出発と到着
俺たちは教会をあとにする。
そして、ランテ火山方面の街へ行くという行商人と交渉して、荷台に乗せてもらうことが出来た。
荷台から見る街がどんどん小さくなっていく。
レイチェルは何も言わなかったが、握る手には力が入っていた。
彼女は街が見えなくなるまで、視線を逸らさなかった。
「もうあの街を見ることはないだろうなぁ、って、思うのは二回目…………」
レイチェルは街が見えなくなった後、静かに言った。
一回目とは魔王と戦う為に勇者として旅立った時のことだろう。
「あっ、違うかな。今回は〝ないだろうぁ〟じゃなくて〝ない〟だもんね」
レイチェルは笑いながら言う。
その姿を見て、俺は何も言えなかった。
何か言わないといけない、と思ったのに何も思いつかない。
「良いよ、無理に何か言おうとしないで。その代わりにこうさせて……」
レイチェルは俺に寄り掛かる。
「こ、こんなことで良ければ……」
結局、俺はそんなことしか言えなかった…………
「私たちが同行できるのはここまでです」と行商人が言う。
俺たちは夕暮れ前にランテ火山に一番近い街『ファジル』へ到着した。
これ以上、ランテ火山へ近づくと危険な魔物に遭遇する可能性があるので、腕に自信のある者しかこの先へ進めない。
「ありがとうございます」と言いながら、レイチェルは約束していた代金を払う。
「あなた方は冒険者ですか? だとしても、ランテ火山に入るのは明日にした方が良いですよ。夜は魔物が活発に動きますから」
行商人の人は警告してくれたが、
「大丈夫です。私たちは強いですから。それに私たちはこの夜に目的があるんです。詳しいことは言えませんが」
レイチェルは嘘を混ぜて、話をする。
魔王の呪いがある以上、街には居たくない。
念の為、接着効果のある魔法薬は持ってきているが、それよりも街を離れた方が安全だ。
俺たちは街を離れたところで夜を迎える。
急いで野営の準備をした。
「何が食べたい?」
俺は屋敷を出る前に十分すぎる食料をもらっていた。
それはレイチェルに美味しいものを食べて欲しかったからだ。
「じゃあ、鶏肉のたっぷり入ったシチューが良い」
俺はレイチェルの希望を受けて、料理を作り始める。
屋敷の料理人には及ばないだろうが、それでもレイチェルには美味しいものを食べて欲しかった。
出来た鶏肉のシチューは過去最高の出来だったと思う。
「屋敷の料理も美味しいけど、やっぱりアレックスの料理も美味しいね」
「お世辞でも嬉しいよ」
「お世辞じゃないよ。アレックスのお嫁さんになる人は幸せだな。優しいし、料理は上手いし……」
「…………」
俺は返す言葉が思い浮かばずに黙ってしまった。
「おかわり、って大丈夫?」
レイチェルが空になったお皿を見せる。
「もちろんだよ。たくさん作ったから、遠慮は要らないよ」
レイチェルは嬉しそうにシチューを食べる。
食事が終わると収納魔法でしまっていた大きな桶を出す。
これは屋敷から持って来た物だ。
この大きな桶に川の水を汲んでくる。
そして、レイチェルが火の魔法でお湯を沸かした。
「今更だけど、こうすれば冷たい水で体を洗うことも無かったね」
「旅の途中はそこまで考えが及ばなかったよ」
「他のことで頭がいっぱいだったもんね。私が先で良いの?」
「どうぞ」と俺がいうとレイチェルは服を脱ぎ始める。
俺は目を閉じていたが、「最後だし、見る?」とレイチェルに言われた。
「馬鹿なことを言わないでくれ」と俺が返答するとレイチェルは笑う。
レイチェルが体を洗い始めて、ピチャピチャ、とお湯が跳ねる音が聞こえた。
しばらくして、その音が止む。
「洗い終わったよ」
俺が目を開けるとレイチェルは寝る時用の薄着だった。
髪が濡れていることもあり、色っぽい。
「アレックス、私の肩に触っていてくれる?」
「えっ、どうして?」と言いながら、俺はレイチェルの肩に手を置いた。
「お湯を捨てて来るからだよ」
レイチェルは桶を持ち上げる。
「えっ、あっ、そうか」
「ん? もしかして、私の使ったお湯をそのまま使おうと思っていた? 私の出汁を堪能しようとしてた?」
「そんなことは思ていない!」
てか、出汁とか言うな!
「ふふふ、やっとアレックスらしい突っ込みが聞けた」
レイチェルが微笑む。
「えっ?」
「アレックス、私はね、明日、死ぬよ」
「…………」
「でもね、ううん、だからこそ、アレックスには最後まで私と普通に接してほしいかな」
死を目前にしてもレイチェルは何も変わっていなかった。
それなのに俺の方が沈んでいては情けない。
「うん、分かったよ」
レイチェルの希望を叶えよう、と俺は決心する。
「ありがとう…………ところでアレックスが私の出汁で体を洗いたいなら、温め直すけど、どうする?」
「早く新しい水を汲んでこようかな!」
だから、最後までこうやって馬鹿なことを言うレイチェルに突っ込みを入れよう。




