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ノート

「葉月ちゃん、髪の毛かなり乱れちゃってるよ」

 会長が自分の櫛を取り出し、差し出してきたが、オレは手櫛で直した。

 そんなに癖のないオレの髪は手櫛で十分直る。

「わぁ。なんかシャンプーとかのコマーシャル並みにサラッサラですね」

 加山さんが感心した声をあげた。

「そうですか?」

「そうですよ! 羨ましがられません?」

「あんまり……」

 そんな会話すらした覚えがないのだから、羨ましがられた覚えなどあるはずがなかった。


「それにしても、見た目も頭の出来も完璧で、欠点って何だろうって思ってた副会長が案外年相応で安心しましたよ。副会長も人間だったんだなぁって」

 かなり失礼な事を鍛冶君が言った。

「鍛冶君って本当に失礼な事を言うね」

「だって、事実でしょ。できない事がないって思ってた人が案外、緊張もして、人前で話すのも嫌いで、その所為で眉間に皺寄せてるなんて、案外人間らしいところあったんだなぁって思いますよ」

「なんでより失礼な言い方するかなぁ?」

 だからといって怒る気はないが、気分は良くない。

「そんなに明るくない分野って言いながら、魔法具製作管理者の資格取るような人で、部活でもこっちは頭を抱えていたのでさえ、見学しに来ただけで案まで出すような超人に人間らしいところがあるだけで、こっちとしては驚きですよ」

「別に超人ってわけじゃないよ。やっぱり勉強不足なところはあるから知らない事もあったし、それから詰めて勉強したから資格は取れただけだよ。

 まあ、錬金術の加減で昔っから何かしら作れたらいいなと思いながらノートとかに書き連ねる癖はあるけど、案って言ってもそこから引っ張り出してるようなものだよ」

「ノート? 何か書いてるのがあるんですか?」

 鍛冶君はオレの言葉の中でも、そこに引っ掛かったらしい。

「ああ、まあ。昔からだから結構あるかな」

 そう言いながらオレは自分の机の一番下の引き出しを開けた。

 その中は今まで書き溜めたノートがぎゅうぎゅう詰めで入っている。

「えっと、どれかな。色々書いてるからなぁ」

 そう言いながら机の上にノートを並べていく。表紙には『治癒魔法』や『結界魔法』、『魔法工学』などが書かれている。

 みんなオレのノートに興味があるらしく、覗き込んでいる。

 加山さんなんか物珍しそうな顔で、その中の一冊を取ってパラパラと捲っている。

「言っておきますけど、小学一年生の時から書き溜めているから、字はお世辞にも綺麗じゃないですよ」

 そう言っても、加山さんはお構いなしにノートを捲り続けた。


「副会長、この『結界魔法』って書いてあるノートを見せていただいてもいいですか?」

 佐々山君が少し遠慮気味に聞いてきた。

「いいけど、さっきも言った通り綺麗な字ってわけじゃないから、見にくいかもしれないよ?」

「大丈夫です」

 佐々山君はそう言うと『結界魔法』と書かれたノートを開いた。

「うわっ! ビックリした」

 その声にみんながそのノートを覗き込んで驚いた。

 何か変なの書いてたっけ?

 書いた事全てを瞬時に思い出せるわけではないから、立ち上がってそのノートを覗き込んだ。

 ノートは表紙の裏側にびっしりと構築式が書かれていた。

 それを横からは会長も覗き込んでいた。

「ああ。複合結界の構築式ね。凄いね~。まだちょっと幼い時の字だから小学生の時のかなぁ?」

 朗らかにそう言ったのは勿論会長だった。

「なんでパッと見て分かるんですか?」

 鍛冶君が異常者を見るような目を会長に向けていた。

「結界に関して詳しい人が見れば、すぐに何の構築式か分かると思うよ」

「いや、そういう事じゃ……いえ、やっぱ何でもないです」

 鍛冶君は何か言おうとしたが止めた。

「これは確か、内海先輩に複合結界の構築式を空で書けって言われて、他に紙がなかったから仕方なくそこに書いたやつだよ。だから気にしないで」

「はあ……」

 佐々山君からは何とも言えない返事が返ってきた。


 オレは引き続きノートを漁り始めた。

「……もう全部机の上に出したらどうです?」

 オレの方を覗き込んでいた鍛冶君が少し呆れた声でそう言った。

「そうしよっか。……よっと」

 一度に残りのノートを置くとドスンという音がした。

 みんなその音に驚いて、机の上を凝視した。

「う~ん。流石に時間がないからって整理しなかったオレが悪いんだろうけど、凄い事になったなぁ」

 腕を組みながらそう言うと、山崎先輩に小突かれた。

「なんで書類整理のできる奴が、こんなにノート溜め込んでるんだ」

「いや、家に置いておくのもちょっと気まずいから、学校に置いていたらこんな事になったんですよ。いざとなったら空間魔法の中に放り込むんで大丈夫です」

 そう言うと溜め息が返ってきた。

「溜め息で返さないでくださいよ。まあ、いいや。えっと錬金術のはどこだろう」

 オレはそう言いながら再び探し始めた。

 暫く探し続けていると、お目当てのノートが出てきた。

「あっ、あった!」

 そう言ってからそのノートを開くと、夢物語のような現実に再現するのはほぼ不可能なものが並んでいた。

「懐かしいけど、本当に現実可能なものは少ないだろうなぁ」

 そう言いながら捲るノートを鍛冶君は横から覗き込んだ。

「色々書いてますね。でも、素材とかが書いてあるのは作れそうなものもありますね」

 鍛冶君は真剣な目をしながらそう言った。

「じゃあ、これとかは作れるかもしれないね」

 まだ作れる可能性の高い物を見せると鍛冶君は目を輝かせた。

「面白いですね。作ってみたらいいじゃないですか。上手くいったら特許取れますよ」

「ああ、そっか。魔法具製作管理者取ったから自分だけで作れるのか。でも、材料がないからなぁ」

「それはうちに来れば鑑那さんが譲ってくれるものもあると思いますよ。タダとはいかなくても、格安で貰えるかもしれませんよ」

「う~ん。だとしても、少し、ね」

 流石にその道を突き進んでいく気はないから、鍛冶さんに会うと無理にでも引き摺り込まれそうで嫌だ。

 鍛冶君はそれを察したようだった。

「腕があるのに勿体ないと思いますよ。鑑那さんなら最悪、高卒でも採ってくれると思いますよ」

「いや、流石に大学は卒業したいよ」

「なら、バイトで働きだしたらいいじゃないですか。別に資格持ってたら、魔法具士は魔法大学出てなくてもなれますよ」

「そっちの道に進む気は今のところないから遠慮しておくよ」

 断っても鍛冶君は諦めた様子がなかった。

「それなら、今興味を持ってる分野って何なんですか?」

「興味? う~ん。魔法工学とかは興味深いけど、他の分野も勿論、興味はあるよ」

「それこそ魔法大学行かないと学べないじゃないですか。魔法大学行く気なんですか?」

 鍛冶君のその質問に一瞬言葉が詰まった。

「っ……。どう、なんだろうね。自分でも、分からないや」

 悩んでもなかなか答えが見つからない。最善を進めたらいいんだろうけど、どれが最善か分からない。

「このノートだって、今まで学んできた事や興味のあった事ばっかりだよ。でも、どの分野に進んでいいのか、本当に分からないんだよ」

「そう、ですか。……まあ、まだ高校生なんですし、思いっきり悩んだらいいんじゃないですか? 別になりたい職業がないのなら、逆にいくつも同時に学んで、最終的に複数選んでもいいんじゃないですか? 別に職業だって一つじゃないといけないわけじゃないんだし」

 目から鱗が落ちるというのはこういった事だろうか。

 そうか、一つでなくてもいいのかと思わされた。

「でも、欲張りじゃないかな?」

「欲張りで何が悪いんですか? 自分の人生に悔いを残したくないなら、あれもこれも欲しがったっていいじゃないですか」

 鍛冶君のその考えが羨ましく思った。

 欲しがるなんて、そんな贅沢、オレに許されるんだろうか?

「鍛冶君は、色々欲しがってるの?」

「まあ、それなりには。勿論、手に入らないものは沢山ありますよ。それでも、手に入れようとするなら、まず欲しがらないと駄目でしょう?」

「そう、だね……」

 欲しがる、か……。


「で、副会長はここに書いてあるのとか、いつか作るんですか?」

「どうだろう? 結構現実的には再現不可能なものも多いと思うんだよね」

「まあ、確かに……」

 鍛冶君はノートを捲ると渋い顔をした。

「でも、実際作れそうなものもありますよ?」

 確かに鍛冶君の言う通りだ。

「う~ん。じゃあ、魔法具制作部で作ってみる? な~んて……」

 冗談めかした提案を言うと鍛冶君は葛藤しているのがよく分かる表情を浮かべていた。

「~~! そりゃ、作りたいですよ。作りたいですけど! でも、発案者がすでに資格持って作れる状態なのに、それを横取りするような真似は流石にできませんよ!」

「でも、オレ、この学校にいる限り暇な時の方が少ないから、作るっていうのが難しいんだよね。卒業してからも作れるかと聞かれても、出来る気はしないからね。

 つまり、ほぼ永久的に作られないままの発案だけって事になりそうなんだよね。しかも世には全く出ない」

 我ながら、よく暇を見つけてここまで書けたなと感心する反面、作るには時間が圧倒的に足りないのに何書いてんだと言いたくなる。

「勿体ないですよ。しかも、それを部活で作らせるとか……。製作所で作ってもらって、利権はちゃんと自分で持てるようにしたらいいのに」

「はははっ、それこそ難しいよ。オレ自身は資金とかも持っていないし、それで事業ってわけにもいかないでしょう? だって、これでもただの高校生だよ?」

 現実的にあり得なさすぎて笑ってしまった。でも、鍛冶君としては笑えるような事ではないようだった。

「ただのではない気がしますけど……。でも、これを部活で作ったとしたらどうなるんですか?」

「どうなるとは?」

「もし市場流通できそうなら特許とかもですけど、販売価格とかって学生が決めちゃっていいんですか? そもそも販売できるんですか?」

「それはできないね。飽く迄も部活動はそういった販売等で利益を得るのは禁止されている。例外は文化祭の時だけど、あれも色々規約はあるからね」

 ちゃんと学校の規定にある事だが、鍛冶君は納得いかないようだ。

「だって、製品化しちゃった方が利益あるじゃないですか。それなら部活で作るより、他の方法取った方が良いですよ」

「オレとしてはあんまりその辺は考えずに、面白そうだなぁって程度で考えてたものだからね。研究とかで生かすとかも考えてな……」

 そこまで言ってふと思い出した事があった。

 バッと道端先輩の方に振り返った。

 行き成り振り返られた道端先輩は何事だと言わんばかりに驚いた顔をしていた。

「道端先輩、この間のノートいい加減返してください!」

 バッと手を出して言うと、道端先輩は忘れてたと言って、オレの手にノートを乗せてきた。

「なんですか、それ?」

「なんていうか、ほぼほぼ徹夜テンションで、働かない頭で考えていたものかな」

「なんなんですか、それ……」

 鍛冶君が若干呆れた顔をして、錬金術のノートを捲り続けていた。

 すると、鍛冶君が眉間に皺を寄せた。

「なんだこれ?」

 ノートを覗き込むと、そこには法則性のある記号が並んでいた。

「ああ、速記文字だよ」

「速記文字?」

「知らない? 普通に書くと時間が掛かるから簡略化したものだよ。まあ、色んな形式があるけど、そのうちの一つだよ」

 鍛冶君は感心した声を出し、他の人はどんなものかとオレのノートを覗き込んだ。

「以前、体育祭実行委員の会議の時に、副会長がメモを取る際に使ってらっしゃったのはこれだったんですね」

 長月君は疑問が解決したといったような声を出した。

「この方が速いからね」

「ああ、あんたのそのノート、最後の方それで書いてた所為で、『解読できない』って研究所の人達が叫んでたわよ」

 道端先輩が返してきたばかりのノートを指差していった。

「そりゃ、もう働かない頭で書いてたんで、真面な文字なんて書いてらんないですよ。でも、何か役に立ったんですか?」

「みたいよ。詳しい事は私にも分からないわ」

 道端先輩は肩を竦めた。

「ところで、副会長。このノート持って帰ったら駄目ですか?」

 鍛冶君が駄目元で尋ねてきた。

「部活動で学内のみ使用するなら貸すけど、鍛冶さんのところ持って行ったりとかは困るから、学外持ち出しはされたくないよ」

「やっぱりですか~」

 鍛冶君は分かりやすく肩を落とした。

「まあ、西雲が在学中はこのノートがあるのは確かなんだし、協力して魔法具作るなり、なんなりしたら? どうせノート書く時間があるんなら、多少なりとも時間は取れるでしょうし」

 道端先輩が笑顔で勝手な事を言い出した。

「ああ、そうですね。俺が家から素材持ってきて学校で作っても別にいいわけですし、それを協力してもらえばいいんですよね」

「ちょっと、勝手な事言わないでよ。魔法具作るのは良くても、作った後どうする気? 持ち出しはそれも禁止だよ」

 勝手な事をされては困ると釘を刺すとブーイングが飛んできた。

「いいじゃないですか。商売になる事なんですし、利益が出るならいいじゃないですか」

「そうよ、そうよ。ちょっとくらい、自分の利益になる事したらいいじゃない」

「二人して勝手な事言わないでください。面倒事は御免です」

 オレがそう言っても二人はブーブーと言い続けた。

 一方、オレ達の話を途切れるのを待っている様子の長月君がそわそわしていた。

「何かあった?」

 そう尋ねると、長月君は待てを解かれた犬のような表情をした。

「速記文字についてお伺いしたいのですが、よろしいですか?」

「良いけど、大した事は答えられないよ。オレが使ってるのも一種類だけだから」

「大丈夫です。この速記文字って単語で対応してるんですか、それとも文字ですか?」

「ここに書いてあるのは文字だけど、単語の省略もあるよ。えっと、一覧表があったはずだから、ちょっと待って」

 オレはそう言って、色んな紙の挟まったクリアファイルを取り出した。

 そこから一覧表を取り出し、長月君に渡した。

「これが一覧表。まあ、後は自分の分かりやすいようにしてもいいとは思うけどね。どうせメモ程度にしか使わないだろうし」

「ありがとうございます。こちらのコピーを取ってから、複製した物をいただいてもよろしいでしょうか?」

「いいよ。他の人も欲しいのなら印刷して持っていっていいよ」

 そう言うと、ほとんどの人が欲しがってから、複製を各自持っていった。

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