レイチェルの部屋
「そういえば、レイチェル、っていうのは身分を隠す為の名前だった、ってことだよね?」
「うん、簡単に言えば、そうだよ」
「じゃあ、これからはレリアーナと呼んだ方が良いよね?」
俺の言葉にレイチェルは少し悩んでから、
「アレックスはどっちで呼びたい?」
と質問を返して来た。
「どっちでもいいの?」
「うん、別にレイチェルっていうのも私にまったく関係ない名前ってわけじゃないから、アレックスの呼びたい方で良いよ」
「俺は…………レイチェルって呼びたいかな。今までの呼び方を変えるのは違和感があるし、レリアーナって名前はいかにも王族みたいで呼ぶのが恐れ多いっていうか……その……」
俺が申し訳なさそうに言うとレイチェルは笑った。
「うん、良いよ。実を言うと今からアレックスにレリアーナって呼ばれる方が違和感があるかな、って思っていたの」
「ありがとう……レイチェル」
「お礼を言われるようなことじゃないよ。…………さてと流石にこの格好じゃ、お父様に会えないね。アレックス、ちょっと付き合って」
レイチェルは立ち上がり、俺もその動きに合わせた。
彼女の服は俺が触れやすいように露出が高い。
王弟であるレイチェルのお父様が見たら、激怒するかもしれない。
「えっと、着替え、着替え、と」
レイチェルはクローゼットを開ける。
中には高価そうな服を収納されていた。
「ドレスはこの状態じゃ着づらいし……これで良いや」
レイチェルが選んだのはかなりシンプルな白地主体のワンピースだった。
「アレックス、着替えるからね」
「分かったよ」
レイチェルに言われて、俺は目を閉じる。
初めは手こずっていた着替えだが、最近は完全に慣れた。
お互いに細かい指示をせずに動いて、着替えを終える。
「あれ?」
ワンピースは問題無く着ることが出来たのだが、飾りボタンの一つが取れてしまった。
それは俺の足元をすり抜けて、ベッドの下へ潜り込む。
「俺が取るよ」と言い、ベッドの下へ手を伸ばした。
初めはレイチェルも動きを合わせてくれたのに途中で何かを思い出したようで、
「やっぱり、ボタンなんていいよ!」
と言って、いきなり俺の手を引っ張った。
その時、俺は咄嗟に何を掴んだ。
それをベッドの下から引き抜く。
ボタンじゃない。
本だった。
「…………」
「…………」
それを見て俺たちは硬直する。
方や、見られたくないモノを見られてしまい、方や、その本の衝撃的なタイトルに唖然としてだ。
「『女勇者は奴隷に落ちて、快楽に溺れて、幸せに暮らす』…………。えっと、女勇者様、このような願望があるのですか?」
「名前で呼んで! 敬語はやめて! 距離を取らないで!」
レイチェルは顔を真っ赤にしながら、訴える。
「違うから! 私にこんな願望があるわけじゃないから! ちょっとタイトルで気になって買っただけなの!」
「このタイトルが気になったというレイチェルの趣味についてちょっと話し合おうか?」
「うっ…………! 嵌められた!」
別に俺は嵌めてない。
いつものようにレイチェルが自爆しただけだ。
「で、このタイトルが気になった。こういう展開の小説を読みたいと思った、と?」
「やめて! ここぞとばかりに責めないで! 私が王族だって知って、少し緊張していたアレックスはどこに行ったの!?」
「こんな衝撃的なタイトルの小説を見たら、やっぱり君は君なんだって、思って緊張は無くなったよ。緊張は完全に無くなった。ありがとう、レイチェル」
「うぅぅ……全然嬉しくない……」
レイチェルは少し涙目になる。
ちょっと面白くなって、さらにレイチェルを追求しようとした時だった。
コンコン、と唐突に部屋の外からドアをノックされる。
「レリアーナお嬢様、フリード様のご準備が出来ました。大広間でお待ちです」
ブラッドさんの声がした。
「わ、分かりました! ほら、行きましょう!」
レイチェルはこれ幸い、と俺の手を引っ張る。
あっ、そうか、この状態ということは俺も一緒に行かないといけないのか。
そう考えるとまた緊張してきた。
だって、俺がこれから会うのは王族。
しかも国王陛下の弟だ。
俺たちは廊下を進んでいく。
「こちらでお待ちになっています」
ブラッドさんが大きな扉を開ける。
部屋の中は庶民の俺には不釣り合いなほど豪勢な客間だった。




