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Side 長月真

今回は長月真視点です。

 最近、不備の多い書類の処理等に追われ、軍にも協力依頼を出され、軍に顔を出すといった日々を過ごしている副会長は、今日も朝から疲れ切った顔をしていた。

 業務中は特にピリピリとしていて、空気が痛く感じられた。

 昨日の道端さんと山崎さんの言葉で、今日は少しは休む事ができていたらいいと思って登校したが、それはできていなかったようだ。

 その原因は私用というか、直接軍に関わる事でも人から頼まれた事でもないようだった。

 だから水無月先輩が怒るのも無理はない。

 それでも平然と業務を続けかねない副会長を休ませたいといったのもあったのだろう。

 水無月先輩は副会長に今すぐ眠るよう指示した。

 副会長も限界が近かったのか、横になるとすぐに寝息を立てていた。それでも器用に威圧は保っているようだった。

「器用ね。今回は魔力も安定しているみたいだし」

 水無月先輩が呆れたように言う。

 おそらく威圧を保ったまま眠っている事を言っているのだろう。この間眠っていた時は魔力が安定していなかったから、書類が浮いたりしていたが今回はそれもない。

「副会長って威圧の度合いもコントロールできるみたいですね」

 睦月野がそう言った。初めて知る事実に少し驚いた。

「あら、そうなの?」

 水無月先輩も知らなかったようで驚いていた。

「以前、治癒魔法を教えていただいた時は少し威圧を緩めていらっしゃったので」

「私も、それは思いました。いつくらいだったかな。お兄ちゃんと一緒にいた時も少し威圧を緩めてくれていたし、卯月谷君と睦月野さんと一緒にいた時もそうでしたよ」

 睦月野さんに続き、白縫さんも自身の体験から語ってくれた。

「ふ~ん。じゃあ、小学生の前では少し緩めてるのね」

 話を聞く限りそう思ったが、そうではなかったらしい。

 佐々山君が首を振って述べた。

「いや、小学生だからってわけじゃないっスよ。俺と卯月谷だけの時は、こっちが怖がってないと思ったら緩めないですもん」

 どうやら相手の様子を見ながら判断しているらしい。不用意に怖がらせたくないという事だろう。

 感心していると、水無月先輩はその事にはあまり興味がなかったようで、会長に話し掛け始めた。

「会長もお疲れのようですけど?」

 水無月先輩が会長に鋭い視線を向けた。

「うん。私は家の事だからね。でも、昨日ので取り敢えず終わり。だから、今日は帰ったらちゃんと休むよ」

 ふわりと微笑む会長はいつもの明るさが少し欠けていた。

 会長も副会長も疲れがここまで見えるとは……。


「水無月先輩、そのノートどんな事が書いてあるんですか?」

 興味があるといった様子で睦月野が西雲先輩のノートに視線を向けながら尋ねた。

「ぱっと見、何が書いてあるのか分からないわよ。どういう頭の作りしてるのかしらね」

 軽く溜め息を吐いてから水無月先輩は睦月野にノートを渡した。

 無断で見ていいのだろうかと思ったが、自分も興味があり、覗き込んだ。

 他のメンバーもどうやら興味があったようで覗き込んでいる。

 ノート自体は綺麗な字で綴られているが、文書の所々に丸やバツ、三角等が大きく書かれている。

 上の方には仮定と記され、下の方には考察と記されていた。

「これは一体どういう事なのでしょう?」

 難しい言葉もあり、あまり理解できず水無月先輩に尋ねた。

「私も全部は分からないけど、大雑把に言うなら、この間の魔法陣の描かれていた服に関して仮定と考察を述べているって事よ。その材料や作り方、効果範囲についてみたいよ。

 その後は魔法無効の魔法具に関してみたいね。どういった材料を使ったらどのくらいの効果を示すのかって感じかしら」

 そんなに長い時間見ていたわけではないのに、そこまで答えられる水無月先輩は凄いと思った。

「でも、実際に作って実験しないと分からないですよね?」

 睦月野がノートを捲りながら質問する。

「ええ。そうね。だから飽く迄も机上の空論。いくつかは実験結果が公表されているからそれを元に考察したんでしょうけどね」

 そんなものを一体副会長はいつ調べたり、考えたりしているんだろう?

 本当に不思議でならない。


 副会長が凄い人だという事は去年、生徒会に入ってから気付いた。

 去年もこの時期辺りに不備書類が多く、処理に追われていた。だが、去年は副会長が放課後の業務を行っていたので、今年ほど大変ではなかった。

 それでもぴりついた空気を纏っていた。

 それが恐ろしいと思ったのも事実だ。

 正直最近になって、副会長の話を聞くようになってから見方が変わった。

 それは他のメンバーにとってもそうだろう。

 一般生徒からも怖がられ、怯えられている人。仕事に対して厳しい人。そんな印象しかなかった人が、実は戦う事を怖がっていたり、過去を話されるのが恥ずかしがったりと、案外普通なところのある人だと知った。

 親しみまではいかないが、それでも以前より話しやすく感じる事もある。

 きっと山崎さん達が来ると決まった辺りからだろう。

 この人はこんな人と勝手に決めつけ、印象通りの人と思い続けていた。それがそうではなかった。

 よく知りもしない人を勝手に印象で決めつけてしまうとは恥ずかしい事だ。

 過去に自分を恥じる。


 俺は普段あまり喋るのが好きではない。師走田も同じのようだ。

 だからお互い必要以上にに話す事はなく、傍にいても特に苦ではなかった。

 そんな師走田がこの間『抜ける』と言った時は驚いた。

 常に真っ直ぐに前を見据え、どんと構えている。そんな印象があった。

 それもきっと勝手な決めつけだったんだろう。

 だが、その時の師走田の気持ちは分からなくはなかった。

 俺も許されるのなら逃げたいと思ってしまった。

 絶対的な強さを誇ると思っていた副会長が、たった二人の敵に勝てなかった。そう思ったからだ。

 自分には勝てない。勝つ事は絶対にない。

 そんな事が分かっているのに戦えと言うのかと軽く憤りも感じた。

 だが、翌日の副会長の話を聞いて、勝てるかもしれない事、対策がある事を聞いて、勝てる相手に背を向けるような恥をさらす事はできないと思った。

 師走田もそう思ったのだろう。

 だから、見回りの時に俺に話してきたんだろう。

 己を恥ずかしい人間だと、最低だと言っていた。

 押しつぶされそうな程の罪悪感があの言葉を生み出したんだろう。

 だから師走田は副会長に謝罪した。

 副会長はいつものように気を張っていなかったからだろうが、優しかった。

 本当は怖いと思っている事。逃げたいと思っている事。それを肯定して、誰もが思っている事だと言ってくださった。

 それに俺は救われた。

 いつも家では恐れるな。逃げるな。負けなどは許さん。そう言われて育ってきた。

 それが当たり前だった。

 だが、精神的にも疲弊して、俯いて立ち止まってしまいたい事は何度もあった。

 それは許されない。

 だからこそ、平気なふりを装い、余計な事を言わずに済むように口を噤んだ。

 副会長の言葉は弱い自分を肯定していいという風に聞こえた。

 都合のいい解釈なのかもしれない。

 怖いと思いながら、逃げたいと思いながらでも立ち向かう背中がこの上なく頼もしく思った。

 そんな副会長は今疲れ切って眠っている。

 俺はなんの助けにもなっていないのかもしれないが、少しでも負担を減らせればと思い、業務に取り掛かろうとした。


 最近は、副会長が放課後に不在なのをどこかしらで聞いた生徒が態々、放課後に書類提出をしてくる。

 その所為で、残務が増える一方だ。

 副会長は真面目だからこそ、規則違反には厳しいが、理由なく厳しくはしない。

 それを他の生徒は分かっていないのだろう。

 一般生徒ももう少し副会長の事を知れば態度が変わるかもしれない。

 だが、恋愛に関しては別なのだろう。きっと副会長は未だに神在の気持ちにも気付いていない。

 傍から見ていてこんなにも分かりやすいのに……。

 今も神在は副会長に熱い視線を送っている。

 よくもまあ、そんな中で眠れるものだ。

 鈍感なところはあまり尊敬はできないが、少し感心した。

 ふと視線をずらすと、師走田が何かじっと見ているのが目に入った。

 その目線の先は神在だった。

 ……見なかった事にしよう。

 きっと道端さんが異常な程に恋愛の話をしてきたり、聞いてきたりする所為で変にそういったように見えてしまっているだけだ。

 きっと気の所為だと自分に言い聞かせ、俺は業務に取り掛かった。


 水無月先輩は「どうせ一睡もしてないだろうから西雲君の事は起こさないで」と言っていて、みんなも同じ事を思っていたらしく、その意見に賛同した。

 だが、副会長が眠り始めてちょうど三十分が経った辺りだった。

 副会長が勢いよく体を起こした。

 何事だと思ったら時間を聞かれた。

 水無月先輩が三十分しか経っていない事を伝えると、胸を撫で下ろしていた。

 どうやら寝過ごしたと思ったようだ。まだ眠っていてもいいだろうに……。

 そうして副会長はすぐに業務を開始した。

 まったく、この人は仕方のない人だ。

 俺は少しでもこの人が休めるように業務をこなせる量を増やしていこうと心の中で誓った。

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