まだまだ続く問題
ドタバタしている内に辺りは完全に暗くなった。
今日は色々なことがあったし、このまま眠りたいが汗と埃で気持ち悪い。
それはレイチェルも同様だった。
つまり体を洗う必要がある。
幸い、ここは川の畔だ。
冷たいが水には困らない。
……言うまでも無く、問題は他にある。
「覚悟はいいな? これは同意の上だからな?」
裸になる前も、裸になってからも俺は何度もレイチェルに確認している。
あとから何かを言われるのはごめんだ。
「わ、分かってる! しょうがない、って分かっているから! …………それにしてもアレックスの背中、とても大きい」
ここで俺が「君の背中はすべすべだね」とか言ったら、有罪なのだろうか?
現在、俺たちは背中合わせで川の浅瀬に座って、体を洗っている。
手を繋がなくても体の一部が触れていれば、呪いは止められる。
だから、こうすれば、お互いに両手を使えるのだが、手を繋ぐよりも背中が接している方が色々と意識してしまうとこの体勢になってから気が付いた。
神経が過敏になっているのが分かる。
「ひゃうん!?」
突然、レイチェルが声をあげた。
「ど、どうした!?」
「だ、大丈夫。足の間を魚が通ったみたい」
「そ、そうか…………」
こっちの方が手を繋ぐより楽だと思ったが、明日以降は別の方法を考えようか。
この状態は心臓に悪い。
俺は体を洗い終わったタイミングで、
「こっちはもう大丈夫だけど、レイチェルの方はどうだい?」
と聞いてみる。
「えっと、待って。髪の毛の血がまだ落ちない……」
レイチェルは少し申し訳なさそうに言った。
そういえば、レイチェルは自決の為に自分の首を斬った際、かなりの血を浴びたみたいだ。
背中合わせの状態だと満足に髪を洗えないのだろう。
「俺の方はもう大丈夫だから、体勢を変えようか」
「あっ、じゃあ、お願いしても…………あっ!」
レイチェルが少し体を動かしたら、川底の岩が動いたらしい。
「お、おい!」
もし、俺とレイチェルが離れたら、あの森みたいにこの辺一帯が枯れてしまう。
俺は咄嗟に手を伸ばした。
運よくレイチェルの腕を掴めたらしい。
俺は反射的にレイチェルの腕を引っ張った。
「うっ! うわっ!!」とレイチェルは声をあげる。
手を引っ張ったことが失敗だった、と分かった時には全てが遅かった。
バシャン! と水しぶきが上がり、視界がぐるっと回る。
再び視点が定まった時、俺は仰向けに倒れていた。
そして、腹部に重みを感じる。
「………………」
「………………」
俺とレイチェルは視線が合って、硬直した。
レイチェルは俺の腹部に馬乗りになっている。
俺は無意識に視線を移してしまう。
月明かりに照らされたレイチェルはとても奇麗だった。
くびれた腰に、控えめな胸、水を弾く白い肌、そして、整った容姿。
まるで芸術品のようだった。
……って、呑気の感想を思っている場合じゃない!
見るとレイチェルは顔を真っ赤にしていた。
それに息を大きく吸っている。
よし、これだけ密着していれば、手を放しても問題ないな。
俺は両耳を塞いだ。
「きゃ~~~~~~~~~~!!!」
夜の川の畔にレイチェルの叫び声が響いた。
耳を塞いでも、レイチェルの叫び声はうるさいほど聞こえた。
「落ち着け、これは事故なんだ!」
「そんなこと言って、小説みたいに私の処女を奪う気なんだ! 小説みたいに!」
君は普段、どんな小説を読んでいるんだい!?
「落ち着け! 俺は何もしないから!」
「えっ? この状況で何もしないのって、男としてどうなの?」
レイチェルは急に冷めた声で言う。
えっ、なんで少し失望しているの?
こっちは本能を理性で必死に抑えているんだけど!
泣くよ?
それか本当に襲うからな!
「いいから、早くこの体勢をどうにかするぞ!」
「そ、そうだね。じゃあ、えっと…………!」
レイチェルは体を後ろへずらし、俺の下半身部分へ移動する。
でも、すぐにその動きは止まった。
レイチェルの体が何かに引っかかったのだ。
何かというか、それは俺の…………
「ねぇ、アレックス、私のお尻に当たっているこれって……」
「レイチェル!」
レイチェルの両頬を俺は両手で挟んで後ろを見せないようにする。
「ちょっと後学の為に後ろを見ても良い?」
「駄目に決まっているだろ!」
「なんでですか!? 私、現在進行形で全部見られているんですよ!」
「それを言わないでくれ! これ以上、意識させないでくれ!」
「見せてくれたっていいじゃないですか!?」
レイチェルは裸のまま俺に迫る。
恥ずかしいという気持ちよりも、好奇心が勝っているようだ。
思春期にも程があるだろ!
「嫌だって! というか、早くこの体勢もどうにかしたいんだよ!」
「ううぅ……見られ損……」
俺が強く言うとレイチェルはやっと体勢を変えてくれた。
そして、俺はレイチェルの足首を掴み、後ろを向く。
これならレイチェルは前屈みになって髪を洗えるだろう。
「ねぇ、アレックス、ちょっとでいいから見せてよ」
などと何度も言われたが、俺は断固として拒絶した。
というか、その一線を越えると本当に止まれなくなる気がする。
勇者は各国の有する最高戦力。
そんな存在を傷物にしてしまったら、後々に面倒なことになりそうだ。
「んっ……終わった」
しばらくして少し不機嫌そうにレイチェルが言った。
俺たちは川から上がる。
水温は冷たかったはずなのに体は熱かった。
それに……
「お前はそろそろ下を向いてくれないか?」
俺は視線を下へ移して、今も上を向いている息子へ語りかける。
「どうしたの?」とレイチェル。
「いや、何でもない。早く体を拭かないと風邪を引くよ!」
それからしばらくして、やっと息子は下を向いてくれた。