繁忙期
中間試験後、やはり予想していた通り、締め切りを過ぎている書類が生徒会室に持ち込まれていた。
それも数えきれないくらいに……。
書類は締め切りを過ぎている物の他に、正規の物もあったが、提出先が違うものや書類に不備がある物もあって、仕分け自体が大変だった。
みんなで手分けしていくが、提出者は締め切りが過ぎている自覚があるらしく、口早に言いたい事だけ言って走って去っていく所為で仕事が増える一方だった。
最初のうちはまだよかった。
基本、締め切りを過ぎたら受け付けられないというのも再三伝えているにも拘らず持ってくる。
この書類の大半は部活動の物だ。この学校には部活や同好会が数えきれない程に存在する。
そんな中、きっちり締め切りまでに書類を提出する部活の方が少ないんじゃないかと思う。場合によっては締め切りを過ぎれば活動停止を言い渡さなければならなくなる。
それはそれで非常にめんどくさい。
だが、それをしないといけないのも確かで、その部活の部長の元に足を運び、職員室にも足を運びを一日何回繰り返しているだろう。
いい加減嫌になってきている中で、最近多いのは不備だらけの書類だ。
その所為で頭を抱えている。
今も書類と顔を突き合わせ、不備の箇所に書き込みを入れていっている。
自分でも苛立っているのは分かっている。頭をガリガリと掻きながら作業をしていると、長月君が恐る恐るといったように声を掛けてきた。
「ふ、副会長。お忙しい中すみません。少しよろしいでしょうか?」
「なに?」
忙しい所為で冷たい声になっているのは自分でも分かる。申し訳ないが、自分の事で手一杯なんだ。
それでも解決しない事なんだろう。長月君の方を見ずに答えると、少し怯えたような声が聞こえた。
「た、大変、申し訳ないんですが、どうしても、計算が合わず……」
そう言われて長月君の手の中にある書類に目を遣る。
溜め息を吐き、手を差し出す。
その手の意味が分からなかったのか、長月君が困惑していた。
「書類」
短く言うと、やっと書類をオレの手に置いてきた。
その書類を見ると不備を見つけた。
またか……。
「ここ、計算が違うままで提出してきてるから再提出伝えて」
「は、はい」
オレの指示を聞くや否や、長月君は走って生徒会室を出ていった。
最近は同じような事を繰り返している。
どれだけ処理しても増える書類。それに加え、この間の一件の所為でオレは放課後、軍の方に呼び出されている。
だから帰るのは夜遅くなっている。
帰ってからも色々、調べ物だとか、課題だとかで最近あまり眠れていない。
その所為で、ここ数日は栄養ドリンクにお世話になっている。
本日何本目かの栄養ドリンクに手を伸ばした。
グイっと煽ると、口元を手で拭い書類に目を落とす。
粗方終わると、職員室や書類提出者の元へ向かう。
最近廊下を通ると、より悲鳴を上げられるようになった。
分かっていないわけではないが、こういう状態で通って欲しくないのなら提出期限を守れ! 不備がないか確認してから提出しろ!
イライラしながら校舎内を散々歩き回るのが日常と化しているのは、かなりの問題だろう。
今日も今日とて同じように歩いていた。
すると、左目が少し先の事をオレに視せてくる。
普段ならこれで痛みも感じるが、少し鈍麻になっているようだ。
視せる未来からオレ一人でも大丈夫だろうと判断し、森に向かう。
軍の人達が交戦しているのが見えた。
だが、この後来るものには対処できないだろうと思い、手を貸す。
「失礼いたします」
軍の人に声を掛けるとギョッとされた。
「生徒は下がって……」
その声が聞こえた時に頭上に大きな影が覆った。
大型の戦闘機だ。
軍の人が応戦しようと構えるが、オレがこの人達の周囲に結界を張った。
「少し任せていただいても?」
返事は待たず、手を空に向け、戦闘機に向かって広範囲に雷を落とした。
真面に雷を食らった戦闘機は炎を上げ、墜落していく。
それが落ちきる前に重力魔法でブラックホールのようなものを出し、戦闘機を全て飲み込んだ。
「少し、あれは面倒なようだったので片付けさせていただきました。勝手に手を出してすみませんでした」
「い、いえ……」
軍の人達は一瞬で終わった戦闘にぽかんと口を開けていた。
その人達にこれ以上声を掛けている余裕などなく、生徒会室に戻った。
生徒会室に戻ると、なんていう事でしょう。
オレが部屋を出る前より書類が増えているじゃないですか。
「わぁ……。なんだよ、これ……」
オレのその声に数人がびくりと肩を揺らした。
「先程、体育祭実行委員の方が持って来られました。と言っても、一番先に欲しい予算案がないようです」
仕分けをしながら睦月野さんが淡々と答えてくれる。
「そう。また、催促しないといけないわけね」
本当は早目に提出して欲しい予算案を全然出してくれないから、体育祭実行委員には何度か伝えている。
それでも予算案は出さず、他の書類を乱雑に置いていったようだ。
「う~ん、葉月ちゃ~ん」
自分の机の上でぐったりしている会長がオレを呼ぶ。
「なんですか?」
冷たい声でそれだけを言うと、会長が手を伸ばしてきた。
「栄養ドリンク、分けて~」
どうやら会長も限界なようだ。伸ばしている手にドリンクを渡すと、すぐさま開けて飲み始めた。
「うぅ。美味しくないね」
文句を言うなら飲むなと言いたいところだが、オレも美味しいと思ってはいないので何も言わなかった。
放課後までまだ少し時間があるから業務に戻ろうとした時に山崎先輩と道端先輩が入ってきた。
最近、二人は軍の方に戻って仕事をしている事が多い。あの一件から軍の報告とで学校を行き来しているが、午前中は殆ど軍での作業になっているようだ。
午後からはオレを連れて軍での仕事をしている。
その間、学園の警護は配備する軍人の数を増やして対処されている。だから、オレ達は学校にいる間は生徒会の仕事に集中できてる。
しかし、今日は迎えに来るのが早い。まだ放課後まで時間はあるはずだったんだけど……。
「おお、えらく凄い事になってるな」
山崎先輩があちらこちらに積みあがっている書類を見て驚きの声を上げた。
「なにこれ? 報告書にもならないようなものばかりじゃない? 突き返さないの?」
目に入った書類を見て顔をしかめながら道端先輩はそう言った。
「突き返す前に逃げるように去って行かれるんです」
道端先輩の疑問に睦月野さんが淡々と答える。
道端先輩は完全に呆れた顔をしている。
「なんでそんな事になるのかしらねぇ」
「オレと顔を合わせたくない生徒が多いみたいですよ」
軽く殺気立ったオレが言うと、山崎先輩も道端先輩も口を引くつかせた。
原因が分かったと言わんばかりに目を逸らされてしまった。
そして道端先輩にはオレの机が目に入ったようで、口の端がヒクヒクと動いていた。
「何よ、その机……」
道端先輩が指を差すと、山崎先輩がオレの机を見た。
「ゲッ、繁忙期の坂田の机と一緒じゃねぇか」
栄養ドリンクの空き瓶と書類の乗った机を見て山崎先輩は嫌そうな顔をした。
「忙しいから仕方ないんです」
そう言いながら栄養ドリンクにまた手を伸ばそうとしたら、手を掴まれた。
その手を掴んだ人物を見ると般若のような顔をした水無月さんだった。
「えっと……」
オレが目を逸らすと、手に力を込められた。
「いい加減にしたらどうかしら? 体に悪い事くらい分かっているでしょ? 食事もカロリー栄養食、栄養ドリンクも一日に何本も飲んで、目の下には隈を作って。忙しいのは分かるけど、苛立ちも隠す気はない。それならいい加減休めば? 倒れられる方が迷惑よ」
冷たく鋭い言葉がオレに突き刺さる。
良くない事くらいは分かっている。分かっているけど……。
「倒れない程度には、してるよ」
「ちゃんと人の目を見ていえない時点で駄目でしょ。いい加減にしなさい」
今までもこうした業務を同様に続けてきた。それでも怒られる事はなかったから少し戸惑う。
「確かに隈だらけね。あんた色が白いからよく分かるわ」
呆れた道端先輩の声が聞こえる。
「兎に角、この栄養ドリンクは没収します。せめて一日一本に減らして。本当は飲まない方がいいんでしょうけど」
水無月さんはオレから手を離すと、素早く栄養ドリンクを取り上げた。
無慈悲だ……。
行き場を失ったオレの手は空に浮いたままだった。
「まあ、軍の方は今日のが上手くいけば、今日で取り敢えず協力してもらうのは終わるから。そしたら休めるでしょ?」
どうやらこの間の一件で意識を失っていた人は意識が戻ったようだ。そして、精神魔法を食らった人も今は回復したようだ。
「今まで夜遅くまで協力してもらってたからな。それでも多少は寝れるくらいの時間だと思ったんだがな……」
無理をさせ過ぎたかと山崎先輩が聞いてくる。
「そりゃ、帰るのが十時くらいで、その後、学校の課題もありましたし、調べ物もしていたんで……」
「ああ、課題ね。ヤマはほったらかし過ぎて先生達にかなり怒られた時もあったものね。ちゃんとそれはやらないとね」
道端先輩がそう言うと山崎先輩は顔を背けた。きっと大いに覚えがあるのだろう。
「でも、調べ物って?」
あまりピンとこないような顔をする道端先輩に、オレは軽く溜め息を吐いた。
「大した事ではないんでしょうけどね」
そう言って自分のカバンを探る。
「はい。昨日聞かれていた内容です。毎日のように報告書並みに纏めてるんです。時間も掛かってはいるんです。お陰で、オレはここ最近は三十分寝れたらいい方な生活してるんです」
そう言いながら昨日軍の人に質問されて、調べておきますと言っていた内容を纏めた書類を道端先輩に渡した。
道端先輩は申し訳なさそうな顔をしている。
「うぅ。たぶん今日からはこれはないわよ。だからこれからはちゃんと休めるわよ……たぶん……」
絶対と言えないからか、道端先輩は歯切れ悪くそう言った。
「まあ、オレももう少し休める時間見つけて休みますよ」
「それがいいわね。ところで如月も眠れてないの?」
そう言って道端先輩が会長を見る。
会長は唸りながら書類にサインをしていっている。
「ううぅ。私はここ三日連続でお祖父様に連れられて社交界に参加させられた所為ですぅ。それまではそりゃ、学校に残って業務してましたけど……。今は八時までには家に戻って、支度して社交界に参加して、帰ったら夜中の二時とかで、その後はお祖父様が延々とお話しされてそのまま朝を迎えて、そのまま学校に来てるんです。流石に三日間徹夜は辛い……。それでも今日も参加決定してるし。ううぅ……」
会長はそう言うと机に突っ伏して泣き出した。
良家の娘さんというのも大変だと思いながら、自分には一切縁のない話だと思った。
「あんたのお祖父さんは孫娘であるあんたの事、この上ない程に気に入ってるものね。その家に生まれたからには仕方ないわよね。まあ、頑張んなさい」
道端先輩の軽い応援に会長は呻いていた。
「まあ、疲れてんのはよく分かるが、休める時に少しでも休めよ。んで、今は仕事しろ。因みに聞くが、少し前に大きな雷落ちたみたいだけど、お前らはなんか知ってるか?」
どうやらあの雷は先輩達も聞こえていたらしい。
道端先輩が敵だったらまた対処しないといけない事が増えるから……と言ったが、敵が放ったわけではない。
「すみません。オレです」
素直に手を挙げると、先輩達はぽかんと口を開けた。生徒会メンバーはとうとう気が触れたかといった顔をしている。なんと失礼な!
「は? 何やったんだ?」
「敵の大型の戦闘機が攻めてきていたんで、雷落としてブラックホールで飲み込んだだけです」
サラッと答えると、山崎先輩が左手で目を覆った。道端先輩は何とも言えない顔をしている。
「だから警備してた奴らが『自分達がこの学校を守る意味があるんですか?』って聞いてきたのね」
道端先輩が呆れた声を出す。
「だって、かなりデカくて苦戦するのが左目で見えたんで。だったら、オレが行った方が早いと判断しました」
実際あの戦闘機で森の一部が破壊されるのと、負傷者が出るのが見えた。実際にそうなる前に食い止められたのだから良しとして欲しい。
それでも呆れらている意味が分からない。
「忙しくて休めないんだったら、そういうのは大人に任せておいたら?」
「負傷者が出るのを食い止めたんです。負傷者は出ないに越した事はないでしょう?」
「それはそうだけど……」
道端先輩は大きな溜め息吐いた。
「まあ、いいわ。今日は軍ではなく、外部に協力してもらう事になるから悪いけど、放課後じゃ間に合わないの。だから西雲を今から借りていくわね。終わったら直帰させるけどいいかしら?」
「ええ。そんな悪人面で校内うろうろされてもクレームが出そうなんで、帰らせてください」
水無月さんの刺々しい言葉がオレを襲った。悪人面って……。
少しショックを受けているオレを他所に、道端先輩は「じゃあ、借りていくわ」と言ってオレを生徒会室から連れ出した。
オレのカバンは山崎先輩がいつの間にか持っていた。
「で、今日はどこに行くんですか?」
「着いたら説明するわ」
道端先輩はそう言うと転移魔法を使い、オレ達三人を目的に送った。




