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ファム・ファタールの断罪  作者: 丹㑚仁戻
第一章 そして魔女は聖女になった
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【Ep4 聖なる魔女と神の加護】4-2 黒い依頼

「――宰相からの依頼ですか?」


 下水掃除から二日。教会で大人しく聖女をやっていた私を呼び出した神官長が不思議なことを言い出した。

 曰く、宰相イグル・ロックビーが私に何かを依頼したいらしい。それを引き受けること自体はイグルが教会上層部と既に調整済みで、後は私に決定事項として詳細を伝えるだけだったとか。……イグルはともかく、教会も聖女()の意思を尊重してくれないのか。

 なんて文句を神官長の前で抱いても仕方がない。彼は彼の仕事をしているだけなのだから、むしろただの伝言を伝えただけで目の前の聖女の機嫌を損ねたらたまったものじゃないだろう。そもそも()()には怒るという感情もなさそうだから、私はにこにこ笑顔で神官長に話の続きを促した。


「ええ、聖女の番犬の力を借りられないかと。まさかシェルビー様が冒険者と親しいとは思っておりませんでしたが……」

「教会に入る前からの幼馴染なんです。ですが冒険者なら他にもたくさんいるのでは? シエルは最近冒険者登録したばかりですのに……」

「そのあたりの事情は私には分かりません。冒険者と深い繋がりのある聖女様というのは聞いたことがありませんから、もしかしたら物珍しさにその働きを見てみたいのかもしれませんね」


 それは私もそう思う。宰相であるイグルが動かなければならないほど聖女の番犬の存在が有名になっているのは喜ばしいことだけれど、シエルに会おうとせずただ依頼するだけということはまだそれだけ重要度が低いのだろう。

 だからここで実績を作ることで、恐らく次はシエルを呼び出してくるはずだ。そしてその時にはもう聖女シェルビーの付加価値が認められたも同じ。ならば私の答えは一つに決まっている。


「理由はともかく、事情は分かりましたのでシエルに伝えておきますね。依頼というのはどんな内容でしょうか?」


 私が快諾の姿勢を見せたことで神官長は一瞬ほっとしたような笑顔を浮かべたものの、次の瞬間には何故かその表情を曇らせた。


「それが盗賊の正体を探って欲しいというものでして……あと、聖女様にも一緒に行って欲しいと。護衛も仕事の邪魔になるだろうから判断はその冒険者に任せるとのことで……」

「私にも……?」


 思ってもみなかった言葉に、引き攣りそうになった笑顔をすんでのところでどうにか自然に保った。

 聖女はガエリアにとって大事な存在、冒険者と動向しろだなんて普通は有り得ない。もし仮に有り得るとしても、たくさんの護衛を付けるべき案件。冒険者の仕事の邪魔になるだろうという配慮は分かるけれど、〝判断は任せる〟だなんて言い方がまた気持ち悪い。


 これは疑われているのだろうか。それともただシエルの、聖女の番犬の力量を試されているだけだろうか。

 まさかわざと聖女に怪我でもさせて、聖女の番犬をその咎で排除しようなんて考えているなんてことは――ふと浮かんだ考えに、今はまだそんなことは分からないと小さく首を振った。聖女はともかく、聖女の番犬を帝国がどう思っているかすら分からないのだ。歓迎するのか、邪魔だから追い出すのか、その答えを知ることができるのは次にイグルと会った時だろう。


 私は頭の中の考えから気を逸らすように、去っていく神官長の背中を見送り続けた。



 § § §



 イグルからの依頼を引き受けたはいいものの、件の盗賊団のことはよく知らない。教会という閉ざされた空間にいると帝都の話題でさえも碌な情報は入ってこないのだ。最近は冒険者としてそういった情報にも耳を澄ませていたけれど、流石に今回必要なものをピンポイントで仕入れられてはいなかった。


「ってことで、エイダ教えて」

「お前は俺を何だと思ってんの?」


 夜の暗闇に、小さな炎に照らされたエイダの顰めっ面がぽかんと浮かぶ。

 ここは帝都から離れた郊外の森の中。私とエイダの間には焚き火があって、シエルの格好でお尻を付けずに膝を抱えて座る私の向かいでエイダは切り株に腰掛けていた。すぐ横には簡易的なテントがあるから、きっと彼はここで野営しながら私の頼んだ調査をしているのだろう。手に持っている串焼きのようなものは、ここに着いた時に彼がまさに頬張ろうとしていたものだ。見たところもうすっかり冷めてしまっている。


「クソガキ改め冒険者の先輩?」

「……微妙に喜べない言い方やめてくれない?」


 エイダは串焼きを焚き火にかざして温めながら、「突然現れるのはどうにかなんねェかな……」と溜息を吐いた。


「ディリーに聞いたら別にいいんじゃないって言ってたよ」

「悪魔に俺の都合尋ねてんじゃねェよ。あいつら人間のことなんて大して見てないんだぞ? 仮に俺が素っ裸で水浴びしてたって同じ返事するだろうよ」

「そしたら『やだ変態!』ってエイダをひっぱたけばいい?」

「なんで俺を殴るんだよ」


 なんとなくだよ。というのはとりあえず言わないでおく。

 ちなみにディリーというのはエイダが契約している悪魔だ。偶然にもサリの配下だから、どこにいようとサリには居場所が分かるし連絡も取れるらしい。

 今回私が帝都の外にいるエイダの元にひとっ飛びできたのもそれのお陰。サリを通してディリーにエイダの居場所を教えてもらったのだ。


「つーかお前、その格好何だよ」

「これ? 少年冒険者、シエル・バルトだよ!」

「……ああそう」


 エイダは呆れたように言いながら、温まってきたらしい串焼きを頬張った。木を削って作ったと思われる串には大きめの三つの具が刺さっていて、上から順に肉、肉、肉となっている。野菜は別にあるのかと思いきや、もう一本焚き火の前に刺さっている串も同じ具材。更にパンのようなものも見当たらないから、彼の今夜の夕食は完全に肉だけらしい。

 肉食なのは結構だけど味付けは変えないのだろうか。ここからじゃ塩コショウしているのかどうか見えないし、それ以外のソースのような匂いもしない。……え、素材の味だけ?


 私が彼の食事内容に気を取られていると、あっという間に真ん中の肉まで食したらしいエイダが、「で、盗賊だっけ?」ともぐもぐしながら首を傾げた。


「そうそう、向こうの街道あたりによく出るらしいの。何か聞いたことない?」

「あー……確かそんなのがいるらしいな。結構昔からで、そこそこ腕が立つって噂だよ」


 そこまで言ってエイダは串についた最後の肉をがぶりと頬張った。口の周りについた汚れを親指で拭い、持っていた串をぽいっと焚き火の中に放り投げる。元々がそこらへんの枝だからできる片付け方だ。


「昔からってことはほったらかしってこと? なんで? ギルドにも関連する依頼は出てなかったけど」

「さあ? それは知らん。ブランバックボアのこと調べてて分かったけど、このあたりはそのへん手が回ってないみたいだな」

「どういうこと?」


 私が問うと、エイダはもう一本の串に手を伸ばした。焼けているかどうか確認して、少し冷ますように串を動かす。かと思えば不意にその動きを止めて、串で私の後方を指し示した。


「あっちの丘を越えた先に教会があるの知ってるか? 近くの村でちらっと話聞いたんだけど、その教会墓地を狙った墓荒らしも長年放置され気味なんだと。関係は分からないが、遠目で見た感じ暗闇の精霊がかなり多かったな」

「いやいや、それ意味分からなくない? 多いって言うからには普通より増えてるってことでしょ? でも墓荒らしと暗闇の精霊が増えることって何の因果関係もないじゃん」

「だから『関係は分からない』って言っただろ。俺は俺の見聞きしたことを話してるだけ。ただまァ、ブランバックボアはそっちから逃げてきたんじゃないかとは思ってるけど」


 そう言って肩を竦めたエイダは、伝えることは伝えたぞと言わんばかりに食事を再開した。相変わらず肉オブ肉の夕食で胃がおかしくならないのだろうか。おかしくならないんだろうな。レッドブロック出身者はその劣悪な環境ゆえに胃が強い。かく言う私も気持ちがもたれるだけで普通に食べられると思う。


 なんて、エイダの食事事情はどうでもいいのだ。問題は彼の話の内容。事実のみを伝えているのだとしても、まだまだ断片的だなという印象は否めない。


 確かに暗闇の精霊は死体に残った魔力を好むけれど、それと墓荒らしは基本的に関係がないのだ。

 通常魔力の味や匂いというのは個人個人で決まっていて、それによってどの精霊が力を貸してくれるかが変わる。これがいわゆる魔法の適正属性になるわけだけど、死体の中に残った魔力はどういうわけか時間が経つと風味が変わるらしい。生前は暗闇の精霊に見向きもされなかった魔力でも、死後適切な処理をしないと変異してこの精霊を呼び寄せるのだ。

 暗闇の精霊自体は邪悪な存在でも何でもないのだけれど、やはり暗闇と死が結びついた時に恐れる人は多い。そして闇魔法を使う魔獣には危険な種類が多いから、それらを呼び寄せないようにする意味も込めて教会では遺体に神聖魔法で浄化を施している。


 教会の管理している墓地に入れられるのは、きちんとそういった処理をされた遺体だけだ。だからたとえ墓が荒らされたとしても、死肉を好む生き物が寄ってくることはあっても暗闇の精霊が増えることはない。これが、暗闇の精霊の増加と墓荒らしに全く関係がない理由。


 だからきっと墓荒らしも暗闇の精霊の増加も、何か別の要因で引き起こされた結果でしかないのだろう。

 とはいえそれらの要因が全て同じものとも限らないから、現時点では何も分かっていないも同じだ。エイダの推測が正しければブランバックボアはその影響を受けたということになるかもしれないけれど、やはり何故暗闇の精霊がそれほど増えたのかという疑問に戻ってきてしまうし。


「墓荒らしっていうのは、教会も国に助けを求めてるんだよね? それなのに対応されないっておかしくない?」


 この国において教会は決して無視できない存在だ。それなのに教会が訴えた問題が放置されているというのはおかしい。先日の下水の件といい、ブランバックボアの件といい、確かにシエルとして国に見放された問題を狙っている部分はあるけれど、それが教会にまで及んでいるとは想像もしていなかった。


「おかしいっちゃおかしいけど、別に珍しくも何ともねェ話だよ。シェルビーは教会に籠もってたから知らないだろうが、帝都から離れれば離れるほどこういう話は増える。帝都自体はどんどん綺麗になっていってるのにな」

「……あの男は何やってるの」


 あの男というのは勿論現皇帝、私の元婚約者様だ。裏切られるまでは決して無能だと思ったことはなかったのに、今のエイダの話が事実なのであれば彼の皇帝としての資質を疑わざるを得ない。


「お上の考えてることなんざ俺が知るかよ。そういうのはシェルビーの方が得意だろ?」

「まあ……聖女になったしね。今後は前よりもそっちの情報は集めやすいと思うけど」

「聖女? 誰が?」

「私が」

「……はァ!? おまッ……やったのか!? とうとう神をだまくらかしたのか!?」


 派手に驚くエイダは聖女シェルビーの噂を知らなかったらしい。彼は私がシエルとして動き出してすぐに帝都を離れていたのだから仕方がないだろう。ただでさえレッドブロックには城壁内の噂は届きにくいのに、こんな森の中にいたんじゃ余計に情報は入ってこない。


「つーかそれ代償大丈夫なのか? おいサリクス、どっかにいるんだろ! お前シェルビーにどんだけふっかけてんだよ!!」


 エイダが周りに向かって声を上げれば、私の隣から不機嫌そうなサリが姿を現した。


「うるさいな。お前ごときと俺の魔女じゃ魂の質が全然違うんだ。それにこいつには何百年でも時間がある」

「待って増えてない? このあいだ百年二百年って言ってたよね? まさかそれ以上の長期的な返済計画が必要なの!?」


 エイダとサリの喧嘩だと思って見守る気でいたのに、とんでもない情報がもたらされた気がする。

 そう思ってサリを睨みつけたら、睨まれた本人は相変わらず嫌味なくらい綺麗な笑顔を私に向けた。


「お前次第だよ、シェルビー。俺はいくらでも付き合ってやるがな」

「絶対嫌!!」

「……自業自得だろ。――ッうわ、なんで俺なんだよ!」


 呆れたように言うエイダに近くの木の枝を投げつけながら、私はサリを睨み続けた。

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