交渉 30
「で、他の連中の話に戻すぞ」
「まあ、いいですけど」
「長月にしろ師走田にしろ、真面目に服着せて歩いているようなイメージだったんだがな」
「それは分からなくはないですよ。真面目は真面目ではあるんです。
一般生徒であったなら、真面目で優秀でしょうからね」
「ああ、生徒会じゃ、その程度であっては困るって話だな」
「そういう事です。どれほど一般生徒の中で優秀でも、生徒会の中で見ると足りないんです。
それに、長月君は自分で自分の上限を設けてしまいがちなんですよ」
「どういう事だ?」
「これ以上は無理と限界を低く決めてしまっているんですよ。
だから諦めてしまう事も多いですし、業務にしても最低限というか、本来しなくても構わないものは省きたいようです」
「ああ、だから赤字修正がないものが出てきたのか……。
あれ、どうにかならんのか?」
「元々、あれは生徒会の必須業務ではないのは事実ですよ。
何度も再提出を命じなければいけなくて、その方が時間が掛かるからという理由で書き込んだだけであって、こちらに強制されても困ります。
それにオレだって忙しい時に一から十まで面倒を見切れるわけじゃないんです。
あと、今のメンバーに、オレが卒業した後の事を考えるようにといったような事も言われているんです。
オレがしてた事と同じ事ができるとは思いませんし、複数人で行っても、正直できない範囲はあると思うんですよ。それを強制しないでくださいよ」
これは教員側に再三言っている事だ。鬼怒川先生も分かっている所為で、途中から耳を塞いでいた。
「少なくとも、教員の勤怠システムの作成やメンテナンスは生徒の業務じゃないですよ。
いい加減、外注してくださいとは言ってますけど、それとかも今の子達に振ろうとしてるんなら、オレは卒業直前にオレの作ったシステム全て停止しますからね」
「それは困る」
鬼怒川先生は耳を塞ぐのをやめてそう言った。
「なら、ある程度はご自身でできる範囲はしてください。赤字修正が入らないのもその範囲と思ってください」
「……お前がいる間だけでも駄目か?」
「……オレが担当した範囲は、今まで通りにしようと思っていますよ。
けど、それで態とオレに振ってくるようなら拒否します」
「うっ、分かった……」
納得はしていないようだけど、鬼怒川先生はしょんぼりとしながらそう言った。
「すまないが、赤字修正というのは何かな?」
オレと鬼怒川先生の会話を遮るのを躊躇っていた鍛冶さんが、タイミングを見計らって話し掛けてきた。
「坂田先輩から引き継いだものではあるんですが、不備が多すぎる書類が多く、あまりに再提出を繰り返すので、不備のある書類には赤字で修正を入れ、再度書き直した書類を提出していただいているんです」
「それは……かなり甘やかされているような気もしなくはないですね」
鍛冶さんは意外そうな顔で鬼怒川先生を見てそう言った。
「あまりに面倒過ぎて、見本そのまま書き写すのを覚えてしまうと、ついそれに頼ってしまっているんですよ」
鬼怒川先生は自覚があるんだろう。少し気まずそうだった。
「人間、楽を覚えてしまうのは良くないのは分かっているはずですが、どうしてもそっちに流されてしまいますからね」
鍛冶さんはそれが良い事とは言わなかったが、否定もしなかった。
だからこそ、鬼怒川先生はより気まずげだった。
「まあ、頼っている相手が子供っていうのは問題があるのかもしれませんけどね」
オレがそう言うと、大人二人は気まずそうだった。
「取り敢えず、生徒会メンバーに対する評価に戻りましょうか?」
オレがそう言うと、鬼怒川先生は「お、おう」と返してきた。
「長月君の話は少ししましたけど、諦めたり、上限さえ決めなければ、努力を惜しむような事はしない子ではあるんですよ。
面倒と思っていても、それを簡単に投げ出すような事はしないんで」
「えらく評価してんだな」
「まあ、同じ学年に師走田君がいるからというのもありますけどね」
「師走田?」
「お互いに良い刺激になっているようで、切磋琢磨して頑張ってますよ」
「ふ~ん」
「まあ、どちらもまだまだ未熟であるのは確かですよ。
年齢も、精神も、肉体も、全てにおいて未熟で、魔法もそれに付随するかのように未熟です」
「途端に厳しいな」
「師走田君の場合、特にですけど、平常時は命中率は動く相手でもほぼ百パーセントです。けど、不安だとか、何か悩みがあると、それだけで途端に命中率は二、三割に落ちます」
「差が酷いな……」
「そうなんですよ。本人も自覚はあるようですけど、メンタル面はあまり強くないようです。表情にこそ出ませんが、攻撃精度にあれだけ出られるとかなり困ります」
「確かにそれは困るな。しかし、切磋琢磨してもそれはどうにもならないんじゃないか?」
「ええ、まあ、そうなんですけど、それに関しても今日、内海先生から指示が出たんで、その所為でオレはこれから忙しくなります。と言うより、やりたくないけどやらざるを得ない事が増えたんで、やりたくないです」
「お、おう。どうした?」
「魔法人形」
「へ?」
ぼそりと言った言葉が鬼怒川先生は聞き取れなかったようだ。
「……人手不足だというのを考慮して、オレが発案したのが悪いんでしょうけど、魔法人形を作らなければいけなくなりました」
そう言い直すと、鬼怒川先生は顔を引き攣らせた。
「そりゃ、また、性格の悪い……」
鬼怒川先生がそう言うと、鍛冶君が不思議そうな顔で尋ねてきた。
「魔法人形って、魔法で動く玩具っスよね? 人とかロボットとかいろんな形はあるでしょうけど、何がどう性格が悪いんスか?
副会長がやりたがらない理由もよく分かんないんスけど」
それに対し、オレと鬼怒川先生は空を仰いだ。
そんなオレらを見て、鍛冶さんが口を開いた。
「今、玩具として出回っているものは安全性を高め、子供が触れても問題ないと判断されたものなんだよ。
けど、西雲君の言ってる魔法人形はそれではなく、元来の使い方をされていたもので、今では表立っては使われなくなったものの事だよ」
「どういう、事……?」
鍛冶君は危険なものというのは感じ取ったようだ。
鍛冶さんは少し話し難そうにしながらも、説明し出した。
「魔法人形とはかつての大戦……聖戦とも呼ばれるかな。その時辺りによく使われていたと言われている古の代物でもあるんだ。
それらは人間ではないから、痛みも感じなければ、食事や睡眠も取らなくてもいい。
条件を満たさなければ破壊する事も出来ないそれらは、製作者の意のままに戦い続ける殺戮人形だったんだよ。
条件は付けて、人を殺さないようにはできるだろうけど、それを作れと命じるのは、あまり性格が良いとは言えないと思うよ」
その説明に鍛冶君は目を見開いてから、オレの方を見た。
「えっ、何でそんなもん発案したんスか?」
「人手不足だからだよ。あの人数を一度に指導する事が難しいから、数体ならどうにかできるから、奥の手ではあったけど、使えるんじゃないかと案を出しただけだよ」
「だとしても……」
「まだマシはマシなんだよ。
昔のは……倫理的にもアウトなものが多かったからね」
「倫理的にアウトって、殺戮人形の時点でアウトじゃないんスか?」
「まだそれは魔法回路の破壊だとか、製作者に停止させるとかの方法があるし、生き物でもないからね」
「えっと、それって、生き物が存在するって聞こえるんスけど……」
鍛冶君は自分の予想が外れていてくれというような顔をしていた。
「ホムンクルスとか人造人間とかって聞いた事ある?」
「えっと、物語の中とかで出てくるやつは何度か……」
「君がどういう認識をしているのかは分からないけど、そう呼ばれていたものは実在していたんだよ。そして、今は禁忌とされている」
「禁忌……」
「そう、作る事を禁じられている。それこそ人道に反すると言われているような行為だからね」
「人道に反する……」
「……かつての大戦では多くの人が亡くなった。その死体を利用して作られたりしたんだよ。手や足を継ぎ接いだり、そのまま残っている死体を使って、魔法で動かして、他の人の命を殺めるのに使われた。
そういう歴史があるんだよ。
今ではそれは倫理に反するとして禁止されている。
……まあ、隠れて行っている人間が絶対にいないとは言い切れないけど」
オレの話を聞いて想像してしまった所為か、数人がえずいていた。
鍛冶君は少し体を震わせながら俯いていた。
「だから、魔法人形に良い印象を持たない人もいるんだよ。
玩具だと思うのならそれも構わないけど、そういう歴史があって、犠牲もあったのは事実だ」
「……副会長は、それでも使うんスか?」
「使うよ。勿論条件は付けるし、人を殺すような事をしないように調整する。
今回は訓練に使用する目的であって、他に使う気はないよ」
「……もし、もしっスよ。それを使ったら、人が戦う必要はないんじゃないスか?」
味方の犠牲をなくす方法として使えるんじゃないかと思ったんだろう。それで済めば、どれ程よかっただろう。
「条件を増やせば増やすほど制御は難しくなるし、扱える数は少なくなる。
もし、それだけで迎え撃つ事ができても、生きて捕らえなければいけない人間も殺してしまうだろうね。
自分の手を直接汚さずに済む道具はどれほど便利だろうね。そして、奪う命はその重さも奪われてしまうだろう。
奪われていい命は一体どれ程あるのだろうね?」
そう聞くと、鍛冶君は泣きそうな顔になった。
「ごめんね、意地の悪い言い方をしてしまって。
けど、オレが相手にしているのは生身の人間だ。
その命の重さは決して軽いものじゃない。奪ってしまうからこそ、軽んじてはいけないんだよ。
その人はその人の信念を貫いて戦っている。そして、オレも譲れない信念を持って戦っている。だからこそ、そういう戦い方をオレはしたくない」
それは事実だ。けど、綺麗事だけでは何もできないのも事実だ。
それを知っている鬼怒川先生は少し呆れていた。
「結局、殺してしまえば命の重さなんか変わらん気もするがな」
「それでも、オレはきっと覚えていますよ」
「だとしても、お前も魔法を使って、直接手を下すとは言い難い方法も取るだろうが」
「そりゃ、相手の数が多かったり、何かしらの理由があれば魔法で一掃する事もありますよ」
「ブラックホールで戦闘機を呑み込む奴がよく言うよ」
鬼怒川先生がそう言うと、鍛冶さんがギョッと見開いた。
「えっ、ブラックホールって重力魔法の?」
「ええ、そうですよ」
サラリと答えると、鍛冶さんはより目を見開いた。
「君、重力魔法まで使えるのかい⁉」
「ええ、まあ、多少は……」
「き、規格外」
今日でこの言葉は何度言われただろう。
「けど、重力魔法を得意としていた先輩の足元にも及びませんよ」
「……誰?」
鍛冶さんは内海先輩の事ではないと判断したようだ。それは正しい。
「坂田先輩です」
「坂田家の現当主? あの人、重力魔法を使えるのか……」
取り敢えず坂田先輩の事自体は知っているようだ。
「重力魔法の使い手が比較的少ない事は存じていますが、規格外と言われる程だとは思わないんですけど」
「いや、君の使える魔法の種類が規格外なんだよ。それにブラックホールは重力魔法の中でもかなり高等な魔法だ。坂田のご当主が使えるのだとしても、君が使える理由にはならないよ」
「まあ、それはそうですね。教わったからといって簡単にできるわけではないですし、習得できるかは本人次第ですからね」
「それで習得できている君が何を言うって感じなんだけど……」
鍛冶さんはじとりとオレを見てきた。
「そう言われましても、『適性があった』というだけでしょう」
「ふ~ん」
鍛冶さんはどこか納得いっていない顔をしている。
「……内海先輩はご自身ができない事は悔しいとは思っているんでしょうけど、それでも、オレが色々と習得する事には何も言ってきませんでしたよ」
「あの子は悔しくても口にはしないだろう。特に、本人の前ではね」
「そうですね、そういう方ですからね」
「そんなあの子は、魔法人形を使った戦い方はしていたのかい?」
「いいえ。本人曰く、『制御が面倒な上に複数体に条件付けして動かそうとしたら、自分が前線に立って戦うのが厳しくなる。数の利と言うにはあまりに戦闘力が低くお粗末すぎてただの木偶だ。あれを戦闘に使うより自分で戦った方が早い。まあ、そういう戦い方をする性根の悪い奴もいるんだろうけど、自分で戦う力がないだけだろうから、そう言われたくないなら使わない方がいいんじゃない?』だ、そうです」
「お、おう。何ともあの子らしい。まあ、あの子向きじゃないのかな……」
「自律型でも常に魔力は消費されますからね。
魔力量が少ない方には合わないんでしょう」
「確かにあの子はなぁ……」
思うところはいくらでもあるんだろう。鍛冶さんはようやく納得したような顔をした。




