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十年後

 あれから俺たちはとても忙しい日々を送ることになった。

 レイチェルの冗談かと思っていたが、彼女は本当に最初の一回で身籠ったらしく、住む場所が落ち着いた頃にはお腹が大きくなっていた。


 無事に出産を終えたが、その後は未経験の子育てに俺とレイチェルは苦戦の日々。

 さらにレイチェルが二人目を妊娠して、慌ただしさに拍車が掛かって、あっという間に十年が過ぎた。


 忙しかった日々も、最近は娘たちが成長したので落ち着いてきている。


「おい、アレックス。奥さんはいるか?」


 今日は朝からジャンが俺の家に訪ねて来た。

 

 現在、俺とレイチェルは、俺やジャンの故郷のレーテ村で暮らしている。


「いるけど、どうしたんだ?」


「ほら、最近、ゴブリンが畑を荒らしていただろ? やっとゴブリンの巣を見つけたんで、村の若いモンで討伐することになったんだが、ちょっと巣の規模が大きそうなんでレイさんにも参加してほしくてな」


 ジャンが訪問の理由を説明した。


 この村でレイチェルは『レイさん』と通っている。 

 レイチェルの正体を知っているのは俺とジェーシ、それからジャンの三人だけだ。


 別に他の人のことを信用していないわけではないが、レイチェルが元王族と知れば、気を使うかもしれないので秘密にしている。

 

「ゴブリン討伐か。別にゴブリンくらい俺でも大丈夫だろ?」


 ゴブリンは魔力を持たない人間でも追い払えるくらいの強さだ。

 確かに戦闘用の魔法は使えないが、俺だって元軍人、多少は戦える。


「アレックスは来ないでよ。うちの旦那の負担が増えるでしょ」


 ジャンと一緒に来ていたジェーシが辛辣なことを言った。


「どういう意味だよ」と俺が言うとジェーシに「そのままの意味よ」と即答されてしまう。


「君は俺をなめ過ぎだ。俺だって元は軍人で…………」


「お父さん、どうしたの?」


 声がして、振り返ると娘のララが立っていた。


 どうやら、俺たちの会話が気になって奥から出て来たらしい。


「ララちゃん、おはよう。ちょっとお母さんを連れてくれる? そうじゃないとお父さんがゴブリン討伐に行くっていうのよ」


 ジェーシは俺ではなく、ララと交渉を始める。


 すると、ララはすぐに部屋の中へ走って行った。


「お母さーん! お父さんが危ないことしようとしている!」


「………………」


「賢い娘を持って父親として自慢でしょ?」


 少し不機嫌になった俺に、ジェーシが笑いながら言う。


「どういう意味だよ?」


「だから、そのままの意味よ。グレン、あの子に釣り合うような立派な男になりなさい」


 ジェーシは息子を一緒に連れて来ていた。


「ジェーシ、君はまたそんなことを…………ララが九歳で、グレン君が八歳だからちょうどいいかもしれないけど、そういうことは親が押し付けちゃいけないよ」


「押しつけじゃないわよ。グレンは毎日、ララちゃんのことを話すのよ?」


「か、母さん、それは言っちゃ駄目!」


 グレン君がジェーシの腰辺りを叩いたが、彼女はあまり気にしていないようだ。


「ララちゃんはどうなの? グレンのことは興味無さそう?」


 ジェーシが俺に尋ねるとグレン君が心配そうな表情になった。


「俺は子供の感情や秘密を勝手に話したりはしないよ。でも、グレン君、安心してくれ。これからもララと仲良くしてやってほしい」


 俺が言うとグレン君は笑った。


「それ、ほとんど言っているようなものじゃないかしら?」とジェーシに指摘されてしまった。


 まぁ、ララがグレン君のことを話さない日は無いんだけど、言わなかったのはララの感情を大切にした以外にも理由がある。


 俺たちが話をしているとララがレイチェルを連れて戻って来た。

 レイチェルの後ろからは七歳の次女、リリーも付いてくる。


「ララから聞いたのよ。ゴブリン討伐だよね?」


 レイチェルは俺に言う。


「そうだよ。ゴブリンくらい俺でも倒せるって言うのにみんなが俺を戦力として計算してくれないんだよ。君からみんなに言ってやってくれ」


 俺の主張に対して、レイチェルは微笑んだ。


「じゃあ、今日はお腹が減るから、あなたは鶏肉の入ったシチューをたっぷり作って、私の帰りを持ってほしいな」


 自分の嫁にも戦力外通告を受けてしまった。


「さて、レイさんが来てくれるなら安心だな! アレックスだったら、いない方がマシだしな!」


 ジャンが笑う。


「ジャン、子供の頃から続いたお前との友情にも終わりが見えたぞ?」


「そんなことを言うなよ、親友。その内、親戚になる予定なんだからよ。なぁ、グレン、ララちゃん」


 ジャンの言葉にグレン君は恥ずかしそうだった。


 一方、ララは元気よく「うん!」と答える。


「グレンは私がお嫁さんじゃ駄目?」


「ううん、そんなことないよ」


 グレン君は嬉しそうだった。


「良かった! じゃあね、将来の為に予行練習で子作りごっこしよう?」


 …………場の空気が凍った。


「ララちゃん? 夫婦ごっこのことよね? 一緒にいるだけよね?」


 ジェーシは笑っているが、それが表面上だけなのはすぐに分かった。


「違うよ、子作りごっこは裸で抱き合うんだよ」


「…………」

「…………」

「…………」


 ララの発言を受け、ジャン、ジェーシ夫妻と俺の視線が、レイチェルへ突き刺さる。


 レイチェルは視線を逸らした。


「どうして、それが子供を作る練習なの?」


 うちの子(ララ)と比べて、グレン君は眩しいほど純真だった。


「グレン、もう少ししたら、教えてやるからな。今はその……まだ早い」


 ジャンが父親として、グレンに言う。


 俺はジェーシにグイッと手を引っ張られた。


「そちらの家庭は子供にどんな教育をしているのかしら?」


 ジェーシが小さな声で言う。


「教育したわけじゃないよ。原因はいつも通り……」


 俺は言いながら、レイチェルを見た。


 ジェーシとジャンもレイチェルに視線を送る。


「えっと…………あはは…………」


 レイチェルの趣味はジャンとジェーシにもバレている。

 というか、かなり昔にレイチェルが自爆し、色々と露見してしまったのだ。


「君、この前、また読みかけの本を机の上に置きっぱなしにしたでしょ?」


「うっ…………それは…………うん、忘れてた…………」とレイチェルは視線を逸らしながら言った。


 一緒に住み始めて分かったことだが、レイチェルはあまり片付けが得意じゃない。

 屋敷に住んでいた頃は部屋の掃除をメイドさんに任せていたらしい。


 そういえば、この前、お義父さんと会った時に「レリアーナの部屋を掃除するメイドさんは決まっている」と言っていたな。

 レイチェルが隠したつもりだった官能小説はメイドさんが見て見ぬふりをしていたらしい。


 というわけで、レイチェルは掃除も隠し事も苦手だ。

 それはレイチェルの愛嬌だから俺は良いと思っているのだが、さすがに俺たちの娘にレイチェルの趣味の本が見つかるのはまずい。


「ララがレイチェルみたいになったら、どうしよう…………」と俺は思わず呟いてしまった。


「あなた~~、声に出ているよ~~」


 すると、レイチェルに手をぎゅ~~と握られてしまった。


「痛い痛い! ごめんってば!」

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― 新着の感想 ―
[一言] 手を繋いで能力が伸びるのが永続するものなら並の兵士程度の戦闘力になっても良さそうだけど手を繋いでる期間に応じて能力が伸びるけど手を離すと徐々に落ちるのか、伸びる元となる能力が限りなく0に近い…
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