混雑した食堂
今回も少し短めの話です。
食堂に着く手前で廊下を走っている人を数人見かけた。
「廊下は走らないように」
オレがそう声を掛けると、言われた人達はビクリと体を跳ねるが、みな「今回は見逃してください」と言って走り去っていった。
何かあるのか?
「何かあるのでしょうか?」
「さあ?」
長月君も同じ事思ったようだが、誰一人として分からなかった。
分からないものは分からないし、再び食堂に向かおうとしたら、走っている男子生徒が曲がり角に差し掛かろうとしているにも拘らず、そのままのスピードで走っているのが見えた。
そしてその曲がり角の先には、三人の女子生徒がそれに気付かずに角を曲がろうとしていた。
オレは咄嗟に男子生徒の腕を掴み、ぶつかるのを防いだ。
「ゲッ、副会長……」
オレに腕を掴まれた男子生徒は青い顔でオレを見てきた。
「す、すいません、急いでて」
慌てた様子の男子生徒の腕を放し、オレは軽い溜め息を吐いた。
「謝る相手は違うだろう」
オレは視線を三人組の女子生徒の方に向けた。
女子生徒達は、あと少しで男子生徒が自分達にぶつかりそうになっていた事に気付いたようで、驚いた顔をしていた。
「えっ、あっ、ごめん!」
男子生徒は勢いよく頭を下げた後、再び走り出した。
「まったく……。君達は大丈夫だった?」
「あっ、はい、大丈夫です」
「そう、それなら良かった」
オレはそう言うとそのまま歩き出した。後ろからは長月君達がついてきていた。
少し歩いたところで、霜月君がぼそりと「キザ野郎」と言ってきた。
何を言っているんだと思っていると、間髪入れずに師走田君が口を開いた。
「それは違うぞ。天然だからこそできる技だ」
「ああ。そうか」
師走田君の言葉に霜月君が納得した声を上げた。
一体何なんだ?
二人とも平然と話しているが、仲が良かったんだろうか?
そんな事を思いながらオレは歩き続けた。
そして食堂に着くと、人が溢れていた。その中でも一か所、人が密集しているところがあった。
「一体何だ?」
思わず眉間に皺が寄った。
昼時だから人が多いのは分かるが、この人だかりは一体何なんだ?
そんな事を思っていると、見知った人物が声を掛けてきた。
「副会長! 副会長もパンを買いに来たんですか」
「加山さん、こんにちは。パンって何かあるんですか?」
「知らずに来たんですか?」
「ええ。来てみればこの人だかりだったんで……」
どうやら人だかりはパンを販売している所為らしいが、それにしても人が多い。
「不定期に販売に来るんですけど、ここのパン美味しいんですよ。数に限りがあるから、争奪戦になるんですよ」
加山さんは戦利品のパンを見せながら教えてくれた。
「そう言えば、外部の方が販売に来られる時があるんでしたね。実際に見たのは今回が初めてです」
思い出してみれば、そんな事が書かれた書類を見た事があった気がする。
「ここのパン美味しいですよ。副会長も買ってみたらいかかですか?」
「そうですね……」
そこまで人気があるのなら一つくらい買ってもいいかもしれない。
そう思っていたら、人ごみの中から女子生徒が一人弾き出されて尻もちをついたのが見えた。
思わず駆け寄って声を掛けた。
「大丈夫ですか?」
そう言って手を差し出すと、女子生徒はオレの顔を見て引き攣った声を出した。
「ふ、副会長」
その声は悲鳴にも近かったからか、近くにいた人達はその声をしっかり聞き取ったらしい。
「副会長だって?」
そんな声がしたと思ったらざわつき始めた。
オレは差し出した手を引っ込め、姿勢を正し、咳払いした。
すると、先程までパンに夢中だった生徒はオレの方を見て黙った。
「君達、何かに夢中になるのは結構。だが、紳士、淑女にあるまじき行動だとは思わないか? 恥というものは知るべきだ」
「は、はい……」
オレの言葉にそこにいる人達は頭を垂れ、そう返事をした。
オレが黙って見続けると、無秩序に群がっていた人は列をなし、パンを買い求めた。
出来るのなら最初からすればいいのに……。
「はははっ、すっごい迫力」
加山さんはオレの隣に立って笑った。
「別に当たり前の事を言ったつもりなんですけどね」
「だとしても、眼光鋭く言われたら誰だってああなりますよ。そんなだから魔王なんて言われるんですよ」
「なんですか、それ……」
影では色々言われているんだろうと思っていたが、まさか魔王なんて呼ばれているとは思わなかった。
「知らないんですか? 影ではそう呼ばれてますよ。厳しく、妥協を許さず、誰にも微笑みかけず、副会長という地位でこの学校を支配してるって」
加山さんは厭味たっぷりの笑みを浮かべてそう言った。
「そんな事はないですよ」
「今回の事で違うって事はよく分かりました。でも、知らない人間は第一印象や見た目、雰囲気、あとは噂から判断するんですよ。
自分もそうだったから、あの時は余計に歯向かったんですけどね」
きっとそんな噂や勘違いの原因はオレ自身だ。因果応報。そんな事は分かっている。
「だとしても、オレは自分の行動を変えませんよ」
「少し自分を出せば、きっと周りの態度は変わりますよ?」
「だとしても、親しい人をあまり作る気はないので」
オレから放たれた拒絶の言葉に加山さんは気まずい顔をして黙った。
「すみません」
気遣いだと分かっていたのに、あまりに冷たい言葉で返してしまった事に気付き、謝った。
「いや、こっちがお節介でした。すみません」
本当にすまなそうな声を出す加山さんに気まずさを抱いた。
そんな時だった。
背後から声が響いた。
「なんだ? 今日は催しでもやってんのか?」
「山崎先輩!」
驚いた声を出しながら振り返ると、山崎先輩が片手を挙げていた。
「で、なんなんだ。えらく人が溢れてるけど」
そうは言っても、さっき列をなした人達もだいぶと捌けてきて、人はかなり少なくなってきている。
「どうやら外部からパンを販売に来ているそうですよ」
「へ~……って、あいつ……」
山崎先輩は感心したような声を出した後、店員を見て目を見開いた。




