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レイチェルの願ったこと

「レイチェル、俺は君とずっと手を繋いでいたって…………」


「駄目だよ」と言うレイチェルの言葉には決意が籠っていた。


「私は爆弾なんだよ? 私がアレックスと一瞬でも手を放したら、みんな死んじゃう。そんな危険を犯して、生きたいなんて自分勝手すぎるよ。それに私はアレックスの人生を縛りたくない。今は良いよ。でも一年後は? 十年後は? いつか一緒にいるのが嫌になるかもしれない。私、アレックスに嫌われたくないよ…………」


 レイチェルは俺の胸の中で泣き始める。


 そんなもの構うものか!

 俺が君を嫌いになるなんてありえない!

 一緒にいたいんだ!


 物語の主人公なら迷わずにそういうかもしれない。

 仮に全世界が敵に回ったって、主人公はヒロインを助けるものだ。


 でも、俺は言葉を詰まらせてしまった。


 この先のことを色々と考えてしまう。


「ねぇ、アレックス、もしよかったら、私を抱いて良い、よ…………?」


 言いながら、レイチェルはさらに密着する。

 

「私も興味あるし、死ぬ前に一回くらいしてみたいかな…………って。本当は小説みたいにアレックスが襲ってくれると思ったのに現実は中々、そうはいかないね」


「もしかして、君が挑発してきた乗ってさ…………」


 途中でレイチェルは自由になっている左手の人差し指を俺の口に当てた。


「恥ずかしいから言っちゃ駄目。出来る限りやりたいことをしたかったんだよ。他にもやりたいことがあったのになぁ…………勇者ってね。務める代わりに魔王を打倒したら、何でも願いを一つ叶えてもらうっていう報酬があったんだよ」


 多分、レイチェルは聞いて欲しかったのだと思う。


「何を願ったの?」


 俺が聞くとレイチェルは微笑んだ。


「王族としての全ての権利の放棄。私はね、自由になりたかったの。小説みたいに自由な恋をしてみたかった。そして、結婚して、子供を作ってね……それからそれから…………」


 レイチェルは泣きながら、もう叶うことのない夢を語る。

 それは夢というには平凡だった。

 願って努力すれば、叶えられるようなことがレイチェルには出来ない。


 俺はレイチェルが泣き疲れて寝るまで彼女を抱き締めた。


 レイチェルと繋いでいる手を見つめる。


 この手は呪いを止めることは出来ても打ち消すことは出来ない。


 そういえば、昔、どんな魔法も呪いも右手で触れると打ち消すことのできる能力を持った主人公の小説を夢中で見たっけな。

 俺にもそれぐらいの能力があれば、物語の主人公に成れただろうか?


 俺は寝たような、寝てないような状態で朝を迎えた。


 まだ目を覚まさないレイチェルの寝顔を見る。


 17歳の少女が魔王を倒して、それなのに賞賛されることなく、自決しようとしている。

 現実は小説と違って残酷だ。


 やがてレイチェルが目を覚ました。


「襲わなかったね」


 レイチェルはからかったつもりだったのだろうが、顔は切なそうだった。


「襲うはずないだろ」


「そっか…………さてと昨日、お父様には話をしてあるから今日の午前中には出発したいんだけど、大丈夫?」


 レイチェルは街へ買い物へ行くような口調で言う。

 でも、彼女が向かう先は終焉の場所だ。


「アレックス、そんなに悲しそうな顔をしないでよ。私は感謝しているよ。こうやって人生を延長できて、お父様に会って最期の時間を過ごせたし、それにアレックスといた時間は楽しかった」


「だったら、これからも一緒にいないか? そうだ、どこか人のいない場所に家を建てて、そうすれば…………」


「駄目だよ。そんなことをしたら、アレックスの人生が台無しになっちゃう。戦争が終わって、アレックスの人生はこれから一番楽しくなるはずでしょ」


 17歳の少女が20歳の俺に言う。


「それにちょっと怖いの」


「怖い?」


「このまま一緒にいたら、いつかアレックスが嫌になるかなって…………」


 レイチェルは昨日と同じようなことを言う。


 そんなことはない、って言うんだ。

 自分にそう言い聞かせた。


 それで何かが変わるかもしれない。


「そんなことは……」


「ない、ってアレックスは言うよね」


 しかし、俺の言葉は途中でレイチェルに遮られてしまった。


「でも、やっぱり怖いの。それに私がおかしくなるかもしれないし」


「おかしくなる?」


「私が第二の魔王になるってことだよ」


 レイチェルの言葉はありえないと思った。

 でも、彼女は真剣にその可能性を心配しているようだ。


「これは秘匿されていることだけど、魔王って元々は人間だったんだよ」


「え?」


「昔、一人の人間が不老不死を目指したんだ。そして、彼には魔力の才能があった。長い研究の果てに不老不死を可能にする『石』を完成させて、彼は人間を止めた。それが魔王だよ。それでも初めは人の心を失わずにいたらしいよ。でも百年が過ぎた頃にはおかしくなり始めて、最後には自分の強大な力に溺れて、魔王になってしまった。私だってこんな力を持っていたら、どうなるか分からないよ。もし、アレックスが先に死んで、その時に私が死にたくないって思ったらどうなるかな? 勇者の戦闘力と魔王の呪いを持つ私を止められる人がいると思う?」


「………………」


「今なら私はまだ死ぬ決心があるよ」


 レイチェルは震えていた。


 17歳の少女が人間の為に死のうとしている。


 それに彼女の言葉は正しいのだろう。

 俺が死ねば、レイチェルには死ぬか、災厄になるかの道しかない。

 だったら、レイチェルの意志を尊重して、彼女のタイミングで人生を終わらせるべきなのだろうか?

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