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坂田先輩 3

「その坂田先輩って西雲君と同じ感じなのかしら?」

 水無月さんの口にしたその疑問の意味がオレには分からなかった。

「いや、若干違う。あいつの場合、鈍感じゃなく塩対応なだけだからな」

「それにあいつ昔、彼女いたのよね。結婚はしてないけど」

 先輩達の言葉でなんとなく意味は分かったけど、失礼じゃないか?

「では、坂田先輩は人の好意に気付いていながら素っ気なかったという事ですか」

 水無月さんの言葉に道端先輩は苦笑した。

「あいつのタイプじゃないからね。言い寄ってきた子達は」

「タイプですか。では、その過去に付き合ってらっしゃった方がタイプだったって事ですか?」

「そうよ。と言っても、私達もほとんど会った事ないから、どんな子かはっきりと分からないけど」

 オレは会った事以前に、坂田先輩に彼女がいた事すら知らなかったから、どんな人と付き合っていたかなんて知らない。

「あいつのタイプは清楚で大人しくて、気配りのできる女性だからな」

「そうね。あと比較的小柄な子かしらね。確かそんなに背が高い人じゃなかったと思うのよね」

 坂田先輩は華美な女性や品のない女性を目にすると、口をへの字に曲げている事が多かった。だからきっとタイプはそういった人とは逆な人なんだろう。


「その元カノとは何で別れたんですか?」

 あまりプライベートな事を本人がいない中でベラベラと喋るべきではないだろうに、加山さんはずけずけと聞いてきた。

「ああ、お互いの家同士があまりよく思ってなくて別れさせられたんだよ。つっても、俺はあいつが付き合ってる人がいたのは知らなかったけどな。ただ、いつも以上に難しい顔してるから聞いたら、そういう事だったってわけ」

「私は知ってたけどね。相手は他校の子だったけど、えらく頻繁に交流取ってるし、坂田が珍しく目元和ませてたから、問い詰めたら、あっさり付き合ってるって教えてくれたわよ」

 問い詰めておきながら、あっさりと教えたと言えるのはある意味、流石道端先輩だ。

 ただ、この三人は小学一年の頃から一緒にいるから、互いの事はよく分かっているんだろう。

「坂田が結婚しない理由ってそこだろう。仕事が忙しいって言ってるが、実際のところ、その子以外と一緒になる気がないって事だろう?」

「あいつは馬鹿真面目だからね。ただ、坂田は今、当主でしょ? だから周囲が早く結婚しろって言ってきてるらしいわよ」

「あいつも大変だな~」

「あんたもいい加減、身を固めろって言われるわよ。好きな人いるくせに初心なんだから」

「バッ……! お前、ここでそんな事言わなくてもいいだろう!」

 山崎先輩が顔を真っ赤にした。

「あら、名前も知らない人の事を想うくらいなら、さっさと調べて会いに行けば? 早くしないと他の人にとられるわよ?」

 悪戯っぽい笑みを浮かべる道端先輩はどこか楽しそうだった。

「俺は、その……いいんだよ。会う機会もないし、お前の言う通り名前も知らねぇし」

 ぐしゃりと髪を掴みながら、山崎先輩は視線を逸らせた。

「ふ~ん。あんたがそういう風に人に興味を持つなんて初めてのくせにね。諦めていいのね? 何も動いちゃいないくせに、自分とは縁がなかったって諦めるのね?」

 挑発的な道端先輩の言葉に、山崎先輩は眉を寄せた。

「……お前だって、別に好きじゃない相手と結婚したくせに」

「私は道端を守りたいのよ。それなら恋愛感情はいらないわ。好きでなくても結婚はできるものよ。

 でも、あんたは別でしょ? 好きな相手と結婚できる環境なら、そうすればいいじゃない。意気地なし」

 道端先輩の言葉は鋭く、山崎先輩に突き刺さった。

 山崎先輩はダメージが大きかったのか、壁に頭を付け、明らかに落ち込んだ様子で「どうせ意気地なしだよ」と言っていた。


「本当にここの生徒会の男どもって碌なのがいないわね。馬鹿真面目に意気地なしに変態に鈍感って何なのよ」

 道端先輩が溜め息を吐くが、その言葉にはオレも含まれているような気がして、オレは眉を寄せた。

「何よ、その顔」

 道端先輩がオレに冷たい目を向けてきた。

「生徒会の男どもで一括りにするのはどうかと思います」

「まあ、それはそうね。歴代の人もいるし、まだ幼い子なんてこれからどう成長するか分からないものね。悪かったわね」

 明らかにオレには向けられていない謝罪に口がへの字に曲がった。

「仕方ないでしょ。あんたが鈍感なんだから。嫌ならもう少し、自分に向けられている好意に気付きなさい」

 道端先輩はオレの額を指で弾きながらそう言った。

 好意? そんなものが自分に向けられるわけがない。

 心のどこかでそんな声が聞こえた気がした。


「まあ、坂田は馬鹿真面目過ぎただけだから、あんた達はそこまで気にしなくてもいいわよ。霜月はもう少しちゃんとした方が良いけどね」

 道端先輩が他の人を見ながらそう言った。

「けど、そんな厳しい人がいたから、西雲君もわりと厳しいのね」

 水無月さんのその言葉にオレは首を傾げた。

「そんなに厳しいかな?」

「わりとね。そりゃ、その坂田先輩よりはマシでしょうけど、それでも厳しい方じゃないかしら? まあ、理由もちゃんとあるのは分かっているから、そのくらい厳しい方が良いのかもしれないけど」

「オレの場合、坂田先輩見てきてるからそんなに厳しいって思わないんだけどなぁ」

「西雲君の場合、基準がすでにおかしいのよ。西雲君の普通って絶対、他の人で言う普通とは違うもの」

 水無月さんの言葉にみんなが頷いた。

「そ、そうなのかなぁ……」

 そんな事ないと言いたかったが、周囲の反応が全て同じなら、きっとおかしいのはオレなんだろう。でも、どこがおかしいのか分からない。

「まあ、西雲君らしいと言えばらしいんじゃない?」

「そう、なの?」

 よく分からず首を傾げると、道端先輩が腕を組んで溜め息を吐いた。

「だとしても、似なくていいところまで似るのはどうかと思うわ」

「どの辺りですか?」

 自覚がないから正直、曖昧に言われても全く分からない。

「忙しいからって食事をあんまり取らなくなるところとか、栄養ドリンクが机の上に並ぶところとかよ。本当にそういうところは坂田にそっくりよ」

「でも、オレ、坂田先輩が食事を疎かにしているところは見た事ないですよ?」

 どんなに忙しくても坂田先輩はちゃんと食事を取っていた。栄養ドリンクだって飲んでいる瞬間は見た事がなかった。瓶が何本も置かれているのは見た事あるけど……。

「そりゃ、そうでしょうよ。あんたの前では比較的ちゃんとしてたもの」

「それに繁忙期の時は、いっつも昼行く時はお前に坂田の声掛け頼んでただろ。じゃないと、あいつは動かなかったからな」

「そうよね。先輩達がいた時でもあいつ、繁忙期となると、仕事の鬼と化してたからね。普段でも十分仕事の鬼なのに、それ以上だったもの」

「入学したての頃は先輩らが仕事してたけど、小学一年の途中から坂田が仕事した方が正確で速いからで、ほとんど任されてたからな。だから先輩らも強く言えなくなって、あいつの食事が疎かになったんだよな」

「そうそう。あいつ、繁忙期となると、食事に誘っても全然動かなかったもの」

「昼だぞって言ったら、あいつ、目は書類に向けたままカバン漁って、ゼリー飲料って言えばいいのか? なんかエネルギーって書いてあるやつを器用に片手で開けて、それを飲んで終了だったからな」

「ヤマが『昼行くぞ』って言っても、坂田は『もう食った』って言ってたものね。ゼリー飲料って食べたって言うのかしらね?」

「しかも昼から戻ると、栄養ドリンクの空き瓶が増えていってたよな。こいつ、一日に何本飲むんだ? って何度も思ったよ」

 知らない坂田先輩の話を先輩達がしみじみと語った。

「そんな奴が、孫のように可愛がってる西雲の言葉を無碍にできないもんだから、その時はちゃんと動いたのよね」

「ああ、西雲が昼に誘ったら、あいつは西雲を小脇に抱えて食堂に向かってたからな」

 それに関しては覚えている。

 山崎先輩に「昼だ。西雲、坂田に声掛けろ」とよく言われた。

 そして声を掛けると、坂田先輩が「ああ」と言って立ち上がったと思ったら、オレはそのまま小脇に抱えられた。

 自分で歩けると言っても「ああ」とだけ返ってきて、そのままの状態で食堂に連れていかれる事は多々あった。

「忙しいと坂田先輩、オレが何を言っても絶対に、小脇に抱えたまま食堂に向かってましたよね」

「あいつ、真面に頭働いてないけど、西雲を食事に連れて行かないとって頭はあったみたいよ。じゃなきゃ、きっと食堂にすら行ってないわよ」

「あれはオレに食事を取らせる為の行動だったんですか……」

 オレにとっては衝撃の事実だ。それを道端先輩は呆れたように言った。

「そうよ。じゃなきゃ、あいつゼリー飲料だけで昼を終わらせるもの。あとは栄養ドリンクね。

 そんな坂田を見て、あの瀬野ですら、普段ほっそいあの目をカッと見開いて、真面目なトーンで『えっ、致死量摂取する気ですか? 用法用量くらい守ってくださいよ』って言ってたもの。だから、あんたもあの量の栄養ドリンクを瀬野に見つかったら色々言われるわよ」

 山崎先輩も頷いていた。

 瀬野先輩は余程の事がない限り、目を見開くなんて事はない。

 きっと余程の事だったんだろう。


「しかし、坂田が飲んでるとこ見た事ないくせに、なんで同じ栄養ドリンク飲んでんだ?」

 坂田先輩が飲んでいた栄養ドリンクを知らなかったけど、同じ栄養ドリンクだったのか……。

「オレの場合、小学四年の時から異常な程に忙しくて、そこから飲むようになったんですけど、色々試した結果、あれが一番効いたんです」

「本当に坂田と一緒ね」

 道端先輩が呆れた声を出した。

「そんなに小学四年の時から忙しかったのか?」

「ええ、まあ。デスクワークの速い坂田先輩も内海先輩も卒業されてましたからね。

 その上、カリキュラムの変更の所為で、教員側もバタバタしてるし、国側から色々言われて、会長が対処していた間、オレが一人で書類仕事をしてましたからね」

 思い出しては遠い目になってしまう。

「あの時は大変だったよね。カリキュラム変更に伴い、範囲外の書籍の回収とか言われて。

 でも、ここの図書室の本って、如月の私財だから本来回収不可なのに、国は強制しようとしたから、私が対応せざるを得なかったし、お祖父様は他で忙しくて、当時の学園の事は大半、私が対処する羽目になったのよね……」

 会長もどこか遠い目をしている。

 あの時の事はよく覚えている。大人相手に会長は色々交渉していた。

 そうでなければ、図書室の蔵書数はかなり減っていただろう。

「うちも私財だというのに国が回収って言ってきたわ。まあ、金額を計算して、財産を持って行くのならそれと同等を支払ってもらわなきゃ割に合わないって言ったら、国側は支払えないって言って裁判になったけど、うちが勝ったのよね」

 水無月さんの家も同じような事が起こっていたらしい。

「この学校も結局、裁判になったのよ。私財である事の証明をして勝てたけど、そうじゃないところは没収された上に、抵抗を見せていたら色々言われて、罰金刑を科されたところもあるらしいけどね」

 会長はあの時色々と証拠とかを取り揃えるのに奮闘していた。

「他にも色々ありましたよね。生徒数は減っていましたけど、カリキュラム改定によって、廃部にしないといけない部活もあって、その処理とかもありましたからね」

「そうね。年齢制限掛けられた部活動もあったから、その辺りの説明を行って、年齢の満たない人の強制退部とかもあったものね。その辺りは葉月ちゃんが全部対処してくれたけどね」

 他にも色々あったが、言い出したらきりがない。

「でも、あれを全部アナログで作業してたら余計に大変でしたよ。だからデジタル化したんですけどね……」

「そうよね。それも葉月ちゃんが全部してくれたのよね。その時からデジタルでできる範囲をデジタルでして、過去のは徐々にデータを取り込んでいって……全部終わるまでにかなり掛かったよね」

「途中で自分が何してるのか分からなくなりましたよ」

「うん。だって、葉月ちゃん締め切り過ぎた書類を大量に持ち込まれた時とか、いい加減堪忍袋の緒が切れたって感じで怒鳴ってたもんね。『締め切りぐらい守れ! ここの生徒は数字も読めないのか!』って。もうそうなった時は、いい加減お休みが必要なんだろうなぁって思ったよ」

 会長はしみじみと言うが、オレとしてはいい加減にしてくれと何度も思っていた出来事だ。今も勘弁して欲しい。

「西雲君って昔っから苦労してるわね」

 水無月さんが哀れんだ目を向けてきた。

 そして、少し離れた位置で加山さんと鍛冶君が申し訳なさそうな顔をしていた。

「あの頃は基本、私が大人達と話してたけど、礼儀のない人が生徒会室に押しかけてくる事もあったのよね。その時は書類に埋もれながら仕事する葉月ちゃんが『現在忙しいのですが、急ぎの御用でしょうか?』って言ったら、大体の人が『間違えました』って言って出ていったのよね。大の大人ですらドン引くレベルで忙しかったものね」

「ええ、本当に。それでもごちゃごちゃ言ってくる大人もいた所為で『忙しいとお伝えしたはずですが、それが見て分からないとはその目は節穴ですか。それならばいっその事くり抜いてしまえばよろしいのでは?』って言ってしまった事がありましたよ。その人達はオレが立ち上がると同時に逃げるように出ていきましたけどね」

 本当にくり抜く気なんて更々ないが、向こうは本気でくり抜かれるとでも思ったんだろう。失礼な話だ。

「あの頃の葉月ちゃん、目がヤバかったからね。最近の繁忙期の時よりヤバい顔してたもの」

「えっ、あの悪人面より酷かったの⁉」

 会長の言葉に水無月さんは驚愕の表情を浮かべた。

「あの頃の葉月ちゃんは本当にヤバかったよ。今の比じゃないもん」

「まあ、自覚はあるんで否定しませんけど……」

 疲れとストレスの蓄積が凄かった。今よりずっと大変だった。

「あの頃、私も朝の六時に登校してたけど、葉月ちゃんの方が早かったもんね。しかも、二人とも夜十時までは絶対って言っていいほど残ってたし」

「これが労働なら労働基準法に反してると思いますよ。途中から業務でなく、仕事と言う事もありましたけど、飽く迄も学生の学内の活動の一環ですからね」

「本当にお給料出てもおかしくないくらい働いてた気はするけどね。まあ、次の年からは大体夜九時までには帰れたけどね。繁忙期は別として」

「ええ。繁忙期は死にそうでしたよ。小学四年の時に忙殺ってこういう事を言うんだなって思いましたよ。時々、いっその事辞めてやろうかと思いましたけどね」

「そういう時の葉月ちゃんって大体ガラが悪くなるのよね。それとか言葉が単語だけになっていくのよね」

「それって今もよね。この間の忙しかった時も書類に舌打ちしてたものね」

 未だにしてしまう癖を水無月さんが指摘してきた。

「……自覚はあるよ。直さないといけない事くらい分かってるよ」

 それでも癖付いてしまったものはなかなか直らない。

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