レイチェルの告白
「ごめん、アレックス、気まずかったよね」
レイチェルの声は言い争いのせいで枯れていた。
それだけでなく、レイチェルの顔を見ると目が真っ赤だった。
「大丈夫だったの?」
「うん、大丈夫、最後にはお父様も納得してくれたよ」
「納得? 一体何を?」
俺の質問に対して、レイチェルは儚げに笑い、「あとで話すね」と言うだけだった。
いつもの明るくて、馬鹿っぽい残念美人はどこに行ってしまったのだろうか?
やがて夕食の時間になる。
あれだけ激しい言い争いをしたのでレイチェルとフリード様は顔を合わせないかもしれないと思った。
けれど、先に食卓へ着くとフリード様もやって来る。
しかし、昨日のような親しみやすい雰囲気は消えている。
食事は半ばまで、無言の重い空気で進んだ。
「レリアーナ、本当に明日、出発するのか?」
フリード様が口を開いた。
「はい、後回しにしても仕方ありませんから。それにここへ留まり、私自身の気持ちが変わることが怖いのです」
レイチェルが言うとフリード様は泣きそうになり、口を抑える。
「そうか…………アレックス君、先ほどレリアーナから聞いたが、報酬は要らないと言ったらしいね。しかし、それでは私の面子というものが潰れてしまう。私の為、と思い、いくつかの報酬を受け取って欲しい」
今のフリード様に対して、軽口や拒否を出来そうになかった。
とてもピリピリしていた。
「……分かりました」
「ありがとう…………君にもう一つだけ頼みがある。レリアーナをランテ火山まで送ってやってくれないか……?」
フリード様の声は震えていた。
「ランテ火山?」
「ここから二日の場所にある火山だ」
「別に構いませんけど、どうしてそんなところに?」
「それは…………」
俺の質問にフリード様は言葉を詰まらせる。
「理由は後で私が教えてあげるよ」
代わりにレイチェルが明るい口調で言った。
けれど、どこか無理をしている気がする。
「…………分かったよ」
その後、会話はなく、重い雰囲気のまま、夕食は終わった。
風呂に入って、就寝する。
でも、今日はとても寝付きが悪かった。
「ねぇ、起きてるよね?」とレイチェルが言う。
「うん、寝れなくてね」
「私もなんだ。アレックス、私を抱き締めてくれない?」
「…………」
もしもレイチェルがふざけた口調で言ったら、突っ込みを入れていただろう。
でも、今の彼女の声はとても不安そうだった。
「あっ、抱き締めて、だからね。抱いて、じゃないよ」
レイチェルは思い出したように無理やり明るい声で言った。
「分かっているよ」と俺は真面目に返した。
「えっとそんなに真面目に返されるのは照れるよ」
「じゃあ、やめる?」
「ううん、お願い」
俺はレイチェルを抱き締める。
彼女の体は震えていた。
「なぁ、レイチェル、君が何をしようとしているか、そろそろ聞いても良いかな?」
「…………」
「ランテ火山で何をするつもりだい?」
「呪いの打ち消し、だよ」
レイチェルの声は震えていた。
「呪いの打ち消し。ランテ火山でそれが出来るのか?」
もしそうだとしたら、今までどうして黙っていたのだろうか?
「うん、出来る。代償は必要だけどね」
「代償?」
「…………」
レイチェルは即答しなかった。
嫌な間が流れる。
レイチェルは大きく息を吸って、言う決心をしたようだった。
「私の命だよ…………ランテ火山はね、ファイヤードレイクの住む危険な山なの。でも安心して、アレックスは山の麓まで私を送ってくれればいいから。そこなら大した魔物もいないし、安全だから」
「…………ちょっと待ってくれ! なんで君が死ぬって話になるんだよ!?」
「この呪いを打ち消す為には私が死ぬしかないんだよ。ジェーシも今日の人たちも同じ結論だった」
「だから、ファイヤードレイクに君自身を殺させるっていうのかい?」
「違うよ。私には呪いがあるし、そもそもファイヤードレイク程度じゃ私を殺せない」
最上位の討伐クエストの対象であるファイヤードレイクですら、レイチェルの敵ではないのか。
「私は火口に身を投げるつもり」
「…………!?」
「溶岩の中なら生き物はいない。魔王の呪いで私が超回復することは無いから必ず死ぬ」
「…………レイチェル、この方法で全てを終わらせようと思いついたのはいつだい?」
「この方法を考え付いたのはアレックスと旅をして一週間くらい経った時かな。アレックスに救われた夜から、呪いに対処法が無いって分かった時、自分を殺そうと思っていた」
レイチェルに言われて、俺は自分がずっと重大なことから目を背けていた卑怯者だと自覚する。
彼女は出会った時から、死ぬ覚悟をしていた。
だから、会ったばかりの俺に頼みを聞いてくれたら「全財産を渡す」とか言ったし、ジェーシに呪いの解呪方法が無いと言われても取り乱したりしなかった。
あの時、ジェーシが悲しそうな表情になったのはレイチェルの覚悟を感じ取ったからだ。
俺はずっとそばにいてレイチェルの覚悟に気付かなかった。
いや、無意識に気付かないふりをし、不可避の結末から目を背けていた。




