瀬野先輩
※変態出没注意※
そうこうしているうちに校門のところまで来ていた。
だが、そこには待っているはずの山崎先輩と道端先輩はいなかった。
辺りを見渡すと、見覚えのある細身で丸眼鏡を掛けた男性が立っていた。
「瀬野先輩?」
そう声を掛けると瀬野先輩がこちらを向き、手を振った。
「久しぶりだな、西雲」
「瀬野先輩、お久しぶりです」
オレが挨拶をすると、瀬野先輩は狐のような目をより細めた。
「元気だったか?」
「ええ、まあ……」
元気だと言えるのかどうかは微妙なところだが、特に目立った体調不良もないのは事実だ。
「ところで、瀬野先輩はどうしてここに?」
「ん? お前にちょ~っと用事があってね」
「オレにですか?」
「そ」
オレが自分を指差しながら尋ねると、瀬野先輩はにっこりと笑いながら短く答えた。
「えっと……。すみません。山崎先輩と道端先輩もここに来ていて、勝手に離れたら心配を掛けてしまうと思うんです」
オレが困った声を出すと瀬野先輩は手を振った。
「それは分かってるよん。だからそこまで移動させる気もないから安心しなって」
「はあ。分かってるって先輩方に会ったんですか?」
「いんや。俺が来た時にはすでにいなかったよ。知ってるとしたらそこに軍人さん達じゃない? ねぇ?」
瀬野先輩はそう言って門のところに立っている軍人に声を掛けた。
だが、軍人は互いに顔を見合わせるだけで答えない。
「向こうの方で何かあったみたいだし、そっち行ってんのかなぁとは思うんだよね~。
でも、あんたらいいの? この子ら客人だったんだろう? いくらこの子らと俺が知り合いっぽいって思っても放って置いていいの? もし俺がこの子ら拉致したらとか考えないわけ? 客人に何かあったら責任取るのは学校側と近くにいてたあんたらだよ? 首が飛ぶだけですみゃいいけどね」
半分脅すような言い方をする瀬野先輩は本当にいい顔をしている。相変わらず人を揶揄うのが好きなようだ。
だが、揶揄われている方は堪ったもんじゃない。軍人は二人とも青ざめている。
「瀬野先輩。その気もない事言わないでください。
すみません。私達と一緒に来ていた軍の方々をご存じないですか?」
人のいい笑顔を浮かべオレが尋ねると、どうも近くでテロがあったらしく、それに駆り出されたと教えてくれた。
瀬野先輩が向こうと言って指示した方向では煙が上がっている。いつぐらいに起こったかは分からないが、そんなすぐには戻ってこないだろう。
「で、どうする?」
にっこりと微笑みながら聞いてくる瀬野先輩に断れるはずはなかった。
「あまり移動はできませんよ?」
「分かってるって~」
そう言って瀬野先輩は歩き出した。
「しっかし、最初、お前とお姫だけになったって聞いた時も吃驚したけど、ここまで人数増えたのも驚きだな」
瀬野先輩がみんなを見て言う。その言葉に会長が眉をピクリと動かした。
「どうやら瀬野先輩は私の事もちゃんと見えた上で挨拶されなかったんですね」
少し棘のある言い方をする会長はどうやら怒っているようだ。
「ああ。悪いね。お姫に最初に挨拶するべきだったかな? でも、今日は、俺は西雲に用があんの」
瀬野先輩は相変わらず人を怒らせるような言い方をする。この人の癖のようなものなんだろう。
因みにお姫っていうのは会長の事だ。先輩達の代では何人かは会長の事をずっと『お姫』や『如月の姫』、『お姫様』といったように呼んでいた。
「いい加減その『お姫』ってどうにかなりません? 私、別に姫じゃないですよ?」
「いいじゃん。似たり寄ったりなんだし」
瀬野先輩は断固として呼び名を変える気はないようだ。そんな瀬野先輩に会長は不機嫌を顕わにする。
それを他所に水無月さんが口を開いた。
「お久しぶりですね。瀬野さん」
「ああ、水無月のところのお嬢さんだね。お久しぶりで」
瀬野先輩は態々腰を折って挨拶をした。
「水無月さん、知り合いだったの?」
オレの質問に水無月さんは答えず、代わりに瀬野先輩が答えた。
「この子の婚約者が俺の知り合いなの。ところで、もうそろそろ結婚ですか?」
「いえ。私が二十歳を超えてからの予定です」
「へ~。じゃあ、あいつはまだお預けなんだ~」
瀬野先輩が水無月さんの神経を逆なでる。
「そういうそちらはどうなんです?」
「俺の方は相手がまだ学生だからね~。卒業したらの予定ですよ」
その話は初耳だった。
「瀬野先輩って婚約者いたんですか?」
「ん? ああ。大学卒業してから決められたの。まあ、仕方ないよね~」
瀬野先輩はあまり自分の家が好きではないらしく、長い間反抗し続けていたらしい。でも、それももう限界という事だろうか……。
「言っとくけど、家の言いなりにはなんないよ? だから俺、自分でもラボとか色々作ったから」
サラッと言う瀬野先輩に驚いた。そんなオレを見た瀬野先輩は満足そうに笑っている。
「で、いつまで歩くつもりですか?」
笑顔の瀬野先輩が少し嫌で、話を変えるつもりでそう言った。
瀬野先輩は水無月さんに挨拶をした時に一瞬立ち止まりはしたが、その後は歩き続けていた。
「ああ、そうだな。ここくらいでいいか」
そう言って瀬野先輩は道の端に寄った。
ここなら校門のところに立っていた軍人には声も届かないだろう。
「今回のメンバーは小さい子も多いんだな。よし、おじちゃんが飴をあげよう」
瀬野先輩がメンバーを見渡してそう言い、ポケットから取り出した飴を睦月野さんと白縫さんに渡した。
睦月野さんは確かにまだ幼いが、白縫さんにもあげるのは何故だろう……?
ハッと気付き、慌てて二人から飴を奪った。
会長を除き、みんなは驚いた顔をしていた。
だが、そんな事は関係ない。オレは瀬野先輩を半眼で睨んだ。
「先輩、何を仕込んだの渡してるんですか?」
「なんだと思う? 当ててみなよ」
瀬野先輩はにやにやと笑った。
オレは渋々とその飴に解析魔法を使った。
「……変身薬? それに鑑定魔法よけのコーティングって……」
なんてもの作ってんだこの人は……。
呆れてものが言えなくなりそうだった。
だが、何かを言い当てられた本人は満足そうに笑っている。
「先輩、後輩で遊ばないでください。第一、変身薬なんてそんなひょいひょい使うものでもないでしょう」
ちらりと睦月野さんと白縫さんの方を向くと、睦月野さんはウサギのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて怖がり、白縫さんは佐々山君の後ろに隠されていた。
「ははは。知らない人から貰った物は食べちゃ駄目って言うだろう? そう簡単に人を信用しちゃいけないって教訓になっただろう。
それに変身薬って言っても、一時間くらい足が尾びれになるだけだよ。童話に出てくる人魚みたいで可愛くなると思うよ?」
眩暈がして倒れるかと思った。
何故二人に渡したのか、なんとなく理由は分かった。
「なんてもん渡してんですか……。オレの時も散々酷い目に遭いましたけど、本当に止めてください」
「お前も警戒心ないのかってくらい俺の作ったもん食ってたもんな~。いや~、懐かしいね~」
「懐かしがらないでください! あの時は本当に酷い目に遭ったんですからね。激辛の飴に、声が出なくなる魔法薬入りのクッキー、涙が止まらなくなるチョコレート……他にも数えきれない食べさせられたこっちの身にもなってください」
本当に碌な思い出がない。
「あん時は、お前はよく痛い目見てぎゃんぎゃん泣いてたもんな~。いや~、それがこんなに大きくなって……」
瀬野先輩はほろりと泣く仕草をしたが、涙は一滴も零れていなかった。
「おかげで怪しそうなものは分かるようになりましたけど、全然ありがたくはないです」
ムスッとして言うと頭を撫でられた。
「でも、解析魔法は得意になったろ? あんなに出来が悪かった後輩がこんなに立派になって俺は嬉しいよ」
「出来が悪い?」
瀬野先輩の言葉に対し、水無月さんが怪訝な声を出した。
「あれ? 知らない? こいつ入学当初、魔力のコントロールど下手で、突風は巻き起こすわ、ぶっ倒れるわ。体力もなくて、よくあっちゃこっちゃで眠るわで大変だったんだぜ?」
「瀬野先輩!」
瀬野先輩の手を払いのけ、名前を呼んで止めようとしたが瀬野先輩はにやりと笑った。
「いや~。本当に大変だったね。魔法はほとんど使えないのに魔力だけあるし、魔力循環なんてマスターするのに一年以上掛かるし、治癒魔法だって、人の血を見てぶっ倒れるようなんだったから、なかなか扱えなくってね」
「瀬野先輩! もう言わなくていいですから! 黙ってください!」
オレが慌てる様子に瀬野先輩はにやにやとし続けていた。
ああ、バレてしまった……。恥ずかしくて穴があったら入りたい気分だ。
「え~っと……、意外、ね?」
なんと声を掛けたものかといった表情の水無月さんのその言葉により恥ずかしくなった。
「うぅ~。だから、オレなんか大した事ないって言ってるじゃん……」
恥ずかしすぎてオレはその場で蹲ってしまった。
「で、でも、今は十分すぎるくらいに優秀じゃない。人に教えられるくらいだし」
水無月さんのフォローが痛い。
「でも、みんなの方が優秀だよ。魔力循環なんてすぐにマスターしたじゃん。オレなんか一年目なんて真面に使えなくて、二年目にやっとって感じだったのに……」
自分で言っていてより落ち込んでしまう。
「へ~。全員マスターしたのか」
瀬野先輩が感心した声を出した。
「そうですよ。教えたらみんな一日である程度できるようになったんですもん」
みんなの凄さは分かっているつもりだ。本気を出したらオレの事なんかあっという間に超えていくんだろう。
「ふ~ん。良家の子女なら入学前にできててもおかしくない事なんだけどな。できなかったんだね」
その言葉に顔を上げると瀬野先輩が冷たい目をしていた。
その目にみんなは蛇に睨まれた蛙ようになっていた。
「瀬野先輩?」
「ああ、悪い悪い。育った環境も違うのに、どうしてこうなってんだろうなぁって思っただけだ。まあ、教育方針なんて家庭それぞれだもんな」
それでも瀬野先輩は自分の言葉が悪いとは思っていないようだった。
みんなはそれをなんとなく不快と思っているのか、瀬野先輩に対し、敵を見るような目を向けていた。
「瀬野せんぱ……」
「西雲、育つ環境の差があるのは分かってるんだろう? だったらスタートラインが違う事くらい分かってるだろう? 本来、こいつらの方が強くなきゃいけないんだ。それをどんな環境で育ったらこんな風に何だろうなぁ。俺らの世代では絶対に許されなかった。俺ですら魔力がない、弱いと言われ続けてたのになぁ」
名前を呼ぼうとしたら遮られ、瀬野先輩はまるで恨み言のようにそう言った。
瀬野先輩は魔力が弱い方だと言われていた。実際、山崎先輩や道端先輩の方が圧倒的に強い。
でも、瀬野先輩は医学的知識や治癒魔法は他の追随を許さない程の技量を持っている。
「先輩……」
名前もちゃんと呼べずに、そう言って服の裾を引っ張ると、瀬野先輩はにっこりと笑った。
「まあ、案外出来の悪い子の方が可愛いのかもね。俺はお前の事は気に入ってるよ? だから恥ずかしがんなくていいよ~」
そう言って瀬野先輩はオレを立たせた。
「かっるいね~。ちゃんと食べてんの?」
「食ってるつもりです」
「つもりじゃ駄目だよ~。そりゃ、山崎先輩みたいに筋肉ダルマになれとは言わないけどさ」
きっとどれだけ努力してもオレはああはなれないだろう。
「……これでも頑張ってんですよ?」
「まあ、だろうな」
瀬野先輩はそう言うと、オレの脇腹を触ってきた。
「ヒッ! 何すんですか」
オレは慌てて瀬野先輩から距離を取った。
「いや~。思ったより筋肉ついてんな~と思って」
「そりゃ、鍛えてますもん……」
これで全くついていなかったら泣きたくなる。
オレは瀬野先輩に警戒して距離を取っていると、瀬野先輩が手招きしてきた。
「……なんですか?」
流石にここでのこのこと近付くほど警戒心がないわけではない。
「さっさと要件済まそうと思ってな」
そう言われるが、オレは近付かなかった。すると瀬野先輩が近付いてきて、オレの頭を掴もうとしてきた。
「なんですか」
オレは瀬野先輩の腕を引っ掴み、そう尋ねた。
「お前、精神魔法食らったらしいじゃないか」
その言葉に体が揺れた。
「なんで知ってるんですか?」
「少し軍の方に呼ばれて、軍の方で精神魔法食らった連中を診てきた。そしたら後遺症があったからな。お前の方はどうかと思って診に来たんだよ」
その言葉が本当かどうか分からず、じっと瀬野先輩の目を見た。
瀬野先輩は動揺する事はほとんどないような人だ。
見つめても分かりはしないが、変わらずにこりと笑っているし、取り敢えず信じる事にしよう。
大人しく瀬野先輩の腕を放すと、瀬野先輩はオレの頭に手を伸ばしてきた。
そして、オレの頭に触れるかどうかといったところで、真横から突進されたような衝撃が走り、オレの足は宙に浮いた。
「ぐえっ」
衝撃が強すぎてそんな声が出てしまった。
突進したと思ったものは山崎先輩で、山崎先輩はオレの脇腹辺りを掴んで持ち上げていた。
「瀬野! お前何しようとしてんだ! 西雲も何ボサッとしてんだ! 危険人物でしかない変態にくらい警戒しろ!」
凄い言われようの瀬野先輩の方を見ると、瀬野先輩は道端先輩に首元を掴まれ、持ち上げられていた。
「ちょっ! 先輩達ストップ!」
オレがそう言うと、道端先輩は瀬野先輩をそのままにオレの方を振り返った。
「何で止めんのよ。今こいつの息の根止めないと被害者が増えんでしょ」
今にも縊り殺しそうな勢いの道端先輩が目の前にいるのに、瀬野先輩はへらへらし続けている。
頼むから誰か止めてくれ!
心の中の叫びなんて誰も分かりはしないんだろう。
さっき被害に遭いそうになった睦月野さんなんていい気味だと言わんばかりの目で見ていた。
「山崎先輩、取り敢えず下ろしてください。道端先輩も誤解なんで、瀬野先輩を放してください」
山崎先輩は素直に下ろしてくれたが、道端先輩は胡乱げな目を向けてきた。
「誤解~? 変態なのは間違っちゃいないでしょ? 絶対撫でるふりして何か仕掛けようとしてたに違いないわ。警察に突き出してやる!」
今にもそのままの状態で警察に向かいかねない道端先輩をオレは必至で止めた。
その間でも瀬野先輩はへらへらと笑い続けていた。
もう疲れ切って、地面にしゃがみ込みたくなったが我慢した。
「で、瀬野は何しようとしてたわけ?」
瀬野先輩を地面に下ろした道端先輩が睨みながらそう尋ねた。
「何だと思います~?」
その言葉に道端先輩がイラついているのが凄くよく分かった。山崎先輩もいつでも殴れる体勢を取っている。
「瀬野先輩! 茶化さないでください! 精神魔法の後遺症がないか診ようとしただけでしょ? なんでそう人の神経を逆なでするような言い方しかしないんですか!」
もうオレは疲れた。頼むからいい加減にしてくれ。
「本当に?」
道端先輩はオレの言葉を信用したいらしいが、瀬野先輩の事は疑っているようだった。
「西雲の言う通りですよ。さっき軍に呼ばれたんで、軍の方は診てきましたよ。でも、西雲も食らったって聞いたんで、態々診に来たんですよ」
道端先輩は暫く瀬野先輩を睨んでいたが、溜め息を吐いた。
「分かった。それは信じるけど、他に余計な事はしないでよ」
「分かってますって~」
信用ならない声を出して返事をする瀬野先輩に顔が引き攣った。
「じゃあ、西雲。ちょっと失礼するぞ」
そう言って瀬野先輩はオレの頭を軽く掴んだ。
中を探られているようでぞわりとしたが、すぐに終わった。
「ん。上出来上出来。ちゃ~んと魔素も取り除けてるから後遺症はないね。感心、感心」
瀬野先輩は満足そうに笑った。
「後遺症があったら、どんな症状が残ってるんですか?」
「んあ? ああ、魔法の程度にもよるけど、吐き気とか眩暈が多いな。軍の方もそうだったし。で、相手の魔法ってどの程度だったんだ?」
「そんな強くはないですよ。視界の歪みとノイズ、あとは頭痛なんで」
「ふ~ん。精神破壊は? トラウマ見せたりとか、過去の映像を一気に見せてきて情報量で頭パンクしてきたりとかは?」
興味があるのか瀬野先輩が嬉々として聞いてくる。横では道端先輩が変態と言っている。
「そういったのはないですよ。本当に言ったくらいのレベルなんで……」
「ふ~ん。幻惑とかもなかったのか……。逆になんでそんな程度のもん寄こしたんだろうな」
「どうも勝手に行動していたみたいですよ。年齢はオレくらいだと思いますし……」
瀬野先輩は相手の素性はそこまで興味がないらしく、あっそと言った。
「で、西雲は自分の深層には入れたんだ?」
「まあ、感覚遮断とかしてどうにか……」
「えらいえらい。で、軍の方に手伝いに行ったんだろ? やっぱ他人の深層に入るのは怖い?」
その質問にオレは声も出せずに強張った。
「下手するとその人壊しちゃうもんね~。でも、それを怖がってたら誰も治せなくなるからね~。まあ、お前の良い所でもあるんだろうけどね~」
ヘラヘラとしている瀬野先輩に、オレは理解できなかった。
「……瀬野先輩は、平気なんですか?」
「ん? 人壊しちゃう事? でも治せばいいだけじゃん? あんま気にしないよ」
あっけらかんと言う瀬野先輩にみんなが呆れた。
「よくそんなんで医者やってるわね」
道端先輩の言葉にみんな同意した。
「逆に繊細な人間は精神もちませんよ。それに医者って言ってもまだ研修医ですけどね。
それはそうとして、西雲。お前が興味あんだったら医学方面来な。俺が後ろ盾になってやるよ」
「いや、オレは……」
学びたい事も分からないのにそう言われても困る。
「別に難しい事を言ってるわけじゃないさ。俺はそれなりにお前の事は気に入ってる。
でも、お前は一般人だろ? もし魔法大学に行くにしても金銭面考えると難しくなる。それで諦めるのは勿体ないって話だよ」
「それは……」
「俺はラボもある。何ならそこでバイトとして雇ってもいい。労働対価ならお前だって受け取るだろ? 無理にとは言わないし、すぐに決めろとは言わない。もし困った時は頼ってもいいよって話。お分かり?」
「うっ……」
言わんとせん事は分かる。でも、迷惑になるんじゃないかと思うと、余計にその話は受けられない。
そんなオレを見て瀬野先輩は溜め息を吐いた。
「お前は本当に自分の事分かってないね~。知ってる? お前の右目は確かに人に嫌われやすいけど、左目は逆に万人から愛されるそんな目だ。神っていうのは多くの人からの信仰で成り立つものだけど、そこにはカリスマ性だとか、何かしら人を惹きつける事がなければならない。お前の左目は本来、人を惹きつけてやまないはずだ。そんな対象を誰もが喉から手が出る程に欲している。お前は自信なさげにするがそうじゃない。お前自身の生まれ持ったものだ」
「でも、右目は……」
「ほら、そうやってそっちを気にする。気にした方に引き摺られやすくなんだよ。それでも、本質だのなんだの見たとしても俺はお前の事を買ってる。だからお前は利用したい時に利用すればいい。ただそれだけだ」
「そんな事……」
「お前はもっと貪欲になればいい。何なら全てを欲しがればいい。そしたらきっと全てが手に入る。お前はその資格があるんだよ」
瀬野先輩は自信をもってそう言った。けど、オレには分からなかった。
そんな資格があるとは思わない。自信があるわけがない。
そう思って俯いてしまった。
「まあ、今はいいよ。ただ頭の片隅にでも置いとけ」
そう言って瀬野先輩は自分の名前の書かれた名刺を渡してきた。
「いざとなったら使え」
ニッと笑う瀬野先輩にオレは断る事もできず、その名刺を受け取った。
「きっとお前を知っている、理解している人間はお前に力を貸したがるよ」
「そう、でしょうか……」
「大きくなっても自信の無さは克服できなかったか~。まあ、いいや。西雲、写真撮らせろ」
今までの話と何の関係のない事を言われ、呆けてしまった。
「お姫もこっち来い」
瀬野先輩が如月先輩も呼ぶが、如月先輩は首を振って拒否した。
「行き成り写真って何なの? その写真何に使う気?」
道端先輩の瀬野先輩を見る目が犯罪者を見るような目になっていた。
「ん~。本当はあんたには言う気はなかったんですけどね。今、小浜の様子を偶に見に行ってるんですよ。あいつもこの二人が大きくなったとこくらいは見たいかと思って」
その言葉にオレも先輩達も驚いた。
「ちょっと! 小浜は今どこにいんのよ!」
道端先輩は瀬野先輩の首元を引っ掴んだ。
「どこって……詳しい事は個人情報なので言えません。ただ、山の方にある病院で療養中ではあります。それ以上は言えません」
瀬野先輩は淡々と言って道端先輩の手を離させた。
「なんであんたが知ってんのよ」
その言葉に瀬野先輩は頭を掻いた。
「ん~、本当は言うべきじゃないかもしれないんだけどな~。小浜の家の事は知ってます?」
「傾いてるって話?」
「まあ、それに関わるんですけど。結局、小浜の家を継いだのって小浜の弟なんですよ。ただ、腕がいまいちでね。本当は小浜自身が継げたら良かったんでしょうけど、無理でしょ?
元々、波多との結婚の話の時も、波多の家には入るけど、子供ができて腕が良ければ養子として小浜の家に戻すのが条件だったじゃないですか。って、もしかして知りませんでした?」
あまりに反応しない道端先輩に瀬野先輩は首を傾げた。
因みにオレは全く知らなかった。
「それは知ってたわよ。あの子に相談されてたから……」
「まあ、そうですよね~。ただ、それも無理になったし、病気の娘がいるような家に子はやれんって感じであちこちから縁切られて、後継ぎどころの話じゃなくなってるんですよね~。んで、病気の娘をこれ以上面倒見れないって言って、手切れ金みたいに病院に払えるだけのお金を渡して、そこで小浜は面倒見てもらってるんですよ」
自分の知らない事実に頭を殴られたような感覚がした。
いつも優しくて温かな小浜先輩の家がそんな事になってるもの知らなかったし、本人だって家とほぼ縁を切られている状態なんて……。
「あの子は? あの子自身はどうなの? 元気……という聞き方でいいのかしら、あれ以上体壊したりしてないの?」
「……最近は少し笑いますよ。それでも無理してる感じはありますけど。良くなってるとは言い難いですけど、悪くはなってませんよ。だからこそ、少しでも可愛がっていた後輩の元気そうな姿見せてやろうかと思っただけですよ。俺が会いに行った後でも調子は崩してないみたいなんで」
「……なんであんたは会えて私は会えないのよ」
「それはあんただからでしょ」
空気がどんどんとぴりつく。
「何よそれ……! 私は――」
「あんたがそうだからだろ? 俺は医療に携わっている人間として、あんたを小浜には会わせられない。あんたがそうやって自分の事しか考えられないのなら、会わせるわけにはいかない」
「自分の事しかって、そんな事ない!」
噛みつきそうな勢いの道端先輩に瀬野先輩は冷たい目を向けていた。
「じゃあ、小浜があんたに会いたがってるとでも? 精神がどんどん病んでいっている間に迷惑を掛けてしまったと思っている相手に会っても、あいつは平気な顔をしないといけなくなる。それを相手の事を考えた行動だとでも?」
「そんなつもりじゃ……」
道端先輩の瞳が揺れた。
「俺はあんたより波多の方を先に会わせた方が良いと思ってる。でも、あいつもまだ小浜を支えきれやしないから会わせていない。ただそれだけだ。俺は会う資格のない奴らを会わせるような事はしない。患者をこれ以上苦しめる気はない」
「私は……」
今にも泣きだしそうな程に顔を歪めている道端先輩をさっきまで黙っていた山崎先輩が引き寄せた。
「ミチ。落ち着け。今はまだ会えないだけだ。
小浜は悪くはなっていないんだろう? だったら小浜が戻ってきた時に笑顔で過ごせる環境を俺達は作って待ってやろう。な?」
山崎先輩のその言葉に道端先輩は何も言わなかった。
「悪かったな、瀬野。もし可能なら俺達は元気に過ごしていて、お前に会える日を楽しみにしてるって伝えてくれないか?」
「ええ。そのくらいなら」
瀬野先輩はさっきまで纏っていた冷たい空気を脱ぎ去った。そして、オレ達の方を向いた。
「で、小浜に見せる写真撮っていいか? お前ら二人にはあいつだって思い入れはあるだろうからな」
そう言って瀬野先輩がカメラを構えた。
ちらりと会長を見ると、にっこりと笑っていた。
オレは頷き、会長の横に並んだ。
「う~ん。表情が硬いな~。まあ、しゃーないか。撮るぞ~」
そう言われシャッターを切る音が響いた。
瀬野先輩は写真を確認して少し笑った。
「えっと、大丈夫そうですか?」
「ああ。本当は何枚もあった方が良いのかもしれないが、今回はこれでいいよ」
今回はって次回もあるのか……。
「ところで、西雲。明日、明後日と空いてるか?」
「いえ。資格試験を受けるので空いてません」
きっぱりと言うと、瀬野先輩は面白いものを見たような顔をした。
「資格試験か~。高校生になったから受けれんの増えたもんな~。何受けんの? 調剤マスター?」
「調剤マスターは、今年は受けれそうにないですよ」
「は? なんで?」
少しキレ気味のその言葉に肩が跳ねた。
「だって、春のは申し込み終わってましたし、秋のは文化祭と被ってたんですもん」
「ああ、文化祭ね。こんなけ人数いるんだし、任せればいいじゃん」
「そういうわけにはいかないですよ。先輩はそんなにオレに調剤マスターの試験を受けさせたいんですか?」
「あれは取っておいた方が良いぞ。一般の大学に進んだとしても就職の時に役に立つ。魔法学校に在籍した証拠にもなるし、魔力も十分量ある証明になる」
確かにそれはいいのかもしれない。
「勿論、魔法大学に行けばより役に立つぞ」
にやりと言う瀬野先輩に後退りした。
「こら、瀬野。後輩を無闇に怖がらせるな」
山崎先輩はそう言うと、瀬野先輩に拳骨を落とした。それが予想以上に痛かったのか瀬野先輩は頭を押さえて蹲った。
「お前ら、もう交流会も終わったんだろう? だったら、気を付けてから帰れ。あんまり遅くなると余計に危ないだろ。この変態は俺達がどうにかしておくから」
その言葉にみんな「はい」と返事をし、それぞれの家へと帰っていった。
今日は本当に色んな意味で疲れた。
明日は試験なのに……。
オレは家でも大きな溜め息を何度も吐いた。その所為で母さんと父さんには心配を掛けてしまった。
誤魔化すように資格試験が少し自信ないとだけ伝えた。
きっと誤魔化せていないだろうが、両親はそれ以上聞いてこなかった。
結局、資格試験はあまり自信がなく、結果が返ってくるのが嫌になった。




