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交渉 37

「聞きたいんだけど、今の生徒会メンバーは無詠唱魔法が使えるのかい?」

 鍛冶さんのその質問に少し悩んだ。

「得意とする能力と言うべきか、固有の能力と言うべきか、それは基本的に無詠唱で行っていますよ」

「それは他の人間にも当てはまるね」

「あとは、理解を深めている基礎的な魔法は無詠唱で使えていますよ」

「……元々、イメージがしっかりしていて、ある程度魔力があれば無詠唱が使える、という風に私は学んでいたんだけどね。そうは言っても、私はほとんど無詠唱は使えないのだけど」

「今の子達は、詠唱魔法がしっかりと使えるようになってから、無詠唱魔法が使えるようになると学んでいるそうです」

「つまり理解しきれていない魔法の無詠唱はできていないんだ?」

「まあ、そうなりますね」

「ただ、それも基礎中の基礎なんじゃないのかい?」

「……否定はしませんよ」

「否定はできないと言った方が正しい気もしなくはないけどね」

 厭味な笑顔を浮かべる鍛冶さんに対して溜め息が零れた。

「分かっているのなら、そんな事言わないでいただきたいです」

「確認は必要だからね」

「そうですか」

「まあ、私が学生の頃も無詠唱魔法を使いこなせるのはほんの一握りと言われていたけどね」

「……そうですか」

「それでも、如月魔法学校の生徒会メンバーは使えて当たり前の化け物揃いと言われていたけどね」

 当時の事を知る人のこの言葉は聞きたくなかった。

「……だから、不出来な後輩なんでしょうね」

「君は十分すぎると思うよ。モーションに落とし込んでいると言っても、あれだけの発動速度のものはかなりの熟練者だよ。

 けど、他の子達は?

 無詠唱でできるものだとしても、魔法の発動は君とどちらが速いんだい?」

 そんなの聞かなくても分かるだろう。

 そんな事を思いながら答えなかった。


「鍛冶さんはやはり意地の悪い方のようで。流石は内海と仲が良かっただけあるといったところでしょうかね?」

 だんまりになったオレを見て、鬼怒川先生が厭味のように言葉を吐いた。

 鍛冶さんは流石にまずいと思ったようで、鬼怒川先生に頭を下げた。

「申し訳ありません。内海の後輩ならば、このくらいと思ってしまい、ついこのような言動となってしまいました」

「そうですか」

 冷たい声音に鍛冶さんは平然とした表情のまま、冷や汗を掻いていた。

「先生。オレが黙ってしまっただけで、別に鍛冶さんが悪いわけじゃないですよ。

 オレが、あの子達がこの学校に入ってきた時点で、問答無用に鍛えるべきだったのをしなかったのが悪いんです。

 それを自覚しながら、あの子達の力不足と言って、力を借りようとしているのが、そもそも甘い考えなんでしょう」

 オレがそう言うと、鬼怒川先生は頭の後ろを掻いて溜め息を吐いた。

「すみません。けど、言われるのは仕方のない事なんですよ。

 家でそれぞれが学んできた事も真面に確認せず、指導しなかったのは、オレが後輩を育てるという業務を放棄したのも原因なんで」

「……そうかよ」

 鬼怒川先生のその言葉は少しだけ拗ねたように聞こえた。


「副会長、少し聞いてもいいっスか?」

 鍛冶君は少し尋ねにくそうにしながらも、そう話し掛けてきた。

「何?」

「固有の能力っていうのはよく聞くんスけど、実際、能力的に被ってる人って多くないっスか?」

「まあ、それはそうだよ」

「そんなさも当然のように言われても……」

 知らないから聞いているのにといったような反応をされてしまった。

「えっと、言い方が悪かったね。君の言うように似通った能力を保持する人も多いよ。逆に、他の人は持っていないような能力を持っている人もいるけど」

「被った能力を持ってるのに、何で固有って言うんスか?」

 無詠唱で固有の能力の話が出たから疑問に思ったらしい。

 ただ、これもまた説明が難しい。


「えっと……」

 どう説明したものがものすごく悩んだ。

「もしかして、副会長でも知らない事なんスか?」

「いや、知ってるけど……」

「けど?」

「納得のいく説明ではないと思う。オレ自身がそうだから」

「は?」

 鍛冶君は意味が分からないという顔で首を傾げた。

「取り敢えず言うのならば、その呼び方は如月の人間が魔法を確立した時から呼ばれている呼び方で、それを変えていないだけと言えば、そう言えなくもない」

「えっと、定義的なもんスか?」

「言ってしまえばね。だからこそ、違和感を持たずに呼び続ける人も多いという事実もあるんだよ」

「あ~……」

「それじゃ、納得いかないでしょう?」

「はい」

 鍛冶君はきっぱりと言ってから、大きく頷いた。

「だから説明が難しいと言ったんだよ。納得のいく説明ではない。そして、何故、呼び方を変えずにいるのか、という話にもなる」

「時代に合わせて変えるって事はなかったって事っスか?」

「その方が都合が良かったという話だよ」

「都合?」

「珍しい能力であれば、その方が価値が上がる。そして、『魔法』という言葉を使わない事で、万人に扱えるものではないと印象付ける。

 固有というのは、そのもの唯一である印象付け。似通った能力があっても、その能力に優劣差はある。

 それを総合して、固有の能力と言っているんだよ。

 まあ、偶に『魔法』って言葉を使う人もいるけど、今は咎めないのは、使える魔法の幅も広まって、それだけに価値を絞る事が難しくなっているから、そこまで厳しくないというだけの話だよ」

「それってつまり、身分のある人間にとっての都合……?」

「そういう事」


「……なんか、聞かなきゃよかった」

「聞いたのは君自身だよ」

「そうなんスけどぉ~」

 鍛冶君は不貞腐れたような顔をしていた。

「まあ、今も能力の優劣差で差別は起こる事はあるけどね」

 珍しければ優遇されるのは事実だし、能力を持たない人間は蔑まれる事も多い。

「……大体にして、魔法と能力の差ってなんスか?」

「通常魔法より優れて使える魔法を能力と呼ぶようにはなっている。人によっては魔法と言えるのか疑問なものが能力の時もあるよ」

「そうなんスか?

 副会長は……、えっと、眼の能力っスか?」

 言っていいものか悩んだようで、鍛冶君はごもごもと言いながらそう尋ねてきた。

「そう言われる事もあるよ」

「はあ? どういう事っスか?」

 その質問に対しては、オレは曖昧な表情を浮かべるだけだった。


「眼って、鑑定眼ではないよね?」

 鍛冶さんが確認するように尋ねてきた。

「ええ、違いますよ」

「まあ、それはそうだ。あれは体質であって能力ではないからね」

 鍛冶さんは、オレがそんな事を知らないはずはないと思ってそう言ったらしい。

 横では鍛冶君が「そうなんだ」と言っていて、鍛冶さんは少し困ったように「そうなんだよ」と答えていた。

 つくづく身内に甘い人なんだなぁと思っていると、鍛冶さんはオレの目を覗き込んできた。

「な、何ですか?」

 何となく気まずく思い、目線を逸らしながらそう言うが、鍛冶さんは何も答えず、オレの目をジッと見続けた。そして――

「君、右目が見えていないだろう?」

 それは確信を持った問いだった。それを誤魔化せるはずもなく、オレは鍛冶さんを軽く睨んだ。

「……そんなに分かりやすかったでしょうか?」

 そう聞くと、鍛冶さんは覗き込むのをやめ、首を横に振った。

「いや、ただ、なんとなく違和感はあったんだよ。その正体は分からなかったけど、はとこ殿が眼の能力と言ったのもあって、自然とそこに目がいった。

 そしたら、右目と左目の反応に若干の差があった。

 普通の人でも差がある事はあるだろうし、態と差を出す人間もいるだろう。

 だが、さっきは態と差を出すような場面でもないし、そうする理由もない。

 そして、あまりに自然過ぎる動きと、君の行動の癖があるかを思い出してみただけだよ。

 それに、私は目が見えない人や光は感じられる程度の人とも会話をした事がある。

 目が見えない事を隠している人間は、案外隠すのが上手な人もいてね。言われないと気付かない事もあるんだよ。

 君はどちらかと言うと、上手く隠している人間だと、私は判断しただけだよ」

 その観察眼が本当に嫌になる。流石、あの内海先輩が自分から会いに行くだけある。


「……分からないようにしていたつもりなんですけどね」

 軽く溜め息を吐きながら言うと、クスクスと笑われた。

「最初は本当に分からなかったよ。注視してもなかなか気付けなかったくらいだからね」

「だとしても、隠すようになってから見抜かれたのはこれが初めてですよ」

 少しだけ悔しく思ったが、その様子は出さないようそう言うと、鍛冶さんは静かに微笑んだ。

「因みに、内海は知ってるの?」

「知っているも何も、まだ対策中の時に見ていた方ですよ」

「そうなんだ。

 君のそれって、視覚を魔法で補っているんだよね?」

「まあ、簡単に言えばそうですね」

「それって医療分野の魔法だよね? 治癒魔法ではないけど」

「ええ、そうですよ」

「かなり高度だし、かなり繊細な魔法だと聞くよ。だから、実際に扱える人間はほぼいないと聞いていたんだけどね」

「マスターするにはかなり時間を要しましたよ」

「そりゃ、一瞬でできるようになったら、それは化け物だよ」

 それなら瀬野先輩は化け物なんだろうなと思ってしまった。

「偶に失敗すると目が見えなくなったり、距離感がつかめなくなったりしますけどね」

「それ、かなりマズいんじゃないかい?」

「ええ、だから、そうならないように最優先にしてますよ」

 そう返すと、鍛冶さんは何とも言えない表情を浮かべていた。

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