試練
「ハァ……ハァ……」
俺は夢中で走って、山を登った。
高かった陽が傾いてきた時、やっと山頂が見えて来る。
平地はともかく山岳部になると進むのが困難で急激に体力を消耗した。
俺には身体強化魔法が使えない。
最低限は鍛えているが、それでも一般人より体力がある程度だ。
それに雨が降ったせいで至る所が滑りやすくなっていて、何度も転んでボロボロだ。
だが、痛みは感じない。
レイチェルの進んだ痕跡は簡単に見つかった。
木や草が枯れている。
そして、その痕跡は山頂へ続いていた。
「レイチェル! 聞こえるか!?」
俺は少しだけ息を整えてから叫ぶ。
しかし、返事はない。
俺は再び走り出した。
標高が高くなってきたからだろう。
木や草が姿を消す。
山頂はもう目前だ。
「レイチェル! 返事をしてくれ!!」
再び叫んだ。
俺の声は山に反射して響く。
やはりレイチェルからの返事はない。
見渡す限り人影もなかった。
最悪の結末が頭を過る。
「馬鹿! 悪いことを考えるな!」
ここまで強い魔物に遭わずに来れた。
運は味方している!
絶対に上手くいくって思え!
立ち止まるな!
もう一度体に力を入れ直し頂上を目指した。
空気が薄いし、走ると本当に息が苦しい。
肺が潰れるかもしれない。
それでも、レイチェルのことを諦めるくらいならそっちの方がマシだと思った。
しかし、未だにレイチェルの姿は見えない。
――――焦る俺に最大の脅威が襲った。
『ギャアアアア!』という大気が震えるほどの咆哮が鳴り響く。
直後、俺の目の前に巨大な竜が着地した。
「ファイヤードレイク…………!」
どうやら山頂付近はこいつの縄張りだったらしい。
何度も叫んだせいでファイヤードレイクを呼んでしまった。
俺のことをじっと睨みつける。
ファイヤードレイクの巨躯は微かに赤い。
それが火山を住処にするこの竜の特徴だ。
「どいてくれ。俺は助けなくちゃいけない人がいるんだよ!」
俺の要求なんて、この火山の覇者には無意味だった。
ファイヤードレイクは大きく口を開ける。
口内には火炎が見えた。
「マズい!」
俺は不得意な防御魔法で土の壁を作った。
ファイヤードレイクが放った火炎の熱風が襲い掛かる。
直撃は避けられたが、土の壁は無惨に破壊されて灼熱の塊になって、俺を襲った。
火傷、打撲、もしかしたら骨も折れたかもしれない。
でも、今は不思議と何も感じなかった。
「こんな奴と戦っていられない…………!」
俺はバックに何か役立つモノが無いか探す。
「これは……」
俺はバックに入りっぱなしだった〝とある玉〟をファイヤードレイクに向かって投げつけた。
直後、強い光が辺りに発生する。
魔王城へ入る前にジャンが「もし残党がいたら、これを投げつけろ。お前じゃ、低級の魔物にも勝てないからな」と言いながら、渡してくれた閃光玉だった。
「ありがとう、親友」
俺は目を潰されて暴れ回っているファイヤードレイクの足元をすり抜けて、山頂を目指した。
疲労、火傷、打撲、骨折、体はボロボロだった。
気を抜いたら、動けなくなりそうだ。
でも、止まらない。
もう少しで山頂だ!
「レイチェル、そこにいるのか!?」
俺はまた叫んだ。
でも、やっぱりレイチェルからの返事はなかった。
その代わりに『ギャアアアア!』という最悪の返答が後背から聞こえる。
「お前は呼んでないって…………!」
視力を回復したファイヤードレイクが俺を追ってきた。
しかも飛翔し、先ほどよりも大きな火炎を放とうとしている。
「さっきの閃光玉で怒り狂ったってことかよ…………」
俺にあんな攻撃を躱す手段は何もない。
「これで終わりなのか……?」
結局、俺には女の子一人救えない…………
心が折れて、体の疲労と怪我を自覚し、俺は動けなくなった。
そういえば、昔、主人公が転生して、別の世界で最強の力を手に入れ、無双する小説を昔読んだっけな。
もし、そんな世界があるなら、次はそんな世界で、そんな役回りを演じてみたい。
女の子一人救えないこんな役回りはごめんだ。
「ちくしょう……!」
俺が最期を覚悟した時だった。
突然、ファイヤードレイクが苦しみだして、地面に落下する。
その後も苦しみ、やがて動かなくなった。
生気を感じない。
ファイヤードレイクは突然死んでしまったのだ。
まるで生命力を何かに吸い取られたようだった。
生命力を吸い取られる…………?
そんなことが出来るのは…………
「――――なんでアレックスがここにいるの?」
俺が振り向くとレイチェルが立っていた。
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