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交渉 58

「雛森の亡き当主が賄賂を含む不正取引をしていたのは分かった。

 けど、君が当主代理相談役とかいうのをしているのはどうしてなんだい?」

 鍛冶さんの質問に対し、全てを答えるのが少々面倒に思ってしまうオレがいた。

「簡潔に言うのなら、会長からの指示ですよ」

「簡潔すぎて分からないから、詳細を頼むよ」

 そう言われるだろうなと予測はしていたから、オレは諦めた。


「雛森の当主の不正等を調べて報告したら、会長に雛森家の当主を始末するよう頼まれたんですよ」

 そう言うと、生徒達は顔を強張らせていた。だが、鍛冶さんは予想していたようで、そこまで動揺も見せなかった。

「今は亡きと言っていて、如月が絡んでいる。そうなれば、誰かしらに始末を頼んでいるのくらいは想像がつくよ。しかも、君が相談役になっているとなれば、十分頷ける」

 鍛冶さんがそう言うと、鍛冶君が鍛冶さんの服の裾を引っ張り、尋ねた。

「なんで相談役なら、そうだって考えられるの?」

「相談役に就くのは、前当主が多いんだけど、それ以外となると、当主補佐をしていたとか、当主を支えた人、それに準ずる人、あとは当主になりえる資格を持ちながら、当主にならなかった人が圧倒的に多いんだ。

 まあ、厳密に決まっているわけでもないし、当主や当主補佐と違って、明確に地位として確立されていないから、前当主以外が相談役をしていても、それを名乗る事はまずない。

 前当主も肩書として使うのなら、その場に応じて使い分けるだろうけど、前当主としての方が圧倒的に影響は大きくなるんだよ」

「そう、なの?」

「相談役を置く当主っていうのは、その……」

 鍛冶さんは説明し難そうな顔で鬼怒川先生を一瞥した。

「当主としてまだ未熟だったり、補佐は置けないが何かしらの事情で当主としての役目を全うする事が難しい場合に相談役を置くんだよ。

 まあ、雛森は異例だがな。当主自体が不在で相談役っていうのは、本当はおかしいんだよ。

 根本的に、当主を殺して、その家が納得していたのなら、当主を殺した人間が次の当主になるのが当たり前だからな」

 鬼怒川先生がそう言うと、一気にオレに視線が集まった。

「オレが会長に、雛森の当主の始末を頼まれた時には衛守と護宮の件を経験しているから、それをする事でオレが雛森家の当主となるのなら引き受けられないって言ったんだよ」

「如月のご令嬢の反応は?」

 鍛冶さんは続きを急かすように尋ねてきた。

「どうしてもダメかといったように言われたので、断固拒否しましたよ」

「でも、結果としては引き受けたんだろう?」

「ええ、会長としても妥協案を出してきたんで、これは断られると、この上ない程に困る事なんだろうと思ったんで、仕方なく、妥協案を引き受けたんですよ」

「妥協案? 相談役になる事がって事かい?」

「まあ、平たく言えばそうですよ。

 雛森家の当主を殺し、如月からの命だという言葉を使ってでも、雛森の次期当主を見出し、今までの不正を清算し、雛森として正しく在らせるようにする事。その為に相談役となる事。それが妥協案ですよ」

「仮当主のようなものだね」

「いいえ、当主代理に就く人達は複数いまして、順を追ってその役目を担っていただいています。その人達がいるのに、仮も何も言えませんよ」

「だとしても、当主による跡目教育をしろと言われているようなものじゃないか」

「まあ、内容はそうかもしれませんね」

 オレがそう言うと、鬼怒川先生はオレをじとりと見てきた。

「ほぼほぼ当主とやってる事は変わらんだろうが。

 跡目教育もだが、実際に魔法石の流通の管理、採掘量の管理、雇用の管理、その他諸々をやってる人間が何を言ってる。

 やってない事と言えば、政府へ報告をしに足を運んだりといった表に出る事くらいだろうが」

「表の顔になるわけにはいかないんですよ」

「それこそ、普通は代理を立てて、自分は当主になるもんなんだよ」

「嫌ですよ。オレは当主としての責任は取りたくないんです」

「……本当にそういうところは馬鹿だな」

「明確な役職ではない相談役は責任を逃れられるんですよ」

「知っとる」

「そうでなければ、それさえも断っていましたよ」

「見て見ぬふりしてか?」

「~~先生、嫌な言い方しないでください」

「だって、お前、あの雛森当主がやってた事の中に、採掘所……、魔法石鉱山での仕事が過酷なのを知っていながら、一般人に強制労働させてたのも知って、割と怒ってただろう」

 そう言われてオレは黙った。だが、それを知らない人達は驚いた顔でオレを見てきた。


 黙り続けるのも限界で、オレは深い溜め息を吐いてから、改めて口を開いた。

「ええ、ええ、そうですよ。

 魔力耐性のかなり低い人間は、魔法石が溢れているような空間では、吐き気や頭痛等の症状に襲われます。魔力中毒や魔力中りと言われるものですね。

 魔力が弱い人間も比較的起きやすいですが、一般人のように魔法を扱ってこなかった人間の大半は耐性がありませんから、ほとんどがそういった症状を抱えながらも働かされていましたからね。

 それも肉体労働で、休憩時間も短く、休日もほぼなく働かされ続けているのに、かなりの薄給。

 抗議の声を挙げれば、見せしめのように殺されて、何かあったからといって労災がおりるような事なんてありえない状況下でしたからね。

 家の名のある者にそれをさせればすぐに色んな所に話が回るからこそ、一般人を雇っていましたからね。

 求人募集して来た人もいたでしょうけど、色んな手を使って強制的に働かせていたので、正規の労働とは程遠かったですしね」

 本当に腹が立った。人間を人間としては見ていないのだと思わされるような環境を平気で作り上げ、それを当たり前にしていたんだ。

 だからこそ、今はそれをさせてはいないし、辞めていく人達を止めはしなかった。

「その分の人員補充は大変だっただろうにな」

「労働環境は整えてからじゃないと人は入ってきませんからね。

 過労死もですけど、労働災害は最小限に留められるようにすべきですよ」

「一番過労死しそうなお前が言うのもどうかと思うがな」

「そうでもしなければ、死人が増えるような状態だったんですよ」

「だからと言って、環境整備の為に自ら現場に出て、設備だとかを設置したりするような相談役はお前以外に見た事ねぇよ」

「そちらの常識の範囲内にいる気は更々ないので」

 そう返すと鬼怒川先生は口をへの字に曲げた。


「えっと、雛森の当主はかなり酷い環境下で一般人を働かせていたって事だよね?

 それを、相談役になってから、君が改善したって事、だよね?」

 鍛冶さんは情報の整理をしたかったのか、そう尋ねてきた。

「まあ、そんなところです」

「つまり、君としても雛森の当主に当主の座から退いてもらいたいという気持ちは多少なりともあったって事だよね?」

「まあ、そうなりますね」

「本当に、君は雛森家の当主ではないんだよね?」

「違いますよ」

「十分、なる為の条件を満たしているのだけどね」

「殺害が動機もなく、ただの雇われなら、雇い主が当主になる権限を持ちますからね」

「知っていたんだね」

「その時に確認したんですよ。

 雛森家の当主を殺せという意味での始末で合っているかという事と、殺した場合、オレが当主になるような事にならないかといったような事をね」

「両方とも是だったんだろう?」

「そうですよ。衛守と護宮の時も騙されたような気分だったんで、二度目を味わいたくなかったんです」

「衛守と護宮の前当主に関しては、書類というか、系譜というか、そういうのには、君の名前が残ってるって事だよね?」

「……まあ、そうなりますね。一時的だろうと、その日のうちだろうと、一旦はオレが当主の状態になった瞬間があった所為なんですけどね」

「そんなに嫌かい?」

「嫌ですよ」

 そうきっぱりと答えると、鍛冶さんは少しだけ困ったような笑みを浮かべていた。


「なら、人の命令で人を殺す事は嫌じゃなかったのかい?」

 その質問は実に嫌なものだ。

「……必要な事だったのだろうと思います。誰かがしなければいけない事ではあったんです。

 それに、オレはそれより以前から、反政府派とは戦っています。

 生きるか死ぬか……、命を懸けた戦いをずっとしてきました。そういう意味では今更です」

「それを強いられる以前は?」

「オレは、外の世界をあまり知らないまま、この学校に入学しました。

 そして、ここでは戦う覚悟のない者を必要としていませんでした。

 だから、敵が自分とそう年の変わらない子供だったとしても容赦をするなと言われ続けていました。

 敵を生かす事で、味方の命は一体何人失われると思うのか、その責任が取れるのか、そういった事を問われ続けていました。

 敵を殺せないのなら、自分からこの場を去る選択をしろと言われ続けていましたからね」

「それは、君の先輩達?」

「そうですよ。情けを掛けて犠牲を増やすな。それはかなり言われました。

 もし、可哀そうだと思うのならば、それこそ一撃で仕留めてやれと言われもしましたよ」

 色んな事を言われた。それを受け止めきるには、オレは最初のうちは覚悟が足りなさ過ぎた。残酷に見えようとも、敵となるのなら容赦をしてはいけない。今はそれを理解しているつもりだ。

「頭がおかしくなりそうだと思うけどね」

「最初のうちはそう思いましたよ。そして、何度も吐きましたよ」

「それでも、戦わない選択をしなかったんだね」

「自分だけ、逃れるのはあまりにも嫌なものですよ」

「そう……」

 鍛冶さんは悲しそうだった。


「だとしても、自分と血の繋がりを持たない家の人間の人生の責任を持つ覚悟はありません。

 流れを正すのも本当は烏滸がましいんでしょう。だからこそ、如月の名を借りなければ、できないんですよ」

「もし、君がその家の人達の上に立つ覚悟があれば、当主を引き受けていた?」

「そんなの、真っ平御免ですよ」

「けど、君が整えたものを、次期当主となる人間が引き継ぐのだろう?

 もし、よくない方向に向かったら、どうするつもり?」

「その場合、歴史は繰り返すでしょうね」

 その意味が分からない人間はこの場にいないようだった。

「その時は君が当主になった方が早い気がするよ」

「嫌ですよ。可愛くない人達の面倒を延々とは見たくないんです」

「か、可愛くない?」

 鍛冶さんは意味が分からないといった顔をして、口の端を引き攣らせていた。

「そうですよ。グダグダと文句だけは一丁前に言うくせに、何もできないような人間や、古臭い考えだけを信じて、多くを否定するくせに利益だけを得ようとするような人間は可愛くないですよ」

「そ、そう……」

 鍛冶さんはそう返すのが精一杯のようだった。


「お前にとっての可愛い人間は、真面目に努力する人間や、忠誠心高く従う人間とかだからな。自分の頭で考えて、自立できているような人間も好む傾向にあるわな」

「好む……」

 鬼怒川先生の言葉にそれが正しいのか少し疑問に思ってしまう。

「嫌いではないだろう?」

 その問いに対しては否定できない。

「まあ、そう、ですかね」

「例えば、お前の右腕として働けるような人間がいて、そいつがお前の考えを汲んで、先に行動し、それでいながら余計な事はせず、慢心する事もなく努力し続けるような奴だったらどう思う?」

「凄くありがたいですね」

「そういう人間が多くいるような組織だったら、お前は纏めたいと思うか?」

「嫌ですけど?」

「なんでだよ!」

「えっ、だって、それ、オレがいなくても問題なく機能しそうだし、それだったら、オレが纏める必要性ないでしょう?

 だったら、纏めるも何も、独立した組織として運用できれば何にも問題はないので、こちらとしては協力体制だけとれればいいです」

 そう返すと、鬼怒川先生は頭を抱えた。

「お前、そういうところは当主に向かんな」

「そういうも、こういうも分かりませんけど、当主になる気は更々ないです」

 何を今更といったように返すと、鬼怒川先生はオレをじとりと見てから溜め息を吐いた。

 失礼だなと思いながらも、オレは無視した。

「上に立って責任を取る事がどれだけ大変かを知っているから、したくないんです。

 それに、内海先生はおっしゃっていたでしょう? 『お前には当主は向いていない』って」

 内海先生はきっとオレを理解している。無茶を重ねて、そのうち無茶と無理が区別がつかなくなって、オレだけでなく、その組織や家ごと潰してしまう事になる。

 内海先生にはその未来が見えているんだろう。


「……お前が誰かに乞うて、当主教育を受けたのなら、十分だと思うんだがな」

「跡目教育の課題は残るでしょう?

 一般家庭のぽっと出が当主と認められても、その後を誰が継ぐのかは問題になりますよ」

 それは先生も分かっていたようでかなり難しい顔をしている。

「だからこそ雛森だって、一般人を間に挟まず、そのまま雛森の血縁から当主を選んだ方がいいんですよ」

 その言葉に鍛冶さんが眉をピクリと動かした。

「……雛森の亡き当主は跡目教育を行っていなかったのかい?」

「子供は……取り得ず十人くらいいるような方で、それなりには事業とかに関しては教えていたようで、全く知らないわけではなかったんですよ」

「結構、子供がいたんだね」

「まあ、本妻以外との間にもいたんで……」

「ああ、まあ、そういうところは多いよね。

 うちみたいな職人の集まりのような家では滅多にないけど」

「そうですね。大きい家だとそういうのは多いみたいですね」

 そう言いながら、鬼怒川先生の方は向かないようにオレも鍛冶さんもしていた。

 鬼怒川先生はそれが勿論、態とである事は分かっていたようで、大きく咳払いをした。

「いくら大きな家だとしても、うちではないからな」

 他所は知らんと言わんばかりの言葉にオレは苦笑いした。

「流石に鬼怒川家がそうだとは申し上げておりません」

 鍛冶さんは落ち着いた声でそう言った。

 鬼怒川先生は仕方なさそうに溜め息を吐いて黙った。

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