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侵入者

 勢いよく生徒会室を飛び出したオレは、少し歩いてから大きく溜め息を吐いた。

 うぅ。戻るにしても戻りにくい。どうせ戻ったらまた揶揄われるんだろう……。

 戻りたくないが、いずれ戻らないといけない。

 そんな葛藤をしながらオレは中庭まで歩いて行った。


 中庭に植えられている木々は雨で濡れて青々としていた。

 土の濡れる匂いと時折、ぴちゃんと音を立てる雨に癒される。

 さっきまで顔から火が出るかと思う程に顔が熱くなっていたが、風が頬を撫ぜ、熱を冷ましていく。

 大きく深呼吸をして中庭を見ていると、なんとなく違和感を感じた。

 よく分からず、目を凝らす。

 すると樹の下に、腰まで伸びる白い髪と血のように赤い目が印象的な少女が立っていた。

 さっきまで気配さえも感じなかったのに、その少女はそこにいた。

 雨が降っているのに全く濡れている様子はなかった。対物質の結界でも張っているんだろうか?

 この学校の生徒ではないのは明らかで、おそらく敵なのだろう。

 だが、敵意を感じない。それが逆に恐ろしい。

 雨に濡れない為に対物質の結界を張った。

 一歩、また一歩と近付くが、少女は逃げる様子はない。

 流石に行き成り女性を捕縛するのはオレも抵抗がある。それに報告を受けていないだけで政府派の人間なら大変な事になる。

 だからオレは意を決して声を掛けた。

「君は何者だ?」

 毅然とした態度で尋ねると、少女はオレの方をゆっくりと見て目をぱちくりとさせた。

「君、私が見えてるのォ?」

 その質問の意図は分からなかったが、背筋が凍りそうになった。

「フフフ、見えてるんだァ。すご~い」

 遠目からではオレと同じくらいの年に見えたが、声はもう少し幼い印象を受けた。

「でも、今日は遊んじゃダメなんだァ。だからまた今度遊ぼうねェ?」

「何を言って……」

 捕縛魔法を掛けようとした瞬間に強い風が吹き荒れた。その瞬間に右の頬にピリッと痛みが走った。

「君にはこれがお似合いかなァ? また会いに来るねェ。バイバイ」

 捕縛魔法を放ったが、弾かれ、少女は風とともに姿を消した。

 一体何者なんだ?

 足元にはお似合いかなと言われた瞬間に投げられたカードが残っていた。

 裏面を向いていたカードを拾い上げた。

 スペードのジャック?

 追跡魔法や探査魔法をかけたが何も分からなかった。

 分かるのはただ取り逃したという事だ。

 失態に舌打ちをする。

 苛立ちながらオレは生徒会室に戻った。

 途中すれ違う生徒たちが小さな悲鳴を上げ、廊下の端によるのが見えたが構っている暇などなかった。


 生徒会室の前に着き、大きく息を吐いた。

 三度ノックをするが中からは返事がなかった。そのままオレは扉を開けた。

「失礼いたします」

 それだけを言って中に入ると、さっきまで雑談でもしていたんだろう少し和やかな空気が漂っていたが、一瞬にしてピリッとした空気に変わった。

「西雲どうした? 何かあったか?」

 オレを見た瞬間に山崎先輩はそう聞いてきた。

「侵入者を取り逃しました」

 オレの言葉に山崎先輩の眉がピクリと動く。

「侵入者?」

「ええ。白髪で赤い目をした女性でした。外観的な年齢はオレと同じくらいに見えました。捕縛魔法を放ったのですが、弾かれました」

 捕縛魔法を弾かれる事なんて滅多にない。それについては山崎先輩も分かっていたんだろう。大きく目を見開いていた。

「そして、その人が残したのがこれです」

 先ほど拾ったトランプを山崎先輩に渡した。

「トランプ?」

「はい。『君にはそれがお似合いかな』と言われ、足元に投げられました」

「……他に何か言っていたか」

「最初、見つけて声を掛けた時に『見えてるの?』と尋ねられました」

 その言葉に山崎先輩は眉を寄せた。

「どういう事だ?」

「オレも最初見えなかったんで、認識阻害魔法でも使っていたんでしょう。目を凝らしてやっと見えたんで……」

「そうか……。他は?」

「『今日は遊んじゃダメ』あとは『また会いに来る』そう言っていました」

 それを言うと山崎先輩は腕組みをして何か考え始めた。

「追跡魔法とかは使ったの?」

 今度は道端先輩が質問してきた。

「ええ、追跡魔法も探査魔法を使いました。でも、何もなかったように何も分からなかったんです」

「どういう事?」

「言葉の通りです。追跡しようとしても対象者がいない、探査にしても同様です」

「侵入者は本当にいたのよね? その頬の傷はその時のもの?」

 そう言われて右の頬を触った。すると血がべっとりとついた。

「その人が消える時に風が吹き荒れていたんで。その時に微かに痛みはあったんですが……」

 流石にこんなに血が出ていると思わなかった。

「治さないの?」

 道端先輩は顔を歪めてオレの傷を見ていた。

「魔力残滓を追えるかと思ったんですが……」

「できそう?」

「無理ですね。本来魔法を使用したのなら残滓が残るはずです。それに魔法による攻撃は受けない体質なので、おそらく本物の風なんでしょうね」

「でも、風でそんなに切れる?」

 普通ではありえない。自分の手についた血をじっと見つめた。

「風だけだとは思ったんですけどね。他は周囲に何もなかったんで」

 何が原因かも読み取れない。イライラする。

「まあ、いいわ。あんたはその傷治すなりしなさい。私は軍の方に報告に行ってくる」

 道端先輩はそう言うと、転移魔法でその場を離れた。

「じゃあ、俺は見張りを見てくる。正体を見ていたらやられてる可能性もあるからな」

 そう言って山崎先輩は生徒会室を出ていった。

 オレは言われた通り傷に治癒魔法をかけ、治した。


 一体何者なんだ? 何故最初見えなかった? 違和感の正体はなんだ? トランプの意味は? またと言っていたが、次はいつ現れる気だ? 相手の能力は?

 色々と頭の中でぐるぐると考える。

 なかなか答えも出ずに考え込んでいると眉間を押された。

 一体なんだと思って見ると会長だった。

「……なんですか?」

「すっごく眉間に皺寄ってるよ? すっごく怖い顔になってる」

 放って置いてくださいと言おうとしたが、言う前に会長が続けて口を開いた。

「葉月ちゃんって考え事すると黙って、眉間にこう皺がぎゅっと寄る癖あるって気付いてる?」

 それは知らなかった。

 会長の手を退け、自分で眉間を擦る。

「何を考えてるの? 一人で考えるより、みんなで考えた方がいい案出るかもしれないよ?」

 その言葉に虚をつかれた。

 今まで一人で考える事しかしてこなかったから大勢で考えるなんて思い付きすらしなかった。でも……。

「考えが纏まっていないんであまり上手く言葉にはならないと思いますよ?」

「でも、一人で考えても埒が明かないんなら他の人の力も借りた方がいいよ」

「そう、ですかね……」

「そうだよ!」

 会長は強くそう言ってホワイトボードをみんなから見える位置に移動した。

「取り敢えず、葉月ちゃんが疑問に思ってる事書いていこ」

「……分かりました」

 オレはいいが、みんなもそれでいんだろうかと思い回りを見ると、みんなオレの方を向いて真剣な目をしていた。

「葉月ちゃんが考えてるのって、取り敢えず侵入者の事だよね?」

「ええ、そうです。何者なのか……おそらく反政府派の人間でしょうけど……」

 オレが言うと会長が箇条書きでホワイトボードに書き出した。

「最初は気付かず、なんとなく違和感を感じたんです。それで目を凝らすとその人がいて……。おそらく認識阻害系の魔法なんでしょうけど、その場合オレが視力を補う為に使っている魔法で最初から分かるはずなのに分からなかった。どういう仕組みで、見えなくしているのか見当がつかなくて……」

「西雲君のその視力を補う為に使ってる魔法って認識阻害魔法を使っても相手が見えるの?」

 そう聞いてきたのは水無月さんだった。

「うん。認識阻害魔法っていうのが直接目で見ているものだけを視覚的に阻害する魔法だから、視覚に頼っていないこの魔法だと見えるんだ。視力の代わりに感覚で補ってるって言った方が近いのかな? オレも上手く説明できないんだけど……」

 情報を得る器官が異なるからというものだけど、どう説明したらいいのかが分からない。

「あれかしら。盲目の人が機械とかを付けて直接脳で視覚を得る事ができるっていうのを魔法でやってるのかしら?」

「そうだね。それが一番近いかも」

 複雑な魔法だから使いこなすのも説明するのも本当は難しい。それでも近いものを挙げられるだけの知識が水無月さんにはあるんだろう。

「ん~と。他には疑問はない?」

 水無月さんと話していると会長はあまり面白くなさそうな顔をして、会話が途切れたところを見計らって声を掛けてきた。

「いえ。他は山崎先輩に渡してしまいましたが、あのトランプの意味とか」

「えっと、何のカードだった?」

「スペードのジャックです」

 すぐに渡してしまったから見たのはオレと山崎先輩くらいだろう。

「他は?」

「またと言っていたのがいつなのか。あとは相手の能力ですね。考えていても見当がつかないとは思うんですけどね」

 実際その時にならないといつ来るなんて分かるはずもない。相手の能力だって真面に対峙しないと分かるわけがない。予測にしてもできる範囲は限られてる。

「取り敢えずこのくらいかな?」

 会長がホワイトボードに書き終え、聞いてくる。

「ええ。そうですね」

 今の範囲で考えられるとしてもトランプの意味くらいか? いや、相手が認識阻害魔法を使っていたとしたら侵入経路には魔法残滓が残っているかも……。でも、侵入経路が分かったからといって何が他に分かるだろう?

 また一人で考え始めると勢いよく生徒会室の扉が開いた。

 入ってきたのは山崎先輩だった。この上ない程険しい顔をしている。

「何かおっしゃっていましたか?」

「いや、気付かなかったとさ」

 それもそうだろう。オレですら違和感からやっと見つける事のできた侵入者だ。

 それに気付いていたら入られる前に止められてるだろう。

「そう言えば、山崎先輩は見張りとおっしゃっていましたが、どなたの事なのですか?」

 そんな人がいたのだろうかと言ったように神在さんが尋ねる。

「みんな気付いてなかった?」

 オレがそう言うと、会長以外が首を横に振った。

 その様子に溜め息が零れた。

「山崎先輩達が来られるって連絡があった辺りから軍の方が警護に立って敵の侵入を防いでくれていたんだよ。ここ最近、オレ達が戦う事なく訓練できたのは軍の方々のおかげだよ」

 その事実を知ったみんなは目を丸くしていた。

「今の今まで気づかないとはな。ホントに呑気なもんだな。まあ、あいつらも今回ばかりは腑抜けでしかなかったがな」

 山崎先輩が不機嫌を顕わにする。

「でも、山崎先輩も今回の侵入者は気付きませんでしたよね? 敷地内でしたが……」

 痛いところを突くと山崎先輩は低く唸った。

「……それを言うと如月もだろう。結界張ってるくせに分からなかったんだからな」

「むぅ。私が張ってるのは侵入防止のじゃないんですよ。学校には先生や生徒以外にも出入りがあるんです。いちいち誰が出入りしたとか分かるわけないじゃないですか。知らない人って言っても反政府派の人とは限らないんですよ」

 会長の言う事は尤もで、山崎先輩は押し黙った。

 すると、山崎先輩の携帯電話が鳴った。

「はい。山崎です。ああ、道端か」

 相手は道端先輩のようで暫く何か話していると、最後に了解とだけ言って電話を切った。

「何かおっしゃってましたか?」

 オレが聞くと、先程までの不機嫌さはもうどこかに行ってしまった山崎先輩が答えた。

「ああ。道端はまだ向こうである事があるらしく、戻ってくるのに時間は掛かるが、追跡が得意な奴をこっちに送るってさ」

 山崎先輩がそう言い終わると同時に一人の男性が現れた。

 その人は山崎先輩に敬礼をし、山崎先輩も敬礼を返した。

「よく来てくれたな。木瀬」

「お久方ぶりです。山崎さん」

 お互い軽く挨拶をする。すると木瀬さんはオレ達の方を向いた。

「行き成りお邪魔して大変申し訳ございません。政府軍に所属しております木瀬と申します」

 そう言ってオレ達にも敬礼をした。

「初めまして木瀬さん。私は如月魔法学校の会長の如月です。ここにいる他の者は全員生徒会メンバーです」

 会長がそう簡潔に紹介した。

 木瀬さんは一度頷き、再度山崎先輩の方を向いた。

「それで、侵入者があったのはどこですか?」

「ああ、西雲案内してくれ」

「分かりました」

 そう言って、オレは山崎先輩と木瀬さんとともに生徒会室を後にした。

「こいつは生徒会副会長の西雲な。オレが在学中に鍛えた奴だ」

 山崎先輩が親指でオレを指しながらそう説明した。

「申し遅れました。生徒会副会長を務めさせていただいております、西雲です」

 軽く会釈すると、会釈だけで返された。

「木瀬は俺の一個下だ。こいつは追跡を主にしてるから一緒に仕事すんのは久々なんだよ。あんま喋んないけど、それが普通だから愛想悪くても気にすんな」

 山崎先輩は失礼な言い方をするが、木瀬さんは気にしていない様子だ。

「まあ、自己紹介に時間割いてる暇はないでしょうし、さっさと行きましょう」

「ええ、そうですね」

 山崎先輩は話し出すと話が長くなる事があるからオレがそう言うと木瀬さんも同意した。

 山崎先輩だけが少し拗ねたような顔をしていた。

 それを無視して中庭に移動した。


「あの樹の下にいました」

 木を指差して言うと、木瀬さんは樹の下に行き追跡魔法をかける。

「どうだ?」

「全く何も分かりませんね。本当に人がいたのか疑わしいくらいに」

 木瀬さんもオレと同じような事を思ったようだ。だが、いたのは事実だ。

「先輩、先程渡したトランプは?」

「ああ、そうだった」

 忘れていたというように言われてやっと取り出した。

「お借りします」

 そう言って木瀬さんがそれにも追跡魔法をかける。

「……君がここで拾ったのは分かりますが、その前が全くないですね。異常すぎる」

 木瀬さんもやっぱり同じだった。

「自分も追跡魔法も探査魔法も使いましたが同様の結果でした。ですが、実際に侵入者はいました」

「だが、これでは……」

 オレの見間違いというように思うだろう。このトランプの出所を除けばの話だが。

「そこで考えていたんですが……」

 オレがそう口を開くと二人はオレの方をじっと見た。

「もし相手が何らかの魔法を使用してここに侵入したのなら、魔法残滓が残っているはずです。それを追跡する事はできないでしょうか?」

 オレがまだ試していない方法を告げると、木瀬さんは魔法残滓を察知する魔法を使用した。

 侵入してきたであろう経路がキラキラと光りだした。

 それを追いかけようと一歩踏み出すと、山崎先輩がオレの前に腕を出してきた。

「お前は生徒会室に戻れ」

 山崎先輩はいつものような闊達な表情ではなく、厳しい軍人の顔をしていた。

「……分かりました」

 オレは山崎先輩に従い、生徒会室に戻った。


 生徒会室に戻ると一斉にみんなオレの方を見た。

「山崎先輩は?」

 尋ねてきたのは会長だった。

「木瀬さんと一緒に魔法残滓を追っていきました。戻ってくるのは少しかかるでしょうね」

「そう……。こっちは取りあえずトランプの意味だけでも考えてみようってなって考えてたところ」

「何か分かりました?」

 オレが時間を取られている間に調べてくれているのならありがたい。

「明確な意味はやっぱり分かんないんだけど……。まずトランプのスートの黒色って『夜』を意味するんだって。スペードは『剣』、『冬』、『騎士』それと『死』を意味するらしいの。ジャックは『家来』とか『召使』とかの意味があるらしいわ。

 意味を読み取ろうにも憶測でしかないし、それが正しいかなんてきっと本人にしか分からない。『お似合い』って言ったのなら厭味を含んでるのかもしれないし……」

「まあ、それだけの意味を聞いてもあまり良い印象はないですからね。

 追跡魔法をかけても誰にも繋がらない方が違和感は強いですし、トランプの意味合いが分かったとしてそれが何になるか……」

「追跡魔法って、さっきの軍の人でもダメだったの?」

「ええ、だからこそ異常と言っていました」

 オレの言葉に何人かが首を傾けた。

「オレが触れるより前がないって事は、オレが一瞬にして作り上げた以外ありえないって事。それも魔法を使わずにね。そんな事できるはずがない。だから異常なんだよ」

 その説明でやっと全員が理解できたようだ。

 しかし、本当に分からない事だらけだ。

 ホワイトボードを見つめ、思考を巡らせていると扉が開いた。

 入ってきたのは山崎先輩と木瀬さんだった。

「おかえりなさい。何か分かりましたか?」

 オレが説明すると木瀬さんが口を開いた。

「どこから来たのかは分かりませんでした。けれど、学校の近くで認識阻害魔法をかけたようで辛うじて姿は分かりました」

 木瀬さんはそう言うと探った相手の姿を映し出した。

「この少女で間違いありませんか」

「間違いないです」

 そう答えて映像をじっと見る。

 遠くで誰かが何か言っている声が聞こえるが、何かが分かりそうだったので無視をした。

 なんだ? 何か知っているものがこの中にある……。

 暫く考えていると、ふと思い出したものがあり、慌てて空間魔法で一冊の本を取り出した。

 かなり分厚く、持っているのが大変だったので机の上にドンッと音を立ててから置き、そしてページを捲っていく。

「……あった」

「何があったんだ?」

 山崎先輩が尋ねてきた。

「あの人の来ている服の裾にある模様がなんとなく見覚えがあると思ったら魔法陣です。この補助系の魔法陣です。おそらく袖口の模様もそうでしょう」

 魔法陣は円を成せば効力を発揮する。複雑なものもあるが、補助的な効果の物はわりと簡略化されていて、物によっては一筆書きできるようなものもある。

「魔法陣って事はこの服自体が魔法具って事?」

 水無月さんがほぼほぼ確信を持ちながら聞いてくる。

「そう。陣が描かれていたらそれは魔法具と同等のものになる。そして、これだけ大きなものを持っているとなるとかなりの魔力の持ち主だろう」

 魔法具は魔法を使えない人でも持てる物はある。それでも小さい物で一個が限界だ。

 魔力を持っていたら、その魔力に応じて持てる数は変わってくる。

けど、服のように大きなものはかなりの魔力を要する。その服に複数の魔法陣を描いているのなら尚の事だ。

「じゃあ、この服の出所が分かれば誰かは分かるって事か?」

 山崎先輩はそう聞いてくるが、オレは首を横に振った。

「服に魔法陣を描く事はほぼありません。それに複数となれば尚の事です。おそらくこれは違法品です」

 魔法具は許可なく作成する事は禁じられている。

 魔法学校なら学校の活動内で可能だが、販売の場合国の許可を得て取り扱われる。作成も同様だ。

「違法品なら警察の管轄だな……。しかし補助系って何を補助してんだ?」

「今回の魔法陣なら自身の能力を高めるものですね。『見える』と思っていなかったという事は視覚に関するもの……認識もしくは視覚情報の類でしょうけど……」

「う~ん。特定するのは難しそうだな」

 山崎先輩は考えるのが苦手だからか諦めモードに入っている。オレは再び本に目を落とした。

「西雲君は何か思いつくものは他にありますか?」

 少し上の方から声が降ってきて、見上げると木瀬さんがいた。

「えっと……。補助系、能力強化系の魔法陣である事には間違いないとは思うんです。ただ、魔法具なら多少なりとも波長がある。それが感じられなかった。それはその少女を追跡できなかった事にも繋がるのかも……。それに腕に着けている装飾具も魔法具ならもしかしたらそういった特殊な効果があるのかもしれません。

 十中八九、高度な技術の魔法具士がいるという事でしょう。それなら無名だった人間というよりは……」

 これ以上話すのは少し躊躇われた。オレの言葉を引き継ぐように木瀬さんが話し出した。

「どこか名のある家の人間が反政府軍に加担している可能性があるという事ですか。考えられなくはありませんね。しかし波長が感じられないとなるとただの衣服の可能性があるのでは?」

「ただの衣服の場合縫い目とかで陣が切れて、態と模様をずらしているはずです。でも、その映像を見る限り縫い目はないので魔法陣としての効力は発揮しているでしょう。つまり、それだけの腕のある魔法具士の作成したものと考えた方がいいかと……」

 模様だけならおしゃれといって衣類に使われる事があるが、使うには条件がある。

 その条件が円を描く構造にしない事だ。途切れていたり、違う模様に変化させていけば効力はなくなって、ただの模様になる。

 今回はそれに当てはまらないという事は魔法陣として効果を持っているものだ。

「しかし君はよく模様だけで魔法陣と気付けましたね。ほとんどの人が見逃すと思いますよ」

「なんとなく違和感があったので……。でも、これだけじゃない気がするんです……」

 何がどう違和感なのかが自分にもこれ以上は分からない。

「では、君なりの解釈で構いません。あの少女の得意とする魔法はなんだと思いますか?」

「先ほども言いましたが、視覚系でしょうね」

「具体的には?」

 具体的……それはこの情報量では断定できない。けど、一番当たって欲しくないものがある。

「飽く迄も自分的には当たって欲しくない能力を挙げればよろしいでしょうか?」

「ええ。最悪の事態を想定しておいた方がいいでしょうから」

 先ほどから感情の起伏を見せない木瀬さんが淡々と告げる。

「……視覚を通じた精神系の能力」

「つまり精神破壊や洗脳をする、という事でしょうか?」

「ええ。ああいった能力を使う人間は話口調が若干独特なんで……。その少女も話し方というか語尾が少し機械的な高音が混じった話し方をしていたんで精神系の能力を使う可能性はあるかと……」

 もちろんそれだけで決めつけられはしない。それに当たって欲しくない能力を挙げただけだ。

 でも、それを言葉にした途端しっくりきた。おそらくそうなんだろう。

「取り敢えずその見解も含め上には報告させていただきます」

 木瀬さんはそう言うと姿を消した。

「精神系だと厄介だな。まあ、いい。取り敢えずお前らは暫くこの件に関してはこれ以上深追いすんな」

 山崎先輩はそう言うと、ホワイトボードに書かれた文字を消し始めた。

「深追いって……けれど、また来る可能性は高いですよね?」

 オレが尋ねるが山崎先輩はそれに関して答えなかった。

 山崎先輩はホワイトボードに書かれた文字を綺麗に消し終わってからオレ達の方を向いた。

「お前らはこの件はもう触れんな。で、試験勉強でもしてろ。いいな」

 それは拒否権などないと言ったように強い言葉だった。

 みんな頷きはしなかったが、この件に関しては手を引く以外なさそうだった。

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