レイチェルの能力
オークだって?
そんなの魔力を持たない人間がどうにかできる魔物じゃない。
いや、多少の魔力を持っていたとしてもオークには勝てない。
銀階級以上の冒険者パーティじゃないと討伐出来ない強さの魔物だ。
だが、こんな小さな村には冒険者なんていない。
そもそも魔力持ちだってジェーシ一人のはずだ。
今は俺もいるが、俺もジェーシも戦闘系の魔法は使えない。
「私が行くよ」
レイチェルが言ってくれた。
「良いのかしら? 助けてもらえるのは本当に助かるけど、大したお返しは出来ないわよ」
「私の呪いの解析をしてくれるから十分だよ。それに困っている人を放っておけないから」
その発言を聞くとレイチェルはやっぱり勇者なのだと思ってしまった。
俺じゃ、こんなに迷いなく行動することは出来ない。
「じゃあ、任せるけど油断しないでね。今のあなたは大きなハンデを背負っているのよ」
おい、その大きなハンデってなんだ?
「大丈夫。オークぐらいなら、これくらいのハンデ問題ないよ」
おい、これくらいのハンデってなんだ?
泣くぞ?
「というわけだから、大きなハンデ君、頑張って来なさいよ」
ジェーシは肩をポンと叩いた。
ですよねーー。
よし、泣こう!
「じゃあ、行くよ」
レイチェルが俺の手を引っ張った。
「おい、あんまり引っ張らないでくれよ。それに本当に大丈夫か? 俺は身体強化魔法も満足に使えないぞ?」
「えっと、それは大丈夫だよ。それに気付いていない?」
「何を?」と俺が聞くとレイチェルは笑った。
「実は私も触れると発動する魔法を使えるんだよ。しかもアレックスと同じで常時発動型の魔法」
レイチェルは得意気に話した。
「それはなんだい?」
「アレックス、少し不思議だと思わない? 身体強化魔法を使えないはずのあなたが私の一緒に走っているんだよ?」
確かに言われてみれば、俺の体力じゃ、この速度で走りながら会話なんて出来る方がおかしい。
「じゃあ、レイチェルの能力って身体強化魔法の付与とかなのか?」
「違うよ。私はありとあらゆる能力を強化できるの。単純な力も、免疫力も、魔法もね」
なんだよ、その滅茶苦茶な能力はさ。
いや、滅茶苦茶な能力を持っているから勇者なのか。
そして、なぜ〝御旗の勇者〟なのか分かった気がする。
レイチェルがいれば、全体の戦力が上がる。
戦場で掲げる戦旗だから〝御旗の勇者〟なのだろう。
「見えてきたね!」
畑に大きな影が見えた。
オークだ。
「おいおい、こいつって…………」
しかも普通のオークよりも大きい。
ジャイアントオークと分類される個体だ。
「皆さん、怪我は!?」
俺が言うと近くの人が、
「怪我人は出ているが、まだ誰も死んじゃいない」
と言う。
それを聞いて、俺はホッとした。
「オークは戸惑っているね。野生の魔物は警戒心が強いから、相手が自分より弱いって確信しないと襲ってこないよ」
レイチェルは言いながら、剣を抜いた。
「でも、こっちが弱いってバレたら、暴れるね。…………皆さん、逃げてください。私がやりますから」
宣言するレイチェルの瞳はとても鋭く冷たかった。
それは彼女が死線を越えてきた勇者だと納得させるに十分な迫力だ。
「いや、お嬢ちゃんだけに任せるわけには…………」
「いいから逃げてください!」
俺は強く言った。
最前線に出たことのない俺がこんなことを言っても説得力が無いかもしれないが、戦いで弱い味方は強い敵よりも脅威だ。
レイチェルが守らなければならない対象、足を引っ張る存在は排除しないといけない。
この村の人たちは俺のことを子供の頃から知っている。
俺が怒鳴るなんて思わなかったらしく、驚いて指示に従ってくれた。
村人たちが背中を向けるとジャイアントオークは自分の方が強いと確信し、村人たちに襲い掛かろうとした。
「させませんよ。アレックス、頑張ってください」
そういえば、弱い味方が強い敵より脅威って話はまさにこの状況だよな。
レイチェルが動きに加減を加えているのが分かる。
俺が対応出来る速度で動いて、ジャイアントオークの正面に立った。
レイチェルが強いのは分かるが、俺が一緒で本当に大丈夫だろうか?
そんな不安が過る。




