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懸念

 山崎先輩達が来られて二日目の朝。オレはいつも通り登校するとすでに山崎先輩が霜月君をしごいていた。

「おい、良いのは威勢だけか? そんな程度でへばるな! 足は動かし続けろ!」

 朝から元気な怒号が飛んでいる。


「あら、おはよう。西雲」

 いつの間にか背後に立っていた道端先輩がオレに声を掛けてきた。

「おはようございます」

 平然を装うが心臓がバクバクといっている。

「あの子、不真面目な見た目に反して訓練は真面目ね」

「まあ、負けず嫌いみたいですよ。取り敢えず打倒オレを掲げてるみたいなんで」

「ハハッ。面白い子ねぇ」

「はあ……」

 面白いかどうかは置いておくとして、挑発したら乗りやすいので訓練はやりやすいだろう。問題は戦闘時に挑発に乗らないかどうかだけど……。

「で、あんたはいつも通り、筋トレと走り込みは終わらせて登校してきたの?」

 オレは日課で登校する前に筋トレと走り込みはするようにしている。

「ええ、まあ。日課なんで」

「ふ~ん。追加で走る?」

「走ってもいいんですけど……」

 きっと霜月君は嫌がるだろうなぁ。

「いいんなら走ってきなさい」

 道端先輩はそう言うと、オレの背中に蹴りを入れた。

 痛みはあったが、体勢は崩さないようにどうにか持ち堪えた。

 少し恨みのこもった目で道端先輩を見ると、笑い飛ばされた。

「ほら、さっさと行きなさい」

 手で追い払う仕草をされ、オレも走り込みを始めた。


「おっ、西雲じゃないか。おはようさん」

「おはようございます」

 走りながら挨拶すると、何故か山崎先輩は並走を始めた。

「もう少し速く走れるだろう?」

「走れますけど、オレの横でいいんですか?」

 ちらりと霜月君を見ると、凄い目で睨んできた。

「いいんだよ。自分が構われず、嫌いな相手ばっか構われてたら闘争心が出るだろ?」

 山崎先輩はオレにそう耳元で小声で話してきた。相変わらずいい性格で。

 軽く溜め息を吐くと、オレは徐々にスピードを上げていった。

「おっ、いいね。まあ、こんくらいは走れないとなぁ」

 山崎先輩は嫌味を込めてそう言うと、霜月君をちらりと見た。

 分かりやすい挑発に霜月君はいとも簡単に乗り、さっきまでへばっていたのに、走り出した。

 その様子を楽しそうに山崎先輩と道端先輩は見ていた。

 ……悪趣味だ。

 そう思いながら、オレは周りを無視しながら走り続けた。

 すると、いつの間にか生徒会メンバーが全員集まっていて、各自山崎先輩と道端先輩の指示を受け筋トレや柔軟、走り込みといった体力向上訓練をしていた。


 もうすぐ予鈴が鳴る時間になると、みんな訓練を切り上げようとした。

 その様子を見て、慌てて山崎先輩が呼び止める。

「おいおい、待て。どこ行く気だ?」

「どこって、授業ですけど」

 タオルで汗を拭きながら水無月さんが淡々と答える。

 みんなももちろん授業を受けるのが当たり前と思っているから、何故呼び止められるんだといった顔をしている。

 その様子を見て山崎先輩が頭を押さえた。

「お前らなぁ。昨日自覚持てって言っただろう。授業免除が生徒会特権にあるだろうが。授業受けてる暇があれば鍛えろよ!」

 山崎先輩とみんなの訓練に対する熱量に間かなりの差があるらしく、みんな何言ってるんだこの人はといった顔をしている。

 そんなみんなを見て山崎先輩は頭を掻き毟る。

「ああ、もういい。今日は授業を受けてもいいが、明日からは受けんな。学校側には話を通す。お前らに授業を受けてる時間はない。取り敢えず、今日は昼に一旦生徒会室に集合だ!」

「そんな理不尽な」

 長月君がそう声を漏らすと、山崎先輩は殺気を放った。

「理不尽じゃねぇよ。てめぇらに課せられた責務なんだよ。それを放棄するならこの学園自体辞めちまえ」

 先輩の気迫と恐ろしいまでに低い声にみんな震えていて、逆らってはいけないと本能的に感じたようだった。

「明日からは未熟な奴は授業を受ける権利はないと思え。いいな!」

「は、はい」

 みんな声を引き攣らせながら返事をした。

 今日は本当に勘弁してもらえるらしく、授業に向かうようにと言われ、みんなは蜘蛛の子を散らすように駆けて行った。

「……お前らはいいのか?」

 残っている会長とオレに山崎先輩は静かに聞いてきた。

「いつも授業は受けずに生徒会の仕事をしているので問題ないです。時間があれば読書しますけど……」

「今、何読んでんだ?」

「えっと『防御魔法と解析魔法について』です」

 今一番新しく読んでいるものを伝えると、山崎先輩の眉間に皺が寄った。

「なんで、そんな基礎的なの読んでんだ?」

「少し、引っ掛かる事があって、基礎に帰ってみようと思っただけです」

 応用ばかり読んでいたら少し躓くところがあった。だからこその基礎だ。


「……西雲、お前は物理系以外の魔法は受けない体質だよな?」

「えっ、はい。そうですけど……」

「じゃあ、精神系の魔法は防げるのか?」

 この人は本当に痛いところを突いてくる。

「……いえ。体質では防げません。あれは扱える人間も少ないですし、防げる人間もほとんどいないと言われている系統の魔法ですからね」

「じゃあ、攻略法でもあるのか?」

「逆に攻略法があるんですか?」

 あるのならオレが知りたいくらいだ。

「いや、俺も防げんからな。お前ならなんか策があるかと思って……。ああ、もしかして、だからその本か?」

 本当にこの人は勘が良すぎる。

「ええ、まあ、そうですよ。念の為ではあるんですが、防御策を練っておいて損はないと思いますので」

 だが、行き詰っているのが現状だ。

「実際、今お前が考えている方法ってあるのか」

「あるにはあるんですけど……。神経系自体を遮断するとか、そういうのも考えたんですが……」

「ああ、それはあまり現実的じゃないな」

「やっぱりそう思いますよね……」

 そんなもんしようものなら、下手すりゃ死んでしまう。

 他に良い案はないものかと、道端先輩と会長をちらりと見る。

「わたしゃ、無理よ。そんなんできてたら苦労しないし、今上司に精神系の魔法使える人がいるけど、現役の軍隊で防げる人間は誰一人としていないのよ」

 道端先輩は肩を竦めた。

「私も、流石に無理かな。系統としては魔法だけど、結界で防げるわけじゃないもの。視覚を通した魔法の場合、視覚阻害の結界は有効だろうけど、その都度それに見合った結界を瞬時に張るのは至難の業だもの」

 会長もお手上げらしい。まあ、会長の場合、力業でどうにかできなくはないかもしれないけど……。

 本を読み返しても、考察を繰り返してもなかなか良い案は浮かばない。けど……。

「先輩が聞いてくるって事は敵にその能力を持つ人間がいるって事ですよね?」

 その予測はあっているだろうが、念の為に聞いてみた。

 すると、山崎先輩と道端先輩は互いの目を見てから頷いた。

「逆に聞くけど、その能力を持ってる敵がいないと断言できる?」

「断言はできませんよ。いるともいないとも分かりません。でも、先輩達がそういう言い方をするって事はいるんでしょう?」

 誤魔化すつもりだったのかもしれないが、それを許す気はなかった。

 しばらく沈黙が流れたが、山崎先輩が大きな溜め息を吐き、口を開いた。

「この間、軍で数人が外傷もなく倒された。中には命を落とした者もいた。目が覚めた者に聴取しても、真面に話す事もままならない状態だ。

 十中八九、精神系の魔法によるものだろう。俺達は実際に見てはいないが、いると言って間違いはないだろう」

「ただ、それが本当に敵なのか、人質が脅されてっていうパターンなのかは分からない。けれど、どのみちその能力が敵の手元にあるのは確かよ」

 二人とも現状として把握できているものを的確に教えてくれた。

 確かにそれが反政府派に属する人間とは言い切れないだろう。と言うより、反政府派にいて欲しくないのが願いなんだろう。

 精神魔法に関しては、一般的には対抗策がないとされている。だからその魔法を掛けられても治療法すら真面にないとされ、普通の病院では診てもらえない。

 診てもらえるとしても、確実に治せるわけではない。治ればいい方といったところだろう。

 暗い空気が漂う中、会長が静かに口を開いた。

「精神系の能力って使える人間の絶対数が少ないのよね」

「そう言われてますけど、どうしたんですか」

「……本当に精神系の魔法が使えるだけならいいんだけどね」

「どういう意味ですか?」

 意味が分からず、オレも先輩達も会長を見る。

「希少性の高い魔法って他にもあるでしょう? 勿論、葉月ちゃんの眼に関してもそうだし、私の魔力の制御にしてもそう。かなり希少性は高い。そういった魔法を使える者を反政府派が集めているって可能性は考えられるんじゃない?」

「それは……」

 考えたくなくて、なるべく考えないようにしていた事だ。

 希少性の高い魔法は対策しようがないものが多い。

 言葉を上手く紡げず、汗が頬を伝った。

「もし、敵がそういった能力を集めていたら、軍はどうするんですか?」

 会長の真っ直ぐな目は先輩達を捕らえた。

 先輩達はその質問には答えられず、目線を逸らした。

 その様子に会長は小さく溜め息を漏らした。

「ダメですよ。軍が、国を守ろうとするものがそんなんじゃ。これじゃ、あの子達に何も言えませんよ?」

 会長はあの子達と言いながら校舎の方を向いた。

「……すまん」

 山崎先輩のその言葉は重く感じた。

「でも、対応しきれないのはあんた達もでしょう?」

 道端先輩のその言葉に会長は溜め息を吐いた。

「道端先輩は分かってませんね。軍とうちじゃ情報量の差がどれ程あるのか、ご存知ないんですね」

 如月は調べようと思えば調べられる範囲は軍より多い。

 ただ、かなりの危険を冒さないといけなくなる事もある。

 それをしていないのは、それほど重要な情報でないという事と、今がその時ではないという事だろう。

 道端先輩もそれは分かっていたのか押し黙った。

「まあ、いいです。でも、過去の被害を見たら案外、相手の能力を知れるかもしれませんよ?」

 会長のその言葉に、道端先輩は眉をぎゅっと寄せた。

「……ヤマ。私、一旦軍に戻るわ。取り敢えず現段階で調べられる事、もう少し調べてくるから。ヤマはその間、訓練するなりなんなりしておいて」

 道端先輩はそう言うと、一瞬にしてどこかへ消えていった。

 山崎先輩は軽く会長を睨んだ。

「軍も万能じゃないんだぞ?」

「分かってますよ」

 会長は睨まれているにも関わらず、何事もないかのようににっこりと微笑んだ。


 話も終わり、山崎先輩は少し生徒会室を使いたいから授業を受けるなりなんなりしろと言ってきた。

 オレも会長も途中から授業に参加するのも気が引け、オレはいつもの場所で読書をする事にした。

「会長はどうします? オレは読書しようと思いますけど」

「私は、そうね。少し、お祖父様に電話してくるわ」

 軍の動きも把握しておきたいんだろう。他にも仕入れたい情報があるのかもしれない。

「……分かりました」

 オレはそう返事をしてから、その場を去った。

 会長のお祖父さん、つまりここの理事長はこの国でもかなりの権力を持っている人物だ。

 会長の事は目に入れても痛くないほど可愛がっているらしい。

 会った事もないからどんな人かも分からないが、話を聞く限り食えない爺さんだ。

 出来る事なら一生関わりたくない。

 そんな事を思いながら、オレはいつもの特等席で読書を開始した。

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