大浴場
大浴場に移動してから問題に気付く。
川で体を洗う時は交代で裸になっていた。
二人で同時に服を脱ぐと事故が起こることが初日で分かったからだ。
だが、ここは大浴場なので服を着たまま、風呂に入るというわけにはいかないだろう。
「レイチェル、体を洗ったら出るよ」
それならお互いに裸を見ずにやり過ごせるだろう。
だが、俺が言うとレイチェルは残念そうな表情になった。
「そんなこと言わないで、あったかいお湯に入ろうよ」
「だって、そんなことしたらさ…………」
「今更、恥ずかしいことが少し増えても私は気にしないよ。それよりもアレックスには疲れを取って欲しいし…………それともいよいよ理性が限界?」
レイチェルにからかわれて、俺はムッとした。
「俺の貞操観念をなめないでくれ。それにさ…………」
ここで本能のままに動いてしまったら、フリード様の期待通りの展開だ。
新刊のネタにされてしまうだろう。
そんなことは絶対にさせない。
「じゃあ、いいね。私もアレックスも服を脱ぐんだよ?」
「分かったよ」
というわけで俺とレイチェルは初日以来、初めてお互いに裸になった。
俺はレイチェルの方を見ないようにする。
「…………」
レイチェルが変な無言の間を作ったので嫌な予感がした。
「レイチェル、まさかこっちを見ていないよな? 主に下半身とか?」
するとレイチェルの手に一瞬だけ力が入った。
…………おい!
「見たっていう証拠はないよ!」
「それは犯人が言う台詞だ!」
まぁ、腰にタオルを巻いているので直接見られることは無いけどさ。
「と、とにかく早く入ろうよ。久しぶりのちゃんとしたお風呂だしさ!」
レイチェルは俺の手を引っ張って、大浴場の中へ入った。
「…………凄いな」
俺は光景に圧倒された。
広いのもそうだが、造りにも拘りがあるようで芸術性も高い。
まさに王族が使用する大浴場と言うべきだろう。
「こっちだよ」
レイチェルは俺を洗い場へ案内する。
そこで俺たちはお互いに足の付け根を持って、交互に体を洗った。
蛇口を捻ると温かいお湯が出てくる。
これだけでも俺は感動できた。
そして、いよいよ湯船に入る。
湯加減は丁度いいし、足は思いっきり伸ばせる。
俺はその心地よさに脱力した。
「このお風呂にはちょっとした仕掛けがあるんだよ」
レイチェルはそう言いながら、ボタンを押して何かの装置を作動させた。
するとお風呂がブクブクと言い出して、気泡が発生する。
気泡が体に当たると心地よかった。
「これならお互いの裸、見えないでしょ?」
「えっ? あ、そうか」
見ると大量の泡で俺たちの体を隠れていた。
「だから、こっち向いても大丈夫だよ」
声の反響でレイチェルがこちらを向いていることが分かった。
「!?」
でも、思ったより至近にレイチェルの顔があったので少し驚いてしまった。
濡れた髪と肌がとても色っぽい。
お互いに肩まで湯に浸かっているので他の部分は見えないのだが、その分、色々と想像してしまう。
「…………」
レイチェルの姿を見て、反応してしまった。
これをどうにかしないと風呂から出れない…………
「どうしたの、アレックス?」
「い、いや、なんでもない」
こんな事実を知られたら、絶対にレイチェルが面白がってしまう。
こいつをどうにか鎮めないと…………
「アレックス、無言だと気まずいから何かしゃべって」
俺が自分の息子をどうにか寝かせつけようとしているとレイチェルから雑な振りをされた。
「何かって難しいな」
「じゃあ、報酬は何が良い?」
『報酬?」
俺がキョトンとした顔をするとレイチェルは溜息をついた。
「アレックスは欲が無さすぎるよ。あっ、性欲の話じゃないよ」
「そんなのは文脈で分かってるから、わざわざ言わなくていいよ」
どうして今の話の流れで「性欲」なんて単語が出てくるんだ?
「アレックスは私に猶予をくれた。報酬を望んで当然だよ? 具体的に何が良い? やっぱりお金? それとも土地? 爵位とか?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
俺が声を張るとレイチェルは驚いていた。
「報酬は…………いらないよ」
俺が言った瞬間、レイチェルはバシャンと水飛沫をあげながら、「駄目!」と言い、身を乗り出した。
上半身が湯船から出たので、俺は反射的に視線を逸らす。
そんなものを見せられたら、俺の息子は寝るどころかギンギンに目を覚ましてしまう。
「レ、レイチェル、前、見えるから!」
俺に言われて、再びレイチェルは体を湯船に沈めた。
「ねぇ、アレックス、どうして? 私はあまりこういう言い方は好きじゃないけど、お父様ならアレックスが一生で稼ぐお金を簡単にすぐ用意が出来るよ。それくらいは受け取ってくれないかな?」
とても魅力的な提案だ。
しかし、それでも俺は、
「もし叶うなら、やっぱり報酬は要らないよ」
と答える。
「……理由を聞かせて?」
「笑わないでほしい…………」
「約束する」
「君との旅はとても楽しかった」
「えっ?」
「初めは緊張したけど、君は適度に馬鹿でさ」
「あれ、褒められると思ったけど、私、馬鹿にされるの? 一回ぶっ飛ばす?」
「最後まで聞いてくれよ。君はこんな状況なのに馬鹿で明るくて前向きで、それに偶然出会った俺みたいな普通の人間にも優しくしてくれた。勇者と旅をしたなんて、俺にとっては凄い思い出だよ。何より楽しかった。だから、俺は報酬をもらいたくないんだ」
「意味が分からないよ」
「えっと、つまりだね。もし、お礼を受け取ったら、俺はその為に君をここまで送ったことになってしまいそうなんだ。ここまで来たのは君を助けたかったのはあるけど、それ以上に君といるのが楽しかったからだ」
「もしかして、私って今、告白されてる?」
「えっ? そんなわけないだろ」
なんでそうなるんだ。
「ふ~~ん、無自覚なんだ。ジェーシの言っていたこと、ちょっとだけ分かった気がするな」
「どういうことだ?」
「アレックスが童貞な理由」
「なんでいきなり刺した!?」
「し~らない。さてと、とりあえず報酬の件は保留にするね。こういう言い方も好きじゃないけど、王族としての体面があるから、何もあげないってわけにはいかないんだよ」
「そんな…………」
「文句があるなら、要求を考えておいてね。……そろそろ出ないとのぼせそうだよ」
俺も少しボーっとしてきた。
十分に大浴場は堪能したし、そろそろ出ようか。
「…………」
湯船から出たかったのに俺の息子がまったく寝ようとしない。
「……レイチェル、もう少しだけ時間をくれないか?」
「えっ、なんで? 私、結構、限界だよ。アレックスだって顔が真っ赤」
うん、自覚はある。
頭がクラクラした。
でも、今出るわけには…………あれ?
急に眩暈がして体に力が入らなくなった。
「アレックス!?」
レイチェルが俺を呼ぶ声を最後に意識が途絶えた。




