密かな儀式
次の日、俺たちはランテ火山から一番近い街『ファジル』へ戻って来た。
センドの街方面へ向かう行商人と交渉する。
俺たちはここへ来た時と同じように行商人の馬車の荷台へ乗せてもらって、センドの街へ向かった。
さらに次の日、俺たちはセンドの街付近へ到着する。
今回、俺とレイチェルは日没を待った。
それはフリード様以外に会うつもりが無かったからだ。
「そろそろ行こうか、レイチェル」
「うん」
夜になり、レイチェルの魔法の翼で空からセンドの街へ入る。
そして、屋敷付近に着地し、フリード様の部屋の窓をレイチェルが叩く。
するとすぐにフリード様が姿を現した。
「レリアーナなのか?」
フリード様は驚きながらも窓を開け、俺たちを部屋の中へ招く。
レイチェルの姿を見たフリード様は信じられないモノを見たようだった。
「このような無礼をお許しください」
「いや、そんなことはどうでもいい。それよりもなぜレリアーナが…………?」
俺は魔王の呪いの解呪が出来た経緯をフリード様に説明する。
聞いたフリード様が俺の手を取り、何度も感謝の言葉を言うので、とても恐縮してしまった。
「フリード様、一つ、報告をさせてください」
自分でも緊張しているのが分かった。
「何かね?」
俺は言わなければならないことがある。
「あ、あの、フリード様、私は今後もレイチェルと一緒にいたいと思っています」
「…………そうか」
自分が王弟にこんなことを言うなんて、一カ月前は想像も出来なかった。
断られるかもしれない、という心配が少しだけあったが、
「当然のことだ。娘をよろしく頼む」
とフリード様は笑いながら、快諾してくれた。
その上で、
「レリアーナと君がこんな方法で屋敷に忍び込んだ理由は分かっているつもりだ。勇者が生きていると分かると他国が余計な心配をするだろう。行く当てはあるのか?」
フリード様は今後のことを心配してくれる。
「はい、あります」
言いながら、俺はレイチェルを見る。
俺とレイチェルはこれからのことをもう決めていた。
二人で生きる場所をフリード様に教える。
「分かった。簡単に会えなくなるだろうが、君たちの幸せが一番だ。元気で暮らせよ」
フリード様は俺とレリアーナを抱き締めた。
「お父様もお元気で。必ずまた会いましょう。でも今度は私たちの方は三人になっているかもしれませんけど」
レイチェルは自分のお腹を擦った。
…………って、おい!
「ほう……アレックス君、君は子供がどうやってできるか知っているかい?」
「え、ええ、知っています」
さすがに挨拶前に手を出したら、父親としては怒るよな。
これは一発殴られる展開だろうか?
「良くやった。男はそうじゃなくては!」
怒られるどころか、フリード様に肩を叩かれて絶賛された。
そうだ、こういう人だった。
「そうかそうか、儀式は済ませたか、結構なことだ。子供ができたとはめでたい」
「い、いえ、まだできたかは分かりませんよ」
昨日の今日で分かることではないだろう。
「ううん、多分、出来たよ。着床した気がする」とレイチェルが幸せそうに言う。
「何を根拠に言っているんだい!?」
というか、父親の前で着床とか言うな!
俺が気まずいだろ!
それにフリード様だって…………
「結構なことだ!」
フリード様は笑っていた。
もう嫌だ、この親娘…………
俺たちは会話をしていると部屋の外からノックの音がした。
「旦那様、何か騒がしいですが、大丈夫でしょうか?」
屋敷の警備責任者のブレッドさんの声だった。
「問題無い。下がっていいぞ」
フリード様が言うと足音が遠ざかっていく。
「さて、本音を言えば、もっと話したいが、姿を見られない方が良い。…………おっと、その前に…………」
フリード様は机の一番下の引き出しを開け、何かを取り出す。
「こんなことになるとは思っていなかったから、まだ何も用意していなかった。君へのお礼がこんな無粋なモノになってしまって、申し訳ない」
フリード様から渡された袋の中には宝石が詰まっていた。
一体いくらになるか分からないほど入っている。
「い、いえ、こんなものをもらうわけには……」
「構わない。もらってくれ。どうせ、貴族や他国からの貢物だ。私は宝石を身に着ける趣味はないし、売ってもらって構わない。二人が生活する資金にしてくれ」
俺はフリード様から半ば強引に宝石の入った袋を渡された。
困って、レイチェルの方を見ると、彼女は笑う。
「もらっておこうよ。お金があって困ることは無いでしょ」
「う、うん。フリード様、ありがとうございます」
俺は感謝しながら、袋を鞄にしまう。
「それにこれも渡そう。宝石は売ってもらって構わないが、これだけは大事にしてくれ」
フリード様が最後に渡したのは指輪だ。
先ほどの宝石に比べると地味だが、レイチェルは驚いていた。
「これはお母様の指輪ですか?」
「そうだ。私が結婚する時に送ったものだ。迷惑でなければ、この場でアレックス君がレリアーナに嵌めるところを見せてくれないか? おっと、指輪の話だからな」
今の文脈で指輪以外の何を嵌めるというのだろうか?
まったく、この親娘は…………
どうも俺には愉快な親戚が出来たようだ。
今はまだ恐れ多いが、いずれはフリード様のことをお義父さんと呼びたい。
「分かりました」と言い、俺はフリード様から指輪を受け取った。
レイチェルが左手を前に出す。
俺は緊張し、震える手で指輪をレイチェルの左手薬指へ嵌めた。
「二人とも頑張るんだぞ。人生はこれからだからな」
フリード様はもう一度、俺とレイチェルは抱き締めた。
「はい、お父様、今まで本当にありがとうございました」
「レリアーナ、私の方こそ、お前のような娘を持つことが出来て、誇らしい。さぁ、屋敷の者に見つかる前に行きなさい」
俺たちは窓から出て、レイチェルの魔法の翼で飛んだ。
あっという間に街が小さくなる。
「慌ただしくなっちゃったね」
「仕方がないよ。お父様も分かってくれるはず。あっ、空が明るくなってきたよ」
俺たちは朝日を浴びながら、空を飛ぶ。
「アレックス」
「なんだい」
「私、今、とても幸せです!」
「それは俺もだよ」




