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魔力循環

 翌日、オレは紙袋を携え登校した。

 生徒会室は誰もおらず、オレは持ってきた紙袋を自分の机の上に置いた。

 特に仕事が溜まっているわけでもないから、オレは図書室に向かった。

 図書室にはかなりの数の蔵書がある。

 新刊も次々増えていくから、オレも全てを読み切れていない時もある。

「あら、西雲君。この時間に珍しいわね。新刊目当て?」

 司書の先生に声を掛けられた。

「おはようございます。少し生徒会の関係で借りたい本があったので。新刊も魅力的なんですけどね」

 本当は新刊を借りてじっくり読みたいが、それよりは生徒会優先だ。

「そう。目当ての本は見つかりそう?」

「ええ。大丈夫です」

 オレはそう言って『簡単! 誰でもできる治癒魔法の基礎』という本を探した。

 どの本がどこにあるのかも大体は把握している。だから見つけるのに苦労はしなかった。

「これお願いします」

 カウンターで貸し出しの手続きをお願いした。

「あら、こんな基本な本を借りていくの?」

「ええ。少し必要だと思う人がいるので」

 これでも読んで勉強してもらった方がいいだろう。少しでも役に立てばいいんだけど……。

「ふふ。人の為にっていうのが君らしい行動ね。生徒達は気付いていない子の方が多いけど、君の行動は人の為が多いものね」

「そんな事ないですよ」

 あまり言われ慣れない言葉に少し恥ずかしくなる。

 手続きが終わるとオレはすぐに図書室を出た。


 生徒会室に戻ろうとする途中、会長に声を掛けられた。

「おはよう、葉月ちゃん」

「おはようございます」

「どこか寄ってたの?」

「ええ、図書室に。会長、図書室の本ですが、これでも少しは役に立つと思うので……」

 そう言って先ほど借りた本を手渡す。

「『簡単! 誰でもできる治癒魔法の基礎』? 唯ちゃん達に読ますの?」

「違います。何の為に会長に渡したと思うんですか? 昨日頑張るって言ったのは会長でしょう?」

「えっ、私の為に借りてきてくれたの? 葉月ちゃん優し~い」

「別に優しくないです。取り敢えず基礎から学んでください。……その本、わりと分かりやすく書いてあるんで」

 つっけんどんに言うと、会長はふわりと微笑んだ。

「ありがとう、葉月ちゃん」

「別に……」

 少し頬の辺りが熱くなるのを感じながらそっぽを向いた。

 そして、ふっと思い出した事を聞いた。

「そういえば、会長。昨日、理事長に尋ねると言っていたのはどうなりました?」

 本当は昨日のうちに確認しておきたかったが、すっかり忘れてしまっていた。

「ああ、お祖父様に電話した件ね。お祖父様も少し確認したい事があるから時間が欲しいって言っていたわ。だから返事待ちかな」

「そうですか。道端先輩もあの後何も言ってこなかったんで、あまり進展はなかったんでしょうね」

「ええ。情報不足って怖い事この上ないわね。すぐに何か起こったりしなければいいんだけど……」

 会長も少し不安そうな顔をしている。こんな時に大丈夫なんて無責任な事は言えない。

「オレ達はオレ達にできる事をしましょう。今はそれしかありませんから」

「そうね。そうだ。みんな走り込みとかしてるけど、葉月ちゃんはどうする?」

 話題を変えるように会長は明るい声で尋ねてきた。

「オレは治癒魔法の教材をもう少し揃えたいので、生徒会室に行ってます」

「ああ、瀬野先輩の残していった資料引っ張り出すの?」

「ええ。あの人かなり色々な物を残していったんで」

 使える物は多いだろうが、出すのにかなりの労力が必要だ。

「手伝おうか?」

「いえ、いいです。力仕事になると思うんで、女性に手伝わせるわけにはいかないです」

 オレがそう言って断ると、会長はニマニマと笑った。

「……なんです?」

 半眼で聞くと何でもないと返された。

「じゃあ、私はみんなの様子見てくるね。ある程度したら唯ちゃん達に生徒会室行くよう伝えるね」

「お願いします」

 流石にオレも待ちぼうけを食らうのは嫌だ。呼んできてくれるのならありがたい。

 そうしてオレは生徒会室に戻り、先輩の残した物の捜索を開始した。


 出てきたのは解剖学の本や図説、人体模型まであった。

「ふぅ。このくらいあればいいかな?」

 額に浮かぶ汗を拭うと、ちょうど睦月野さんたちが来た。

 その後ろには水無月さん達もいた。いないのは霜月君と道端先輩だけだった。

 ああ、魔力循環も教えないといけないんだった……。

 ぞろぞろと入ってくるみんなを見て思案していると、会長に突かれた。

「どうしました?」

「何悩んでるの?」

 質問したオレに会長は質問で返してくる。

「どうしたものかと思いまして」

「この資料の山って事?」

 確かに資料は山のように積みあがっている。だが、これは二年間で全て目を通した量のほんの一部でしかない。

「まだ、少ない方だと思いますよ?」

「十分多いよ……。瀬野先輩目指してるの?」

「そんなつもりは……」

 ないと言いたかったが、会長がじとりと見てくるので言えなかった。

「葉月ちゃん、流石にこの量は多いよ」

「オレだって一遍にってつもりじゃないですよ。でも、繋がりがどれもあるから省くに省けなくて……」

 厳選したかったができなかった。

「生徒会室にこんな量が眠っていたの?」

 山になった資料をまじまじと見ながら水無月さんが言った。

「ああ、うん。卒業した先輩が残していった物なんだ。医学関連が多いかな。どれも興味深い物だよ」

 オレがそう言うと、へぇと言いながら水無月さんは一番上にあった本を手に取り、ページをパラパラと捲った。

「取り敢えず、睦月野さんと白縫さんにはどれでも好きな物を読んでおいてもらおうかな。で、他の人は魔力循環教えようかな?」

 そう言うと、睦月野さんと白縫さんは互いの目を見た後、目線を山に移していた。

 しばらく固まっていたが、徐に一冊ずつ取って読み始めた。

 他の人はオレの周りに集まってきた。一番近い位置にいたのは水無月さんだった。

「えっと、霜月君と道端先輩は来てないけど、いいのかな?」

 オレの質問に答えたのは会長だった。

「二人はグラウンドで訓練してるよ」

「そうですか……。じゃあ、このメンバーで始めようか」

 とは言ったもののどうしたものか……。

「山崎先輩は昨日どう説明したんですか?」

「どうって普通に……」

 オレの質問に山崎先輩はそう答えたが、水無月さんが間髪入れずに口を挟んだ。

「普通って何ですか? あんな擬音語ばっかりで分かるはずないじゃないですか」

 絶対零度の眼差しが山崎先輩を捕らえていた。

「実際なんて言ったんですか?」

「えっ、なんて言うか、あれだ。こう、魔力をグッと貯めて、それを体の中でぐるぐる回して、ガっと使えばいいだろって」

 オレは頭を押さえた。

「まあ、言わんとせん事は分かりました。でも、魔力循環自体が分かっていない人間にそれは酷いと思いますよ」

 感覚で生きているような人だからある意味仕方ないのかもしれないけど……。

「魔力循環っていうのが、基本的には自分の体の中にあるエネルギーを魔力に変換して、それを貯蔵、循環して、必要時に使用する事を言うんだ。それが上手くいっていないと無駄に流れていく魔力、使われていない魔力も増えてしまう。そうなると持って生まれた魔力量が強くても、扱える魔力量自体は減ってしまう。分かるかな?」

「意味合いは分かったけど、実際どうするのかが分からないのよ」

 方法を教えろと言わんばかりに水無月さんが詰め寄ってくる。

「えっと、オレの場合魔力を貯める場所をイメージで作り上げて、そこのエネルギーから魔力へ変換したものを貯めてるんだけど……空間魔法に近いかな。自分だけの空間を異次元に作って、必要時にそこから物質を取り出したりするっていう感じなんだけど」

 実際に空間魔法を出現させ、本を取り出して見せる。

「これを自分の魔力に置き換えるっていうのがオレのやってる方法。会長はどうです?」

 人によっていろんなパターンがあるから会長にも聞いてみた。

「う~んと。私の場合は自分の体の中で血液と同じように巡らせてるって感じかな。かなり高濃度の魔力を血液と一緒に循環させてるの」

 確かにそれも一つの手だ。

「山崎先輩はどこに魔力を貯蔵してますか?」

「俺か? 俺は筋肉だな」

 山崎先輩は上腕二頭筋を誇張させ答えた。

「まあ、貯蔵場所は人それぞれだけど、人によってできる場所できない場所はあるかな」

 そうは言ってもみんなどこに貯蔵したらいいか分からないようで首を捻っていた。

「えっと……。じゃあ、ちょっとごめんね」

 オレはそう言うと水無月さんの手を掴んだ。

「な、なに!」

 オレの行動に驚いた水無月さんはオレの手をバッと振り払った。

「オレが魔力流してみるからどこに特に巡るかとかを感覚で掴んで欲しいんだ。実践した方が早いでしょ?」

 オレの言い分に納得したのか、水無月さんは仕方ないといったように手を差し出してきた。

 そして、その手を掴み魔力を流す。

「魔力が流れてるのは分かる?」

「……なんとなく」

「ん、じゃあ。その魔力を自分の魔力に変換できる?」

「えっ、どうするの?」

 戸惑う水無月さんにオレはただ淡々と答えた。

「イメージだよ。魔力をいつも補う時はどうしてる? 食事や睡眠でも回復するでしょ? 自然とできているはずの事だよ。外部からのエネルギーを受け取って自分のエネルギーに変換する。ただそれだけだよ」

 オレの言葉に水無月さんは目を瞑った。

 少しするとオレが送る魔力が変換されるのを感じた。

「できたみたいだね。じゃあ、その魔力を体中に巡らせてみて? 特にどこに集まるかを意識して……」

 水無月さんは大人しく従うように意識を自分の内側に向けていく。すると何があったのか、水無月さんは自分の頭を押さえ、オレから距離を取った。

「なに、これ?」

「どうしたの?」

 頭を押さえながらよろける水無月さんに声を掛けると、キッと睨まれた。

「何で頭が痛くなるのよ。それに循環って言っても分からなわ」

 口元に手をやり、暫く考えてからオレは口を開いた。

「きっと水無月さんの場合、頭に魔力を貯蔵するんだろうね。行き成りだったからキャパオーバーだったのかも……。スムーズにできてたから大丈夫だと思ってたんだけど、ごめんね」

 オレが謝ると、水無月さんはオレから顔を逸らせた。

「……別に。行き成り頭痛がするなんて思っていなかったから驚いただけよ。こっちこそ、悪かったわね」

 そっぽを向きながらでも水無月さんは謝った。

「こっちは気にしてないよ。それより頭痛は大丈夫そう? 無理そうなら少し休んでて。行き成り慣れていない事をすると体もついていけないし」

「別に平気よ。これで魔力循環できるようになるんでしょ?」

「うん。これが意識せずにできるようになったらね。魔力を使うのだって普通に魔法を使えればできる事だから大丈夫だと思うし」

「そう。分かったわ」

 水無月さんはそれだけを言うと一人、生徒会室の隅の方に移動した。

「じゃあ、次、神在さんやってみようか?」

 次に近くにいた神在さんに声を掛けると、神在さんは真っ赤な顔をして慌てだした。

「わ、私ですか⁉」

「うん。嫌かな?」

「嫌なんてとんでもないです! 寧ろ……」

 寧ろ何だろうと思いながらもきっと問題はないんだろう。

 手を差し出してきたのでその手を掴んだ。

「さっき水無月さんがやっていたみたいにイメージしてみてくれるかな?」

「は、はい!」

 少し緊張しているのか上擦った声が聞こえた。

 それでもオレは魔力を流した。

「魔力は感じ取れそう?」

「は、はい。分かります!」

「じゃあ、自分の魔力に変換していって?」

「はい!」

 質問する度に元気な返事が返ってくる所為で少し耳が痛くなった。

「どの辺りに魔力が集まっているかな?」

「う~ん……。す、すみません。よく、分からなくて……」

 さっきまで元気の良かった神在さんは落ち込みだした。

 オレは一度神在さんの手を放す。小さくあっという声は聞こえたような気がした。

「じゃあ、一度空間を作ってみよう」

「空間、ですか? 西雲先輩と同じ方法で魔力循環を行うって事でしょうか?」

「うん。そう。だから小さくてもいいから箱をイメージしてみようか」

 オレがそう言うと、神在さんは手のひらサイズの箱を出現させた。

「それの中に魔力を流していってみて?」

 指示に従うように神在さんは魔力を流していく。

 箱はしばらくすると魔力が満ちていった。

「じゃあ、その箱の魔力を自分に戻してみようか」

 神在さんは自分に魔力を戻そうとしたが、上手くできず箱が消失した。

「大丈夫。感覚を掴めたらできるようになるからそれを練習してみて。それができるようになったら箱じゃなく可視化できない空間に魔力を満たして同じ事をできるようになったら魔力循環はできるようになるよ」

「が、頑張ります!」

 やる気に満ち溢れたように神在さんは闘気を燃やしていた。

「まあ無理しない程度に頑張って」

 オレがそう言うと後ろの方からチクチクとした視線を感じた。

 なんだろうと思って振り返ると会長がふくれっ面でこっちを見ていた。

「一体何なんですか?」

 オレが聞くと会長は若干不機嫌な声を出した。

「葉月ちゃん、あんまり女の子の手を握るのは良くないと思うよ」

「は?」

「だって、恋人でもないのに普通手なんか繋がないでしょ?」

 そう言われてはたと気付いた。

 確かにあまりいい印象ではない事だろうし、ここにいる女子はいいところのお嬢さんだ。

 オレは二人の方を向いた。

「ごめん、二人とも。配慮不足だった」

 慌てて謝ると二人はオレを見た。

「そんな、気にしないでください。寧ろ私は嬉しかったって言うか……」

「別に訓練の一環なんだから気にしなくていいわ。実践した方が早かったのも事実だもの」

 頬を赤らめる神在さんと、淡々と答える水無月さんは二人とも不快といった様子ではないのが救いだった。

 まさか会長にこういった事を指摘される日が来るなんて思わなかった。もう少し気を付けよう……。

「えっと、次、誰がする?」

 少し気まずげに聞くと会長が口を挟んだ。

「もし同じやり方でいいなら私も手伝おうか?」

「できそうですか?」

「うん。できると思うよ」

「なら、お願いします」

 流石に全員となると時間も掛かり過ぎる。申し出を素直に受ける事にした。

「えっとじゃあ、会長は卯月谷君と佐々山君お願いしてもいいですか?」

「りょ~かい!」

 会長は手を挙げながらそう返事をして、佐々山君と卯月谷君の元へ向かった。

「じゃあ、長月君と師走田君。どっちが先がいいかな?」

「では、自分が……」

 オレが聞くと二人とも同じ返事をした。

「えっと……長月君からでもいいかな? 昨日教えて欲しいって言ってきたの長月君だったし」

 オレがそう言うと、師走田君は大人しく引き下がった。

「じゃあ、長月君、手、借りるね」

 そう言うと長月君は大人しく手を差し出してきた。

 その手を掴み魔力を流す。

「魔力は感じ取れた?」

「はい、大丈夫です」

「じゃあ、自分の魔力へ変換できそう?」

 オレが聞く前に長月君は自分の魔力への変換を試みていた。しかし、上手くいかないようで額に汗が滲んでいた。

「力まないで。ゆっくり呼吸するように」

 オレが声を掛けると長月君は大きく深呼吸をした。

「ゆっくりで大丈夫。そう。ゆっくり……」

 オレの言葉に従うように長月君はゆっくりと自分の魔力へと変換していった。

「それを貯められる場所を見つけて」

 そう言いながら手を放すと、長月君はまた大きな深呼吸をした。

「そう。ゆっくりで大丈夫だからそこに貯めていって」

 一か所に魔力が凝縮されるのが見えた。そして、長月君の魔力がぐんと増えていった。

「そう。それが魔力循環だよ。あとはコツを掴めれば意識しなくてもできるようになるよ」

「ありがとうございます」

 長月君は魔力が増える感覚に少し違和感があるのか、手を開いたり閉じたりを繰り返しながらオレにお礼を言った。

「じゃあ、次は師走田君だね」

「はい。お願いいたします」

 そう言いながら差し出される手を掴み魔力を流す。

「魔力は分かったみたいだね。魔力変換……もできてるね。じゃあ、それを貯蔵循環を意識してみよう」

 今までのを見てきたからか、師走田君はすんなりとこなしていく。

 師走田君の魔力の量が大幅に増えていくのが分かった。

「問題なく魔力循環できてるみたいだね」

 手を放しながら言うと師走田君はお礼を言った。

「会長の方はどうですか?」

 会長の方を向き、尋ねると会長は佐々山君の手を握っていた。

 そっと閉じられた瞼と暖かな魔力がその手を通して他者に送られる様子に少しドキッとした。

「あっ、葉月ちゃんの方は終わった? 佐々山君も問題なくできそうよ。卯月谷君は元々できてたから大丈夫」

 オレに気付き、にっこりと微笑んで会長はそう言った。

「卯月谷君はできてたんだ」

 確かに少しの体力であれだけの魔力を使いこなせるのだからできていてもおかしくはない。

「うん。でも本人はそれが魔力循環って気付いてなかったみたい」

「そうですか。でも、これで霜月君以外の攻撃担当はみんな魔力循環ができるって事ですね」

「もう少し反復練習は必要かもしれないけどね」

「まあ、それは個人に任せましょう」

 オレがそう言うと、山崎先輩が立ち上がった。

「じゃあ、魔力循環ある程度できるようになったし、攻撃担当はグラウンドでの訓練再開だ。行くぞ」

「はい」

 攻撃担当のみんなは返事をし、出ていった。

「副会長、質問していいですか?」

 睦月野さんにそう言われ、オレは治癒魔法の指導をやっと始められた。

 会長は部屋の隅で、オレが借りてきた本を一生懸命読んでいた。

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