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ファム・ファタールの断罪  作者: 丹㑚仁戻
第一章 そして魔女は聖女になった
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【Ep4 聖なる魔女と神の加護】4-3 飲まれた教会

「なんで俺まで……」


 翌日改めて聖女シェルビーとしてルイーズの城門から出かけた私は、昨日の場所で待っていたエイダと合流した。

 こうして立っているエイダを見ると彼が成長したのがよく分かる。先日五年ぶりに会ってからというもの、いつもエイダは座っていたからここまでとは思わなかった。それに五年ぶりの会話とは思えないくらい、以前のように話せていたのも影響しているだろう。私にとっては大したことないけれど、まだ二十年しか生きていない彼にとっては相当な時間だったはずなのに。

 なんて、少し感傷的になってしまったので小さく首を振って無理矢理頭を切り替えた。人間と信頼関係を築くのはもうこりごりだ。エイダは魔女だからまだいいけれど、それでも必要以上に踏み込むべきじゃない。


 私は少し悪い笑顔を作りながら、随分高くなってしまったエイダの顔を見上げた。自分まで連れてこられたことが不満らしい彼は思い切り顔を顰めている。


「いいじゃん、どうせ同じこと調べるんだし」

「それは分かる。でも俺が気に入らないのはお前だ、サリクス。なんでお前そんな格好……!」

「なんだ、羨ましいのか?」

「んなわけあるか! お前悪魔だろ!? なのになんでお前がシェルビーの格好してるんだよ!!」


 エイダの言うとおり、今日のサリはいつもの姿ではなく私の姿になっていた。正しくはシエル。シエルは元々顔を結構隠しているから他の人にとっては特に問題はないけれど、シエルの正体を知るエイダからすれば同一人物が二人並んでいるようにしか見えないのだろう。

 ついでに魔力の質も仕事中のシエルのものを真似てもらっているから、外見よりそちらで相手を判断するエイダには余計に混乱をもたらしそうだ。


「私が頼んだんだよ。だって今回のは聖女シェルビーの仕事だもん。しかもシエルに同行しろって言われてるんだから、二人一緒にいないとおかしいでしょ?」

「そりゃそうかもしれないけど!」


 声を張り上げるエイダに、シエル(サリ)が「ああ、そうか」と挑発的な笑みを向けた。


「どこまで似せているか気になるんだろう? 全部だよ、小僧。頭のてっぺんからつま先まで――勿論()()もな」

「ッ黙ってくれねェかなァクソ変態が! つーか揉むな!!」


 エイダは顔を真っ赤に染めて、自分の胸元に手をやるサリを怒鳴りつけた。またサリがエイダをからかっているんだと分かるんだけど、今回は私にもちょっと飛び火しているからやめて欲しい。目の前で自分に自分の胸が揉まれるってリアクションにとても困る。

 というかサリの変身は完璧だから、いくら私自身にその感覚がなくとも間接的に私が揉まれていると言っても過言ではない気がするんだ。だってサリの手は確実にこの胸と同じ感触を味わっているわけだし。……まあ、彼は人間の入れ物に興味はないんだろうけれど。

 それでも素直に受け入れるのもなんだかなと思って私が顔を引き攣らせていると、エイダの肩付近から「黙れ!」と声が飛び出した。


「閣下に向かって変態とはなんだ小僧!!」

()ってェ!? おま、どっちの味方なんだよディリー!」

「勿論閣下に決まっているだろう青二才が!」


 声と共に姿を現したのは赤い鳥。カラスに飾り羽を付けたような外見で、エイダの頭をつつきながら彼の肩に落ち着いた。

 彼がエイダの契約している悪魔、ディリーだ。ちなみにディリーが閣下と呼ぶのはサリのこと。ディリーはエイダと契約しているけれど、昔から契約主よりサリを尊重する彼の忠実な配下だ。

 いつもエイダはディリーの嘴で頭をつつかれているけれど、そういえば彼が人の姿になっているのを見たことがないなと思い出した。ここまで人間と意思疎通ができるほどの悪魔ならなれるはずなのにどうしてだろうか。


「ディリー、久しぶり。あなたは人型にならないの?」


 私の問いかけに何故かエイダがうっと顔を歪ませる。何か言いたげな彼を無視して私の方を向いたディリーは、「これはこれはシェルビー嬢」と恭しく言いながら器用に片翼を胸の前に当てた。


「ふふ、いつも丁寧にありがとう」

「当たり前です、シェルビー嬢は閣下の契約主ですから。それで……お嬢はこいつのこじらせた性癖を見たいんで?」

「やだ、エイダってば踏まれる以外にも困った趣味が……?」


 悪魔が人を真似る時は相手を最も誘惑できる姿になる。サリやディリーのように人間と契約している場合は、契約主にとってのその姿が一番楽に変身できるそうだ。悪魔との契約ではお互いの魂を繋ぐから、人間側の深層心理の影響を受けるのだろう。

 だからサリの普段の容姿は私にとっての理想の男性のもの。となるとディリーの人型もエイダにとっての理想となるわけだけど、こじらせた性癖と表現される上にディリーが中々その姿にならないということは……きっとそういうことだろう。


「困ったなんてもんじゃありませんよ! 人間の法律には疎いですが、昔からこういうカタチを望むオスは大抵周りから白い目で見られていますね」

「誤解を招くようなこと言うんじゃねェよ、アホ鳥!」

「貴様が人前であの姿になるなと言うから鳥になってやっているんだ、変質者!」

「変ッ……!? おま、どこでそんな言葉覚えて……!!」


 ああ、どうしよう。エイダは折角イケメンに成長したのに、中身はクソガキのままどころかお変態様に育ってしまったのかもしれない。

 教会に入った後も私がこまめに見守っていればもう少し軽症で済んだのだろうかと思うと、なんだか罪悪感で胸がいっぱいになった。


「人の趣味にとやかく言う気はないけれど……エイダ、あまり特殊な方に向かうと後が大変よ?」

「大丈夫だ、シェルビー。そうなっても俺達悪魔がいればこいつの欲求は満たしてやれるさ。そうだ小僧、後で脱いでやろうか?」

「なんでサリが脱ぐの?」

「頼むからもう本当黙っててくれよ年寄り共……!」


 頭を抱えたエイダが苛々したように魔力を垂れ流すものだから、彼の魔法の性質を知る私は大人しく黙ることにした。ただ、年寄りで私を括ったことは今度仕返ししようと思う。



 § § §



 森の中の開けた土地に、ぽつんと佇む小さな教会。周囲を囲むようにしてある生け垣のせいでよく見えないものの、その向こうに墓地があるのだろうということは容易に分かった。

 それはガエリアにおける一般的な教会墓地の形式ということもある。だけどそんなことよりも、生け垣の奥にいる暗闇の精霊の多さが私にエイダの話を思い出させたからだ。


「何あれ……」


 思わず眉間に力が入る。エイダの案内で来た教会は、私の知っているものとあまりに違っていたから。


 教会にいる聖職者達は全員神聖魔法の使い手だ。つまり教会というのは神聖魔法を独占している状態。だからそこに多く存在するのは光の精霊のはずなのに、対極の存在である暗闇の精霊があんなにいるのはおかしい。

 彼らに追いやられてしまったのか、光の精霊の数も圧倒的に少ない。よく見れば教会自体も薄汚れていて、手入れが全く行き届いていないのは考えるまでもなかった。


「だから『手が回ってないらしい』って言っただろ。ルイーズの教会区域は光の精霊で溢れてるけど、ここは違う。流石に普通の神官でも暗闇の精霊がわんさかいるかもしれないって気付いてるかもな」


 私やエイダは魔女だから全ての精霊が見えるけれど、一般人は自分の適正属性と一致する精霊しか見えない。それも同じ属性なら全て見えるわけではなくて、適正属性の精霊のうち、自分に興味を持ってくれている精霊しか見えないのだ。

 だから神聖魔法の適正を持つ聖職者も一部の光の精霊しか見ることができない。そのせいで暗闇の精霊が増加しても変化を見て取ることができない。なんだったら光の精霊が減っていることにすら中々気付かないかもしれない。


 けれどここまでくれば、エイダの言うとおり何かしらの異変があるのだと分かるはずだ。暗闇の精霊自体に害はないと言っても、彼らの存在の影響を受けてこの土地の影が強まっている。

 更に汚染も暗闇の精霊の範疇だから、もしかしたら土地に毒が広まっているかもしれない。多少の汚染は環境のバランスを保つために必要だけど、過度になれば生物に悪影響を及ぼしてしまう。


「聖女として来てよかった。必要そうならついでに浄化できるし」

「……神聖魔法じゃなきゃ駄目なわけ? どうせシェルビーなら光魔法使えるだろ。それでも浄化はできるんじゃねェの?」

「ガエリアの聖女が神聖魔法以外を使って許されるとでも?」

「うまく誤魔化せよ。得意だろ」

「嫌よ。聖女の力を見せつけることに意味があるのに」


 私が言うと、事情を知るエイダは「そうだったな……」と諦めたように溜息を吐いた。


「とりあえずやるなら先に言ってくれよ。お前と魂を繋いでるサリクスはともかく、俺とディリーは思いっきり影響受けるからな」

「はあい」


 光の精霊の力を借りる魔法は光魔法と神聖魔法の二つがあって、この違いは魔法に神の言葉を乗せるかどうかだ。だから悪魔や魔女は光魔法が平気でも、神聖魔法を食らうと流石にまずい。

 光魔法でも悪魔の絡まない浄化はできるのだけれど、聖女として来ている以上神聖魔法を使うべきだし、何より光魔法を使ったら目をつけられてしまう。ガエリアでは純粋な光魔法は教えられず、全て神聖魔法として覚えなければならないのだ。適正のある者は遅かれ早かれ全員必ず教会に入れられるから、この国に光魔法を使える者は()()()()()()()()()


「ま、何にせよここの人に話を聞いてみないとね」


 聖女の力を見せつけるにしろ、オーディエンスがいなければ始まらない。ということでサリと教会に向かって歩き出したものの、聞こえてくる足音が少なくて私は後ろを振り返った。


「あれ? エイダ達来ないの?」

「普通は俺らみたいなのは入れないんだよ。聖女様は忘れてるようだけどな」

「ディリーはともかくエイダはちょっと体調崩すだけでしょ? 根性でどうにかなるよ」

「聖女が根性論語るなよ……」

「だって実際どうにかなってるし。常時体調悪いとだんだん気にならなくなってくるよ」

「……俺はここで聖女様の安全確保に励みますよ」


 「どうせ教会での作法も忘れちまったしな」と言うエイダに見送られながら、私とサリは教会の中へと進んだ。

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