レイチェルの答え
急ごしらえ、ということで夕食に特別なものはなかった。
でも、パンも、肉も、魚も、野菜も、酒も一つ一つがとても美味しい。
料理人の腕だけでなく、素材が良いのだろう。
俺は料理を堪能した。
「どうした? 遠慮は要らない。もっと食べなさい」
フリード様はそう言うが、
「いえ、本当にもう十分食べました」
本当に限界だ。
美味しくて、苦しくなるまで食べてしまった。
その横でレイチェルがまだ食事を続けている。
「レイチェルは本当によく食べるな」
フリード様が微笑む。
こうしてみると王族も平民も子供に向ける視線は変わらない気がした。
「さてと食べながら…………って食べているのはレリアーナだけか。二人ともそのまま聞いて欲しい。明日、この屋敷に解呪師を招くことになった。レリアーナには検査を受けてもらう。明日は少し大変かもしれないから、今日はゆっくりと休むといい」
フリード様の言葉にレイチェルは手を止めた。
「お父様、もし寝ている最中に私とアレックスが手を放してしまい、呪いが発動すれば、大惨事になってしまいます。なので、私とアレックスは一度、街を離れようと思います」
折角の実家だが、仕方ないだろう。
「安心してほしい。呪いのことは理解している。その対策もすでに考えてある。おい、例のモノを」
フリード様が合図するとメイドの一人が小瓶を持って来た。
「この瓶の中には強力な接着効果のある魔法薬が入っている。一度の使用で効果は十時間、寝てる間も安心だ」
フリード様がレイチェルの為に急いで用意させたのだろう。
レイチェルは小瓶を受け取った。
「お父様、ありがとうございます」
「だが、こんな魔法薬に頼らなくてもいい方法があるがね」
フリード様は笑う。
「なんですか?」と俺は尋ねると
「そりゃもちろん、お互いに裸になって…………」
などと言い出したので、
「あっ、分かりました。もう大丈夫です」
と言い、フリード様の言葉を分断した。
「アレックス君、少しだけ私に対する当たりが強くなっていないか?」
それはあなたがボケ倒すからでしょ、と言いたくなったが、堪えて「そんなことないですよ」と返答する。
「まぁ、距離感が縮まるのは良いことだ。なんといっても将来の婿候補だ」
「えっ、わ、私がですか?」と俺は聞き返す。
フリード様の唐突な言葉に驚いてしまった。
「レリアーナも君のことを気に入っているようだ」
フリード様がレイチェルを見る。
俺はレイチェルが「お父様、冗談はやめてください!」とか言うと思った。
「アレックスみたいな人と一緒になれたら幸せでしょうね」
しかし、俺の予想は外れて、レイチェルはとても落ち着いた声でそう答えた。
その横顔はとても美人に見えてしまった。
…………いや、普段から美人なんだけど、言動のせいで忘れかけていた。
「アレックス、何か失礼なことを考えてない?」
レイチェルは俺の心理を正確に見透かす。
「あはは、そんなことないよ。それにしても君までからかわないでくれ」
言いながら、俺はフリード様に視線を戻した。
「フリード様、私は平民です。王族とは釣り合いが取れません」
「私は別に気にしない。それにだ。こういう言い方はあまり気分が良くないが、レリアーナは死んだことになっている。だから、身分を隠して別の土地で暮らしても問題はない」
問題はないって…………
「どうだ、レリアーナ、お前が望めば、私は全力で手助けをするつもりだぞ?」
フリード様はそんな提案をする。
「それはもち……」
レイチェルは即答で何かを言おうとして思い留まったようだった。
真剣で、そして、気のせいか少しだけ悲しそうな表情で、
「今はちょっと保留にしますね」
と歯切れの悪い言い方をする。
「そうなのか?」とフリード様は予想が外れて少し驚いていた。
そして、俺はなぜか動揺していた。
なんでだ?
レイチェルがフリード様の言葉に対して、肯定的なことを言わなかったからか?
口では平民と王族が釣り合わない、と言いながら、期待していたのだろうか?
彼女が「はい、アレックスと一緒になりたいです」とか口にすると思っていたのだろうか?
俺はそんな恥ずかしい思い上がりを忘れる為、グラスのワインを飲み干した。
「おっ、良い飲みっぷりだ。さぁ、もう一杯」
フリード様は酒を注いでくれる。
なぜか、酒が進み、少しだけ酔ってしまった。
さすがに醜態を晒すことは無かったが、レイチェルの部屋に戻ると急に眠気に襲われる。
先に風呂に入っていてよかった。
今から何かをする気にはなれない。
「ねぇ、アレックス、もしかして私がさっき中途半端な答え方をしたから、気を悪くした」
ベッドで横になるとレイチェルが心配そうに尋ねてくる。
「そんなことないよ。ただちょっと自惚れていたかなって」
酒のせいだろうか。
俺はそんなことを言ってしまった。
この数週間をレイチェルと一緒に過ごしたし、その間、仲良くやっていたと思う。
だから、期待してしまった。
レイチェルが俺に対して、友達じゃなくて、その……
「アレックス?」
レイチェルに呼ばれて、変な考えを振り払う為、頭を振った。
この状況はお互いに望んだ結果じゃない。
呪いのせいで仕方なく、陥っているだけだ。
もし呪いが解呪されれば、俺とレイチェルは平民と王族、別の世界の人間だ。
そう考えると、報酬をもらわない、って言ったのが恥ずかしくなってきた。
レイチェルにとって、俺は助けてくれた恩人だ。
だから優しくしてくれる。
ただ、それだけだ。
でも、俺にとってレイチェルは…………
「ねぇ、聞いて。アレックス、食事の時に中途半端な言い方になっちゃったのは理由があるの」
レイチェルは少し言うのを躊躇っているようだった
「だって、もし呪いがジェーシの言っていた通り……って、アレックス?」
レイチェルが何かを言っていたのは分かったが、俺の脳は長旅と酒のせいでもう限界だった。
意識が混濁し、寝てしまう。




