変化
夢中になって説明していると、背後から気配が近付いてきた。
咄嗟に避けると、山崎先輩が拳を床に叩きつけていた。
「……何、してるんですか?」
「お前が呼んでも気付かず説明してるから殴ろうとしただけだ」
だからと言って殴る必要性はどこにある?
「気付かなくてすみません。何か用ですか?」
「何か用って……時計見ろ。いい加減、昼休憩くらい取れ」
そう言われ、時計に目を遣るともう昼休みになっていた。
「ああ、もうこんな時間なんですね。夢中になり過ぎました」
昔からの悪い癖だ。集中すると時間を忘れてしまう。
「まったくお前は相変わらずだな」
溜め息を吐かれてしまった。
「今まであまり支障がなかったんで……。まあ、今後気を付けておきますよ」
人を巻き込むのなら良くないと思い、これでも反省はしている。
「じゃあ、昼食に向かいますか?」
「ああ、全員行くぞ」
山崎先輩の後ろには他のメンバーもいて、またみんなでぞろぞろと食堂へ向かった。
食事の量は昨日と同じ量だ。
だが、魔力循環をできるようになった人達は昨日より食べるのが楽だったようだ。
師走田君と長月君はわりと余裕で食べきり、神在さんと水無月さんは完食こそ難しかったようだが、かなり食べられる量が増えていた。
佐々山君もかなり頑張ったようで、昨日に比べたらかなり食べられるようになっていた。
卯月谷君は相変わらずのようだったけど……。
そんなみんなを霜月君は茫然と見ていた。
「霜月君、口開きっぱなしだけど大丈夫?」
オレがそう聞くと、ギギギという音が響きそうな感じで首をオレの方に向けてきた。
「一体何しやがったんだ?」
「何が?」
首を傾げ尋ねると睨み付けられた。
「何がって、外の訓練でも動きは変わってるし、食事の量だって、なんで一日でこんな変わんだよ⁉ テメェがなんかしたんだろ?」
「何かって、ただ単にみんな魔力循環を覚えただけだよ。まだ完全にはマスターできていないかもしれないけど、それでも十分効果が目に見えているみたいだね」
外の訓練の様子を見ていないから詳しく分からないけど、みんなの扱える魔力量が増えたのは確かだ。動き方が変わっても何の驚きもない。
「俺は教わってねぇ。俺にも教えろ」
その言葉にオレは溜め息を吐いた。
「人にものを頼む態度じゃないね」
そう言ってお茶を啜ると、霜月君はプルプルと震えた。
「お、教えて、下さい……お願い、します」
嫌そうに絞り出される声を聞きながらオレは湯飲みをテーブルに置いた。
「いいよ。別に教える気がないわけではないからね」
さてと言ってオレは立ち上がった。
「今日は食べきれなかった分は容器に移してもらおうか? 食べないと体は作れないからね」
「だな。容器もらってくるわ」
そう言って動いてくれたのは山崎先輩だ。
食べきれなかった人は食べきるまで生徒会室で食べる事となり、他の人はグラウンドに移動した。
「じゃあ、魔力循環を覚えようか」
霜月君に話し掛けると、おうとだけ返ってきた。
まあ、良い返事とは言えないがいいかと思って、手を掴もうとすると手を振り払われてしまった。
「テメェ、行き成り何しようとしてんだ」
訝しげに見てくる霜月君に対し、オレは首を傾げた。
「だって、実際やってみた方が早いでしょ? オレが魔力送るからそれが分かるかどうかがスタート時点だよ。分かんなかったら魔力感受性を上げないといけないからね」
霜月君は舌打ちをしてから手を差し出してきた。
「じゃあ、魔力を送るから分かるかどうか答えてね」
ゆっくりと魔力を送るとなんとなく感じ取れたのか、霜月君は何かぼそりと呟いた。
「じゃあ、オレが送った魔力を自分の魔力に変換してみて?」
「は? どうやんだよ?」
「いつも食事とかからエネルギーを得て、魔力に変換してるでしょ? それと同じだよ」
「んなもん、無意識でやってんだ。分かるわけねぇよ」
ぶつくさと文句を言う霜月君に少しイラっとして、手を強く握る。
「文句はいいから。普段無意識でやってるなら無意識でできるはずだよ。ただ単にエネルギーを魔力へ変換するだけだ。できない?」
少し挑発するように言うと霜月君は顔を赤くした。
「は? できねぇわけねぇだろ? やってやろうじゃねぇか」
簡単に挑発に乗った霜月君は魔力変換を試みる。
案外才能はあるらしく魔力が変換されたのが分かった。本人もできたのが分かったらしく、煽るような声で簡単じゃんと言ってきた。
「じゃあ、次は魔力を貯蔵するんだ」
「は?」
「自分の中で魔力を貯めやすい場所があるだろうから、そこを探して貯めていって。最終的には意識せずにそこに魔力を貯めて、必要な時に取り出せるようになれば魔力循環はマスターしたって言える。最初は難しいかもね」
少しばかり厭味に聞こえるように言いながら手を放すと、霜月君は怒りを孕んだ目で睨んできた。
「舐めてんじゃねぇよ。そっこーでマスターしてやるよ」
「それは楽しみだ。頑張って」
霜月君の場合、簡単な事や他の人はできるといった事を口に出したら負けん気が強い所為か、俺だってできるといったように挑戦し始める。
試行錯誤したとしても必ず成し遂げる。これは彼にとって良い所でもあり、悪い所でもある。
敵の口車に乗せられなければいいんだけど……。
霜月君の事は取り換えず彼自身に任せるとして、グラウンドを見回した。
走っている長月君と師走田君を見ると、確かに動きがより機敏になっていた。
途中、道端先輩が攻撃しているが難なく避けている。
「魔力循環覚えるだけで大部と変わるもんだな」
いつの間にか後ろに立っていた山崎先輩に声を掛けられた。
「元々才能があるのもあって生徒会に選ばれているメンバーですからね。力の使い方を覚えるっていうのはそれだけ大切って事ですね。ここまで変わるとは思ってもみませんでしたけど……」
オレの場合、魔力循環をマスターするのもわりと時間が掛かったし、こんなにも飛躍的に能力が上がった覚えもない。
才能の差と言われたらそれまでだが、少し悔しい。
「こいつらの場合、鍛えたらより使えそうだな。それはそうと、治癒魔法の方はどうだ?」
「それなんですけどね。二人とも理解も覚えも良いんですよ。瀬野先輩が残してくださった本も凄く役立ってるんです。
理解が早いから質問してくるにしても的確な内容を聞いてくるんで、こっちとしても凄く教え甲斐があるんです」
思い出すだけで口角が上がる。その様子を山崎先輩は少し驚いた様子で見てきた。
「珍しいな、お前がそういう風なのは……。そういう表情は他の奴らにも見せてやったらどうだ?」
「えっ、どういう表情してます?」
自分ではよく分からず、頬を押さえる。
「嬉々として楽しそうだぞ」
「そ、そうですか?」
少し気恥しくなり、コホンと咳払いをした。
なるべくいつもの表情に戻そうとするが、実際自分の今の表情が分からない。
口を一文字に引き結び、一旦黙る事にした。
「お前はどうしてそうかなぁ」
山崎先輩は腕を組み、少し悩んだような声でそう言った。
何がだろうと思っていると、神在さんと水無月さんがやって来た。
「二人とも食べ終わったんだ?」
「ええ、佐々山君ももうすぐ来ると思うわ。卯月谷君は全然箸が進んでなかったけど……」
そう返したのは水無月さんだった。
卯月谷君は少し予想してはいたが、やはり見張りが必要なようだ。
「西雲君、少しいい?」
「何?」
水無月さんは自分から話し掛けてきたにも関わらず、少し目が泳いでいた。
「あ、あの……。生徒会室に置いてあるあの本、借りるって可能かしら?」
水無月さんは勇気を振り絞ったようだったが、あまりにも意外な質問で虚を突かれた。
「えっ、本? 瀬野先輩が残していったやつ?」
「そう。少し読ませてもらったんだけど、凄く詳しく書かれていて、現存する医学書より詳しく書かれているんじゃないかっていうような物もあって凄く魅力的なのよ。
水無月は本の関連の家だから、見た事のない書籍には目がないの。だからできれば借りたいんだけど……」
今まで見た事のない熱量で話す水無月さんに圧倒されそうになった。けど……。
「生徒会室で読む分にはいいんだけど、あれを残していった先輩に勝手には持ち出すなって言われてるんだ。だから貸し出しはちょっと……」
「そう……。でも、生徒会室内なら自由に読んでもいいって事よね?」
「う、うん。それなら大丈夫だよ」
一瞬落ち込んだ水無月さんはすぐに立ち直り、確認を取ってきた。
勢いに押されるようにオレは返事をした。
オレの返事を聞いた水無月さんは本当に嬉しそうだった。
確かに瀬野先輩の残していった物は凄い。あれを一人で纏めたり、探してきていたというのだから本当に凄い。
実際、もう現存していないと言われているような本まであるのだからお宝と言えばお宝だ。
「じゃあ、オレは生徒会室に戻るよ」
「まだあの子達も食べてたわよ?」
小躍りしそうな勢いだった水無月さんは冷静さを取り戻し、淡々と声を掛けてきた。
「大丈夫。食べながらでも説明はできるし、卯月谷君は見張ってないと食べないだろうからね」
それを言うと水無月さんは納得したようだ。
生徒会室に戻ると、卯月谷君はソファーで横になっていた。
「コラ! 卯月谷君。横にならずにさっさと食事を済ませる!」
オレが声を掛けると、卯月谷君は慌てて飛び起きた。
「君は貧血も起こしやすいんだ。しっかり食事を取らないと体がもたないのは君が一番分かってるはずだよ。ほら、さっさと食べて」
そう言うと卯月谷君は渋々と食べ始めた。だが、すぐに手が止まる。
「休み休みでもいいから食べてよ。食べないと体は作れない。それは君だって分かってるでしょ?」
溜め息を吐いてからそう言うと、卯月谷君は箸を置いた。
「あんたには分からないよ」
ぼそりと呟かれた声が微かにオレの耳に届いた。
「え?」
「あんたには分からない。ボクはこんなに食事を取るなんて許されない。食べちゃダメなんだ」
「一体どういう事?」
分からないから尋ねたのだが、卯月谷君は「ダメなんだよ。ダメなんだ……」そう言いながらフードをぎゅっと掴んだ。
自分の言葉でこうなったのは分かるが、どうしたらいいのか焦っていると、いつの間にか生徒会室に会長が入ってきていた。
「卯月谷君、どうしたの?」
「いや、それが……」
経緯を話すと、会長は卯月谷君の側に寄り、彼の耳元で何かを囁いた。
フードの所為で表情は分からなかったが、きっと衝撃的な事を聞かされたんだろう。
卯月谷君はピタリと固まっていた。
そんな卯月谷君を見て会長はにっこりと笑った。
「ほら、食べないと終わらないよ? これもお仕事、お仕事」
会長がそう言って食べる事を促すと。卯月谷君はビクリと体を揺らし、食事を再開した。
「すみません。お手を煩わせてしまいました」
「いいの、いいの。このくらい大した事ないし」
「そう、ですか?」
大した事がないのなら、一体何を小声で言ったのだろう。
最近、会長がよく分からない。
一緒にいた時間は長いはずなのに、見た事のない表情を偶に見せたりする会長が知らない人のように思えてしまう。
「葉月ちゃん、唯ちゃん達は放って置いていいの?」
そう言われてハッと思い出した。
「睦月野さん、白縫さん。食べながらでも治癒魔法について説明してもいいかな?」
まだ食事をしている二人にそう聞くと、二人は顔を見合わせた。
「あの。よろしければ私達にも魔力循環を教えていただけませんか?」
そう言ってきたのは睦月野さんだった。
「いいけど……。二人とも他の人への説明聞いていたから各自でできるようになるかなって思うけど」
「それでも説明があるのとないのとでは違います」
「じゃあ、説明するけど、魔力の受け渡しは二人でやってみる?」
オレの提案を飲むように二人は箸を置き、互いに向かい合った。
「取り敢えず手を繋いだ方がやりやすいと思うから手を繋いで。で、魔力を相手に送るんだけど、やり方分かる?」
二人とも分からないようで首を横に振った。
「攻撃よりは治癒魔法を相手にかける方が感覚として近いかな。手を通して自分の魔力を相手に少量流していくんだ」
そう言うと二人ともイメージをしやすいように目を閉じた。
上手くいったようで二人とも目を開けた。
「わぁ。温かい」
そう声を上げたのは白縫さんだった。睦月野さんも感覚が分かったのか、少し嬉しそうな顔をしていた。
「じゃあ、送られてくる魔力を自分の魔力に変換してみようか?」
他の人達に話していたからなんとなくイメージもついていたようで、二人の魔力が高まっていくのが分かった。
「じゃあ、あとは貯蔵や循環ができれば大丈夫だよ」
そう言うと二人とも上手くできたらしく、互いを見て頷いていた。
「ありがとうございます」
二人はほぼ同時にお礼を言ってきた。
「どういたしまして。じゃあ、治癒魔法についての説明始めようか。食べながらでいいから聞いててね」
その日はグラウンドで訓練していた人が戻ってくるまで説明を続けた。
オレは数日間二人に治癒魔法を教える日々が続き、二人は軽傷から中傷の人なら治す事ができるようになっていた。




