アルバム
アルバムを広げ、オレが小学一年生だった頃のページを開く。
そこには幼い頃の自分が気弱そうな顔をして映っていた。
すぐに閉じたくなったが、みんなが興味津々で集まってきた。いつの間にか立てるようになった会長まで覗き込んでいる。
「これが、オレが小学一年の時ですね。山崎先輩も映ってますよ」
そこには当時のメンバーが勢揃いしていた。
「はは、懐かしいな」
笑いながら山崎先輩は写真を撫でた。
「えっと、この子が西雲君?」
水無月さんが指を差しながら目を丸くした。
「うん。そうだよ」
少し気恥しくなる。
幼い自分は気弱そうにしていて、自分の服の裾をぎゅっと掴んでいた。一等小さく、情けない自分。それが本当に嫌になる。
「こちらって道端先輩ですか?」
睦月野さんが指差して聞いてくる。
その指差した先は、肩口ほどまで髪のある高校三年の時の道端先輩だった。
今より筋肉量もなく、凛々しいが今より女性らしい体つきをしていた。
「うん、そうだよ。その右横が山崎先輩で、左横は坂田先輩」
道端先輩の隣には今より若く、少し少年なような印象を受ける山崎先輩と、一際背が高く、厳格な面立ちで眼鏡をかけた坂田先輩がいた。
「中腰で映ってるのが右から波多先輩、瀬野先輩、八湖先輩。椅子に座ってるのは、右から河口先輩、内海先輩、小浜先輩だよ。その横に立ってるのが、現会長の如月先輩、で、その横がオレ」
簡単に説明していくと、みんなまじまじと写真を眺めた。
そんな面白いものでもないだろうけど、懐かしさはある。
「捲ってもいいか?」
山崎先輩がそう聞いてくる。
頷くと、山崎先輩はページを捲った。
そこに映っていたのは小学二年生のオレとその当時のメンバーだ。
山崎先輩達が卒業して八人となっていた。この頃のオレもまだ人と比べると小さかった。それでも、手はちゃんと横に下ろしていた。
山崎先輩はそのページを暫く見つめた後、次のページを捲った。
そのページにはオレを含め四人しか映っていなかった。
当時のオレは口を固く引き結んでいた。
そのページを山崎先輩は悲しそうな顔をして見つめていた。
「後のページはオレと会長しか映ってませんよ。見ても何も面白みはないと思います」
そう言って、最後のページまで時間を掛けて捲っていくと、身長は伸びても何の代わり映えもしない表情のオレがいた。
「……お前が表情を変えなくなったのは小学三年の時からか」
山崎先輩が呟いた。
「笑えはしないでしょ」
あの時を思えばきっとみんなそうだ。その前の年までにっこりと微笑んでいた小浜先輩ですら笑っていなかった。
みんな無事に卒業するのが当たり前だと思っていたのが、一瞬にして崩れた年だった。
「山崎先輩は、あの事はどこで聞いたんですか?」
卒業してから事細かく連絡する人は少ないだろう。
「内海から電話があった。『河口が死んだ』ってな。最初聞いた時はなんつう笑えない冗談を言ってんだって思ったよ。でも、あの内海が電話越しでも分かるほど泣いてたんだ。信じるしかなかったよ」
「あの時は、下手をしていたらオレも死んでた。……でも、それはオレも弱かったからで、もしオレがもっと強かったら……!」
ギリッと音がする程に奥歯を噛み、腕をぎゅっと掴むと、山崎先輩がオレの頭に手をポンと置いた。
「お前だって頑張ってたんだ。そんなに責めなくていい」
「でも……」
「お前だってあの戦いの後は大変だったんだろう? それも内海から聞いたよ。あいつも大変だったろうにな」
「そりゃ、あの時はオレも魔力が尽きて三日間眠ったままでしたよ。でも、もし、もっと強かったら、もっと、できる事が多かったら……」
後悔が大きく圧し掛かってくる。
「……まだ、残党は残ってるんだろう? それもお前達が手こずったような奴が」
「恐らく、まだ生きているとは思います」
「だったら、あの時こうだったらじゃなく、これからどうするかだろう? 今お前がすべき事は自分を責める事じゃない」
「……はい」
少し俯くと涙が零れそうだった。
そんなオレに山崎先輩は頭を撫でてくれた。
黙って撫でられ続けていると、道端先輩が行き成り戻ってきた。
驚いた山崎先輩はパッと手を離した。
「あんたら何してんの?」
「別に」
やましい事があったわけではないが、山崎先輩は誤魔化した。
「ん? 写真? ああ、メンバー写真ね。懐かしいわねぇ」
道端先輩はそう言うとアルバムに手を伸ばし、パラパラと捲り始めた。
道端先輩は自分の映っている代の写真を見ては愛おしそうな顔をした。
そしてピタリ止まったのはオレが小学三年生の時の写真だ。
本当は写るはずだった自分の後輩が写っていないのは、やはり悲しいのだろう。少しだけ睫毛が震えていた。
だが、すぐにページを変えて、みんなに見せながら笑い始めた。
「これ見てると本当に瀬野と内海って親戚かってくらいそっくりじゃない?」
二人とも目が細く、何となく似た雰囲気は持っていた。
だが、全く血の繋がりはないそうだ。
「あの二人って本当に目、細かったけど、あれでどうやって見てたのかしらねぇ」
確かにこちらからは瞳が確認できなかったが、向こうからはどう見えているんだろう? 不思議だ。
「でも、内海はやっぱり親戚なだけあって内海先生とそっくりよね。女版内海先生なんて言われてた時もあったもんね」
ケラケラ笑いながらそう言っている道端先輩は明るかった。
「まあ、性格も似てたからな」
山崎先輩が呆れた様な声を出す。
「この頃の私らはまだ若造って感じでしょうね。まだまだ未熟なくせに何でもできる気になってたわね」
自分の若い頃を見て苦笑する道端先輩にオレは堪らず声を上げた。
「そんな事ないです。だって、先輩達は本当に頼もしくって、オレじゃ到底そうはなれなかった。先輩達が先頭切って戦ってくださっていた事がどれほど心強かったか!」
「ははっ、あんたはそうだったわね。みんなに憧れて尊敬してって顔してねぇ」
「事実ですよ」
まるでお世辞を言っているように捉えられているような気がして口を尖らした。
「あんたは本当にそうだったわね。み~んなの事を尊敬してるって顔してた。悪いとこもいっぱいあったでしょうに」
「でも、山崎先輩も道端先輩も強くって、先頭切って戦って、傷を負う事もほとんどなかったじゃないですか。だから、オレは……」
そこまで言うと道端先輩に額を指で弾かれた。
地味に痛くて蹲りそうになった。
「知ってるわよ。でも、訓練の時はずっと怖がってたじゃない」
「そ、それは、そうですけど……」
訓練の時は本当に怖かった。鬼のような形相で容赦がなかった。
「それでも尊敬してるなんて普通は言えないわよ。本当にそこは昔から変わらないわねぇ」
どこか懐かしさを含んだ言い方をする道端先輩はオレの頭を撫でた。
「あんなに小さかったのに、本当に大きくなったわね」
その言葉は長年会っていなかった親戚に言うような言葉だった。
成長を喜んでいてくれているかのような言葉に嬉しさを感じてしまい油断した。
道端先輩が単純にそんな言葉をくれるはずはなかった。
「最初会った頃は本当に小さくて、今の睦月野より小さかったのにね。それに女の子にも間違われてたし」
「なっ……!」
行き成り言いだす言葉に驚くと道端先輩はにやりと笑った。
「そんな事はないとは言わせないわよ。だって、小浜には確実に言われたじゃない。『新しいメンバーは女の子なのね』って。で、あんたは半ベソかいて『男です』って言ってたわよね。今でもよく覚えてるわぁ」
「そんな事言わなくていいです!」
オレが止めるも道端先輩は止めなかった。
「だって、写真見ても分かるでしょ。二重で目もパッチリだし、睫毛は長いし、色白だし、サラサラの黒髪には天使の輪ができる程だったじゃない。性格も引っ込み思案だったし、大人しかったから遠目から見たら女の子にも見えるでしょ」
「でも、ズボン履いてんだから分かるでしょ!」
「女でもズボンは履くわ。髪の長さだって、短い女の子もいるでしょ。現に今は私の方が髪は短いわよ」
「~~!」
実際に幼い頃は女の子に間違われた事もあるから、道端先輩の言っている事は間違ってはいない。
でも、そんな事を言われたくはなかった。
言葉の出ないオレを見て道端先輩は笑った。
「はははっ、本当に相変わらずよねぇ。昔はビービー泣いてたけど、結局言い返せないのよね」
「……そのうち言い返せるようにもなりますよ」
「ふふふ。それはいつになるのかしらね」
道端先輩は笑っていたがどこか寂しそうな顔をした。




