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ファム・ファタールの断罪  作者: 丹㑚仁戻
第一章 そして魔女は聖女になった
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【Ep4 聖なる魔女と神の加護】4-8 死者の剣

 息を潜めて歩を進めた洞窟の中は、思っていたよりもずっと静かだった。外から探った限りでは二十人くらいはいるはずだと思ったのに、それにしては静かすぎる。

 どことなく嫌な臭いがするのは洞窟特有の湿り気のせいだけではないだろう。でもこの臭いを嗅いでいても、記憶の中の危険物とは結びつかないのか命の危険は感じない。苦そうだな、嫌だなという印象だけを生む臭いで、隣を歩くエイダも怪訝そうに眉を顰めていた。


「何の臭いだと思う?」

「なんだったかな……どっかで嗅いだ記憶はあるんだけど……」


 囁くような声でエイダに尋ねれば、彼はこの臭いを知っている様子だった。でも思い出せないのはそれだけ印象の薄い記憶なのだろう。なら思い出すためには他にも何か情報が必要かもしれない。できれば少し話して何の臭いか当たりを付けておきたかったけれど、いくら声を潜めているとはいえ話し続けるのは良くないだろうと私達はすぐに会話を打ち切った。


 それにしても見張りすらいないのは何故だろうか。エイダも臭いよりそちらの方が気になるのか、周りを見て首を捻っている。

 もしかしたらここは盗賊とは関係ないのかもしれない――そう思いながら歩いていくと、曲がり角の先に松明の明かりが漏れ出ている箇所を見つけた。


「少し様子を……――ッこら待て!!」


 エイダが話しかけてきたのとほぼ同時、私は曲がり角に身を隠さず堂々と明かりの方へと進んでいた。ちらりと見たら後ろでエイダが信じられないとでも言いたげな顔をしていたけれど気にしない。彼は隠れて様子を見たかったのだろうけど、ここまで動きがないのにまた隠れたって時間を浪費するだけだ。


 そうして慌てて私の後に続いてきたエイダと、興味なさそうにしてるサリと共に少し歩けば、十歩も歩かないうちに広い空間が私達を出迎えた。

 そこにいたのは大勢の人々で、彼らは私達を見て驚いた顔をした。だけどそれも一瞬のこと、こちらが状況を把握しきらないうちに何名かが立ち上がる。その手には武器を持ち、警戒に満ちた目で私達を睨みつけてきた。


「なんなんだお前ら!」


 武器を持った男が怒鳴る。周りで座ったままのなのは女子供に老人達――人攫いだろうか。だとするとこちらに敵意を向けている男達が盗賊だろう。もう少し山男のような出で立ちを想像していたものの、誰も彼も割と若く、エイダとそう変わらない年頃に見えた。


「教会より参りました、シェル――」

「待て」


 名乗ろうとした私をエイダが止める。一体どうしたのか尋ねたかったけれど、エイダの目は男達の方へと向いていたため断念した。


「冒険者だよ。このあたりで目撃情報のある盗賊の調査を依頼されて来た」

「依頼だと!? なんで今更……!」


 エイダの言葉にそこにいた人々がざわめく。こうして驚くということはその依頼が自分達を探したものだと分かっているからだろう。やはり彼らが盗賊で間違いないのだ。

 エイダが私を止めて話し出したのは、依頼を受けてきた冒険者であると脅しをかけた方が情報を引き出せると思ったからかもしれない。ならここはエイダに任せるべきだと思った私は、静かに彼らの会話を見守ることにした。


「とりあえず、お前らが街道の通行者を襲ってる集団で間違いないんだよな?」

「ッ……だったら何だ、捕まえる気か!?」

「それでもいいんだけど、一応ちょっと確認させて。――お前ら、人攫いはしてないだろ?」

「え? でも……」


 意外な発言に思わず声を上げてしまう。エイダは何を言っているのだろうか。男達の後ろにいるのは明らかに弱い者達、こんなところにいるのはおかしい。……はずなのだけど、よくよく見たら彼らの様子もおかしい。


「人攫いだと? するわけないだろ!」

「なんで俺達がそんなことしなきゃいけないんだ!」


 口々に放たれるのは人攫いではないと主張する声。そしてそんな彼らを心配そうに見ているのは、私がさっきまで人攫いの被害者だと思っていた人達。


「……エイダ、どういうこと?」

「シェルビーは攫われた人間を見たことないだろ。本当に誘拐されてたらな、こんな平和な空気じゃないんだよ。しかもアイツらだって後ろの人間を庇うように立ってるし……それに、この臭いも思い出した」

「臭い?」

「煎薬だよ。すっげー効くけどすっっっげー臭くて苦いやつ。後ろの連中の中に具合悪そうな奴もいるだろ」


 エイダに言われて視線を向ければ、立ち上がらずに見守っている者達の中には明らかに弱っていそうな姿がちらほらとあった。彼らに寄り添うようにしているのはそれぞれの看病をしている者だろう。よく見たら幼い少年まで病人を守ろうとしている。

 ということは、ここにいるのは全員仲間なのだろうか。それにしては面子に違和感がある。盗賊をするからには動ける者達――青年から壮年あたりまでの人間で構成されていそうなものなのに、女性はともかく子供や老人までいるのはどういうわけなのか。


「家族……にしては、ちょっと多いかな?」


 私が小さく呟けば、男達のうちの一人が「似たようなもんだ」と声を上げた。


「俺達は同じ村の生まれなんだよ。だから助け合う、当たり前のことだろ? それを人攫いだの何だの因縁つけてきやがって! なんで俺達が冒険者なんかに捕まえられなきゃならないんだ!」


 周りの反応が男の発言の正しさを物語っていた。それにエイダの言葉で思い出したけれど、私も彼らが使っている煎薬を知っている。庶民でも使うものだけど、決して安価ではない薬だ。

 それを洞窟とはいえこれだけ匂いが充満するほど使えるのは、稼ぎのほとんどを薬代に注ぎ込んでいるということ。略奪行為で稼いだであろうお金だから褒められたものではないけれど、これだけ病人がいるならそうでもしないと十分な薬は手に入らないのだろう。


 これは彼らを悪人と断ずるのは早計かもしれない――私がどうしようか考えていると、それまで黙っていたサリが小さく笑い声を上げた。


「どうしたの?」

「何、大したことじゃない。人間というのは本当に愚かだと思っただけだ」

「略奪を正当化してること? それは確かに罪だけど、事情は考慮されるべきだと思うよ」

「奪うことが罪と考えるのは人間だけだ。事情を慮るというのもな。俺が言いたいのは人間共の善悪観念の揺らぎやすさだよ。自分の都合の良いように解釈したがるところは実に愚かで浅ましく、傲慢で……――好ましい」


 マフラーから見えるサリの目元が三日月を描く。ぞっと背筋に寒気が走る。

 これはサリが本当に愉しんでいる時の雰囲気だ。勿論その感情は人間とは違う、もっと邪悪なもの。

 慣れている私やエイダはまだ平気だけど、他の人々は違うらしい。どこから来るのか分からない暗く禍々しいそれに顔を青ざめさせている。


()()()


 私が声をかければ、シエルことサリは「おっと、失礼」と言いながら表情を変えた。

 同時に空気が軽くなる。盗賊達はまだ混乱している様子だったけれど、その顔から感じ取れる怯えは格段に少なくなった。


 全く、サリには困ったものだ。普段の姿だったらまだしも、今は聖女の番犬の振りをしているのだからシエルの印象が悪くなることは避けてもらいたい。


「そう睨むな、シェルビー。まあ、人間の愚かしさは置いておいて……ここは薬の匂いに混じって神聖魔法の匂いもするぞ」

「え……?」


 思いがけない言葉にサリへの不満を飲み込みつつ辺りを見渡せば、隅の物置のようになっている場所に見慣れた物があるのに気が付いた。

 「それだよ」、私の視線の向き先に気付いたサリが言う。私は神聖魔法を使えるけれど、使った直後でない限り魔法の補助なしでその痕跡を感じ取ることはできない。だからサリにそれだと言われても確かめる術はないものの、今はそんな必要なんてなかった。


「あれは遺体と共に納棺する短剣ですね?」


 聖女然とした姿勢で男達に問いかける。彼らは改めてこちらを見たことで私の正体に気が付いたのか、そこかしこから「聖職者か……!」という声が聞こえてきた。


「そういえばさっき教会から来たって……!」

「ええ、そうです。先程は名乗り損ねてしまいましたが、私は教会から派遣されて来ました。シェルビー・ハートと申します。どうぞお見知りおきを」


 今度はエイダに邪魔されなかったのは、彼も私の名乗りが必要だと分かっているからだろう。名乗りと言っても今は教会関係者であることが伝われば十分だったから、わざわざ聖女だとは名乗らなかった。

 何故ならあの短剣は教会が管理しているものだからだ。葬儀の際に棺と共に提供している物で、一般人の目に触れるのは死者を見送る時だけ。通常であれば生者は手に触れることすらない。あれは埋葬される死者の手に持たせるものだから。


 なら何故そんなものがここにあるのか――その答えは分かりきっていた。


「三十年近く前から近くの教会墓地で墓荒らしが横行していると聞いています。あの短剣はどこで手に入れたものですか?」

「あれはちゃんと鍛冶屋から……!」

「あの短剣を鍛冶屋が卸す先は教会のみです。あなた方が教会関係者であるならば所属を教えて下さい」

「ッ――!」


 私が問いかければ男達は答えに窮した。分かりきっていた結果に自分の眉間に力が入るのが分かる。恐らく売り払うために集めているのだろうけれど、死者の眠りを妨げてまでする理由にはならないはずだ。


「つーかあれって、墓から掘り出したところで普通の店で売れるわけ?」


 エイダが不思議そうな顔で私に尋ねる。今はもう周りの注目を集めてしまっている私は、「いいえ」と丁寧な言葉でそれに答えた。


「少なくともガエリア帝国内では教会が持ち込まない限り盗品扱いとなりますから、真っ当なお店では買い取ってはくれないでしょう。溶かして金属素材にするならば別ですが、遺体と共に納棺するという都合上、あまり高価な素材は使っていません。掘り返して加工する労力には見合わないと思います」


 貴族向けのものであれば話は変わるのだけど、見たところここにあるのは庶民向けの物のようだから言う必要はないだろう。

 それに庶民向けのものであっても、他に高価な品があれば加工代くらいにはなるかもしれない。ここにはあの短剣しかないけれど、墓荒らしというのは大抵死者の持つ貴重品を根こそぎ持っていくものだ。ハリウも特別なことは言っていなかったから、あの墓地の被害も同じようなものなのだろう。

 とはいえそうまでして加工代を捻出するくらいなら、最初から持っていかなければいいのに――そこまで考えて、違和感が私の胸を過ぎった。


「ってことは、売るためじゃないのか?」


 エイダが話しかけた先は私ではなく男達の方だった。けれど隣から聞こえてきたその声に、そうだ、と私の中の違和感が形を持ったのが分かった。

 長年墓荒らしを続けているのだから、あの短剣は盗んだところで何の価値もないことは分かっているはずだ。それなのに盗み続ける上に、ああして保管しているのはあの短剣こそが墓荒らしの狙いなのではないか。


 答えを求めるように男達の方を見れば、エイダに問いかけられた彼らは答える義理はないとばかりに口を噤んでいた。

 なるほど、話す気はないらしい。これはどうやって答えさせようかなと思っていると、「俺、割と短気よ?」と嘲るようなエイダの声が聞こえてきた。

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