会議前
会議室に行くには階段を下りていかないといけない。
オレは階段に差し掛かる前に会長から荷物を預かった。
その様子を道端先輩は不思議そうに見ていた。
そんな道端先輩は何も持っていなかったので、特に預かるものはなかった。
階段に近付くとオレは一歩前に出て、手摺とは逆側に行き、会長に手を差し出した。
会長はふわりと微笑み、オレの手を取った。
それを確認してから、オレ達は階段を下りていった。
下りている途中でふと道端先輩の方を見ると、道端先輩は口の端をひくつかせながら階段を下りていた。
「あんたら、いつもそんなんなの?」
「何がですか?」
待っていてくれたらいくらでも手を貸すが、道端先輩はどうやら不要なようであった。
女性をエスコートするのは当たり前だと思っていたから、この行動について何か言われても、オレには不思議に思われる理由がよく分からなかった。
「……西雲は誰の行動見て、そんなの覚えたのよ?」
呆れ半分の声で道端先輩がそう聞いてきた。
「誰……。強いて言うのなら瀬野先輩じゃないですか? あの人、なんだかんだ言いながら女性のエスコートは慣れてましたよ」
流石という程に育ちの良さが出ていた。
そして、先輩が在籍中にはよく「エスコートの仕方くらいは覚えておいた方が良い」と言われていた。
食事のマナーとかも最低限は瀬野先輩が教えてくれた。
偶に内海先輩も口を挟んできたが、男性側として女性のエスコートの仕方は全部と言っていい程、瀬野先輩から教わった。
「あいつがねぇ」
俄かに信じがたいといった様子だが、事実なのだから仕方がない。
きっと道端先輩にはイメージがないのだろうが、立ち方一つでも厳しかったのは瀬野先輩だ。
歩き方、座り方、そういったものでも普段から習慣づけなければいけないと言われ続けた。
それでも偶にだらける事はあるが、出来るだけそれに沿ったようには心掛けている。
そして、会長は元からエスコートされる事に慣れているのか、それを平然と受け入れている。
「如月はよく平然としていられるわね。私だったらそんなの無理よ。鳥肌が立ちそう」
道端先輩はそう言いながら腕を擦った。
「エスコートされるのは常日頃ですよ? 家の中では執事とかもいますし。まあ、先輩は元からこういったのは苦手ですからね」
こういった時はご令嬢といった感じの会長だが、普段からは想像がつかない。
「じゃあ、階段はいつもそうやって手を差し出されてから降りてるの?」
「流石にいつもじゃないですよ。ドレスを着たら、こうして手を差し伸べてくれる人はいますけど、普段着の場合は手は差し出さず、一段先に降りてくれる人はいますけどね」
その言葉に自分の行動がおかしい気がしてきた。
「……手を差し出さない方が良かったですか?」
その質問に会長は首を横に振った。
「そんな事ないよ。葉月ちゃんだって状況見ながらでしょ? 他の人がいる時はそんなに場所を取れないからここまではしないし、ここの場合、少し薄暗いから手を貸してくれているんでしょ?」
「まあ、そうですけど……」
会長の言う通りこの階段は他のところに比べて日の入り方が悪く、薄暗くなっている。
電灯は付いているのだが、あまり意味をなしていない。
階段を下り終わったところで手を離すと、会長はオレの横に並んだ。その様子を道端先輩は後ろから見ていた。
「……別に悪いとは言わないけど、他の人が見ると勘違いするわよ」
道端先輩の言葉にオレは言葉を詰まらせた。
「別に葉月ちゃんの優しさだもん。他の人が勘ぐろうとするのが悪いんだもん」
会長は他の人なんか関係ないといった様子だ。
それでもあまり良くはないんだろう。少し自分の行動を改めた方が良さそうだ。
暫く歩くと会議室に着いた。
そこには数人の先生方がすでに来て、椅子や机の準備をしていた。
オレは一旦荷物を置き、準備を手伝い始めた。
会長と道端先輩は壁際で何かを話していた。
少し気になるが、あまり詮索するのも良くないだろうと思い、見なかった事にした。
「西雲、あの二人は放って置いていいのか?」
折角見なかった事にしようとしていたのに、準備をしてくださっている先生にそう言われた。
「多分、大丈夫です。流石にこんなところで喧嘩はしないでしょうから」
この間の訓練場では暴れていたが、流石にこんな狭い所ではならないだろう。それにいつも喧嘩しているというわけではない。
ちらりと二人を見ると、二人は今日の会議資料を見ながら話し合っている様子だった。
「道端が在籍中の時はそんなに仲が悪い印象はなかったんだがなぁ」
道端先輩が学生の頃から知っている先生はそういう印象を持っているらしい。
「でも、仲が良かったってわけでもないみたいですよ」
道端先輩が学生だった時、会長はあまり必要以上に話し掛けなかったし、道端先輩も必要がなければ会話を真面にしなかった。
オレと会長はよく側に居たが、道端先輩は会長には話し掛けず、オレにだけ話し掛けるという事もよくあった。
仲が悪いのかと聞いても、仲が良いわけではないとしか返ってこない。
はっきり『悪い』とは、お互いには言わなかった。
「ふ~ん。まあ、いいが、今回の会議には道端も参加するんだな」
「ええ。現状は知っておいた方が良いでしょうからね」
「それもそうか」
長年この学校にいる先生方は現状を把握している。
だが、生徒は卒業してしまえば現状を知る人の方が少なくなる。それは仕方のない事だろう。
卒業してしまえば、それぞれの進路によっては関われなくなるものもある。そうなれば現状を把握しきれなくなる。
そうでなくても、何の疑問も持たなくなれば、不自然な事でも当たり前になってしまう。
そうなれば、きっと多くの事に気付かなくなるんだろう。
「……今年はどうですか?」
オレの質問を先生は正しく汲み取ってくれた。
「……あまり良くないなぁ。今年は理事長も忙しかったらしく、経歴だけの判断らしいからな。しかも内海先生も不在だったからな。良くないのが入ってきているよ」
その回答にオレは溜め息を吐いた。
「電撃、食らわないといいですけどね」
オレの言葉に、先生は乾いた笑いを零した。
ある程度準備が終わると、オレは置いていた荷物を持って会長達の元へ向かった。
「会長、もうそろそろお願いできますか?」
「了解!」
会長はそう言って、防音と情報漏洩防止用の結界を張った。
いつ見ても凄い。
情報漏洩防止に関しては、結界の外に出ても有効となるから、条件を設定しない限りは半永久的に持続する。
今回は現在の反政府派との戦いが終結すれば無効になるよう条件付けられているが、条件付けは条件付けでかなり高度になる。
こんな高度な結界を瞬時に張れる人は会長以外に見た事がない。
ここにいる教員ですらそれはできないという程だ。
卒業生もできる人がいるのかどうかは分からないし、理事長ですらどうなんだろうと思う。
理事長とは直接会って話した事がないから分からないが、会長のお祖父さんだ。
出来る可能性はあるにしても、容易ではないだろう。
そんな事を考えていたら、いつの間にか先生達も集まってきていた。
オレは壁際に折りたたみ椅子を置いた。
「道端先輩、すみませんが席はこちらでお願いしてもよろしいでしょうか?」
机を並べているところは全て埋まってしまうから、急遽参加する事になった道端先輩が座る席がない。
オレは生徒会の活動報告をしなければいけないし、会長もその横に座るのが定位置だ。だから席を譲るわけにはいかなかった。
「別に椅子がなくても大丈夫よ。立ったままっていうのも慣れているし」
「そういうわけにはいきませんよ」
先輩が良くても、軍人が腕組んで立っていたら怖がる人もいるだろう。
山崎先輩程のがたいではないだけマシかもしれないが、それでも十分威圧的だ。
それに、女性を立たせたまま自分が座るのは気が引けてしまう。
オレは一歩も引く気はなく、道端先輩もそれが分かったようで軽く溜め息を吐いた。
「分かったわよ。ちゃんと座るわ。でも、発言がある時は流石に立つわよ」
「分かってますよ。そこにいれば進行の先生からも見えると思いますよ」
今日の進行の先生は前園先生だ。
前園先生は少し頼りない雰囲気のある先生だが、この学校にはもう十五年以上勤めている。
前園先生は会議を始める準備として、魔法石を設置していた。
この魔法石は映像を記録する為の映像石で、普通のビデオカメラとかとは違って、全ての方向からの情報を記録し、音も永久的に鮮明に残す事ができる。
ただ、その分値が張る為、通常の会議では用いられない。
「前園先生。こちら、生徒会の報告資料の追加分です」
直前になって申し訳ないが、それでも渡さないわけにはいかない。
「ああ、西雲君。ありがとう」
柔和な笑みを浮かべる前園先生は少しやつれていた。
「何かありましたか?」
「いやあ、少し新任の先生達がね」
困ったといったように眉を下げているが、声はいつもと変わらない。
「……先ほど佐藤先生が鬼怒川先生と生徒会室に訪ねてこられましたよ」
「ああ、なら、少しはマシになるかな。佐藤先生が一番難敵だったからね。家柄もそこまで良くないのに、まるで自分が一番偉いと言わんばかりに言うもんだから、ちょっと大変でね」
ここの学校の先生は自分の家柄を公表していない人達が多い。
だが、かなり上位の家の人達もいる。
家同士の仲が悪くとも、先生個人では仲が良いというのも実は多々ある。
余計な諍いを無くす為にも、家柄は敢えて言わない人の方が多い。
でも、佐藤先生はそれを知らないらしい。
実際、佐藤先生を連れてきた鬼怒川先生は由緒正しい家の生まれで、今は家督を譲っているが、身分も未だにかなり高い。
この学校の生徒でなければ、オレは話すらできないような人だ。
そんな人がゴロゴロといる。
この学校に入るとしたら、転職組と言われる元々違う職業をしていた人と、如月との縁が欲しいが為に最初からここに勤める人とがいる。
転職組は全て理事長によるヘッドハンティングだ。
だから、パワーバランスでいうと転職組の方が上になる。だが、その事実を知らない人もいる。
今年の新任の先生達はきっと知らないんだろう。
そうでなければ、前園先生がやつれる事なんてないだろう。
「ここの教員って実力主義だったと思ったんですけどね」
「その通りなんだけど、今の若い人は実力を測る事ができないみたいでね」
前園先生は苦笑いしていた。
「大変ですね」
「西雲君も大変だろう? 色々権限があるのだから、行使してしまった方が楽なんじゃないかい?」
「そういったのは面倒なので、行使する気はないですよ」
「そうかい」
前園先生はくすくすと笑った。
「もうそろそろ揃いそうなんで、席に着きますね」
「ああ、そうだね」
前園先生はそう言うと、柔和な笑みを浮かべ、手を振った。
オレは一礼をしてから自分の席へと着いた。
「葉月ちゃん、ありがとう」
会長はにっこりと微笑みながら、お礼を言ってきた。
「いえ、こちらも追加資料があったので」
会長は直前に話していた夏季休暇中の訓練合宿に関しても資料として纏めていた。
こういう時だけは行動が早い。
本来なら会議資料は全ての先生の手元に行き渡るのが望ましいが、直前で決まった事で、次の会議では間に合わない事や直前までの活動報告はどうしても資料が間に合わない。
それに関しては先生方も分かっているので、とやかく言われる事はない。




