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束の間の休息

 業務手順を一通り話すといつの間にか会長が戻ってきていた。

「会長、戻ってたんですね」

「うん。一生懸命説明してるから邪魔しちゃ悪いかなって思って声掛けなかったの。ごめんね?」

 ふわりと微笑む会長はあまり悪かったと思ってはいないようだった。

「まあ、別に構いませんけど。それより、日程は決まりました?」

「うん。これ日程表だよ」

 会長はそう言って補講日程の書かれた紙をオレに渡してきた。そこにはどの教室を使用するかも書かれている。

 補講をしている最中はその教室が使えなくなるから、部活動等の使用申請が来ても断らないといけなくなる。

 把握しておかないと業務が滞るのが面倒だ。


 はぁと溜め息を吐くと、後ろから声が聞こえた。

「西雲君って案外表情豊かだったのね」

 そう言ったのは水無月さんだった。

「そう、かな? あんまり自覚がないんだけど……」

 この学校にいる間はわりと無表情とか常に怒ってるとか言われる事が多いから、そんな事を言われたのは初めてかもしれない。

「今迄は威圧もあったからでしょうけど、今日はえらく表情豊かよ」

「そう、なのかな?」

 自分の顔に触れてみるがよく分からない。

「まあ、今日は気ぃ張ってないみたいだから、それもあんだろ」

 山崎先輩がそう言った。

「気を張っていないというか、張れないというか……。オンとオフが上手く切り替えられてないというか……」

 頭は動くようになってはいるが、何となく本調子でないのはそこも理由なんだろうなぁとなんとなく思っていた。

「オンとオフ? あれか? お前のそのスイッチは眼鏡か?」

 山崎先輩が何やら馬鹿な事を言い出した。

「そんなのあるわけないじゃないですか。第一、眼鏡は家でも掛けてます。それでオンとオフ切り替わるんだったら家でも休めてませんよ」

「それもそうか」

 どうやら本気で思っていたようだ。時々思うけど、山崎先輩ってあんまり頭良くないよなぁ。

「眼鏡って視力矯正用じゃないならどうして掛けてるの?」

 水無月さんがこの際だからと言わんばかりに疑問を投げてくる。

「あ~、えっと~、気休め?」

「気休めって何?」

 ちゃんと答えるまで引きそうにない水無月さんにオレは勝てそうになかった。

 だが、正直少し恥ずかしい。

「その、オレ小さい頃かなり人見知りだったんだよ。今もあんまり親しくない人と話すのは苦手で……。レンズ一つ分でも気持ち的には少し違って……だから、気休めっていうか……」

 わりと子供っぽいというか、自分でもあまり意味のない事だというのは分かってる。

 だからこそ、態々自分で言うのが恥ずかしくて、頬が熱くなるのを感じた。

「意外ね。全校集会とかでは普通に話してるからそんな事思わなかったわ」

「全校集会とかも本当は苦手なんだよ。それでも話さないわけにはいかないし、ただ平気なフリしてるだけなんだよ」

 自分の苦手な事を話すのは本当に恥ずかしい。より頬が熱くなった気がする。

 それなのに、山崎先輩が面白半分で口を挟んできた。

「確かにお前は人と話すの苦手だったもんな。知らん奴に話し掛けられるとビクついて、人の後ろに隠れてた事もあったもんな」

「そ、それは幼い頃の話です。流石にもうそんな事はしません」

 分かっているだろうに山崎先輩はニヤついている。

「俺が在籍してた間はよくあっただろう。ビクついて言葉出なくなって泣き出した事もあったもんな」

「それも昔の話です! もう言わなくていいじゃないですか!」

 苦手な事を話すのも恥ずかしいが、幼い頃の話をされるのはもっと恥ずかしい。

 顔から火が出るかと思う程だ。

「前もだったけど、西雲君って昔の話し出されると声荒げるのね」

「うっ……それは……」

 否定できなくて少し俯いた。

「お前は自分の予測の範疇にない事されると途端に頭が回らなくなるな」

 山崎先輩の指摘は尤もだ。自覚はしている。

 恨めしそうに山崎先輩を見ると、頭をぐしゃりと撫でられた。

「まあ、子供らしくていいじゃね? 子供でいていい時期に色々強いてきたんだ。少しくらいはいいだろ?」

「……いいんでしょうか」

 子供だからと理由をつけていたらきっと戦えないだろう。だからこそ、出た言葉に山崎先輩は少し笑って、オレの頭をガシガシと撫でてきた。

「戦ってない時は、ちょっとくらいはいいんだよ。頼れる人間がいる間は頼っとけ」

 乱暴に撫でられた所為で解放された時に少し目が回った。

「きっとお前が子供らしい表情したら驚く人間は多いんだろうな。俺らは見てきたけどな」

 ニッと笑う山崎先輩は昔と変わらなかった。

「そう言えば、山崎さんと道端さんが来るって分かった日、西雲君も会長も少し嫌そうな顔してなかった? 西雲君は昔の話されるのが嫌だったから?」

 水無月さんはふと思い出したように聞いてきた。

「まあ、それもあるけど……。みんなに訓練とかしてなかったから絶対に怒られるだろうなっていうのはあったし。あとは業務中に話し掛けられても仕事の邪魔になるからね」

 一番最後に言った言葉に山崎先輩はそっぽを向いた。自覚があるんだろう。

「わ、私は……やっぱり怒られるの嫌だったし……」

 まあ、訓練となると率先しないといけないのは会長だから、怒られてもおかしくはなかっただろう。

 オレはそれで納得していたが、水無月さんはあまり納得していない表情だった。

「そう言えば、その辺りだっけ」

「何が?」

 オレの言葉の意図が分からないといったように水無月さんが聞いてくる。

「オレが威圧掛けたままでも、過剰な程にみんなが怯えなくなったの」

 今日は威圧がないからか、みんないつも以上に強張る様子はない。

 それでもみんなの接し方が変わったのはその辺りからだろう。

「ああ。まあ、そうね。それまで西雲君の纏っている魔力の理由も知らなかったし、その威圧の所為か、やっぱり纏う空気が痛かったのよ。それでも、必要不可欠なら自分なりに何かしら対策すればいいと思っただけよ」

「ああ、だから結界張るようになったんだ?」

「……気付いてたの?」

 気付かれていると思っていなかったのか、水無月さんは鋭い目でオレを見てきた。

「う、うん。やっぱり目が見えない分、魔法で感知しているようなところがあるから魔法には少し敏感だから……」

「そう」

 その短い言葉にはどんな意味が含まれているのか分からなくて苦笑いしかできなかった。


「雑談中悪いが、少しいいか?」

 さっきまでふざけ半分な顔をしていた山崎先輩が真剣な目をしていた。

「何でしょう?」

 落ち着いた声を出せたオレに山崎先輩は少し安心したような顔をしたが、すぐに表情を引き締めた。

「もし、今回と同じ奴が来たらどう対処するつもりだ?」

 その質問に師走田君が肩を揺らした。そして、卯月谷君は被っているフードの端を掴んでいた。

「どうもこうも捕縛の方がいいでしょうね」

「そうじゃなく、捕縛するまでにどうするつもりだって聞いてんだ」

「流石にオレ一人での対処は難しいんで、精神系魔法の方はオレが引き受けますよ。だから……」

 この先を話す前に確認を取っておかないとと思い、卯月谷君お前まで歩いていった。

 卯月谷君の顔はよく見えなかったが、中腰になり顔の高さを合わせた。

「卯月谷君はこれから弟君と戦う事になるけど、大丈夫?」

「……平気……」

 その言葉に嘘偽りはなさそうだった。

「卯月谷の家には報告がいっている。だから場合によっては殺す事になる。それも分かっていってるんだな?」

 山崎先輩の低い声が響く。

「……はい」

 卯月谷君は短いが、しっかりとした返事をした。

「なら、大丈夫でしょう」

 オレの言う事に山崎先輩が理解ができないといった顔をしている。

「精神系の魔法は今回ので同じ相手なら対処できると思います。もう一人は誰かが、もしくは他のみんなが対処してくれれば大丈夫ですよ」

「そう言える根拠は?」

 山崎先輩が眉を顰めて聞いてくる。

「じゃあ、師走田君に聞くけど、卯月谷君と戦ったら勝てそう?」

 行き成り話を振られた師走田君は驚いた顔をした。

「えっ、と。それは魔法のみでしょうか? それとも体術等を含めでしょうか?」

「実戦だとした時だよ」

「それならば勝てるかと……」

 魔法だけならあまり相性はいいとは言えないだろうけど、卯月谷君の場合体力がない。なら体力を削っていくような戦い方をすれば勝てるだろう。

「なら、やっぱり大丈夫ですよ」

 山崎先輩にそう告げると、山崎先輩は眉根を寄せた。

「魔法の質が同じでも全く同じ人間じゃないだろう。その場合勝てるとは限らない」

「戦いながら魔力解析をしてましたけど、魔法の精密性で言うと卯月谷君の方が上ですよ。体力は向こうの方が上のようですが、師走田君とかなら圧倒的に体力値は上です。それなら十分勝算はあると思いますよ」

 そう言っても山崎先輩は納得していないようだ。

「……もし、卯月谷静海の方をどうにかできたとして、お前だけでもう一人の方をどうにかできる根拠は?」

「向こうは精神系の魔法が使えるって言っても、あれ以上の能力は使えないみたいですよ。精神系の魔法にも効果の強弱がありますが、あれは弱い方ですね」

「何故そう言える?」

 山崎先輩の目が光る。

「オレが食らったのは説明した通り、ノイズと視界の歪みと頭痛です。段階としては弱いものになります。強いものとなれば一瞬にして精神破壊されたり、場合によっては死にます。彼女にはそこまで強いものは扱えませんよ」

「何故断言できる?」

 山崎先輩の瞳はオレをしっかりと捕らえたままだった。

「何故って、魔力残滓が残ってたんで、それを解析したからですよ。使えてもそのくらいまでです。強いて言うなら他人の深層までは覗けるようですが、そこから攻撃とかは仕掛けられないようです」

 その言葉に山崎先輩は開いた口が塞がらないといったようだった。


 暫く顔を下に向け、何かを考えているようだった。

「……お前なぁ。体調万全でもない癖に何やってんだ?」

「何って……。だって魔力残滓なんてずっと残ってるわけじゃないんですから早めに解析しないとできなくなるじゃないですか」

「普通それで解析できるか?」

「何言ってるんですか。オレの得意分野は先輩も知ってるでしょ? オレの一番得意なのは解析ですよ。このくらい魔力コントロールができなくてもできますよ」

 オレのこの言葉に山崎先輩は大きな溜め息を吐いた。

「……なんで溜め息吐くんですか?」

 口を尖らせながら聞くと、山崎先輩は首を振った。

「いや、俺がお前を少しでも普通の人間と同じように考えてたのが馬鹿だった」

「むっ、人を異常みたいに言わないでくださいよ」

「その通りだろ? 普通は魔力が安定してない時にそんな事はしないよ。つーか、相手の能力が分かってもまた食らう可能性はあるんだろ? 魔法具を使ったからって万全とも限らない。卯月谷静海の方だってそうだ。魔法具を纏ってたようじゃないか。もしあれより改良されたのを身に着けてたらどうする?」

 案外真っ当な事を聞いてくる山崎先輩に先程まで抱いていた小さな怒りはどこかに行ってしまった。

「魔法具は十中八九改良されるでしょうね。それでも万能ではないですよ。魔法相殺といっても全てではないんで、強い攻撃や魔法以外の攻撃をすれば通るはずですよ。

 少女の方はいざとなれば目を潰してしまえばいいんで問題ないです。目を介さなければいけないのは解析でも分かったので、魔力封じで捕らえられないのなら最終その手を使えばいいだけです」

 淡々と言うオレに山崎先輩は少し呆れた顔をしていた。

「……何か間違った事でも言ってますか?」

「いんや。昔は人に攻撃向けるのも躊躇ってたガキが今じゃこんな風に言えるようになっちまったんだなと思って」

 それはある意味仕方のない事だろう。慣れたとは言わないが、何かを守るのなら必要な事だ。覚悟はとうの昔にした。

 それでも怖いと思う事がある自分はきっと弱いんだろうけど……。

「まあ、いいんじゃない? 何はともあれ、戦う方針はそれで決まってるんだから」

 道端先輩が口を挟んできた。

「でも、きっと違う能力を持った人達もいるでしょうね。その時は対策をその場で考えないといけなくなりますよ」

「それは各々その場で考えて戦うしかないわよ。それが戦闘よ。模擬でいくら戦っても、実戦は常にその時が勝負。いくら訓練して備えているつもりでも負けたら終わり。死なないようにするのは自分しかないんだから、悔いのないようにしないといけないのよ」

「……分かってますよ」

 それでも悔いはどこかしらであるかもしれない。死なないようにするしかない。

 それを怖いと思うのはきっと自分だけじゃないんだろう。

 これ以上弱い背中を見せるわけにもいかない。もう少し努力しないとなぁ。


 結局、この後は道端先輩が雑談を始めて、みんなを巻き込んでいった。

 今日くらいは息抜きしてもいいでしょという道端先輩の言葉に、『今日も』の方が正しいのではないかと思ったが黙っている事にした。

 少しくらい楽しい時間があってもいいのかもしれない。少しくらい肩の力を抜く時間があっていいのかもしれない。

 これからの事を考えると、いつか大きな絶望を抱くかもしれない。辛く悲しい事が起こるかもしれない。

 だからこそ、今が壊れて欲しくない。

 束の間の休息。きっとそんな程度の物だろう。だけど、オレもそれに人心地をついたのだった。

ここで話の大きな区切りです。

それもあって、番外編にこれ前後の話をいくつか投稿する予定です。

興味のある方は番外編も読んでみていただければ幸いです。


本編はまだまだ続きます。

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