カッパ様の失せ物探し ~かぐや姫のお尻の穴を探せ!の巻~
今回は、謎解き要素もあります。
時は、屁安の世。
とある地方の山奥深く、河童様が住まうといわれる沼がありました。
そのカッパ様は『失せ物探しの達人』であり、どんな物でもたちどころに見つける事ができるが、頼み事をした者の命を奪うとも伝えられ、人々から恐れられておりました。
*
ある日のこと、その恐ろしい沼に精悍な顔つきの一人の若武者が訪れました。
「私の名は『便慶』! はるばる東の御奈良の国からやって来た! カッパ様はこちらにおわすか?」
そう言って、便慶と名乗る若武者は、山盛りのキュウリを沼の縁に積み上げます。
すると、ザバーン! と水面から緑色の肌の、人に似た生き物が陸に上がって来ました。
「かーっぱっぱ(笑い声)! 俺を呼んだのはお前か?」
頭に皿を持ち、髪型はおかっぱ頭。背中に甲羅を背負った、テンプレともいうべき風貌のカッパ様は、若武者に話しかけます。
しかし、便慶は服が汚れるのも構わず、その場にひれ伏しました。
「おお、カッパ様! 本当に現れて下さるとは、私は……」
「あああん? またキュウリかよー。まったく人間ってやつは、相変わらず芸がねえなあ」
キュウリを拾ったカッパ様は、ボリッと一本丸かじりにしながら嫌そうに言います。
「ええっ? カッパ様はキュウリが大好物なのでは?」
「そりゃ、もちろんキュウリは好きよ? でも、来るやつ来るやつみんなキュウリばっか持って来るから、いいかげん飽きるぜ? ほら、キュウリって意外と料理のレパートリー少ねえし、日持ちもしねえし」
「ええ……?」
「だから、次は肉とか酒とか、かっぱえびせんとかを持って来てくんねえか? 次があるかは分かんねえけど」
「カッパ様が肉も召し上がられるとは……。承知いたしました」
「で、用件は何? ま、聞かなくてもだいたい分かるけどさ」
カッパ様はキュウリを腹に納めると、ポンと腹鼓を打ちます。
「探してえのは、徳川の埋蔵金か? それとも、失くした人生の思い出か? どんな依頼も俺にとっちゃ『屁のカッパ』だぜ?」
決め台詞を放つカッパ様に対し、便慶は再びガバッと平伏します。
「カッパ様にたってお願い申す! 私が仕える姫君の『お尻の穴』を探していただきたい!」
それを聞いたカッパ様は、驚きもせずに言いました。
「あー、なるほど」
*
便慶が仕える、『御奈良』の国を治める『臭王』様の一の姫君、その名は『嗅ぐや姫』。
そのお姿は、この世の物とは思えないほど清らかで、その美しさは夜の帳の中でも光を放つほどでありました。
ところがある時、急に姫様のお通じが無くなり、お医者様に見せたところ、かぐや姫様の『お尻の穴』がどこかへ消え失せてしまったとの事です。
臭王様は、慌てて家来たちに世界中を探させましたが、一向に姫のお尻の穴が見つかる様子はありません。
姫様は次第に体調を崩され、今では寝たきりで起きる事すら出来ぬ身体になってしまわれたとか。
「私もさんざん手を尽くしましたが、後はもうカッパ様におすがりするより他は無く……」
「まあ、俺に頼るのは正解だ。俺は尻の穴のプロフェッショナルでもあるからな。だが、あんた俺の噂を聞いてねえのか?」
「はっ! カッパ様はどんな失せ物をも見つけるが、その対価に命を取られるとも伺っております。姫君のお尻の穴を見つけた暁には、どうぞ私の命をお召し下され!」
名刀『菊一文字』をすらりと抜いて、迷う事なく腹を切ろうとする便慶にカッパ様はあっさりと。
「かっぱっぱ、そりゃあ嘘だ」
「……はい?」
「いやまあ、たまに『尻子玉』を抜く事もあるけど、そういうのは嫌な奴にしかやんないからね? 例えば、越後屋お主も悪よのう的な奴らとか。だから、依頼料は話を聞いて気分で決めてる」
「はあ……」
「で、便慶つったっけ。あんた、なんで命を懸けてまで尻の穴を追っかけてんだ? 殿様への忠義か? 出世のためか?」
その問いに、便慶はとまどいながらも正直に答えます。
「恥を忍んで申しますと、姫を助けたい一心にてございます」
「ほう?」
「私とかぐや姫様はいわゆる乳兄弟の間柄で、幼き頃から主従でありつつも、もっとも近しい友人としてお付き合いをさせていただいておりました。もし、姫をお助けする事ができるのならば、私の命など露程も惜しくはございませぬ」
それを聞いて、カッパ様はニヤニヤします。
「なるほどなあ。あんたはそのかぐや姫に『ラブ』な訳だ」
「えっ? いえ、私は……」
「かーっぱっぱ、みなまで言うな。幼なじみの身分差ピュアラブ、最っ高じゃねえか。あんた、告ったりしねえの?」
「そんな事はできませぬ。私は姫に仕える身、それに姫様には近々縁談の話も上がっております。そのような大それた事は……」
うつむく便慶に、カッパ様は笑って膝を叩きます。
「ふむふむ、見返りも無しに好きな女のために命を懸けるたあ、漢の鑑じゃねえか。よーし、分かった! あんたの依頼、無料で受けてやらあ」
「ええっ!? ですが、それではあまりに申し訳ないと存じまするが」
「そう? じゃあ、酒をくれよ。一樽くらい」
「はっ、それで良ろしければ、一樽でも二樽でもお好きなだけ」
「よし来た、交渉は成立だな。そんじゃ、あんたが探して回った所を一通り聞かせてくんねえか? 一応な」
二人は沼のほとりに腰を下ろし、便慶は今までの旅の経緯を語り始めました。
*
まず、私が御奈良の国を立ち、最初に向かったのは天竺(インド)でございます。
一時はお釈迦様から、ヨガファイヤーや天魔降伏を食らう事態にまでなりましたが、なんとかお話を聞かせていただくことができました。
ですが、天竺にはかぐや姫様のお尻の穴はございませんでした。
*
次に私は東の果て、仙人が住まうという蓬莱島へと向かいました。
そこには仙人が千人もいましたので、全員から話を聞くのは大変でしたが、なんとか聞き取ることができました。
ですが、蓬莱島にもお尻の穴はございませんでした。
*
次に、私が向かったのは唐の国 (中国)。
流れで牛魔王と戦う事になり、グレートホーンを食らったりしましたが、なんとか打ち倒す事ができました。
ですが、唐の国にもお尻の穴はございませんでした。
*
ついに旅は海の底。私は竜宮城を訪れました。
三海の主、リヴァイアサン様と一騎討ちを行い、廬山昇龍覇を何発も食らいましたが、なんとか引き分けに持ち込み、ご協力をいただく事ができました。
ですが、とうとう海の中でもかぐや姫様のお尻の穴を見つける事はできませんでした……。
*
「あと、燕の巣の中も探してみましたが、あるのは鳥のフンばかり。結局、何一つ手がかりすら得られず、このままでは御奈良に帰る事すらできないと思っていたところ、『失せ物探しの達人』であるカッパ様の噂を聞き、こちらに訪れた次第でございます。カッパ様、どうか私に力をお貸し下さい……」
「かーっぱっぱっぱっぱっぱ! あんた、ずいぶん無駄な苦労をしたもんだなあ!」
涙ながらに嘆願する若武者を、なぜかカッパ様は笑い飛ばします。
「何がおかしいのでござる!」
「あー、悪い悪い。実はもう俺、尻の穴をとっくに見つけちゃってんだよね」
「ええええっ!? それは、どこに?」
衝撃的なカッパ様の言葉に、便慶は食い気味に詰め寄ります。
「まあまあ、焦んな焦んな。あんたにも見えてると思うんだけど、気づいてねえみてえだな。そうだなあ、時間をやるからちょっと今までの道中を思い出してみろよ」
「えっ? あ、はい……」
カッパ様にそう言われ、便慶は不思議な顔をしながら、旅の記憶を辿ってみる事にしました。
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
「そろそろどうだ? 見つける事ができたか?」
待ちくたびれたカッパ様がアクビをしながら聞きましたが、便慶は浮かない顔で。
「いえ、まったく見当も付きません……」
「あああん? ったく、しょうがねえなあ。じゃあ、『答え合わせ』だ。俺が取って来てやるよ」
そう言って、カッパ様は腕の間接を外し、にょーんと手を伸ばします。
「おーら、つかまえた。これがかぐや姫の尻の穴だ」
「えっ、これが!?」
カッパ様が開く手の中をのぞくと、そこにあったのは小さな『*』。
「これが、姫のお尻の穴……!」
「分かんなかったか? まあ、姫さんの尻の穴なんぞ見る機会も無えだろうしな。でも、*は旅の道中、ずっとあんたについて回ってたぜ?」
「どおりで*をよく見かけると思いましたが、まさかこんな近くにいらしたとは……。従者として不甲斐なし、穴があったら入りたい!」
「尻の穴なら*にあるけど、入るか?」
「それは勘弁して下さい」
真顔で断る便慶に、カッパ様はゲラゲラ笑いながら。
「まあ見た感じ、かぐや姫はあんたに惚れてるな」
「…………えっ?」
「だって、姫さんは縁談の話が嫌だから*だけ逃げ出したんじゃねえのか? そんで、あんたの所に来たと」
「そんな、まさか……」
「かっぱっぱ、間違えねえよ! 失せ物探しの達人にして、尻の穴マスター。そして、幼なじみ恋愛推進委員長の俺が保証するんだ、帰ったらとっとと告って恋人同士になっちまえ」
「ですが、私は、あくまで姫の従者でして……」
「あー、もう! これだから人間は面倒くせえな!」
忠義と恋慕の板挟みでとまどう便慶を、カッパ様は一喝し。
「せめて、尻の穴だけでもあんたの側にいたいっていう、かぐや姫の乙女心が分っかんねえのか? あんたは姫さんのために、命だって懸けられるんじゃ無かったのかよ!」
「! 確かに、その通り……!」
便慶は、心に愛の闘志を燃やしつつ、拳を固く握りしめます。
「カッパ様、おかげで目が覚め申した。帰ってお尻の穴をお返しすると共に、私は姫に想いを告げまする。そして、もし殿から反対された時は、駆け落ちでも何でもする所存でございます」
「うんうん。あんたなら絶対うまく行くと思うぜ。そんじゃあ、手遅れになる前にとっとと帰ってやんな」
「ははっ! カッパ様、何から何までありがとうございました! この御恩は一生忘れません!」
便慶は改めて平伏し、深々と頭を下げますが、カッパ様はヒラヒラと手を振り。
「こんなもん俺にとっちゃ『屁のカッパ』さ。恩は忘れてもいいけど、報酬の酒樽は忘れんなよ?」
「はっ、しかと承りました」
「んじゃ、まったなー」
そう言い残して、カッパ様はドボンと沼へ帰って行きます。
便慶は、かぐや姫のお尻の*を大事にお香袋の中にしまうと、御奈良の国へと帰って行きました。
※
それから、数ヶ月後……。
カッパ様の元に、便慶からお礼の酒樽が届きました。
銘柄はもちろん、『黄桜』。
「さすが。あいつ、シャレが分かってるねえ」
これから毎年、御歳暮に送ってくれるそうです。
そして、『結婚しました!』のメッセージと、便慶とかぐや姫のツーショット写真が入った一通のハガキも届きました。
「かっぱっぱ! 今日はこいつをアテに、祝い酒としゃれ込むとするか!」
こうして、一組の幼なじみカップルを救ったカッパ様は、今日も今日とて喜びを噛みしめながら、モロキュウをツマミに酒を呑むのでした。
「やっぱ、幼なじみ恋愛は最っ高だな!」
なんと、素晴らしい尻(結)末。
めでたしめでたし。
おしまい
奈良県の皆様、ごめんなさい。
ちなみに、『嗅ぐや姫』の妹である、二の姫の名前は『音姫』です(笑)。