交渉 70
「……内海先生が、師走田当主の事を優男に見えなくもないが、腹に一物のある人間であるかのようにおっしゃっていました」
「内海先生に聞いていたのなら、俺から聞く必要なんてなかっただろうが」
「詳しくは知りませんし、意味合いまでは教えていただけていないんです」
「まあ、内海先生だからな」
「けど、それが事実なら、師走田当主は自身を力量が無いように見せているだけで、かなりの実力者という事ですよね?」
「……実力者、ねぇ」
鬼怒川先生の言い方は、そう評価したくないと聞こえた。
「……師走田家の当主はどんな方なのですか?」
「自分で調べろと言いたいところだが、ここまで話してるし、どうせ一緒だから話してやるよ」
「……ありがとうございます」
「師走田の現当主は、前当主の実子ではあるが、五男だったんだよ」
「五男……。かなりご兄弟の多い方だったんですね」
「ああ、前当主は伴侶とかなり仲睦まじかったようで、多くの子宝に恵まれた。
が――」
その続きが何となく予想できてしまうのは、跡継ぎというのは余程の理由がない限りは長男が継ぐからというのを知っているからだろう。
「師走田の現当主は自分の兄弟をその手に掛けた」
五男という事は少なくとも兄が四人はいたという事だ。そして、言及していないが、言い方からして、他にもいたであろう姉や弟妹にも手を掛けたのだろう。
それを予想しながらもオレは黙って鬼怒川先生の話を聞き続けた。
「師走田の現当主は、前当主を脅し、他から養子をとる事も許さず、自分を次期当主に任命するように指示した。
前当主は、その指示に従い、次期当主を任命してそう経たないうちに病に臥せり亡くなった。伴侶も後を追うように亡くなった。
その真相は闇の中ではあるんだよ」
真実は分からなくとも、前当主夫妻の死もおそらく現当主の仕業なのだろう。
「……それ程までに当主の座に執着している方なのですか?」
「当主の座、なのか、目的があったのかは分からん。
当主になってから、何かしらやってるのは確かだが、それにしてはあまりに大人しいのは確かだ。
まあ、当主になる前も、当主になってからも、幾人の命が消えたのかと言ったところだがな」
「それに関しては、師走田君を含め、ご家族の方はご存知なのですか?」
「どうだかな。
普段、何考えているのか分からん顔をしとるような奴だ。
言ったとて信じる人間が少ないんじゃないか?」
そんな事をするようには見えない人間という事なんだろう。
少なくとも、師走田君自身はそう見えない。それに、自分の父親がそういった事をしてきたというのを知っているのなら、もっと違うように育ちそうなものだ。
「……よく、北の方はそんな方の元に嫁ごうと思いましたね」
それとも、当主が望んだのだろうか?
そんな疑問が見て取れたのか、鬼怒川先生は何とも言えない顔をしていた。
「きっと、師走田家当主の北の方は、当主の事を分かっとらんよ。
でなきゃ、『私が次期当主をお産み申し上げとうございます』なんて馬鹿な事を言わんだろう」
「はあ?」
どういう状況でそんな言葉が出るのかオレには想像もつかなかった。
「現当主が当主になったばかりの頃、一回りも下の娘がそんな事を当主に直々に言ったんだよ」
「何を思ってそんな事を言うのか理解できません」
「ある意味、野心家なんだろう」
だからこそ女帝と呼ばれ出したのかもしれないと思った。
「それを言われて、師走田の当主はどういう反応だったんですか?」
「思案したふりをしてから、相手の年齢を聞いたそうだ」
「はあ……」
「十五の小娘の戯言なんか聞き流してもいいもんだろうが、何がよかったのか、一年経っても気が変わらないのなら娶ってやろうといったように返したんだよ」
「十五で一回り上って、すでに二十七だったんですか?」
年齢を言われて、そっちの方が気になってしまった。
「ああ、当主の代替わりつったら、最近は二十三、四くらいが多いから、遅い方ではあるな。まあ、雛森の今の状況見たら、とやかくは言えんだろう」
そう言われてしまったらどうしようもない。
「まあ、そうなんですけど……。
ただ、その年齢という事と、さっきまでの話を踏まえると、前当主は今の当主に継がせたくなかったって事ですよね?
養子って単語が出てくるって事は、そういう話も上がっていたって事でしょう?」
「……口を滑らせたようだな」
「その人以外生き残っていなくとも、養子を取ろうとするのなら、その人に余程、当主の座を渡したくなかったと推測はできますよ」
「正解だよ」
「……資質ですか?」
「いや、要らないものを見極めて切り捨てる判断力もあるし、それを行う実行力もある。
武力的意味の実力も申し分ない」
「……性格、ですか?」
「まあ、そういうこったな」
自分が当主になる為に兄弟に手を掛けられる人間が、性格が破綻していないとは言えないだろう。しかも、親の亡くなり方も不自然という事は何もしていないという可能性の方が低くなる。
「家というものを守る意思があるかどうかも当主の資質の一つではあるんだろう。
守り方は人それぞれだ。
だが、師走田の当主は、自分にとってどうでもいい事はほとんど北の方の判断に任せている」
「その判断って正しいんですか?」
「……もし、賢母や賢妻ならば、女帝とは呼ばれていないだろうな」
だろうなと思いながら、それは口にしなかった。
「それでも、『いい』んですね」
「そういうこっちゃな」
「つまり、『いい』は『どうでもいい』って事なんですね」
呆れて物が言えなくなりそうだ。
「そういう人間なんだよ」
「……人に興味が薄い方なんですね」
「どうでもいいって、そういう事だろう?」
「自身の子にはどう思ってるんでしょうね?」
「さあな。ある意味可哀そうなもんだろう」
きっと思い通りに動かそうとする母親と興味関心を示さない父親を持つ師走田君の事を憐れんでいるんだろう。
「この学校で得られる事が彼の為になる事を祈りますよ」
父も母も関係なく、自身の為になる事を理解して、しっかり行動できる力を身につけて欲しいと思うのは、オレの勝手なんだろう。
「お前はそういうところが優しすぎるんだよ」
「いけない事なんですか?」
「俺はそう思う」
オレには鬼怒川先生の考えが分からない。そして、鬼怒川先生には理解させる気はない。
「まあ、先生がどう思っても関係ありませんよ。オレはオレです」
「そうだな」
変われといった事や変えなければいけないとは決して言わない。
だから、飽く迄も鬼怒川先生の私的な考えなのだろう。オレはそれに関してはこれ以上聞かない事にした。




