雰囲気クラッシャー 1
誰も口を開けない、そんなくらいに重くなった空気をぶち壊したのは加山さんだった。
「えっと~、結局、政府派に裏切り者がいるって話ですよね。簡単に言えば。
で、副会長は一般人だから何も手出しできないし、そこの先輩達は軍に属してるから動くに動けないからどうしようって話で合ってます?」
空気に反して気の抜けそうな程に間の抜けたとした声に崩れ落ちそうになった。
額を押さえ、溜め息を一つ吐いてから口を開いた。
「この上ない程に簡潔に言えばそういう事ですね」
「んじゃ、ここにいる他のメンバーなら動ける事もあるんじゃないですか? この国じゃ、権力もかなり強い家の人間ばっかなんだし、副会長も頼ればいいんじゃないですか?」
「そんな簡単に……。各家の意見もあるでしょうし、そう簡単に動ける問題でもありません。それにすでに如月が動いているので、足並みも揃えないといけないんです」
オレがそう話していてもちゃんと聞いていないのか、加山さんがオレの言葉を遮った。
「副会長がごちゃごちゃ考えても動けないんなら、他が動けばいいんでしょ? そんな難しいんですか?」
あっけらかんと言われ、オレは脱力した。
その少し後ろでは会長がくすくすと笑っていた。
「えっ、変な事言いました?」
「ふふふ、変というか、そんな簡単に言えるところは凄いわね。
まあ、このメンバーを呼んだのは、本当は手伝ってもらった方が楽だったからだけど、自覚のない子ばかりだったから諦めたのよ」
「呼んだ? どういう事ですか?」
「だって、如月が入学推薦状を送ったんだもの。神在は少しでも早くこの学校に入ってもらいたくて少し無理したけど、他の家のもすぐに応じてくれるかは分からなかったから、少し賭けだったけど。卯月谷の家には復学を要請したのよ。そうしないと揃わないと思ったから」
「えっと、その結果、今年には揃ったって事ですか?」
「そう。今年には揃ってもらわないといけなかったから」
「どうしてですか?」
加山さんのその質問に、会長は微笑むだけだった。
「……今年で会長は卒業ですからね」
「どういう事ですか?」
会長の代わりに言ったオレの言葉も加山さんには理解できなかったようだ。
「この生徒会だって、存続の危機はありましたが、長い間、会長とオレの二人で続けていたのはご存知でしょう?」
「ああ、はい。一昨年までは二人だったんですよね」
「ええ。長い間、人員補充は欲しいと言っていたんですが、それこそ国の方が自衛軍隊のような存在として生徒会を置くのなら最小限人数であるべきだと言って、人数を増やせなかったんですよ。非戦闘要員でも構わないから増やしてくれと何度も言いましたけど、それに関しては無視されたようです」
思い出すだけで気が遠くなる。それは会長も同じだったんだろう。
「まあ、人員増やすのに成功したのは葉月ちゃんのおかげなんだけどね」
「オレは何もしてませんよ」
オレが素っ気なく言うと、会長はクスクスと笑った。
「えっと、副会長のおかげとは一体何があったんですか?」
「葉月ちゃんは二年前の合同文化祭で研究発表してくれたのよ。それを評価してくれる人は多くて、その人達とお話ししたのよ。『本当は人員に余裕があれば、彼ももっと研究に力を入れる事も可能だったのですが、国からの圧力があり、たった二人で生徒会業務を行っているんです。国は若い才能を潰す気なのかもしれませんね』って言ったら、葉月ちゃんの発表を聞いていた人達が動いてくれたの。だから、その次の年から人員補充に成功したの」
にっこりと会長は言うが、結局、会長が話をしなかったら叶わなかった事だろうと思う。
「へ~。じゃあ、副会長の発表ってそんなに凄かったんですね」
加山さんは感心した声を出した。けど、会長が申し訳なさそうな声を出した。
「ただ、あの後は葉月ちゃんが少し大変だったのよね……」
「ああ、まあ。でも、今は特に問題はないんで大丈夫です」
「何があったのよ?」
何となく予測をしてそうな道端先輩が問いかけてきた。
「ただ単に、その発表を聞きに来ていた教授の一人が甚くオレの事を気に入ったようで、養子にならないかって話を一ヶ月近くしに来ていただけですよ。その所為で、その一ヶ月は何度応接室に呼び出されたか……」
思い出すだけで嫌になる。業務もまだまだあるといった状態なのに、何時間も拘束された。
「えっと、なんでそれは終息したの?」
道端先輩がそう聞いてきた。
「え~っと、確かその教授が引っ越したからです」
「はあ。でも、なんでその教授は引っ越したのよ?」
「さあ?」
「あんた何かしたの?」
「何もしてませんよ」
手を振って否定するが、道端先輩は何か怪しんだような目を向けてくる。
「その教授の事はご両親には相談したの?」
「ええ。その時は帰るのも遅くなっていたんで、親も心配していたんで、ついぼやいてしまって……。そう言えば、教授が引っ越したのって、ぼやいた翌日だったような気がするなぁ」
「……教授が引っ越した事はご両親には伝えたの?」
「はい。そしたら『よかったね』って言ってましたよ。その引っ越される際に長い手紙は貰いましたけど、それ以降は会ってもいないんで、平和ですよ」
「そう……」
道端先輩はオレの話を聞きながら微妙な顔をした。
「副会長のご両親って何者なんですか?」
鍛冶君が口の端を引き攣らせながら尋ねてきた。
「何者って言われても、普通……とは少し言い難いけど、一般人だよ」
「普通じゃない一般人って何なんですか?」
勢いよく聞いてくる鍛冶君の間に入ったのは加山さんだった。
「副会長のお父さんの写真ならあるよ~」
「なんで持ってるんですか?」
オレが半眼で尋ねると、加山さんは機嫌よく答えた。
「この間父の会社に行った時、たまたまお会いしたんですよ。すっごい優しい方ですよね~」
加山さんは話しながら、携帯電話の写真のフォルダから父さんの写真を探し出した。
「この人だよ~」
そう言って見せていたのは父さんと加山さん、加山さんのお父さんが映っている写真だった。
写真を見た鍛冶君はオレと父さんを何度も見比べた。
「う、う~ん。似てる? そんな気はするけど、なんか違う……」
「雰囲気がかなり違うよね~。副会長をもっと柔らかい雰囲気にして、穏やかな笑顔にした感じだよね」
「俺、副会長の笑顔ってみた事ないから、そんな事言われても想像つかないっス」
「ああ、だよね~。副会長、眼鏡外して、営業スマイルでもいいから笑顔になれません?」
鍛冶君と加山さんが二人で話していたと思ったら、行き成り話を振られてしまった。
「行き成りの要望をされても困るんですけど」
「営業スマイルとか必要になる時ないんですか?」
「ありましたけど、今はそこまで必要性を感じませんよ」
二年前の事を思い出すが、それだけで表情筋が攣りそうだ。
「副会長のお父さんは、副会長は家では笑うって言ってましたよ~。学校でも笑ったらいいじゃないですか~」
ブーブーと文句を言ってくる加山さんはきっと、笑顔を見るまで文句を言い続ける気なんだろう。
オレは諦めて眼鏡を外した。
そしてできる限り好印象に見えるであろう笑顔を浮かべた。
「これでよろしいですか?」
相手の返事を待たずに、オレは笑顔を消し、眼鏡を掛け直した。
「なんか、やっぱりお父さんとは違いますよね。でも、似てますよね」
「あれですね。目が似てないんですね」
笑顔を作ったにも拘わらず、鍛冶君には目が似ていないと言われてしまった。
「そりゃ、目はよく母親似と言われますからね。他のパーツはほぼ父親似らしいですけど」
「へ~。でも、副会長の場合、笑顔を振りまいていたら、そこらの女性が惚れそうですね」
「なんですか、それ……」
加山さんの言葉に呆れてしまった。
「だって、絶対にそれで惚れる人いるでしょ。そうじゃなくても、普段の表情でも好きって思う人は多いと思いますよ」
「確かに、よく女子が副会長の顔は好みだとか言っているのも耳にしますね。でも、どちらかっていうか、観賞用らしいですけど」
加山さんの言葉に鍛冶君が同調するが、意味が分からない。
「なんなの、その観賞用って……」
「顔は良いって事でしょう? と言うか、自分の親見て思わないんですか?」
「全然」
鍛冶君の質問にきっぱりと答えると、溜め息を吐かれた。
鍛冶君と加山さんはぼそぼそと何か話しているが、なんとなく不快だった。
「と……父は顔云々というより、人間性で好まれる事が多い印象を受けるので、外観的特徴でそのように言われている印象はないんです」
「確かにすっごく優しい人ですよね。自分の話も遮る事なく聞いてくれて、しかも頷きだけとかじゃなく、ちゃんとアドバイスとかもくれるし、すっごく良い人ですよね」
加山さんは凄く明るい顔でそう言った。
自分の親の事をよく言われるのは嫌じゃない。そのはずだった。なのに、少し胸の奥がモヤッとした。
「ところで、副会長のお母さんってどんな人なんですか?」
鍛冶君がそう聞いてきた。
「えっと、なんて言ったらいいんだろう……」
「まず、ご両親って何されてるんですか?」
「父は会社員で、母は専業主婦だよ」
「そうなんですか。じゃあ、家事が得意とかですか?」
「得意、なのかな? まあ、でも母の作る料理は美味しいと思うよ」
「へぇ。他の家事とかも何でもこなすような方なんですか?」
「まあ、そうだね。普通に洗濯もするし、掃除もしてるし、きっちり家事はこなしていると思うよ」
「じゃあ、きっちりした方なんですね」
鍛冶君のその言葉に、オレはぴたりと止まった。
「……それは、どうなんだろう」
「どういう事ですか?」
「なんというか、わりと粗雑というか、粗暴というか、喧嘩っ早いと事もあるから、きっちりしているって印象がなくて……」
「それって、自分の親を貶してるんですか?」
「そういうつもりはないんだけど、本当に下手をすると、人を殴りに行きかねないような人だからなぁ」
「どんな人なんですか?」
「う、う~ん。よく言えば闊達なのかな……」
「いや、十分暴力的だろう」
オレがなるべく良い言葉を探して言うと、山崎先輩に否定された。
「えっと、ご存知なんですか?」
「ああ、実際に会ったのは一回だけだが、かなりインパクトのある人だよ。常に戦場に立ってたはずの俺が何回殴られたか……。
と言うか、お前ら、さっきまで重っ苦しい話してたのに、なんでそこまで和気あいあいと喋れんだよ」
山崎先輩は呆れた表情を浮かべた。
「だって、自分はそんなに話の内容しっかり理解できたわけじゃないし、理解したところでできる事はほとんどなさそうだったんで、もういいかな~って」
あっけらかんと加山さんが言うと、続いて鍛冶君が口を開いた。
「いや、俺がどうにかできるようなスケールの話じゃないし、他言無用ならこれ以上話す事もないだろうし、話題も切り替わったんならもういいかなと思ったんで」
そんな言葉を聞いて山崎先輩は頭を抱えてから、オレの方を見た。
「オレの方見られても困るんですけど。オレだって何かできるわけでもないんで、取り敢えず、いいかなと思って……」
「……最近の子ってこんな感じなのか? 俺は疲れたよ」
「ヤマ、年寄り臭い事言わないで」
自分と同い年という事実からか、道端先輩が山崎先輩を注意した。
「だってよ~。普通、あんな話してからこんな風になるか?」
「でも、動けないのは事実よ。私達も何もできないもの」
「それはそうだが……」
「あんたが余計な事考えても、ない頭じゃ何もいい案なんて浮かばないのよ。それよりかは、如月達が動かないといけないって事でしょ?」
道端先輩の言葉に、山崎先輩は会長の方を見た。
「私は私なりに動いてますよ」
「何をどう動いてるんだ?」
会長は山崎先輩に対し、溜め息を吐いた。
「先輩、如月が大きな家だから動きの公表があるのは事実ですが、全部が全部公表しているわけでもありませんし、本来、家の事で動いている事は外に出ないように細心の注意が払われるのは当たり前だと思いますよ。それを話せとおっしゃるんですか?」
「……すまん」
名のある家には暗黙の了解というものがあるもので、会長が言った事もそのうちの一つのようだ。
山崎先輩もそれは分かっているようで、素直に謝った。
「でも、他の家を動かすとなるとどうすんの? あんたみたいに権力持ってる子なんてそうそういないわよ? ここにいるメンバーだって、次期当主はいても、まだ家を動かせれる程ではないでしょう?」
「ええ。その通りですね。だからこそ、私が頑張ってるんですよ。色々あるんで、暫くは口出ししないでもらってもよろしいでしょうか?」
お願いのように聞こえるが、命令だろう。
会長は笑顔を浮かべているが、その目の奥は鋭かった。
「はぁ。あんたもやっぱり如月の家の子ね。でも、西雲が言った事が事実だとして、その事実を知った人間は安全なの?」
道端先輩が鋭い視線を会長に向けた。
「だからこその箝口令ですよ。他に話せば安全なんてものはないでしょうね」
にっこりと微笑む会長は少し怖かった。
だが、それは分かっていた事だ。だからこそ、誰にも話してはいけないんだ。
「でも、ここで話したのがもし、どこかから聞かれていたらどうするの?」
道端先輩のその言葉に、オレも会長も目が点になった。
「なんなのあんたら二人、その顔は?」
「なんなのと言われましても……」
「だって、ねぇ?」
当り前だと思っていた事に疑問を抱かれたら、誰でもこういう反応になりそうなところだ。
ちらりと周りを見渡すが、みんな道端先輩と同じ反応をしていた。
「これって機密事項なんですか?」
オレが会長に尋ねると、会長は首を横に振った。
「だって、歴代ずっとだよ? 普通に知ってる人も多いと思うんだけど……。だから瀬野先輩だって態々ここに来たんでしょ?」
「ですよね。瀬野先輩が知ってるから、その辺りの代の人達も知っていると思っていたんですけど……」
「そうよね。内海先生だって当然のように知ってるし、知っているのが普通だと思ってたわ」
「何を知らないんだ? お前ら二人で話してないで説明してくれ」
痺れを切らせた山崎先輩が割って入ってきた。
「えっと、この生徒会室って外に会話が漏れないような特殊な魔法が掛けられている上に、盗聴防止の魔法も掛けられているんです。それに、口外しようとしたら阻害魔法が働くようになっているんです」
「つまり、ここでの会話は、そこにいた人が外で話さない限りは漏れないって事です。あと、外から盗撮もできないような魔法が掛かってるから、口の動きで会話の内容が漏れる事もないんですよ」
オレと会長が簡単に説明をすると、みんな驚いた顔をした。
「先輩達、本当にご存知なかったんですか?」
オレが確認すると、ムッとした表情を返された。
「知らなかったわよ。あんたらは一体誰から教えられたのよ?」
「私はお祖父様に教えていただいていたので、入学前から知っていましたよ」
「オレは内海先生ですね。入学してから、何か重要な話をする時は、基本的に生徒会室でしろと言われました」
会長とオレが答えると、道端先輩は額を押さえた。
「内海先生、絶対に内海に任せて私らへの説明サボったわね……」
「よくある事だな。で、後になってその事実知って内海に『なんで説明しなかったんだ?』って言ったら、『説明しろと言われなかったんで』って返されるやつな」
きっと何度となくそんな事があったんだろう。
先輩達二人は溜め息を吐いた。
「生徒会室って凄いんですね」
鍛冶君が感心した声を上げ、壁とかをまじまじと見た。
「まあ、ここで昔は戦略を立てたりしていたらしいからね。簡単な作戦会議程度なら先輩達が在籍中もしていたけどね。
因みにそんな風に見ても鑑定はできないと思うよ。ここの魔法はかなり特殊で、オレも解析はできなかったから」
きっと卒業までに解析はできないだろう。
「副会長が解析できない魔法って何なんですか?」
「どうもここを設立した当時の如月家当主が施したらしく、複雑な上に何重にも魔法が重ね掛けされているから、表面だけを見ても分からないんだよ」
お手上げといった仕草をすると、鍛冶君も諦めたようだ。




