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瀬野再び

 資格試験も終わり、あっという間に月曜日を迎えた。

 今日は珍しく山崎先輩も道端先輩も来ていなかった。生徒会メンバーも何人かは屋外で自主練しているから生徒会室にいるのは少なかった。

 ある程度忙しさも落ち着いているからそれは全然構わないし、急ぎの用も特にはない。

 それでもオレの元に未処理の書類は残っている。

 仕事が遅いつもりはなかったが、みんなが終わっているにも拘らず終わっていないというのはそういう事なんだろう。

 最近零れる事が多い溜め息がまた零れた。

「大丈夫ですか? 副会長」

 気遣うように声を掛けてくれたのは長月君だった。

「ああ、うん。大丈夫」

 そうは言うもののオレの声に覇気がないのは気付いただろう。

「どうされたんですか?」

「う~ん。自分の事だからなぁ」

 後輩に相談するのもおかしな話だろう。

「……自分でよければ話を聞きますよ?」

「う~ん。なんて言うか、自分で答えを探さなきゃいけない事なんだよね。この間の瀬野先輩の申し出にしろ、結局、自分で進路を決めないといけないし。それは分かっててもなかなかね……」

 実を言うと、試験が終わってからオレは自分の進路をどうするべきか悩んでいて、色々調べてみた。

 魔法大学はやっぱり普通の大学より学費は高いが、今まで学んできた事とか十二分に生かせるだろう。就職の幅だって広がる。

 でも、そういった大学は家柄重視なところは未だにある。

 オレなんかがそう簡単に入れそうにはない。だからこそ瀬野先輩が後ろ盾をしてもいいと言ってきたんだろう。

 もし、一般の大学の場合、学費は魔法大学より安いし、家柄も関係ないから後ろ盾なんて必要はないだろう。

 でも、学びたい分野と言われても学べる範囲が極端に狭くなる。しかも、魔法大学と一般大学の場合、同じ学部でも学べる範囲は全く違う事を知った。

 学べる範囲が狭くなるのは嫌だが、親に迷惑も掛けたくない。それに、他の人の手も態々借りるのはどうなんだと思ってしまう。

 そんな事を考えると頭の中の整理がつかず、延々と悩んでしまった。

 その所為であまり眠れなかった。その上、今も頭の片隅にはずっとそんな悩みが居座っている。

 おかげで業務は捗らないし、溜め息は何度も出るし……。


 もう一度溜め息を吐いたところで長月君が口を開いた。

「自分達の場合、生まれた時から決められた道を歩んでいるのであまりそういった事で悩むという事もありませんが、それだけ副会長は選択の幅があるという事ですよね?」

「うん……。だから贅沢な悩みと言えば贅沢なんだろうなって思うよ」

「そういうつもりで言ったのではないのですが……。もしできる事が少ない人の場合、選択の幅は狭まるでしょう。けれど、副会長は色んな事のできる方ですから選択肢が多いのだと思います」

「そう、かな……」

「ええ。なので、もう少し時間を掛けてもいいのではないでしょうか? 確かに早く決めないといけない事もあるでしょうが、まだもう少し悩んでもよろしいのではないでしょうか? 過ごしている内に見方の変わる事もあるかと思います」

「そうだね。……うん。もう少し時間を掛けて考えてみるよ。ごめんね。余計な時間を取らせてしまって」

「いえ。自分も以前なら時間を掛けるという事をあまりしませんでしたが、ここ最近はそういった事も必要なのかもしれないと思うようになりましたので」

 そう言いながら長月君は目元を和ませた。

 何か変わる切っ掛けでもあったのだろうか?

 でも、確かに時間を過ごす内に変わる事はいくらでもある。

 少し焦り過ぎたのかもしれない。

「う~ん。少し息抜きでもした方が良いのかな?」

 大きく伸びをしながら言うと、長月君は「是非」と言った。

「そうだよ~。根の詰め過ぎは良くないよ~」

 今まで黙々と書類に向かっていた会長がそう言った。

「じゃあ、体でも動かしてこようかな?」

 外にいる人達と合流して訓練をしてもいいだろうと思うと止められた。

「葉月ちゃん、偶には何も考えずにぼーっとしたら? 昨日、一昨日と試験だったんでしょ? ちゃんと休んだ方が良いよ」

「そうですよ。訓練は休みには入りません。体を休める事も大切です」

 二人にそう言われ、オレはどうしたらいいか分からなくなった。

「え~。他に何したらいいんだろう……」

 この間出た新刊は読み終わったし、試験勉強をしたらまた文句を言われそうだ。

 何もしないっていうのは案外厳しい。

「葉月ちゃんって動き続けないと死んじゃいそう」

「そんな事は、ないと思いますよ。……たぶん」

 絶対と言い切れないオレにその場にいた全員に溜め息を吐かれた。

 今いる人数は少ないと言っても、全員から溜め息を吐かれるなんて思わなかったから少し落ち込みそうだ。


 いっその事ここから逃げるように外に出ようかとしたら、ノックの音が響いた。

 そして入ってきたのは瀬野先輩だった。

「瀬野先輩? どうされたんですか?」

 平然と入ってきた瀬野先輩に驚きを隠せなかった。

「ああ、少しな。えらく人数が少ないけど、どうした?」

 瀬野先輩が辺りを見渡して尋ねてきた。

「えっと、山崎先輩と道端先輩は理由は知りませんが、今日はいらっしゃっておりません。他のメンバーは外で訓練中です」

 ここにいたのはオレと会長、長月君と師走田君だ。

 長月君と師走田君は自分の手持ちの仕事は大体終わっているが、風紀に関する書類整理の為にここにいた。

「ふ~ん。まあ、いいや。話はお前にあっただけだからな」

「オレにですか?」

「そ」

 何か話す事なんてあっただろうかと思って首を傾げた。

「取り敢えず、お姫にも報告な。小浜に会ってきて、写真見せたら喜んでたよ。『あんなに小さかったのに、大きくなったのね』って言って笑ってたよ」

「そうですか」

 喜んでくれたのなら良かった。

「まあ、表情が硬い事は少し困ったような笑いを浮かべてたけどな」

「うっ。だって、行き成り笑えって言われても笑えないじゃないですか……」

 誰も営業スマイルなんて見たくもないだろうし、自然な笑顔なんて瞬時には作れない。

 口を尖らせてそう言うと、瀬野先輩はふっと笑った。

「それはそれでお前らしくていいんじゃね? 小浜も『相変わらずみたいね』って言って笑っていたよ。お姫に対しても『より美人さんになったね』って言ってたぞ」

「そうですか」

 折角の誉め言葉なのに会長はあまり嬉しそうじゃなかった。

「まあ、小浜に関しては取り敢えずこれでお終い。また機会があったら写真とか動画とか見せてやりたいとは思うけど、ここは学校だし、制服見て嫌な思い出まで思い出して、状態が悪くなるのは避けたいからな」

 瀬野先輩の尤もな意見に納得した。だから写真も一枚だけにしたのか。

「んで。こっからがもう一つの用件。これは西雲だけだから他は仕事するなり外出るなり好きにしたらいいよ」

 瀬野先輩はそう言ったが、誰も動かなかった。それどころか、みんなが瀬野先輩を警戒し始めた。

 その様子に瀬野先輩は溜め息を吐いた。

「まあ、いいけどな。西雲、その眼鏡って魔法具だろ?」

「ええ。そうですけど……」

 この間作った魔法具の眼鏡をしていたから肯定した。

「じゃあ、それとって。んで、目の様子診させて」

「えっ……?」

 行き成りどうしたんだろうと思い、少し不安になった。

 少し困惑の表情を浮かべていると、突然、扉が勢いよく開いた。

 そこに立っていたのは山崎先輩と道端先輩だった。

「えっ、先輩達、どうしたんですか⁉」

 怒気を孕んだ二人に驚き、声を掛けたが無視されてしまった。

 道端先輩はつかつかと歩いて行き、瀬野先輩の首元を掴み上げた。

「あんた一体何してくれてんのよ!」

「お前、公務妨害は犯罪だぞ!」

 山崎先輩も道端先輩の横で怒鳴り声をあげた。

 二人とも怖くて近付けないが、瀬野先輩は平然としている。

「ありゃ。思ったより早かったですね」

「何が早かったよ! テロまがいの事して! あんたでしょ! 道路に魔法薬ばら撒いたの! おかげで私らも駆り出されて大変だったのよ!」

「あはは。ご苦労様です」

 瀬野先輩は笑いながら敬礼をして見せた。

「笑ってんじゃねぇよ。どんなけ処理が大変だったと思う? 水掛けたら爆破するわ、魔法で処理しようにも魔法が弾かれるわで大変だったんだぞ!」

 山崎先輩が怒声を上げた。

「処理中にふっとあんたの顔が浮かんで魔法薬の解毒薬使ったらあっさり片付いたわ。あんなけ手の込んだ魔法薬作れんのなんてあんたくらいでしょ!

 流石に私らはあんたを証拠もなく警察には突き出せないし、被害者も出なかった。あんた、それを計算してやったんでしょ!」

 道端先輩は掴み上げたままの瀬野先輩を揺らしながら問い詰めた。

「いや~。ちょ~っと実験しただけですよ。でも、あそこ瀬野の私有地だし別にいいでしょ?」

 あっけらかんと言う瀬野先輩に道端先輩がブチギレた。

「私有地って言っても一般道として使えるよう解放されてる場所でしょうが! もし一般人とかに何かあったらどうする気だったのよ! そうじゃなくても十分犯罪よ!」

「でも、爆破にしても威嚇程度の強さのものになるよう調節したものですよ~? 怪我人は出ないように工夫しましたもん。私有地で何しようと俺の勝手でしょ? 国だって、瀬野の土地だって言ったら俺の事は捕まえらんないし、犯罪経歴もつかないですよ?」

 ああ、なんでこの先輩はいつもこうぶっ飛んでるんだ?

 在学中も酷かったけど、今も常識をどこに置いてきたっていうような行動をするなんて……。

 愕然として頭を抱える事しかオレにはできなかった。

 だが、会長は電話を持ってにっこりと微笑んだ。

「瀬野先輩。あまりそういった行動するようなら、私がお祖父様に報告しますよ? いくら瀬野の家と言えど、無事では済まないかと思いますよ?」

 出た。最終兵器。

 流石の瀬野先輩もヤバいと思ったらしく、両手を挙げて降参を示した。

 それを見た会長はそっと電話を戻した。

「お姫~、ただのお遊びじゃん。こんくらい良くない?」

「良くないです。人にも迷惑掛けて平然としている人がここに出入りするのも本当は嫌なんですよ? もういい加減、大人なんですから、良い見本になれるよう努力してください」

 珍しく真っ当な事を言う会長に感心してしまった。

「お姫がお堅い事言う~。でも、今日俺が来た目的がなんとなくでも分かってたから、ここに入ってもすぐに出ていかせるような事しなかったんだろう?」

 瀬野先輩のその言葉に会長は溜め息を吐いた。おそらく肯定なんだろう。

「何の用でここに来たのよ?」

 瀬野先輩の胸ぐらを掴んだままの道端先輩が尋ねた。

「西雲の目の様子を診に来たんですよ。前は外だったんで何かあっても困るだろうから、態々結界の張ってるここまで訪ねてきたんですよ。ここなら安全でしょ?」

「まあ、安全だろうけど……。何かって何よ?」

「今、西雲が着けてる眼鏡は魔法具でしょ? それが必要な状況に陥ったら困るでしょ?」

「それは、そうだけど……」

「分かったんなら放してくれません?」

 にっこりと笑顔を浮かべる瀬野先輩を道端先輩は苛立ちを顕わにした顔で投げるように解放した。

 瀬野先輩は器用に体勢を整え、何事もなかったかのようにオレの方を向いた。

「んじゃ。ちょっと診せてみ?」

 ちらりと道端先輩と山崎先輩を見ると、ただ頷かれた。

 きっと大丈夫なんだろうと思い、眼鏡を外した。

 すると瀬野先輩は手を伸ばしてきて、オレの顔を包むように触れてきた。

「う~ん……。西雲、右目の視力補う為の魔法一旦解けるか?」

「えっ、あっ、はい」

 瀬野先輩の指示に従い魔法を解くと、瀬野先輩は布を取り出し、オレの左目に巻いた。

「先輩?」

「やっぱ、これだと見えないよな?」

「はい。何も見えませんけど……」

 一体何がしたいんだろう?

 黙っていると、瀬野先輩はオレの目の辺りを何度も触れた。

「これ着けたままで視力補う為の魔法使ったら、両目の視力は補えそう?」

 そう言われ、魔法を発動させた。

「そうですね。普通にいつもと同じように見えますよ」

「そっかぁ。でも、これ着けた状態だと魔法具の眼鏡は着けらんないしな~。ん~、どうしたもんか……」

「えっと、この布着けとかないといけないんですか?」

「その方が良さそうだけど、絶対に必要ってわけでもないからな」

 瀬野先輩はそう言うと、オレから布を取り去った。

「その布って何ですか?」

 着けられても何かよく分からなかった。

「ん? これ? これは医療用の魔法具。まあ、封印具に近いかな~。強すぎる魔力とか内部から侵食していくタイプの魔法を抑えるものだよ」

「オレってそれが必要なくらいなんですか?」

 自覚がないから余計に怖い。

「絶対に必要ってわけじゃないけど、お前最近、病院行ってないだろう」

「……行ってません。あんまり体の調子が悪いとかもなかったんで……」

「だろうな。カルテ見ててもお前の記録が古いのしかなかったからな。お前が細かく病院行ってるならとやかく言わずに済んだんだけどな~。ん~。滅茶苦茶悪くなってるとかじゃなく、じわじわとコントロールし難くなってるっていうか……」

「それって、右目と同じような事が左目でも起こりそうになってるって事ですか?」

 わりと恐れている事ではある。

 それが表情に出ていたんだろう。瀬野先輩が苦笑しながら撫でてきた。

「お前の場合、魔力が強いからな~。そこまで気にしなくてもいいのかもしれないけど、もしお前が故意的に力を使い続けたら同じ事は起こるだろうな」

「故意的には、極力使ってません」

「だろうな。なら、こっから先は絶対に故意的には使うな。お前の意思に関係なく視えるのだって、かなり負担が掛かってるはずだ。負担を極力減らすには、お前自身がいかに力を使わないかが重要になってくる。封印具を使えば強制的に力は使えなくなるから目は無事だろう。だが、国の方がどう言ってくるかだけどな」

 瀬野先輩はすっと目を開いた。普段は狐のような目なのに、こういう風に開いた状態だと切れ長な目になる。

 その目は少し睨まれているように感じて怖くなる。

「国云々は置いておくとして、西雲の目自体はどうなの?」

 道端先輩が結果を急かす。

「まあ、現段階は正常ですよ。ただ、この先の事を考えるなら、この医療用魔法具を着けるべきでしょうけどね」

「着けなかったら左目も視力を失うって事?」

「そんな単純な話じゃないですよ。目を媒介にした魔法っていうのは、その目自体が魔法具のようなもので、それが壊れればそこにあった魔力が全て飛び散るんです。魔法具でもかなり被害が大きいのはご存知でしょう? それが人の体となればそこから綻びが起きて魔力の暴走は免れませんよ」

 瀬野先輩の言葉にみんなが息を呑んだ。

「だからこそ、俺はこれを持ってきたんですけどね」

 そう言いながら瀬野先輩は手に持ったままの布を振った。

「じゃあ、着けておいたらいいんじゃないの?」

「さっきも言いましたけど、国の反応もあるし、この魔法具は重ねて着けられない。それで困るのは西雲本人でしょ?」

 道端先輩はぐっと押し黙った。

「で、西雲はどうしたい? これ着ければ左目が原因の魔力の暴走は免れるとは思うよ? でも、『神の眼』は使えなくなるし、場合によっては解析魔法も使いにくくなるかもしれない。メリットもデメリットもある。どうする?」

 そう言われてもすぐには答えは出せない。

「えっと、故意的に力を使わなかったら、どのくらいもちそうなんですか?」

「さあな。それこそ、お前が小まめに病院に来て様子見ていかなきゃ分かんないさ。でも、故意的に使った場合、使う時間の長さにもよるだろうけど、五回も使ったら限度だろうな。それより回数は少ないかもしれないし、飽く迄も俺の予測だ」

 瀬野先輩はオレの顔を覗くようにして、再び「どうする?」と聞いてきた。

 それに対し、オレは困惑の表情を浮かべた。

 そんな時、生徒会室の扉が開いた。

 先頭に立っていたのは水無月さんだったようで、叫び声をあげた。

「何してんの、この変態!」

 水無月さんはそう言うと、その辺にあった分厚い本を引っ掴み、瀬野先輩に殴りかかった。

 瀬野先輩は油断していたのかその攻撃を真面に食らい、そのまま倒れこんだ。

「いって~」

 殴られたところを撫でながら血が出ていないか確認していたようだ。

 ぱっと見では怪我はなさそうだが、あれで殴られたら痛いだろう……。

「ちょっと、西雲君。大丈夫だった?」

「えっ、何が?」

「えっ、だって、さっきあの変態がその……」

 何かを言いかけて水無月さんは顔を赤らめた。

 何を言いたいのかよく分からず首を傾げた。

「瀬野先輩はただオレの眼の調子を診てただけだよ?」

「えっ、本当に? それでもあんな至近距離で診る必要ある?」

 距離感なんて考えた事もなかったからそんなおかしかったんだろうかと思い、また首を傾げた。

 すると、水無月さんは左手で自分の額を抑えた。

「まあ、いいわ。何もされてなかったって事ね。それならいいわ」

 何がいいのか全然分からなかった。

 しかし、よくないと思っている人がいるのは事実だ。

 瀬野先輩は立ちがあり、背後に黒いモノを纏い、水無月さんの肩をポンと叩いた。

「よかぁないよな~、お嬢さん? 人の事思いっきり殴ってんだもんなぁ。どう落とし前つけんの?」

 瀬野先輩は笑顔だったけど怖かった。

 水無月さんは顔を引き攣らせている。

「だ、だって……猥褻行為を働いてるように見えたんだもの……」

 その言葉に瀬野先輩は笑顔を消し、水無月さんの頭を掴んだ。

「俺はノーマルなんだよ。んな事するわけないだろう?」

「いった! で、でも清士郎さんが貴方の好みが二重で色白で鼻筋が通っていて、髪がサラサラで顔の整った人って言ってたんだもの。だったら疑っても仕方ないじゃない」

「あいつかよ……。悪いけど、性的な好みじゃねえよ。顔の造形が好ましいって話だ。よく恋人と好みのアイドルの顔が違うってあるだろ? それだよ」

 瀬野先輩はフンと鼻を鳴らしてから水無月さんを解放した。

「どういう事ですか?」

 よく分からず尋ねると瀬野先輩に頭を撫でられた。

「まあ、簡単に言えばお前の顔は俺の好みって話。でも、性的な目では見てないから安心しろって事」

「はあ……」

 よく分からない。

「西雲が入ってきてからずっと言ってたもんね。理想の顔面の子が入ってきたって」

 呆れた声で道端先輩がそう言った。

「まあね。でも、別に恋人とかはここまで整った顔はいらんよ。敢えて言うなら観賞用だな」

「観賞用、ですか?」

 それもよく分からない。

「ああ。言ったら美術品とか見てこれ好きだな~っていうのがあっても、それに恋心は抱かないのと一緒だな。見てるだけで満足するって事」

「はあ……」

「だからってお前の顔になりたいわけでもないよ。ただ他人の顔として好みなだけだ」

「えっと……つまり、瀬野先輩にとってオレの顔は美術品と同じポジションって事ですか?」

「若干違うが、似たり寄ったりだな。説明が難しいんだよ。感覚的なもんだからな~」

 確かに人の感覚と自分の感覚では違う。細かい事までは分からないのは仕方ないんだろう。

 でも、オレなんか普通の顔だろうにどこが良いんだろう?

「お前は自覚ないんだろうがかなり顔整ってるよ」

 瀬野先輩が少し呆れ気味にそう言った。

「そうですか? 普通だと思いますけど……。オレより整った人なんて多いでしょ?」

 実際、生徒会メンバーは顔が整った人が多い。系統は違えど美形揃いだ。この中にいると自分が平凡だと思う。

「多くても俺の好みで言うならお前だな。まあ、睦月野のお嬢さんの目元が若干惜しいなって思うけど、そこ除いたらわりと好みだよ」

 その言葉に水無月さんが慌てて睦月野さんを隠した。

「だ~か~ら~。性的対象じゃないって。ちゃ~んと婚約者もいるんだからそんな警戒しなくていいよ」

 瀬野先輩としてはもうこの遣り取りが飽きたらしい。けど、水無月さんは警戒を解かない。

「そう言えば、瀬野先輩の婚約者ってどういった方なんですか?」

 この人と結婚しようと思える人が本当にいるのか疑問だ。

「まあ、かなりの数の見合いはさせられたよ。結局、婚約した相手はあんまりぱっとしない顔の瀬野の遠縁のお嬢さんだよ。今は医学部生だ」

「なんでその人と婚約したんですか?」

 と言うか、断られなかったんだろうか?

「ああ。好みが合致したからな。長い間一緒にいるなら趣味嗜好が合う方が良いからな。好みが合わない人間とは速攻断ったけど、その人は合ったから婚約まで至っただけ。そうじゃなかったらまだ見合いさせられてたんじゃないかな~」

 瀬野先輩はどこか遠い目をした。

「まあ、あんたみたいな変態と婚約できるって、相手も相当なんじゃないの?」

 道端先輩が失礼な事を言い出した。だが、それは当たらずも遠からずのようだった。

「あの子はな~。ん~。表では平凡装ってるけど、かなり変わってますよ。俺が言う程だからどのくらいかは察してくださいよ」

「よく婚約したわね~」

「まあ、俺としても跡継ぎは作んないとね~。だからお相手は必要なんですよ」

 その言葉に道端先輩はよく理解できるようで、そうねとだけ言った。

「俺の婚約者の話と好みの話はいいんだよ。で、西雲どうする?」

 そう言われてやっぱり忘れてはなかったかと思い、決断を迫られる事に嫌気がさした。

「なにがどうするなの?」

 睦月野さんを隠したままの水無月さんが睨みを利かせながら瀬野先輩を見た。

「ん? まあ、君には直接関係ないけど、西雲の目をどうするかって話だよ」

「どうするって、どうするつもりなの?」

 氷のような眼差しが瀬野先輩を捕らえる。だが、瀬野先輩には効いていないようで平然としていた。

「別に。下手すると左目も暴走しかねないから仮で封印するかって話だよ」

「……そんなに良くないの?」

 その問いはオレにぶつけられたものらしい。瀬野先輩はちらりとオレを見た。

「良いとは言い切れないみたい。あんまり自覚がないから分かんないけど、故意的に力を使ったら目がもたない可能性があるみたいで、綻びができると魔力の暴走を起こしかねないから……」

 オレの答えにこの場にいた全員が沈黙した。

 そんなみんなにオレは困惑した。

「……元々、意識的に使っても数秒先とかしか視えないようなものだから封印してもいいのかもしれないけど、目を通した力を防ぐんでしょう? その場合使えない魔法が増えるって事ですよね」

「まあ、そうだな。お前の場合、解析魔法も見るって事で発動させてるからな。その辺考えると今は止めておいた方が良いのかもしれない。ただ、負担が掛かれば掛かる程その目は壊れていく。完全に壊れると二度と目を通した魔法は使えなくなる可能性が高い」

 突きつけられる事実が重い。だからこそ、簡単に答えられなかった。

 それは瀬野先輩もよく分かっていたんだろう。瀬野先輩は提案してきた。

「これから先、もっと性能のいい魔法具が出れば『神の眼』のみの封印ができるかもしれない。それまでは待つっていう手もある。

 その場合、少しでも違和感とかが出たらすぐに病院に来るっていうのと、定期的な受診は必須になる。ただ、その異変がどの程度で起こるのか、いつ起こるのかは俺も予測はできない。在学中に起こったら、場合によっては生徒会から除籍になる可能性もある。

 でも、封印したらしたで国はごちゃごちゃ言ってくるだろうな。かなりレアな能力だ。それを国に言わずに封印したら文句は確実に出てくる。俺としては人命優先だから、国にはいくらでも言い訳はしてやれるよ。

 ただ、卒業後、お前が封印を続ける場合は金銭面の問題は発生してくるよ。そこにしてもどうするかってなってくる。で、どうする?」

 流石に誰も口の挟める内容でないから事の成り行きを見守るしかないようだった。

「今は、少し待っていただきたいです。もし可能なら魔法具も開発を自分でできれば一番いいんだと思います」

「それは無理かな」

「えっ、どうしてですか? そりゃ、魔法具製作には管理者の資格がいりますけど……」

「そういう話じゃないんだよ。医療用の場合、外してもその反動が起きないような仕組みになってる。だが、一般流通の場合、魔法具の力が強ければ強いほど外した時の反動が大きくなる。作り方が特殊な所為で、魔法具製作管理者の資格だけじゃ作れないんだよ。

 勿論、一般のでも特殊なのはあるし、着脱可能なものはある。それでも少なからず反動はある。その代償は普通の魔法具なら魔力で払ってるんだよ。

 お前が今使っているのだって、身につけているだけならそこまで影響ないだろうが、一度でも使用したら、次に外す時に魔力を消耗する事になるぞ。

 あと、医療用の魔法具は医学魔法具製作者っていう資格のいる職業に就かないと作れないんだよ。もし資格を持っていない人間が同じ物を作ったとしても法律で使用を禁止されているから魔法具開発は諦めな」

「その医学魔法具製作者ってどうやってなるんですか?」

 その質問に瀬野先輩は呆れた溜め息を吐いた。

「何年かけるつもりだ? 医学魔法具製作者はまず魔法具製作者として五年働いて、加えて管理者資格も持っている事がまず条件。その後、医療機器類を取り扱っている所で研修を行って、医学魔法具製作者の元での研修も終えてから試験を受けて合格すればなれる。

 けど、根本的に医学魔法具製作者が少ないし、研修を行ってくれる人も限られている。研修も内容が難しいし、十年くらいでなれたら御の字だよ」

 確かにそれは無理そうだ……。

「う~ん。魔法具開発は諦めるとして目はどっちにしろいずれは封印が必要なんですよね……」

「まあ、お前がコントロールできてるつもりでもたぶん難しいだろうな。両目の能力が同じものだったらこうはならないんだろうけど……」

 コントロール不良なのはやっぱり目の力が半分なのが影響しているらしい。

「取り敢えず、暫くは保留でお願いします。病院は……まあ、出来る範囲で行きます」

「なんか頼りない返事だな。お前の場合、そう言って年単位で行かなさそうだな。せめて一年、出来れば半年に一回は来いよ?」

「……善処します」

 オレの返事にみんなが溜め息を吐いた。

「葉月ちゃん、病院はちゃんと行こうね?」

「うっ、分かってはいるんですよ……」

 会長の言葉に気まずげに答えると、水無月さんが冷たい視線を送り、

「取り敢えず今日から半年後は病院ね。それが最優先事項よ」

 と言ってきた。

 分かってはいる。分かってはいるんだけど……。

「副会長、病院にはちゃんと言ってください。もう小さな子供ではないんで、病院が嫌と駄々をこねないでください」

 長月君の言葉が突き刺さる。

「駄々ってわけじゃ……」

「副会長、忙しいを理由にしてはいけませんよ。体の方が大切です」

 師走田君まで追い打ちを掛けてくる。

「うぅ。分かってるけどさぁ……」

 みんなが病院に行かないと許さないといった目で見てくる。

「何かあったらこの間渡した名刺のところにいつでも連絡して来いよ」

 とどめに瀬野先輩がいい笑顔でそう言った。

 逃げれないのは分かってる。分かってはいるけど……。

「うぅ、病院行きたくないんだよなぁ……」

 正直病院は好きではない。と言うか、好きな人はいるだろうか? 時間は掛かるし、採血とか検査も嫌だし……。

「葉月ちゃん採血嫌いだもんね。健康診断の時とかすっごい顔背けてるもんね」

「……なんで、知ってるんですか?」

 学年が違うから検査のタイミングなんてずれるはずなのに……。

「えへっ」

 可愛らしく笑うが誤魔化されない。

「えへっじゃないです。嫌がらせですか?」

「そうじゃないよ。ただ、ちょ~っとタイミングよく見えちゃっただけよ?」

 何故疑問形になる。

 オレは大きく溜め息を吐いた。

「まあ、西雲は昔っから血が苦手だもんな。まあ、目の検査だけだったら採血はないし、安心しな」

 どこか嬉しそうな瀬野先輩をオレは睨み付けた。

「それでも治癒魔法は使えるようになったんだもんな」

 柔らかな笑みを浮かべる瀬野先輩のその言葉に目を見開いた。

 純粋に褒める為の言葉を瀬野先輩は言う事は滅多にない。何かしら厭味とか人の神経を逆なでする言葉を含めるのにその言葉にはそれがなかった。

 瀬野先輩はオレの頭をくしゃりと撫でた。

「俺はもう行くよ。今日は遅出だけど、流石にこれ以上はいらんないからね~。もうちょっと揶揄ってやりたかったけど、俺もこれで忙しいからな」

 ニッと笑う瀬野先輩を道端先輩は蹴り飛ばした。

「忙しいならさっさと出ていきなさい。あと、問題は起こさないでよ」

「はははっ、俺は俺なりに楽しんで生きてるんで、それを邪魔される気はないんですよ。じゃ~ね~」

 瀬野先輩はそう言いながら手を振り、生徒会室を出ていった。

「まったくあいつは……」

 道端先輩は瀬野先輩の出ていった扉を睨み付けていた。


「先輩達はもうこっちにいて大丈夫なんですか? 処理とか……」

 原因は瀬野先輩なのは分かっているだろうが、それでも何かしら処理とかしないといけないのなら、先輩達はまた出向いて行かないといけなくなるだろう。

「ああ、現場の状況で犯人が瀬野以外にもいるっていうなら駆り出されるよ。たぶん瀬野のお遊びっていうのは上に報告してる。だから何かしら他にない限りは呼び出されないから大丈夫だ」

 山崎先輩が軽い溜め息を吐きながら答えた。

「そうなんですね……」

 お遊びで許されるってどうなんだろう?

「まあ、いいけど、西雲はもう少し警戒心持ちなさいよ」

 呆れた声で道端先輩にそう言われた。

「警戒心ですか?」

 敵が来ればある程度察知はできるし、警戒心はあると思う。なのに何故、警戒心を持てと言われるんだろう?

「あんたの場合、身内認定というか、少しでも親しくなった人に対しては警戒心が無くなり過ぎよ。絶対に信用するべきじゃない部類の人間でもホイホイ信用するでしょ。それじゃ駄目って言ってんのよ」

「そんな事……」

「ないとは言わせないわ。その筆頭が瀬野でしょ。なのにガード緩過ぎよ。もし拉致られたらどうすんのよ?」

「まず、そういう事が起きないかと……」

「その想定がおかしいって言ってんの! あいつがあんたの顔が好きならそのくらいしてもおかしくはないでしょ! 警戒心はちゃんと持ちなさい!」

 オレは道端先輩の気迫に押され、はいとしか返事ができなかった。

 そして警戒心の無さは他のメンバーにも指摘されてしまい、自覚せざる得なくなった。

 そんなに警戒心がなかったのか……。

 軽いショックを胸にもう少し警戒心を持とうと決めたのだった。

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