夜、二人は語る。
「ねぇ、今日は星が見える場所で寝ても良いかな?」
お互いに体を洗い終わり、寝ようとした時、レイチェルがそんな提案をした。
俺は「良いよ」と言い、テントの外に出る。
周囲には獣、魔物、虫などを避けられる魔道具を設置した。
といっても、大型の獣や強力な魔物には効果が無い。
襲われそうになったら、レイチェルに守ってもらうしかない気がする。
そう思ったら、情けなくなってしまい、溜息を漏らした。
「急にどうしたの?」とレイチェルが尋ねる。
「いやさ、もし、今、魔物に襲われたら、レイチェルに守ってもらわないとって思ったら、急に情けなくなってね」
俺が答えるとレイチェルは笑った。
「いいよ、私を頼って。…………ねぇ、それよりも星が奇麗だと思わない?」
レイチェルに言われて、俺は空を見上げた。
今日は雲一つない満天の星空だった。
「綺麗だけど、首が疲れるね」
「じゃあ、こうすればいいよ」
レイチェルは俺の手を引っ張り、今設置したばかりの寝袋の上に倒れ込んだ。
彼女の顔がとても至近だった。
「危ないな……」
俺が文句を言うとレイチェルは「えへへ」と笑う。
「ねぇ、見てよ。こうするとなんだか別の世界みたいじゃない?」
俺たちは仰向けになって、星を眺める。
「ねぇ、アレックス、星ってなんで輝いていると思う?」
「さぁ、考えたことも無かったよ」
「それはね、あの輝く星々の一つ一つが太陽なの」
レイチェルはとんでもないことを言い出した。
「じゃあ、星の数だけ太陽があるっていうのかい?」
「そう、それでね。太陽の周りには私たちが住んでいるような星があるの。そこには別の生き物が暮らしていて、別の物語がある…………って、私は思っているんだよ」
レイチェルは無邪気に笑った。
「今のは全部、私の想像。そうだったら、夢があるな、って思ってるの」
それを聞いた俺も笑った。
「君の想像力は凄いね。それは夢がある。じゃあ、遥か先の未来、人はこの星を飛び出して、星々を巡る探検に出る、なんてこともあるかもね」
俺が言うとレイチェルは体を起こした。
「それ、面白そう! 人々は星々を渡れる船を作って冒険をするだね。昔、船を作って海を渡って、新大陸を目指したようにさ」
レイチェルは子供のようにはしゃいだ。
「もし、生まれ変わりがあるなら、次は戦争とかが無い時代に生まれて冒険がしたいなぁ。それでその冒険譚を小説にするの。あっ、官能小説じゃなくて、普通の小説だよ」
「それくらいは言わなくても分かっているよ」
俺は生まれ変わったら、という言葉に反応しなかった。
反応して、上手く話せる自信が無い。
レイチェルも気を使って、わざとふざけてくれたのだろう。
俺たちは特に内容のない話をし続けた。
しばらくして、話し疲れた俺たちは無言になる。
辺りは森の木々が動く音と川の流れる音だけになった。
「ねぇ、もう寝た?」とレイチェルが唐突に言う。
「ううん、寝てない」と俺は返す。
「そう…………」
また、しばらく無言だったが、「今度は寝た?」とレイチェルが再び聞いてきたので、「寝てない」と答える。
「そう…………」
また夜の自然の音だけになって、それから、「今度こそ寝たでしょ?」とレイチェルが繰り返す。
「残念、起きているよ」
「ふふふ、そうなんだ」
レイチェルが笑う。
多分俺も微笑んでいたと思う。
内容も目的もない、もっと言うなら会話にすらなっていない言葉を何度も交わす。
俺もレイチェルも寝なかった。
このまま夜が明けなければいいのに、と俺は思う。
多分、それは俺だけじゃない。
レイチェルも思っているはずだ。
しかし、どんなに願っても朝はやって来る。
――――それはレイチェルにとって最期の朝だった。




