坂田先輩 1
「速記文字って誰が教えたんだ? 内海か?」
みんなが印刷しているところを見ながら、山崎先輩がオレに尋ねてきた。
「違いますよ。坂田先輩ですよ」
「あいつが? まあ、効率重視の奴だからな」
「そうですね。教えてくださった時も『少しでも効率よく動かねば、時間はいくらあっても足りなくなる。だから覚えておく事を勧める』とおっしゃってましたよ」
「なぁに? あいつの真似? 案外似てるわね」
坂田先輩の口調を真似て言うと、道端先輩が少し驚いた顔をした。
「先輩達の中で唯一真似できるのが坂田先輩ですからね。他の人は無理ですよ」
「あいつは堅物だからね。ある意味あんたは真似しやすいんでしょ」
「確かにな。あいつ『そこの君、学章が曲がっている。直ちに直しなさい』とか言って、小言が多かったもんな~」
「ヤマが言うとあんまり似てないわね。でも、本当に小言が多くて、書類をバサッと渡すと、眉間に皺寄せて『道端。この書類は何年保管すると思っているんだ。最初に粗雑に扱っては保管状態が悪くなる事が分からないのか?』とかメッチャ言われたもの。本当に五月蠅かったわ」
二人にとっては小言を言う同期生だったんだろう。悪口にしか聞こえないが、決してそういうつもりではないらしい。
「真面目な方ですからね。ただ、力加減があまりできない印象が最初はありましたけどね」
オレにとっては少し苦い思い出もあるのは事実だ。
それは二人とも覚えているらしく、苦笑した。
「ああ、最初の頃、坂田があんたの手を引いて歩こうとしたら、あんた肩外れたもんね」
「あったな、そんな事。そん時は西雲が火がついたように泣き出したから、見たら坂田も珍しくおろおろしてたから何事かと思ったよ」
「そりゃ、肩外れて、その時は経験した事のない痛みが走ったんですよ。小学一年生の子供には耐えられないかと思います」
今は肩が外れたくらいでは泣かないが、あの時は泣き喚いたのを覚えている。
「しかも、一回や二回じゃないから、あんた肩の脱臼癖になっちゃったでしょ?」
「ええ。今も外れやすいんで、引っ張られると困りますよ」
肩を擦りながら言うと、先輩達二人は苦笑した。
「坂田も悪気があったわけじゃないからな。と言うより、この程度でっていうのもあったんだろうな」
「あいつ、中学と高校で体が急にデカくなったもんだから、力加減とか上手くできなくなってたのよね。戦う時はそれでも問題なかったから良かったけど、幼い子供を扱うには困るものね」
「だから、そっからは気を付けてたろ? ただ、あいつは自分の背と足の長さも偶に忘れてたけどな」
「ああ、西雲と坂田で見回りの時ね。あいつ、歩幅を考慮してなかったから、西雲が完全に置いてけぼり食らってたものね。しかも、廊下だと『走れ』なんて言えるわけがないから、途中で肩車したら、西雲が天井に頭ぶつけて、たんこぶ作った事もあったわよね」
オレにしたら痛い思いをした思い出でしかないが、二人にとっては笑い話らしく、お腹を抱えて笑っていた。
「その後はオレが追い付けなくなると、小脇に抱えられてましたけどね」
なんと珍妙な光景だっただろうと、今では思う。
「あれはあいつなりに考えた結果なのよ。抱っこしても高い位置になるから油断すると天井にぶつけかねないから、仕方なく小脇に抱えてたらしいわよ」
確かに坂田先輩は自分が扉を潜る時もかなり姿勢を低くするが、それでも頭を掠める時があったのだから、他人を抱えては厳しいだろう。
「まあ、最初の頃は大変だっただろうけど、後々は大丈夫だったでしょ?」
「ええ。たいぶと配慮していただいたので、お陰様で」
「ただ、まあ、あいつも西雲の事気に入ってたけど、傍から見るとお祖父さんと孫みたいだったのよね」
「は?」
初めて聞いた言葉に呆けた声が出た。
「ああ、書類仕事の時に西雲の背が足りないから、膝に乗せてやってたりしたからな。
で、西雲がいない時に内海が『孫可愛がってるようにしか見えませんよ』って揶揄って言ったら、坂田が暫く考えて『そうか、孫を可愛がるとはああいう感覚か』とか言い出すから、俺らの中じゃ『祖父と孫』のコンビになってたからな」
「そうそう。坂田が『いけないと分かっていながら、菓子とかを買い与えたくなるんだが、どうすればいいんだ』って言い出した時もあったものね。完全に孫を可愛がるお祖父さんだったんだものね。
だから、私らが訓練している時に後ろの方で『少し厳しすぎるんじゃないか』『もう少し休ませてもいいんじゃないか』とか言ってきてウザい時期があったのよね」
二人はそう言いながら笑っていたが、オレは微妙な表情しかできなかった。
「……オレは坂田先輩の事を祖父とは思っていませんよ」
「そりゃ、そうでしょ。て言うか、小浜と波多には我が子のように扱われて、坂田には孫のように扱われるって、坂田は小浜か波多の親になっちゃうじゃない。流石に同い年でそんなのは嫌よ」
「まあ、坂田が人を可愛がるのは珍しかったが、それだけ年の離れたのと触れ合う機会があんまりなかったから仕方ないんだろう。あいつも若いはずなのに老成してたからな。爺むさい奴だから、あいつも悪いんだろう」
悪口にしか聞こえないが、二人にとっては昔もこれが日常茶飯事で、坂田先輩がそれについて怒る事はなかった。
ただ、その事を知らない人達にとっては、ただ単に悪口を言っているようにしか聞こえないらしく、口の端を引くつかせていた。
そんな中でもやはり加山さんは空気を読まなかった。
「その坂田先輩って、あの写真のめっちゃ背の高い人ですよね? 話聞いてる限り小言を言うお祖父さんにしか聞こえないんですけど、実際どんな人だったんですか?」
「どんなって言ってもねぇ」
「小言爺と言えば小言爺だな。俺らと同い年だけど」
そんな酷い言い様にオレは顔を引き攣らせた。
「いや、もう少し言い様あるでしょう。書類仕事なんて大半を坂田先輩がしてましたし、戦闘でも活躍されていましたし。確かに校則違反等はオレより厳しく取り締まる方でしたが、真面目な方じゃないですか」
山崎先輩は「良いように言ったな」と言ってきたが、それがオレの坂田先輩の印象だ。




