都合だと気付いてしまったから。


「サリ、エイダを止めて」

「仕方ないな」

「ッ離せサリクス!」

「悪いが契約主に言われてるんでな。まあ黙って見ていろ」


 サリの言葉に、意図を汲んでもらえたのだと分かって私はその場で両手を広げた。

 何かをする――つもりはない。私はここに聖女として来た。聖女に何かあればシエルの責任になるけれど、同時にこんな場所に行けと言った宰相イグル、もとい帝国の責任でもある。つまり私がここで派手に怪我でもすれば、それをネタに帝国を強請ることができるのだ。

 イグルの思惑なんてこの際どうでもいい。シエルの有能さを示せば彼に近付けただろうけれど、それよりも直接帝国の弱味を握ってしまった方が手っ取り早い。その代わりにシエルの立場が危うくなったとしても、私にとっては大した問題でもないのだ。

 シエルは所詮私の変装だから、正直な話帝国に嫌われたところで痛くも痒くもない。シエルが駄目になったらまた別の聖女の番犬を()()()()()だけ。面倒な部分もあるけれど、それで帝国に弱味を作れるなら万々歳だ。


 とはいえこれから大怪我をするかもしれないと思うと、やっぱり少しだけ怖かった。どうしてもかつてあの森で獣に食われた記憶が蘇る。今私に向かってきている彼らはあそこまでしないだろうけれど、それでも痛い思いをするのは気が進まない。


 でも、これでいい。何かを得るためには相応のリスクも必要なのだから。


 怒りに満ちた男達が迫ってくる。後ろからエイダの焦ったような声が聞こえてくる。

 それらをどこか他人事のように感じながら、私は静かに目を閉じた。

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