交渉 31
「で、お前はどういうのを頼まれたんだ?」
こんな事で誤魔化されも、忘れてくれもしない鬼怒川先生はストレートに質問してきた。そんな鬼怒川先生に対し、オレは心の中で溜め息を吐いた。
「……材料は金属などの強度のあるもの。ただし、攻撃をした際の感触は人間そのものである事。そして、関節にあたる部分や脆いと思われる部分は攻撃を受けた際に自ら切り離しを行い、その部分だけでも攻撃可能なつくりとする。また、切り離しを行った箇所が複数ある場合、それら同士が組み合わさり、元と異なる形を取っても攻撃可能なものとする。
以上の条件の下、作製するよう指示されましたよ」
「何ともまた難しい上に性格の悪いものを……。
その内容は他は誰か知ってるのか?」
「会長は知っていますよ」
「つまり口頭ではなかったって事か」
「……メモ程度に書かれただけですよ」
「メモ、ねぇ」
鬼怒川先生は訝しげな目を向けてきた。
「勿論、他者に見られて簡単に分かるような書き方はされていませんよ」
「まあ、そうだろうな。暗号か?」
「古代語を少し混ぜたものですよ。それでも、分かる人間には分かります」
「ああ、お前、古代語も読み書きできるんだったか?」
「発音は不安がありますし、完璧ではないです」
「普通の奴は、古代語は読めないし、喋れないし、理解できないんだよ。俺も分からん」
「内海先生も会長も理解されてますよ」
「あの二人と同列になろうとは思わんし、あれは異常なんだよ」
「……内海先輩も多少なら知っていらっしゃいましたよ」
「あいつも、この学校の中で才女と呼ばれていたんだ。比べるものじゃない」
「……分かる人は分かりますし、話せる人は話せますよ」
そう返すと、鬼怒川先生は深い溜め息を吐いた。
「どうしてそういう風に育ったんだ」
「そう言われましても……」
「まあ、いい。これ以上、お前の事に関して話してても話が進まん」
「そうですか」
なら終わりにしてくれと思ったが、そうもいかないらしい。
「取り敢えず、お前が作るよう指示された魔法人形は一般生徒に対しては危険はないんだな?」
「ええ、攻撃対象も生徒会メンバーに対して、それも殺さない程度の攻撃というのも条件の中に入っていますので、ご安心ください。
まあ、何かあったら、それはオレの責任です」
「……お前も面倒な責任を負わされるなぁ」
「今更ですよ」
「確かになぁ。しかし、作れるのか?」
「作れるかどうかじゃなく、作らないといけないんですよ」
「大変だなぁ」
「他人事ですね」
「他人事だよ、それに関してはな」
オレは呆れたように溜め息を吐いた。
「魔法人形に相手されるのは生徒会メンバー全員か?」
「……『できれば』だそうです」
「できれば? 全員じゃないのか?」
「数がそこまで用意できないっていうのもありますけど……」
「魔法の相性か?」
「まあ、そういう事です。たぶん……使役はできないでしょうから、大丈夫と思いたいんですけど、無意識に魔法の書き換えができるような子がいたら面倒なんですよ」
「可能性は?」
「睦月野さんが情報操作で書き換えができないとは言い難いですし、水無月さんの呪もどこまで有効か……。あとは卯月谷君が血を使った魔法でどの程度できるのかが未知数なところはあるので」
「まあ、確かに不安要素か。お前の方が魔力自体は強いが、魔法人形は比較的に弱い魔力で作られるから、魔法の上書きが不可能ではないからな。しかも、そこまで魔力が強くない人間でも可能だからな」
「だからこその『できれば』ですよ」
「できれば、なぁ」
鬼怒川先生は含みのある言い方をして探ってきた。
「……敢えて言うのなら、実戦形式をとるという事は間違いないですよ」
「つまり、内海先生は魔法の書き換えを覚えさせられるのなら、その方がいいと思っているって事だな」
「よくお分かりで」
溜め息を吐きながら言うと、苦笑を返された。
「まあ、あの人の事だから性格の悪い事を言っているだろうとは思ったよ」
「魔法の書き換えをされると、こっちも負担なんですけどね」
「上手く切り離せって事だろう? それができないから負担になるだけだ」
「簡単に言いますね。そんなに簡単におっしゃるなら、鬼怒川先生がやってくださいよ」
「無理」
一刀両断に断られた。
「まあ、そう言われるのは分かってましたよ」
「だろうな」
「できなくはないけど、時間が掛かりそうなのと、かなり面倒なんですよ」
「色々条件付けしないといけないから仕方ないんだろうがな」
「何か簡単な方法あります?」
「俺は知らん」
「魔法具制作部の顧問なんだから、知恵の一つくらい貸してくださいよ」
「その辺は魔法具じゃなしに、魔法工学分野だろうが。しかも、お前は独自に色々編み出してるから、その辺の専門家より詳しいだろうが。
そんな奴が知らんもんを俺が知るわけないだろうが」
「専門家には負けると思いますよ」
「世に流通してないようなもんを作ってる奴が何を言う。専門家が見たらひっくり返るぞ」
「そんな事――」
「ある」
ないと言おうとしたが、遮られてしまった。
「……まあ、専門家には思いつかない発想が素人にはある事もしばしばですからね」
そう言うと、鬼怒川先生は口をへの字に曲げた。
「……お前に何か言っても無駄なのは分かってるが、その魔法人形でどうやって師走田の攻撃精度を上げる気だ? メンタルを強くする方法には思えないんだが……。
まあ、攻撃した感触が人間そのものとなると、若干、精神的にはくるかもしれんが……」
師走田君の命中率に関して話していた事はどうやら忘れていなかったようで、鬼怒川先生なりの質問をぶつけてきた。
「そんなの、オレの時と同じって事ですよ。
平常時だろうが、弱っている時だろうが、何だろうが、関係なしに実戦を行えば、否が応でも実力として身についてくる。
そうなればメンタルがどうとかも関係なくなってくるだけです。
習うより慣れろと言うべきか、どういう時に精神的に落ち込むとかを考えてあげられる余裕はないので、不安定な時でも戦えるようになれって事です」
「それは……、流石内海先生と言うべきか」
鬼怒川先生はそう言いながら顔を引き攣らせていた。
「だから余計に嫌なんですよ。けど、生きている人間相手にずっとの方が精神的にもしんどくなると思いますよ」
「実体験だな」
短く言われる言葉にオレは溜め息を吐いた。
「確かにオレの場合、戦闘となると、戦場に強制的に放り込まれて『戦ってこい』とだけ言われた事が多々ありましたよ。
勿論、相手は倒すべき敵です。そういう相手は、弱っている相手と判断したら容赦なく、弱いところを突いてきます。
生きるか死ぬかは、自分次第なんですよ。
そういう中に放り込まれ続けると、色々麻痺してきますし、精神状態も正常とは言い難くなりますよ」
そう返すと、鬼怒川先生は少し気まずそうな顔をして黙った。




