会議 4
「では、今回の会議全体を通して質問等はありませんか? 個人に対する質問でも構いませんよ」
前園先生にそう言われて、オレは未だに立ったまま手を挙げた。
「西雲君、どうぞ」
そう言われ、オレは一礼をしてから口を開いた。
「現在、女子バレー部は、顧問の先生が産休に入られた為、活動休止となってしまっています。その為、なるべく早めに顧問を決めていただきたいです」
「ああ、そう言えばそうでしたね。先週末からでしたか……。急だった所為でまだ決まっていませんでしたね」
前園先生は忘れていたといったようにそう言った。
「元々は夏季休暇に入る直前に産休に入られる予定でしたが、体調の加減で早まりましたからね。それでも前々から話は出ていたかと思うのですが、未だに決まっていないのですね」
その所為で早く決めてくれという要望が、何故か生徒会にきている。
「すみません。如何せん女子だけの所属の部は顧問が女性という決まりがあるもので、つい……」
「それは知っていますよ。ただ生徒からの要望が生徒会にきてしまっているので、こういった先生方が決めなければならない事は生徒会を通さないはずなんですけどね」
「ははは。西雲君は本当に大変だね」
完全に他人事な前園先生にオレは小さく溜め息を吐いた。
「女子バレー部としては伊藤先生に顧問をして欲しいという要望もありましたが、その話自体はご存知なんですよね?」
確認の為、伊藤先生に話し掛けると、伊藤先生はビクリと体を跳ねた。
「あっ、えっと……、私なんかじゃ、その、務まらないかなぁって思っているんですけど……。その、バレーはルールも知らなくて……」
あまり乗り気じゃない、というより自信がないようだ。
「別に嫌なら断っていただいても大丈夫ですよ」
オレがそう言うと、ふくよかな女性教諭が伊藤先生に話し掛けた。
「そうよ。私なんか何度もそんな話を貰ったけど、全部断ったもの。別に断ったからって評価が下がるわけでもないし、他の先生が引き受けたりするから大丈夫よ」
「そうなんですか」
伊藤先生は少しホッとした様子だった。
「ただ、生徒が希望しているという事はそれだけ、その生徒達に好かれているという事ですし、伊藤先生はよく生徒達の事を見てくださって、相談にもよく乗ってくださっているようなので、自信がないというだけなら断るのは勿体ないかと思いますよ。
別に顧問になったら途中で辞められないというわけでもないですし、何なら仮で顧問になるという事も出来ますよ」
オレがそう言うと、伊藤先生は少し困ったような顔をした。
「でも、本当にバレーのルールも知らないし、いても迷惑になるかも……」
「別に顧問は指導をしないといけないというわけじゃないですよ。生徒の安全を見守ったり、困っている事があれば相談に乗るとかで大丈夫ですよ。
そんな気負わなくて大丈夫ですよ。そんな指導とかしないといけないんなら、生徒会の顧問の内海先生なんかどうなるんですか。放任にも程がありますよ」
内海先生に視線を送りながら言うと、内海先生は鼻で笑った。
「確かにそうよね。内海先生ったら本当に放任だもの」
ふくよかな先生は手を頬に当てながら、内海先生をじろりと見た。
「別にいいじゃないですか。生徒が死んだら責任は俺にくるんです。その時はちゃんと動きますよ」
何の事はないといった様子の内海先生の言葉に、新任の先生達は表情を少し強張らせた。
「良くはないですよ。また責任取らないといけないような事が起こったらどうするんですか?」
「別に。そん時はまた告別式もするし、学校で必要な処理とかもするし、親御さんにも説明に行くさ。それが仕事だからな」
オレが投げかけた質問とさらりと言う内海先生の言葉で新任の先生達は確信したようだった。
「誰か、亡くなったんですか?」
震える伊藤先生の言葉に内海先生は不機嫌さを含んだ大きな溜め息を吐いた。
「あのさ、新人だから何も知らないっていうのは通用しないんだ。ここの教師になったからには過去に何があったか、大きい戦歴、生徒会メンバーの最低限の情報、今の世情、そういったものは把握しておかないといけない。言わば義務だ。
お前らはそれを怠っている。そんなもん、教師とは呼べねぇよ。いい加減にしろよ、ひよっこども」
内海先生のきつめの言葉に先生達は身を縮めた。
「……生徒会メンバーで過去に亡くなった事があるんです。自分はそれを見てきました。その惨状を知っているんです。だからこそ、動ける範囲は動かないと後悔するんです。
見なかった、知らなかった。そうする事はある意味幸せでしょう。でも、そこには犠牲もあるんです。先生方も知らないままでいないで欲しいです」
静かに響くオレの声に、内海先生は静かに答えるように話し始めた。
「あの時の犠牲は河口だった。あの生徒は多くの生徒に慕われていた真面目ないい子だったよ。悩みも人並みにあった普通の子だ。
そんな子を戦場に出したのはこの学校であり、俺ら教師だ。だから、教師が知らないなんて言っちゃいけないんだよ」
内海先生が河口先輩の事を話すのはどのくらいぶりだろう。
それもこんなに静かに話すなんて思いもしなかった。
「オレ達生徒会メンバーは、選ばれたからには役目を果たさなければなりません。その役目を全うする為に、逃げるような選択をせず、戦ってくださった方です。どうか、知らないままでいないでください」
そんな願いが口から零れた。
先生達はその願いに静かに頷いた。
「……あの時は大変だったが、今年も大変になるんだろうな。
あの時は河口が死んで、小浜は心を病んで、西雲は三日間目を覚まさず、内海は左腕を切断されたにも拘らず、病院にも行かず、生徒会を回し続けた。如月に至っては、好機だと言わんばかりの汚い大人達が潰しにかかってくるのを一人で対処し続けた。
今回はどれだけの被害があるんだろうなぁ」
内海先生のその言葉に先生達はぞっとしたようで、身震いしていた。
「……なるべく被害は出さないように努めます。一般生徒達もなるべく何事もないように過ごせるように努めますよ」
「そうか」
オレの言葉に内海先生はそれだけを言った。
「……一旦、その話は中断してもよろしいでしょうか? こんな雰囲気で答え難いでしょうが、伊藤先生はバレー部の顧問をどうされるかお答えください」
前園先生が重くなりきった空気を少しでも壊すよう、柔らかい声でそう言った。
そして、伊藤先生は喉の奥から声を絞り出すように話した。
「その、自信はないんです。でも、生徒達も希望してくれているのなら、少しでも力になりたいです。あっ、でも、ちゃんとできるか分からないので、取り敢えず、仮の顧問でもいいでしょうか?」
「ええ、勿論ですよ。では、女子バレー部の顧問の件は一旦これでいいですね」
前園先生がそう言うと、伊藤先生に周囲の先生が「困った時はサポートするから」と声を掛けていた。
少し空気が和らいだと思ったところで、内海先生がまた要らん口を開いた。
「西雲、お前、最近病院には行ってないらしいな。この間、瀬野が言ってたけど、検査すらしてないらしいじゃないか。いい加減行けよ」
その言葉にオレは視線を逸らした。
「お~い、西雲~。聞こえてんなら顔背けんな」
「……聞こえなかった事にしたいのですが」
「さっき、見なかった、知らなかったをしないで欲しいみたいに言ったお前が、聞かなかったは駄目だろう」
「うっ、それとこれは話が別と言うか……」
そんな遣り取りをしていたら伊藤先生がおずおずと質問してきた。
「西雲君はどこか悪いんですか?」
「どこかって言うか、まあ、それも生徒会メンバーの情報として保管されてるから、後で目を通しておけよ。
こいつの場合、魔力と体の釣り合いが元々取れていなかった所為で虚弱だったんだよ。
今は改善されているみたいだが、それでも健康診断、去年と今年引っ掛かってる項目本当はあっただろうが」
内海先生の言葉に先生達と道端先輩の視線が一斉に突き刺さってきた。
「いや、去年は少し風邪気味だった所為だと思うんで、今年は大丈夫でしたし、今年は身長の割に体重が軽いって言うだけですし……」
気まずげに言うと、内海先生が長い溜め息を吐いた。
「お前、今回忙しかった時に体重落ちたらしいじゃないか。そのうち存在無くなっても知らねぇぞ」
俺は責任を持たないというような言い方の内海先生の言葉が突き刺さる。
それに追い打ちをかけるように黙っていた道端先輩が話し掛けてきた。
「あんた、今回五キロくらい瘦せたって言ってなかった? 元々四十キロ台の人間がそこまで体重落ちてどうすんのよ? 過度なダイエットより問題じゃない?」
「うぅ……、オレだって痩せたくて痩せたんじゃないです」
「それ言ったら他からも怒られるわよ」
呆れた声で道端先輩がそう言ったが、それはすでに現実となっていた。
「すでに水無月さんに殴られましたよ」
「あら、過激ね。何か言われたの?」
「えっと『私より軽くなってんじゃない』って言って、殴られました。そんな事を言われても水無月さんの体重なんて知らないし、体重落としたくて落としたんじゃないんですよ。
第一、今回は締め切り過ぎてるのに提出してこられた書類とか、提出先を間違えた書類とかが多い所為で処理が大変だったんですよ。本来なら先生方が処理するべき書類も生徒会で引き受けてるんですもん。仕方ないじゃないですか」
オレの言葉に思い当たる節がある人達が明後日の方向を向いていた。
その様子に会長が溜め息を吐いた。
「生徒会の仕事って、あの一件から先生方のしていたものも引き受けたところもありますけど、本来は先生方の仕事なので戻す事も可能なんですよ? 最低限の事も守っていただけないようなら、そのようにさせていただきますよ?」
会長の言葉にあちらこちらから「すみません」という声が響いた。
「……まあ、今は人数がいるからいいですけど、生徒会は先生方以上に忙しくなってる事をご理解ください」
「……はい」
申し訳なさの滲んだ返事があちらこちらから聞こえた。
「仕事が忙しいのは分かるが、体調崩したら元も子もないし、予防の為にも検査は夏季休暇中に行って来いよ」
内海先生はシレっと言ってきた。
「うっ、それは、その……」
ちらりと助けを求めるように会長を見たが、諦めてといったような微笑を浮かべられてしまった。
「……はい、分かりました」
「お前が行かなかったら、学校側からお前の家に電話するからな。
あっ、電話で思い出したが、新人ども、西雲の家からの電話は覚悟しておけよ」
新任の先生達は何の事だと首を傾げるが、周囲の先生達はよく分かっている様子だった。
内海先生は意地悪そうな顔を浮かべた。
「西雲の母親は何かある毎に電話掛けてくるからな。『今回は何故このような事が起こったか説明いただけますよね?』から始まる電話だ。ちゃんと説明しないと、本気で言葉だけで殺されそうになるぞ」
にやついた内海先生に新任の先生達は寒気を感じたのか、震えていた。
「……すみません、母がご迷惑をお掛けしているようで」
「お前が入院しなきゃいい話だがな。他にも怪我して病院に運ばれたら、大体電話が掛かってくるからな。
最近はないから、いいっちゃいいが、本当に何もなくお前が無事卒業する事を祈るよ」
面倒事を起こされたくないだけなんだろうが、他の先生達も母からの電話は勘弁してもらいたいようで切に願っていた。
「オレだって五体満足で卒業したいですよ」
「なら、ちゃんと定期的に病院には行っとけ」
「でも、それを言うなら、卯月谷君もじゃないですか? 常に体調が悪そうですよ」
卯月谷君の場合は貧血だろうが、どうしてもあまり食べない所為で改善が見られない。
「あ~、卯月谷って食事取ってるか?」
「最初の頃よりは食べるようになってますけど、食べないというより、食べるのを怖がっているようなところがあります」
そう。食べたがらないというよりは食べるのを怖がっている。
「あ~、まあ、しゃーないな」
「あまり卯月谷の家に関して詳しく知らないのですが、何かあるんですか?」
内海先生なら知っているだろう。本人も答えたがらないのを知るには、他の人に聞くしかないだろう。
「卯月谷は呪いの家だ。一時期忌み嫌われていた双子を昔から好んでいたし、大体生まれるのは双子だ。
そのうち片方を当主にするが、もう一人は贄と言われ、座敷牢に閉じ込められ、食事もあまり与えられない。死なない程度に生かされる。贄が不幸であれば家が繫栄する。そう言われていて、それが未だに続いているんだ。
卯月谷は贄の方だった。で、弟の方が次期当主と言われていた。
まあ、敵の方に入ったから結局、次期当主がいなくなる方が不都合だから、贄を次期当主にしたんだがな」
本来はこんなにサラッと話していい事ではないんだろう。それでも内海先生は平然と話す。
「まあ、扱いの酷いのは卯月谷だけじゃないよ。神在もだな」
「神在、ですか?」
この会議が始まる前に卯月谷君と神在さんに対して、会長が家での扱いがどうのと言っていたからその事なんだろう。
「ああ、神在は巫女筋なのは知ってるだろう。だから先見とか予知とかができないといけない。それ以前に、当主は女と決まっている。それも癖のない黒髪を持つ女ってな。
でも、ここに通う神在は癖のある黒髪だ。生れた時から卑下されていたらしいよ。現当主が神在の母親だが、母親の方は全く癖のない黒髪で未来を占う力を持っている。
そんな人間の子供なのにと周囲からは蔑まれて育ったらしい。だからこそ、さっさと跡継ぎをと求められているらしいが、そこはなぁ。本人もまだ中学生だし、周りが何言っても無理なもんは無理だからな」
内海先生は「家っつうのは本当に厄介だねぇ」と言っているが、本人達にとってはどれ程の傷になっているんだろう。
その上で色々と課さなければならないのはなんと酷なのだろう。
「まあ、西雲が頭悩ますもんじゃないよ。お前は自分の心配しとけ。ちゃんと五体満足でいたいならちゃんと病院行け」
「……はい」
大人しく返事をするオレに内海先生は満足そうに頷いた。
少し疲れてしまったのもあって、オレは席に着いた。




