レイチェルの父親
椅子の一つに男性が座っていた。
「レリアーナ……」
男性はレイチェルの元へ向かってくる。
表情は今にも泣きそうだった。
その様子から説明されなくてもこの人、いや、この方がレイチェルのお父様で王弟のフリード様だと分かった。
「レリアーナ!」
フリード様はレイチェルを抱き締めた。
「お父様……」
レイチェルは泣きそうな声で答える。
「信じられない。早馬でお前は魔王と相打ちになったと聞いていた……」
フリード様の姿は王族ではなく、娘を心配する普通の父親だった。
「いくつか話さなければならないことがあります。ですが、まずは彼を紹介させてください」
話題が俺に向き、自然と緊張感が増す。
「君も勇者なのかい?」
フリード様の口調はとても柔らかかったが、俺の緊張が緩むことは無い。
王族は気難しく、短気で我儘、士官学校時代に仲間内でそんな悪口を言っていたし、実際に歴史を見ると権力に任せて、悪行の限りを尽くした王が何人もいる。
少しでも不興を買ったらどうなるか、と考えてしまう。
「い、いえ、私は勇者ではありません。私はルガルド王国軍後方部隊所属のアレックス、ロードであります!」
俺は多国籍軍共通の敬礼をした。
この国にはこの国の挨拶があるかもしれないが、生憎、それは知らない。
多国籍軍共通の敬礼なら、礼節を欠くことは無いだろう。
俺があまりに畏まった対応をした為、レイチェルはクスリと笑った。
いつもの調子で何か言いそうになってしまいそうだったが、思い留まる。
「ルガルド王国の兵士である君がなぜレリアーナと一緒にここまで来たのだ?」
フリード様は不思議そうだった。
「えっと、あの、その……」
緊張で頭が回らない。
無意識にレイチェルを見ると「しょうがないなぁ」と言いたそうな表情だった。
「お父様、アレックスは緊張しているみたいなので。それは私の方から説明致します。少し長くなるので椅子に腰かけてお話してもよろしいですか?」
レイチェルは楽しそうだった。
「ああ、もちろんだ。紅茶と菓子を用意させよう」
フリード様がメイドさんに指示を出す。
「さてと改めて君たちはどういった関係だね?」
フリード様はレイチェルと俺を交互に見た。
レイチェル、任せたぞ。
もし、馬鹿正直にレイチェルの裸を見たとか、胸を揉んだとか、股間に顔を埋めたとか言ったら、首が飛ぶかもしれない。
「裸を見せたり、胸を揉ませたり、股間に顔を埋めたられた関係です」
…………え? ん!? おい!!
レイチェル、何を言ってくれているんだ!?
君は俺を殺したいのか!?
こんな仕打ちはあんまりだ!
「ほう、アレックス君……」
フリード様が俺にとても、それはとても熱い視線を送って来る。
もしかして王族の女性に性犯罪を行ったってことで、俺は処刑されるの!?
いや、普通の処刑じゃないかもしれない。
肉を削がれたり、四肢に縄を付けて牛に引っ張らせたり、虫攻めとか…………
俺は血の気が引いていった。
「中々に面白そうなことになっているじゃないか!」
フリード様は豪快に笑い始めた。
「…………えっ?」
俺は夢でも見ているのだろうか?
「やっぱり、そう思いますよね、お父様!」
レイチェルは興奮気味に言う。
「で、何故、そんなことになったのだ?」
フリード様が言うとレイチェルは少し真面目な声でここまでの経緯を話し始める。
レイチェルの話をフリード様は真剣に聞いていた。
話の途中で先ほどのメイドさんが紅茶と菓子の用意をして戻って来たが、口を付ける気分ではなかった。
「なるほどな……」
フリード様がレイチェルの話を聞き終えると大きく息を吐き、紅茶を口にする。
深刻そうな表情だ。
愛する娘が魔王から呪いを受けてしまい、そのせいで平民の俺と行動を共にしないといけなかったのだから、当然だろう。
「二人で行動しないといけない男女を題材にした小説としては王道だな。お約束もきちんとこなしている」
ん?
俺は何か聞き間違えただろうか?
「やっぱりそう思いますよね! こんな状況、小説みたいですよね!」
ん?
レイチェル、だから、なんで君は楽しそうなんだい?
「レリアーナ、私もこの手の展開の小説は何度も書いたし、読んだ。だが、実際に男女が一緒に行動しないといけない場合、どんな問題が起きるか聞かせてくれないか?」
フリード様はとても興味を持っているようだった。
ん?
小説を書いた?
「良いですよ。あっ、でも、本当に恥ずかしいことは言いませんからね」
「父はそこまで娘に対して、気配りが出来ないわけじゃないぞ」
「あ、あの、ちょっと待ってください」
俺が二人の会話を分断する。
さっきまでなら王族の会話を分断するなんて、恐れ多くて出来なかっただろう。
だけど、今ならあまり抵抗が無い。
なんだか、レイチェルが二人いるような感覚になっているからだ。
「なんだい、遠慮なく言ってみてくれ。君からも色々と聞きたいんだ」
フリード様は俺に対して、怒るとかはなく、興味を持っているようだった。
「えっと、小説を読むのはともかく、書くのですか?」
俺が尋ねるとフリード様はとても良い笑顔になった。
「そうなんだ! 私は子供の頃から小説を書くのが好きでね! いつからか、人々に読んで欲しいと思ったんだ。あっ、ただし、私の名前では出版していないぞ。信用のおける者たちに協力してもらい、身分正体を隠して、執筆活動を行っている。王族が書いたとバレれば、率直な意見というのはもらえなくなるからな。ある界隈で私は結構有名作家なんだ」
身分に頼らずに、というのは素直に凄いと思った。
自分を誇示するだけなら、王族と言った方が早いはずだろう。
フリード様は「そうだ」と言い、立ち上がらると客間にあった本棚から一冊の本を取り出した。
「これは最近、執筆した本なんだ。良かったら、少しだけ読んでくれないか? ここの一番盛り上がる部分からでいいから」
そう言って、フリード様は終盤の部分を開いて俺に渡す。
いやいや、いくら見てもらいたいからって、一番盛り上がるところだけを渡されても…………とは思ったが、断るわけにもいかずに俺は指定された場所から小説を読み始めた。




