魔法具制作部
書類を手に魔法具制作部の部室の扉を叩いた。
「失礼させてもらいます」
そう言って入ると、少し騒がしかった部室は一瞬にして静まり返った。
「ふ、副会長! 一体どういった御用で?」
目を丸くしながら部長が尋ねてくる。
オレは一枚の書類を差し出した。
「昨日、鍛冶君には先に伝えさせていただきましたが、この稟議書は受け付けられません。理由はお分かりですよね?」
分からないほど頭が悪いわけではないだろうといったニュアンスで言うと、部長は肩を落とした。
「やっぱり駄目ですか……」
「断られるのが分かり切っているものは提出しないでいただきたいのですが」
「あっ、はい。すみません。去年、影蜥蜴がいけたし、いけるかな~って……」
笑いながらも目を逸らす部長にオレは溜め息を吐いた。
「あれはその時に値崩れしていたからです。それに影蜥蜴は比較的学生でも扱いやすい素材だからです。
しかし今回のはどう考えても、学生では取り扱いが難しすぎるでしょう。それを許可する事はできません。勿論、金額的にも許可できる代物ではないです」
「はい。すみません」
部長の方がオレより年上だが、そう見えない程に小さくなっている。
「……今年は水鼠が値崩れしてますよ。常識の範囲を超えない量なら入手は可能かと思います」
「えっ、いいんですか?」
「ちゃんと書類提出して学校の許可が下りればの話です。生徒会がいくら許可しても理事長が許可しなければ入手はできません」
「でも、生徒会で通ったものって許可下りてません?」
みんな勘違いする事だが、本当はそういうわけではない。
「生徒会は飽く迄も学生が担っているので、最終判断は学園を運営している理事長がします。だからこちらが通しても理事長が許可しなければ通りません。
それに、許可が下りないのが分かり切っているものを生徒会が止めなければ生徒会の意味がないでしょう」
結局のところ、生徒会がなくても回るところはあるんだろう。
だが、生徒だからこそ生徒同士が何を求めているのかが分かるところもある。
大人が全て作る空間で過ごす事は可能だろうが、生徒の自主性を大切にという考えもあるこの学校では生徒会が機能しなければ成り立たない。
生徒会としても生徒の要望は聞けるだけ聞きたいが、そうもいかないのが現実だ。
それをどうしてか生徒達は分かっていない。
「じゃあ、生徒会がもしこれを通していたらどうなるんですか?」
あり得ない金額の書かれた稟議書を示しながら部長が聞いてくる。
「直接、理事長からお叱りを受けたいんですか?」
つまりこの世で一番の権力者から怒られるという事だ。それを想像したのか部長を含め、部員が全員身震いした。
「……書類一つでも、『これくらい』と言う生徒はいますが、生徒だけで学校が成り立っているわけではないという事は覚えておいてください。
締め切りを破る生徒も多々見受けられますが、場合によっては理事長にこの事は報告しなければならなくなります。そうなれば理事長から何かしらお言葉はあるでしょうね。
そうならないように止めているのも生徒会だという事はお忘れなきようお願いいたします」
オレの言葉にこの場にいる全員が静かに返事をした。
「ところで、少し見学をさせていただく事は可能でしょうか?」
「えっ、け、見学、ですか?」
オレの言葉に部長は驚いたようで声が裏返った。
「ええ。行き成りですので無理そうなら後日改めますが」
「い、いえ。大、丈夫です……」
本当に大丈夫なんだろうかという返事に少し不安を抱きながらも、いいと言うのなら見学させてもらう事にした。
「では、少し見学させていただきます」
「で、でも、そんなに面白いものじゃないかと……」
「いえ、自分はこの分野に関してあまり知識が少ないので、十分興味深いですよ」
昨日の製作所に行った時もだが、自分の詳しくない分野を見るのは楽しい。
だから邪魔をしない程度で構わないから、見学できると凄くありがたい。
部室自体をゆっくり見る機会は本当に少ない。
まじまじと部室を眺めていく。
部員達はオレ気になるようでチラチラとこちらを見てくる。なるべく早めに出ようとは思うけど、興味深いものが多い。
勝手に触ったら怒られるかもしれないなぁと思いながら制作された魔法具を眺める。
「ん? これはどういったものですか?」
作業中のようで台の上に分解された状態で置かれた魔法具について尋ねた。
すると、近くにいた部員が答えてくれた。
「それは、三つで一つの魔法具として成り立つように作られたものです」
その魔法具は耳飾りのようで、途中に連結する為の金具がついていて、部員の言う通り三つを連結させられるようになっているようだった。
ただ、解析魔法で見ると一つ一つがすでに独立して効果を示す魔法具のようだった。
「でも、一つ一つですでに効果がありますよね?」
「っ、副会長は鑑定眼持ちなんですか?」
部長が驚いたように尋ねてくる。
「いえ、解析魔法が得意なだけですよ」
オレの回答に周りがざわつく。「見ただけで解析ってできるの?」「普通、鑑定眼持ちじゃないと分かんないよね?」そう言った言葉が聞こえてくる。
でも、オレの場合、見ただけで解析できる。
傍から見ると、鑑定眼持ちの人も同じように見えるかもしれないが、解析の方が詳しい結果が得られるからオレは解析魔法を活用している。
「それでこちらの問いには答えていただけないんでしょうか?」
オレが静かに尋ねるとざわつきが収まり、沈黙が流れた。
部員同士がアイコンタクトを取り、誰が答えるか揉めているようだった。
最終的に鍛冶君が溜め息を吐き、答えてくれた。
「確かに一つ一つで効果のある魔法具です。本来は魔法で連結されているものですが、構造上では取り外し可能なものになっています」
「構造上?」
「ええ、市場でもこういったものが出回らない理由としまして、一度外すと再度連結ができないんです」
「別に効果が失われるとかではないようだけど?」
見ている限り独立した効果はある。
「まあ、見た方が分かりやすいでしょうね」
そう言って鍛冶君が連結させようとしてくれたが、パーツが弾け飛んだ。
「こういう風に飛んでしまうんです。なので、市場にも出回っていません」
「そうか。もし市場で出すとしたら、連結の為の魔法を態々掛けないといけないような構造ではいけないという事か」
「そういう事です。ただ、理屈は分かっても上手くいかないので、部活内で調べているんですが難航している状態です」
鍛冶君もお手上げという状態らしい。肩を竦めていた。
「……じゃあ、一つ効果を変えてみるとか?」
「は?」
オレの言う事が理解できないのか首を傾げられてしまった。
「例えばだけど、今この三つは魔法抵抗、攻撃上昇、物理防御の三つだと思うけど、攻撃と物理は魔法的に見ると相性が良くない。
なら、どちらか片方を能力補助にしたらどうだろうか。そうすれば魔法自体の相性は良くなる。
それで弾かれるのなら土台にしているものに問題がある事になる。そうなれば三つとも引き合うような素材を土台にして作るとかはどうだろう」
オレの提案に周囲はぽかんと口を開けていた。
それが気まずく咳払いをした。
「まあ、素人の意見だ。参考するもしないも君達次第だ。では、長居をし過ぎたようなので、これで失礼させてもらいます」
オレがそう言って出ていこうとしたら、部長に呼び止められた。
「あの、水鼠なら取り寄せられるかもしれないという事でしたが、水鼠の胆石も可能ですか?」
「胆石、ですか? どのくらいの値段で流通しているかにはよりますが、よほど高くなければ……。一体何に使う気ですか?」
水鼠は確かに魔生物で素材にも使われるが、胆石に効果があるとは言われていないはずだ。
疑問に思い尋ねるとすんなりと答えてもらえた。
「胆石はあんまり知られてはいないんですけど、付与石に使われるダイヤモンドと同等の硬度を持っているんです。胆石自体には効果はないので付与しやすいんです」
「そうなんですね。でも、全ての個体にあるわけではないでしょうから、手に入れるなら今のうちかもしれませんね」
大量発生している今なら胆石も比較的手に入りやすくなっているだろう。それに効果がないとなると、価値がないと判断されて廃棄されている可能性がある。
影蜥蜴と同じような値段の動きをするなら来年には価格も戻ってしまうだろうし……。
「じゃあ、また書類提出させてもらいます」
「ええ。勿論、適正か判断してからでお願いいたします」
価格の確認をして吟味した上でないと流石に困る。
「それでは失礼いたします」
そう言ってオレは生徒会室に戻っていった。
生徒会室に戻ると、オレの机の上にちょこんと見覚えのない箱が置いてあった。
疑問に思い手に取ると、会長が声を掛けてきた。
「それね。昨日栄養ドリンクもらったから、そのお返し」
「えっ、別にいいですよ。大したものでもないですし……」
はっきり言ってそんな高い栄養ドリンクでもない。それに対し、金銭感覚が絶対に違うであろう会長からのお返しなんて絶対高価なものだ。
持ち上げた箱は軽いが、中身の値段は重さには比例しないだろう。
「ううん。凄く助かったもの。だから貰ってくれた方が嬉しいな。
中身はクッキーなんだけど……葉月ちゃん、甘いもの好きかなぁって思って選んだんだけど。貰ってくれない?」
上目遣いでそう言われてしまうと断りづらい。
「甘いものは嫌いではないですよ。あんまり気にしなくてよかったんですよ? 時間まで割いていただかなくても……」
申し訳なくなるが、潤んだ瞳で見られたら突き返すわけにもいかないだろう。
「……では、ありがたく頂戴します」
「うん。そこの美味しいから気に入ってもらえると嬉しいな」
花のような笑みを浮かべる会長は嬉しそうだった。
普通、あげた人間じゃなく貰った人間が喜ぶのでは?
そう思わなくはないが、受け取っただけでここまで喜んでもらえるとは思わなかったから、ほんの少しむず痒く感じてしまった。
箱はその場では開けず、家に持って帰る事にした。
家に帰ると、母さんには案の定何の箱か聞かれた。
「人にあげたものがあって、そのお返しにって貰った」
「あら、そうなの。中身は?」
そう言われ、綺麗にラッピングされた箱を開けると、華やかなデザインの缶が出てきた。
その缶を開くと可愛らしい見た目のクッキーが入っていた。
「あら、そこのって結構高いのよね」
母さんの言葉にやっぱりかと思ったが、貰ったものを返すわけにはいかないから大切に食べる事にした。
母さんが一個ちょうだいと言ってきたが、あげるのがもったいなく感じて躊躇してしまった。その様子を見た母さんはやっぱりいいわと言い出した。
一体どうしたんだろうと思ったが、答えてくれそうにもないので聞くのを諦めた。
そしてクッキーは数日かけ、一枚一枚大切に食べていった。




