失態
オレはいつもの時間に登校した。今日は学内の見回りの担当だ。
学則違反があれば注意や場合によっては反省文の課題を言い渡さなければいけない。
今朝の目覚めがよくなかったせいか頭痛が余計にひどくなっているのに、この上ないほどに面倒だ。
それでも、職務放棄をするわけにいかないから見回りをする。
オレが通る度に小さな悲鳴がどこかで上がる。
こそこそと隠れようとする人もいる。
そんな反応にももう慣れた。一般生徒にオレの纏っている魔力は強すぎるんだ。
それでも纏っていないと右目が見えない分を補えない。それに色々と注意しないといけないことが多い。それの為にも常に魔力で周囲を覆っておかなければいけない。
でも、オレの前の代の人たちだって普通にこれはしていたが特に問題はなった。今の生徒は耐性がなさすぎる。
小さな悲鳴が上がる中で見回りを続けていると後ろから人が近づいてくるのを感じた。
その人が手を伸ばしてくるから避けると、会長が前のめりになってこけかけた。
何とか持ち直してこけるのを免れた会長が顔を膨らませ、恨めしそうな顔で見てくる。
「なんで避けるの~」
「そりゃ避けるに決まっているじゃないですか。仕事の邪魔しないでください」
頭痛がするのにさらに頭痛の原因がやってくるなんて最悪だ。
イライラしながら見回りを続けようと歩き出すと会長が大きな声でオレの名前を呼んだ。
「葉月ちゃん!」
その呼び方に不快ながらも素っ気なく「なんですか」と返した瞬間に頭に衝撃が走った。
どうやら中庭でボールで遊んでいた男子学生がコントロールをミスったらしい。
オレの頭にボールが直撃したのだった。
こんな失態なんて今まであっただろうか?
元々の頭痛もあった所為か、オレはそのまま倒れてしまったのだった。
目が覚めるとそこは保健室だった。
薬の臭いが鼻を掠める。
眼鏡はご丁寧に折れたたまれ、ベッドサイドのチェストに置かれていた。
痛む頭を押さえながら起き上がると、保健室の先生がオレに気付き声を掛けてきた。
「西雲君、目が覚めたみたいだね。大丈夫?」
「あっ、はい。少し痛みはありますが大丈夫です」
オレが淡々と返すと、いつからそこにいたのか分からない会長と霜月君がオレの側に寄って来た。
「葉月ちゃん、本当に大丈夫? 吐き気とかない? 何なら早退する?」
心配してくれているんだろうが、会長は矢継ぎ早に聞いてきて、オレになかなか返答させてはくれなかった。
会長が質問攻めしてくる間に、霜月君は冷たい目といい気味だといった表情でオレを見てきていた。
そして、会長が一息ついたあたりに罵声を浴びせてきた。
「ざまあないな。いつもいつも偉そうな口きいてるくせに雑魚にやられるとかみっとめねぇな」
霜月君が最後に鼻で笑うと、会長がキッと霜月君を睨んだ。
「そんな風に言わなくてもいいでしょ! 葉月ちゃんはいつも頑張ってくれてるのになんて事言うの!」
霜月君は会長に詰め寄られると、後退った。
と言うか、頑張っていると思うならあんたは自分の仕事をやってくれ。
オレは、はあっと溜め息を吐いてから二人に声を掛けた。
「会長、それ以上詰め寄るのは止めてあげてください。今回は自分の失態なので何を言われても仕方ないのは確かです」
会長がオレの方を見て、オレに近付いててくると霜月君は胸を撫で下ろした。
保健室で人が倒れても、先生の仕事を増やすだけだから霜月君が倒れずに済んでよかったという事にしよう。
会長はオレに近付くとじっと見てきた。
「……なんですか?」
気まずく思い、そう尋ねると会長は眉を下げ、悲しそうな顔をした。
「……葉月ちゃん、無理、してない?」
その言葉に喉がヒュッと鳴った。
なんて事ないはずなのに、無理なんてしていないと答えようとしたのに言えなかった。
「……行き成りなんですか? そんな事を聞くくらいなら自分の仕事は自分でしてください」
厭味を言って紛らわせないと心の奥底まで見透かされてしまいそうで怖かった。
だけど、その厭味も会長には効かなかったようだ。
「葉月ちゃん、ちゃんと答えて」
会長の真っ直ぐな目は凄く嫌だった。
「別にいいでしょう。放っといてください!」
オレが強く言うと会長は肩をびくりと震わせた。
ハッとして謝ろうとしたけれど、その言葉さえ出なかった。それどころか謝ったのは会長だった。
「ごめんね、葉月ちゃん。起きたばっかりなのに、こんな事聞いて」
「いえ……」
気まずくなり、目を逸らしてからもオレはそんな素っ気ない言葉しか返せなかった。
「葉月ちゃん、体は大丈夫?」
「大丈夫です。今日は元々頭痛があって、気が逸れていたんだと思います。でも、もう大丈夫なので、すぐにでも業務に戻りますんで気にしないでください」
「……そう。でも、無理そうなら早退しても大丈夫だからね。あっ、あとね、ここまで運んでくれたのは霜月君だからまたお礼言っといてね」
会長はそう言うと保健室から出て行った。
会長がいなくなると気まずい雰囲気が漂った。
「えっと……、霜月君、運んでくれたみたいでありがとう」
「……別に。あの人がたまたま俺を見つけて大声で呼ぶもんだから仕方なくだっただけだし」
本当に仕方なくといったようで霜月君は渋い顔をしていた。
「迷惑かけたね。もう大丈夫だから霜月君も授業に戻っていいよ」
オレがそう言うと霜月君は何も言わずに出て行った。
「……西雲君。私が何か言わなくても自分で分かっていると思うけど、自分が悪いと思っているのなら謝った方がいいわよ」
「……はい。分かっています」
保健室の先生は成り行きをずっと見ていたからこそ、淡々とそう言ってきた。だからこそ、俺も静かに答えた。
「まあ、色々あるだろうからとやかく言わないけど、どうする? もう少し休む?」
「いえ、もう業務に戻るんで」
「そう。分かったわ。そう言えば、霜月君は相変わらずなのね」
相変わらずというのは何に対してだろう。そんな考えが顔に出ていたのか先生は少し考えてから口を開いた。
「彼は女性が苦手でしょ? 触られたら失神するくらいに。変わっていないみたいだけど、大丈夫なの?」
「ああ、その事ですか。まあ、なるべく女性は遠ざけているのと、本人も避けているんで大丈夫かと思います」
「でも、戦闘時に困るでしょう?」
そう、一番の問題はそこだ。相手が男性ばかりとは限らない。そうなった時に霜月君は足手まといにしかならなくなる。
「……まあ、本人の問題なので、こちらとしても対処いたしかねます」
「まあ、そうよね。君はもう少し周りを頼ったらどうかしら? 気を張り過ぎよ。その頭痛も元はストレスからじゃない?」
「どうでしょうね。失礼いたします」
オレは話を切り上げる為にさっさと眼鏡をかけ、保健室を出た。