父との電話
「その、すまなかった。一般人だと分かってから見下すような態度を取ってしまって……」
そう謝ったのは加山さんのお父さんだった。
「いえ。一般家庭の出なのは事実ですし、地位を見た際にそう簡単に覆せないものやプライドもあるでしょうから仕方ないです。今まで過ごした中でもよくある事なので気にしておりません」
一々気にしなくなったのはいつの頃だったか思い出せない。
一般家庭の出だからといって、引け目を感じているわけではない。
ただ、周囲と家の環境が違うだけだ。家の方針や決まり事、そういったものを順守し、自分達の信じるものや価値観が違う。ただ、それだけなんだ。
それが分かっているから、オレはこういう態度を取られても気にしないようにはしている。
「君は発言が若干一般人のように感じないところがあったが、ご両親の方針でもあるのかい?」
きっと加山さんのお父さんはそう感じたから最初は態度も比較的丁寧だったんだろう。
「いえ。生徒会の業務は先輩方に教わったものです。現在、財務省で働いていらっしゃる坂田先輩は特に経理関係には厳しい方でしたので、一般人と感じなかったのはその方の教えもあるからでしょうね」
どうやら坂田先輩の名前はほとんどの人が聞いた事があるのかざわついた。
あの人は本当に数字に関する事は厳しい。
切り詰められるものは徹底的に切り詰めるし、結果の出ない事にお金を割くような事はしない。
そんな人の元で学んだんだ。そりゃ、あんな滅茶苦茶な予算案を受理するわけにはいかない。
「そ、そうなのか……。そう言えば君の名前を聞いていなかったね」
加山さんのお父さんは汗を掻きながら、話題を逸らせようとそう聞いてきた。
「申し遅れました。西雲葉月と申します」
そう名乗るとまた騒めきが起こった。
保護者達は青ざめているが、生徒達は何故なのか分からなかった。オレも勿論分からない。
「西雲……。もしかして、君のお父さんの名前って葉一さんだったりする?」
口の端を引き攣らせながら加山さんのお父さんが聞いてくる。
「ええ。そうですけど、知り合いですか?」
聞きたい事の本意は分からず、そう答えると保護者の人達が膝から崩れ、頭を下げ始めた。
「今回の事はどうか内密にしてくれないだろうか」
その様子に思わず肩が跳ねた。
「へ? い、一体どうされたんですか?」
動揺しながら尋ねると、あちこちから父さんの情報が聞こえてきた。
「西雲さんは一般人であって一般人の枠に収まらない人なんだ」
「あの人が営業に回ってこなくなったら、うちは潰れてしまう」
「あの人がこの世の経済を回してるんじゃないかってくらいなんだ。それなのに、今回の件を知られてしまったら……。ああ、考えたくない!」
「あの人が敵に回ればうちは終わりだ……」
「いくら仏のように広い心を持っていても、今回の事が知られてしまったら……」
ほとんどの人が絶望の表情を浮かべ、頭を抱えている。
「えっと……。父からは普通の会社員としか伺っていないのですが……」
「普通じゃない! あれで一般人なわけもない! あの人が営業で回ってこなくなった途端に潰れた会社がいくつあるか! 大会社と言えど、あの人に見捨てられたらもう終わりなんだ……」
叫び声が悲痛でならない。一体父さんは何をしたんだ?
「頼む! 今回の件は内密にしてくれ!」
「それは構いませんけど……」
オレもあまり学校で何があったとかは一々言わないからそれは構わない。だが、本当に父さんは一体仕事で何やってるんだ?
体育祭実行委員達は自分の親の姿を見てぽかんと口を開けているし、一体この現状はなんなんだ?
軽く眩暈がしながらオレは携帯電話を取り出した。
そして父さんの番号に電話を掛けた。
三回コールが鳴った時に通話口から父さんの声が響いた。
「葉月? どうした? 何かあったのかい?」
「父さん、一体仕事で何したの?」
「行き成りどうしたんだい? 普通に仕事してるだけだよ?」
行き成り電話を掛け出したオレに保護者の人達は若干涙目になっていたが、今は放って置く事にした。
「なんか、父さんの知り合い? なのかな。その人達から少し話を聞いたんだけど、ちょっと理解ができなかったんだけど……」
「ん? 知り合い? どなたかな?」
「えっと……、加山社長って知ってる?」
「ああ、取引先の社長さんだね。今いらっしゃるのかな? ご挨拶をさせてもらってもいいかな?」
どうやら知り合いなのは間違いないらしい。
「他にも沢山いるんだけど……」
「じゃあ、スピーカーモードにできるかな?」
「分かった」
そう返事をしてからスピーカーモードに切り替える。
「切り替えたよ」
オレがそう言うと、父さんの声が携帯から大きく響いた。
「西雲です。加山社長がいらっしゃると伺ったのでご挨拶をと思いまして」
きっと電話の向こうでは微笑んだ父さんがいるんだろうなぁと思った。
加山社長は名前を呼ばれて慌てて立ち上がり、口を開いた。
「ああ、久しぶりだね。西雲君」
「ご無沙汰しております。前回、伺った際はお会いできず残念でした。また伺わせていただきたいのですがよろしいでしょうか?」
「ああ。勿論だとも」
「ありがとうございます。その時は私の部下とともに伺わせていただきます」
「部下?」
その言葉が引っ掛かったのか加山社長は口の端が引き攣っている。
「ええ。弊社の社長が引き継ぎも考えるようにと申しておりまして」
「いや。それは……。その、西雲君を信頼しているから、他の人には申し訳ないんだが……」
かなり焦った様子の加山社長が歯切れ悪くそう言った。一方、父さんは朗らかな声を出していた。
「評価していただけるようでありがたいです。ですが、私も対応に追われている時や、どうしてもそちらに出向く事ができない時があります。そういった際に、見知らぬ人間をそちらに向かわせるわけには参りませんので、何かあった時と思っていただければ結構です」
「あ、ああ。そうかい。それなら、まあ……」
加山社長は笑っているが、額から汗が噴き出していた。
「ところで、社長はどうしてそちらに? 息子と一緒という事は如月学校にいらっしゃるという事ですよね?」
流石に父さんも気付いてはいたようだ。それに対し、加山社長は平然を装いながら答えた。
「実は私の子も如月学校に通っていてね。いや、驚いたよ。まさか君の子まで通っているとはね」
「そう言えば申し上げておりませんでしたね。こちらも驚きました。まさか社長のお子さんと私の息子が同じ学校とは」
「ああ、そうだね。はは……」
笑っているが、声が若干引き攣っている事にはきっと父さんも気付いてはいるだろう。だが、敢えてそこには触れないようだ。
「息子が他の方々もいらっしゃると言っていたのですが、他にはどなたが?」
父さんのその問いに保護者達が我先にと挨拶しだした。
それに対し、父さんは朗らかに挨拶を返して、訪問の約束を取り付けていった。
私用で掛けたはずなのに、ちゃっかり仕事をする父さんに感心してしまう。
一頻り挨拶をし終わると、父さんがオレに話し掛けた。
「で、葉月は何が聞きたかったんだい?」
「いや、ここにいる人達に父さんが営業で回ってこなかったら会社が潰れるとか、そのくらいに凄い人みたいに聞いて……」
それ以上どういったらいいのか分からず、ぼんやりとした内容の事しか言えなかった。
「ははっ、そんなに凄くないよ。ただ多くの人に懇意にしていただいているだけだよ。そのお陰で繋がりが多いからね。でも、父さん自身はそんな大した事ないよ」
電話の奥ではきっと微笑んでいるのであろう父さんの言葉に多くの人が首を大きく横に振った。
「なんか、一般人の枠に収まらないとかも聞いたんだけど……」
「う~ん。魔法も使えないし、一般人なんだけどなぁ」
「父さんって実際どういう仕事してんの?」
「ただの会社員で主に営業回ってるだけだよ」
はははと笑う父の言葉が嘘くさく思えた。
「そんな普通の会社員が沢山の会社の社長さんと知り合うものなの?」
「う~ん。人によるんじゃないかな?」
きっと父さんが普通の枠に収まらない所為なんだろう。
「父さんが営業回らなくなって潰れた会社ってあるの?」
「ああ、まあ、そうだねぇ。ちゃんと引き継ぎはしていたんだけど、その子にはまだ荷が重かったのかもしれないねぇ。上手く人の繋がりも作り切れなかったみたいでねぇ。う~ん。結果としては、かな」
はっきりとは言わないが、結論だけを言えばそうなんだろう。
「何社かあるの? そういう風になったの」
「まあ、そうだね。どうしてもね、会社の意向とかもあって父さんが出向くわけにいかなくなった所はそういう所もあるねぇ。でも、それだけが原因ではないよ」
決して自分が原因ではないと言いたいようだ。
「じゃあ、聞き方変えるけど、父さんは会社潰そうと思えば潰せるって事?」
オレの質問にオレの周囲はビクリと肩を跳ねた。
「ふふふっ。どうだろうねぇ」
はっきりと答えない父さんに周囲が青ざめる。
「父さん?」
少し強めに呼ぶと父さんは再び笑いを漏らした。
「別にね、父さんは権力者じゃない。だったら父さんの意向が通るわけじゃないよ。ただ、社長に進言する事はできなくはないし、逆に社長命令もある。
だからね、潰す潰さないは父さんの判断だけじゃないよ。ただ、社長命令となれば動かざるを得ない時もある。それだけだよ」
「曖昧な言い方するね。でも、それってそれだけの力があるって事でしょ? なんとなく分かったよ」
「そう? まあ、父さんの味方をしてくれる人は案外多いってだけだよ。それがなければ何もできないだろうねぇ」
「人脈も父さんの実力のうちでしょ?」
オレの言葉は父さんに笑い声で返された。
「でも、それだけ父さんを評価する人が多いなら引き抜きの話とかありそうだね」
ヘッドハンティングと言えばいいのだろうか。そうしてでも父さんの事を欲しいという人はいるだろう。
「そうだねぇ。何度かお話は貰ってるんだけど、その度に社長が給料上げるからって交渉してくるからねぇ。別に父さん的にはお給料に不満はないから上げてもらわなくてもいいんだけどねぇ。まあ、ないよりはあった方が良いけどね」
ふふふという声が聞こえる中でオレは額を押さえた。
「オレ、父さんの年収とか知らないけど、それってかなり吊り上げられていってるって事?」
「ん? ああ、そう言えば葉月に言ってなかったねぇ。まあ、他からそういうお話が持ち掛けられる度に上がってるしねぇ。社長にはこれ以上接待受けるなとは言われているよ」
笑いながらそう言う父さんがご丁寧にも現在提示されている年収も話してくれた。
それは一般人では考えられない程の高給だった。下手をすると家柄のある人達でもここまで稼いではないかもしれない。
「なに、父さんの給料って競りなの? 競りで決まってるの?」
「はははっ。ある意味そうかもしれないねぇ。いつの間にか吊り上げられていってるからねぇ」
まるで他人事のような父さんに頭が痛くなった。
「今日、色々初耳な事があったんだけど」
「そうかい。まあ、知れてよかったじゃないか」
「どこがだよ。普段父さんが仕事の事、家では話さないからだよ」
「それを言うなら葉月だって学校の事は家でほとんど話さないじゃないか。今回だって実際何があったんだい?」
何かあったという事にはどうやら気付いていたらしい。
それを態々聞いてこなかったんだろう。だが、オレが父さんに仕事の事を話さないと言ったから軽く仕返しのつもりなんだろう。
「いや、まあ、ちょっと……」
「ん?」
優しく促すような言い方をするが、これはちゃんと言いなさいという意味だ。
「……体育祭の予算の関係で提出書類の内容があまりに受理できるようなものじゃなかったから、それで少し揉めただけだよ」
大きくは間違ってはいないだろう。それに加山社長達の事は触れていない。取り敢えずセーフだろう。
「そう。それを提出したのは?」
父さんからの質問はどうやら終わらないようだ。
「えっと、体育祭実行委員長で、加山社長のお子さんだよ」
きっとこれで加山社長がここにいる理由はなんとなく理解はしたんだろうなぁ。
「そっかぁ。内容はそんなに良くなかったのかい?」
「う、ん。予算金額が例年の十倍で、内訳の八割がその他って書かれてたから……」
「それは……」
流石の父さんもその内容にはすぐに返答できない程困惑したようだ。完全に言葉に詰まっている。
暫くすると静かな声が響いた。
「その子は、予算を立てるっていう事に不慣れなのかもしれないね」
「まあ、そう、だね」
よく言葉を捻り出せたなと我が父ながら感心した。だが、その次にとんでもない事を言い出した。
「じゃあ、葉月が教えたらいいじゃないかな?」
その言葉に思わず噴き出してしまった。
「父さん⁉ 何言ってんの?」
「だって、葉月は長い事生徒会にいるからよく理解してるだろう? だったら教えられるんじゃないかな?」
「オレ、人に教えんのは苦手なんだよ。それに、オレだって暇じゃないし」
「うん。忙しいのはよく分かってるよ。でも、できない事をできるように教えるのは大切な事だよ。それに一人一人のスキルを上げていけば、自分の仕事も結果として楽になるしね」
父さんのいう事は分からなくはない。分からなくはないが――。
「今回の予算案は、オレがもう修正して提出したよ」
「じゃあ、どこが良くなかったか、どう修正したかは教えられるね」
電話の向こうでにこりと笑っているであろう父さんが若干恨めしく思えた。
「オレは教えるには不向きだよ」
「苦手だからといって逃げ続けるのは良くないよ。これもいい経験だと思って、ね」
オレは父さんのその言葉に大きな溜め息を吐いた。
そして、父さんはくすっと笑ってから加山さんに話し掛け始めた。
「今回は不慣れな事もあって上手くできなかったかもしれないけど、これからしっかり学んで次に生かせるようにすれば、きっと君の将来にも役に立つよ。
予算に関しては会社に身を置けば関わる事だから、これを機に理解を深めていければいいと思うよ。
君はきっと素敵な企画にしたかったんだろうね。でも、会社の企画と一緒で出せる金額っていうのは決まっているんだ。その中でも何にどう使うかは重要だよ。
もっと予算があればと思う事もあるだろうけど、決まった中でより素敵なものを提案するっていうのも大切な事だよ。難しい事かもしれないけど、焦る必要もないから社会に出るまでにしっかり学べば、きっと君の家業にも生かせるだろうし、君のお父さんも君を頼もしく思うと思うよ。
って、こんな顔も知らないおじさんに言われても嫌かもしれないけど、少しでも励みになればと願ってるよ」
父さんは最後の方は笑っていたけど、その言葉は加山さんに届いたようだった。
「頑張ります」
「うん。頑張ってね」
柔らかな父さんの声が響いた。凄く優しい声で加山さんはポロリと涙を流した。
少しそれに嫉妬した。オレの父さんなのにって。
きっと父さんがこの場に居たらオレは父さんの服の裾を掴んでいただろう。そしたら、あの優しい手でオレの頭を撫でてくれるだろう。
そんな事を思いながら父さんに声を掛けた。
「仕事中だっただろうに、行き成り電話掛けてごめんね」
「いや。大丈夫だよ」
「じゃあ……」
そう言って電話を切る旨を伝えようとしたら、後方から大きな声が響いた。
「ちょっと待ったー!」
そう言いながら走ってきていたのは進路指導の速水先生だった。
先生は近くまで来ると、滑り込むようにしてオレの携帯電話を奪い去った。
「えっ、速水先生?」
オレが呼びかけるのも無視して、速水先生は電話に話し掛けた。
「西雲葉月君のお父さんでお間違いないでしょうか?」
「ええ、そうですが……」
スピーカーモードのままの携帯電話から聞こえる父さんの声は少し驚いているように聞こえた。
「行き成り申し訳ありません。進路指導の速水と申します」
「ああ、西雲です。息子がお世話になっています」
父さんは落ち着いた声で軽く挨拶をした。
「少しお話がしたい事がありまして、よろしいでしょうか?」
「ええ。構いませんよ」
え? オレの進路の事なのに、オレそっちのけで話すの?
完全に置いてけぼりのオレを他所に先生話し始めた。
「実はですね。本人からは進路相談は何度か受けていたんですが、学費とかを考えると一般大学をという風に言われてはいたんですが、教員側としましては非常に優秀な生徒がそういった理由で進路を狭めるのは如何なものかと思っていまして」
「ああ、そうなんですね。本人は決め兼ねているとだけ言って、あまりこちらに相談してこないのでどうしたものかとは思っていたんです」
「そうだったんですね。それでなんですが、もし学費等に問題がなければ魔法大学を勧めたいんですが……」
「ちょっ……先生!」
行き成りそんな事を言う先生を止めようとしたが無理だった。
「学費なら問題ないですよ。必要なら頑張って稼ぎますし」
絶対に電話の奥で機嫌良さそうに微笑んでいるであろう父さんを止める術はオレにはなかった。
「いや~。本当に優秀なのに、一般大学に行ってしまうと、将来的に道も狭まってしまうので、勿体ないと思っていたんです。勿論、魔法大学が絶対にいいというわけではないんですが、魔法大学の方が学べる範囲が多いですからね」
「そうらしいですねぇ。本人はあまり我儘を言ってくれないんですよ。気を遣っているのか甘えても来ず、迷惑をなるべく掛けないようにし続けてるんですよ。それが親としては寂しくて」
「そうなんですね。学校でも、教師が頼ってしまう程にしっかりしてますからね。それでもまだ子供ですから大人を頼ってもらいたいですね。
では、またご本人とはよく話して進路は決めていただければと思います。大学のパンフレット等は渡しておきますので」
「分かりました。ありがとうございます」
話し終わると、速水先生はオレに携帯電話を返してきた。
「父さん……」
携帯電話にそう呼びかけると朗らかな声が響いた。
「母さんも葉月が甘えてくれないから拗ねてるよ。進路の事は母さんとも話そう」
「……分かった」
「ふふっ。不貞腐れないで。葉月が色んな事考えてくれてるのは分かってるよ。でも、父さんも母さんも頼って欲しいんだよ」
「ん……」
「じゃあ、また帰ったらゆっくり話そう。今日はなるべく早く帰ってきなさい」
「分かった」
「じゃあね」
「うん。また家で」
オレはそう言うと携帯電話の通話を切った。
番外編の『進路』で出てきた速水先生がやっと登場しました。
番外編を見ていない方は興味があれば見てみてください。




