秘め事
俺たちは村から十分に距離を取った場所で野営地を作った。
「アレックス、ごめん」
二人で寝巻に入った後、レイチェルが申し訳なさそうに言う。
「急にどうしたんだい?」
「だって、折角の里帰りなのにこうやって村を離れないといけなくて…………」
「そんなこと、気にしなくていいよ。この件が解決したら、ゆっくりするつもりさ。でも、勝手に軍を抜けたことはヤバいよな」
あの時は気持ちが昂っていたので決断してしまったが、よく考えるとまずい。
「軍を抜けたことは心配しないで大丈夫。お父様に言えば何とかなると思う」
「何とかなるって、レイチェルって貴族だったりするの?」
「貴族? う~~ん、そんな感じかな。でも、気を使わないでね。今の距離感が良い」
レイチェルは少し不安そうだった。
「今更、接し方は変えられないよ」と俺が返すとレイチェルは安心しているようだった。
実はレイチェルが貴族ではないかとは薄々考えていた。
レイチェルのお母さんも元々はメイドだったって言っていたし……
「アレックス、私はあなたに救ってもらった。本当ならあの時、自決しないといけなかったのにこうやって人生を延長できた」
「大袈裟だよ。俺に呪いを打ち消すことは出来ない。だから、君にこんな不便な生活をさせているしさ」
「でも、慣れてくると楽しい」
レイチェルは笑った。
「恥ずかしいこともたくさんあるけど、誰かとこうやって旅をするのってやってみたかった。それに友達も初めて出来た。…………ねぇ、アレックス、私たちって友達、だよね?」
レイチェルの言葉には何か引っかかりがあった。
「そうだね。友達だよ。変わった出会い方をしたけどね」
俺が答えるとレイチェルはまた笑う。
「うん、本当に変わっている。そう言えば、昔ね、魔道具でお互いの手首を拘束された二人の小説を読んだことがあったの」
レイチェルの眼がキラキラしている。
自分の好きなことを話すのは別に構わないけどさ…………
「それに比べるとアレックスって本当に理性が強いね。その小説の二人は手錠をされた日の夜には合体していたよ!」
レイチェル、君、日に日に遠慮なく官能小説の内容を話すようになってきたよね?
とても反応に困るんだけど?
「そういう小説ならヤらないといけないからだろ。現実はこんなものさ」
うまく返したと思ったのに、
「でも、アレックスは私の股間に顔を埋めたよね? 小説みたいに」
ジャイアントオーク戦後のことを指摘されてしまった。
「それは忘れるんだ」
「あんなの忘れるなんて無理だよ」
それは同感だ。
俺だって鮮明に覚えている。
それに初めの頃は大丈夫だったが、共同生活がここまで続くとさすがに溜まってくるものがある。
「大丈夫だよ。私、何も聞かないふりをするから。それにほら、今日はアレックス、右手を使えるよ」
あまり意識していなかったが、今日は俺の左手とレイチェルの右手を縛っている。
「余計な気遣いをしなくいいから。俺は絶対に屈しない」
「屈しないということは我慢しているってことだよね? 我慢は良くないよ」
レイチェルはとても強く勧めて来る。
というか、俺にはこれだけ言うのに自分は平気なのだろうか?
…………いや待てよ。
「レイチェル、君は俺が寝た後、俺の周囲に防音の魔法をかけてないような?」
言った瞬間、楽しそうに俺をからかっていたレイチェルの表情が真顔になって、そして、視線を逸らした。
「…………おい」
「ちょっと待って。何をしてるかはまだ言ってないよ」
「何かはしているんだな?」
「……!? また誘導尋問をされた!」
「いや、してないから。それにまぁ、思春期だし、それくらいはいいじゃないか」
「待って! 私が自○をしているって決めつけないで!」
俺が躊躇って言わなかった単語を迷わず言ったよ。
レイチェルって凄いな。
「そういえば、朝一で水浴びがしたいって言った日が何度かあったよね?」
「!?」
レイチェルの手に力が入った。
どうやら当たりらしい。
レイチェルは顔が真っ赤で、涙目になっていた。
「ご、ごめん」
さすがに攻め過ぎたかと思って、慌てて謝る。
レイチェルは顔の下半分までを毛布で隠した。
「だって、こんな小説みたいな状況だよ。興奮しないわけないよ」
レイチェルは開き直った発言をする。
受け答えに困ることは言わないでほしい。
「だから、ほら、アレックスもしていいんだよ。私はそれをオカズにするから! そして、私がオカズになる。良い循環だと思わない!?」
「思うわけないだろ!」
何が良い循環なんだ!?
それにオカズとか言うな!
オカズにするな!
オカズになろうとするな!
「それをしたら、君の好きな小説の展開まで進むかもしれないからな!」
俺はレイチェルが「それは困る」とか言うことを期待した。
でも、レイチェルは真剣に悩み始める。
「よし、寝よう」
俺はレイチェルと逆側を向いた。
「えっ? まだ、私何も言ってないよ」
あまり隙を見せられると本当に一線を越えてしまいそうだ…………
少しの間、レイチェルは話しかけていたが、俺が完全に対話を拒否していると分かると諦めた。
辺りが静かになると自然と睡魔に襲われて、いつの間にか寝ていた。
翌日、起きるとレイチェルはもじもじしていた。
トイレかと思ったが、
「朝一でちょっと水浴びをしたいんだけど」
と言われて、レイチェルがもじもじしている理由を直感する。
「君って凄いな。両手が空いていたら、拍手をしていたよ」
レイチェルの顔は真っ赤になった。
昨日の会話があったのに、水浴びがしたいなんて言うとは思わなかった。
「私だって、昨日は我慢しようとしたよ! でも、目を閉じるとアレックスが私の股間に顔を埋めたのを思い出して、興奮して寝れなかったの!」
「性欲魔王……」
「ちょっと、仮にも私は勇者だよ!? 魔王は酷くない!?」
レイチェルは涙目で抗議する。
「とにかく、水浴びだね。…………」
俺は自然とレイチェルの自由になっている左手に視線を向けていた。
「ちょっと今、私が昨日したことを想像しながら左手を見たでしょ!?」
すぐにバレてしまった。
レイチェルは左手を隠す。
「見るはずないだろ! さぁ、早くしてくれ! 村に戻らないといけないんだからさ!」
「あっ、ちょっと!」
俺はこれ以上の追及をされないようにレイチェルの手を引っ張って川へ向かった。




