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手を放す

「結局、私たち寝なかったね」


「そうだね」


「アレックス、目が真っ赤。酷い顔だよ」


「それは君もだよ。もう寝る気分じゃないね。朝食は何が良いかい?」


「肉と野菜をたくさん挟んだサンドイッチが良い」


 レイチェルの希望を聞いた俺は朝食の用意を始める。


 希望通りのサンドイッチを作ったが、まだ食材が余っていたのでもう一品作ることにした。


「昨日に比べたら、少ないけどシチューも作ったよ」


「ありがとう。頂きます」


 レイチェルは微笑み、そして、朝食を食べ始めた。

 いつもは早食いのレイチェルだが、今日はゆっくりと食事をする。


「本当に色々ありがとう、ね。私、アレックスに会えて本当に良かったよ」


 サンドイッチとシチューを食べ終えたレイチェルが、不意打ちでそんなことを言う。

 咄嗟に俺は何も言えなかった。


「それに短かったけど、ジェーシとも友達になれたと思う。村に帰ったら、私がお礼に言っていた、って伝えてね。それから私はちょっとしか声を聞けなかったけど、ジャンさんにもよろしくね」


「…………分かったよ」


 俺は俯いた。

 こんな顔をレイチェルに見られたくない。


「それにさ、お父様にもちゃんと会えた。言いたいことは言えたし、お母様のお墓にも行けたし。アレックスには本当に感謝しているよ…………だからね、アレックス、そんなに泣かないで。アレックスが泣くことは何もないんだよ。最期は笑顔で見送って欲しいな」


 俺は泣いている。

 でも、それはレイチェルだって同じだ。


「君が泣いているから、つられたんだよ」


「ううん、アレックスの方が先に泣いていたよ。私がつられたの…………じゃあ、行こうか」


 食事が終わり、野営地を片付けた後にレイチェルが言った。


「この辺はまだ強い魔物はあまりいないから、もう少し先まで送ってくれる?」


「………………君が許してくれるなら、最期まで付き合うよ」


 俺の言葉に対して、レイチェルは驚いていた。


 感情の昂りや冗談で言ったわけではない。

 レイチェルが「お願い」と言えば、本当の意味で最後まで付き合うつもりだった。


「あはは、山頂までは一緒に来なくて大丈夫だよ。それに山頂付近にはファイヤードレイクとか危険な魔物もいるしさ」


 レイチェルは笑顔で言う。

 彼女だって、俺の言葉の意味を分かっていないわけじゃないだろう。


「それにさ、私だって、死ぬところを誰かに見られたくないよ」


「いや、最後まで付き合うっていうのはそういうことじゃなくて…………」


 俺がしゃべっている途中でレイチェルが俺に抱きついた。


「駄目だよ、アレックスは生きてくれないと私が嫌だよ。魔王軍との戦争が終わって、これからは平和になるから、アレックスは良いお嫁さんを探して、幸せになってよ」


「…………」


「そうなってくれたら、私たちが戦ったこと、私たちが犠牲になったことが無駄じゃない、って思えるから…………でも、そんなことまで言うなら、最後に一つだけ身勝手なことをするから許してね」


「身勝手なこと? それは一体…………!?」


 俺がその意味を聞く前に、レイチェルは身勝手を実行する。


 レイチェルは俺に口づけをした。


 少し唇が触れるような口づけではない。

 とても長い口づけだった。


「大人のキス…………一回してみたかったの。うん、確かに小説に書いてあった通り、頭が痺れるような感じがするし、気持ちいいし、幸せな気分になれるね」


 レイチェルの顔は真っ赤だった。


「本当はもっとしてみたいことがあったけど、これ以上はやめておこうかな。…………そろそろ行くね」


 レイチェルは繋いでいた手を放した。

 すると周囲の森が枯れていく。


 俺はレイチェルの受けた『魔王の呪い』が周囲の生気を吸い取るところを始めて見た。

 その威力は凄まじかった。


「こんな力を持っている人間が生きてちゃ駄目でしょ?」


 物語の主人公なら「そんなの関係あるか!」と彼女を抱き締めただろうか?

「それがどうした!?」と考え無しに彼女を引き留めただろうか?


 でも、俺にはそんな度胸も、無責任さもなくて、咄嗟に何も言えなかった。


「さよなら、アレックス。今までありがとう」


 レイチェルは微笑み、そして俺から離れていく。


 俺は動けず、声も出せず、立ち尽くしていた。


 進んでいくレイチェルは一度も振り返らない。

 

 


 ――――そして、レイチェルの姿は見えなくなった。

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