交渉 11
「取り敢えず、交渉はこれで終わりって事でいいのかな?」
鍛冶さんは少しばかり疲れた顔をしていた。
「まあ、おそらくそうですね。
こちらとしては依頼を引き受けていただけましたし、お渡しする報酬も決まったので問題はないですね。あとはこの内容を契約書に記して、お互いに署名すれば完了です」
「そう……。因みに、君がこういう事してるって、ご両親はご存知なのかい?」
その質問に、オレは一瞬固まった。
「えっ、えっと、学校での事は、その、話していないんです。偶に、差し障りのない程度は話す事もあるんですけど……」
「つまり、如月の指示での交渉を行ったりしている事も話していないんだ?」
「……はい」
「ご両親はかなり心配してるんじゃないかい?」
それには否定できず、顔を逸らしてしまった。
鍛冶さんはそんなオレを見て溜め息を吐いた。
「私も子供がいるからあれだけど、自分の子供が知らないところでこんな事してるって思うとゾッとするよ。
しかも君は一般人だろう?
本来無縁な事のはずだよ。勿論、戦いもね。
それをしていると知ったら、ご両親は卒倒するんじゃないかい?」
「……否定はできません。
両親としても、オレが戦闘を行っている事はあまり良く思っていないのは確かなので……」
「それはそうだろうね。
私が君の親ならきっとこの学校自体を辞めさせているよ。一般生徒ならまだしも、最前線で戦う役目を負う生徒会メンバーなんて、家の名なんか気にせずに辞めるように言うだろうね。
子供でなくとも、親戚関係にある子に対しても心配するくらいだから、実の子なら尚更だよ」
「……実際、母には何度となくこの学校を辞めた方がいいとは言われています」
「それはそうだろう。お腹を痛めて産んだ子が、いつ死んでもおかしくないような事をさせられていると思うと、気が気じゃないよ」
「ただ、オレが辞める気がないと伝えているので、無理強いをしてこないだけです。
父にしても、嫌ならいつ辞めても構わないと言ってるので……」
「つまり、ご両親は君の意思を尊重しているだけで、本当は辞めさせたいんだね。
危ない事には首を突っ込んで欲しくないと思うのは、親として当たり前な気がするけどね」
「ごもっともです」
「……まあ、ここの一般生徒は君が最前線で戦ってくれているから、何事もない日常を過ごせているんだろうけどね」
「……どうでしょうね」
「如月はある種、絶対的存在のように思われているけど、敵も多い。
その敵は混乱に乗じて攻めてくる事もあるだろう。それさえもここの生徒達に寄せ付けないように戦っているのは君だろう。
この学校にいる限りは君の恩恵を受けているのは確かなんだろうね。
何の因果かと言いたくなるね。身分あるものが一般人に守られるのを是とするこの学校は異常ではあるんだよ。
それでも、『私』が君にこの学校を辞めるように言う事はできない。
言う事ができるとしたらご両親だろうけど、君のご両親は君の意思を尊重している。
そうなれば、誰も君に辞めろなんて言えやしないんだろうね」
鍛冶さんは心配もしてくれているようで、少しばかり悲しげにそう言った。
「……すみません。
オレにできる事は少ないんですよ。本当はもっと色々とできればいいんでしょうけど、この学校の生徒という事と一般人という事、色んな制限の所為で、出来ない事も多いんです。
それでも、出来る限りの事はしたいんですよ」
真っ直ぐ目を見て言うと、鍛冶さんは溜め息を吐いた。
「私がとやかく言う事じゃないさ。
けど、君のご両親は一体どんな人なんだろうね。
危険を分かっていながらも、君の意思を尊重するなんてね」
鍛冶さんがそう言うと、鬼怒川先生がむぅっと唸った。
「どうかされましたか?」
オレがそう言尋ねると、鬼怒川先生は顎の辺りを触りながら口を開いた。
「人によっては西雲のご両親の事は知っていると思いますよ」
「はあ……」
鍛冶さんはそう言ってから、何か思い当たる事があったのか、少し思い出そうとする仕草をした。
「……君の、親戚に西雲葉一という人はいるのかな?」
「えっ、オレの父ですけど?」
何で父さんの名前を鍛冶さんが知ってるんだ?
そう思いながら答えると、鍛冶さんは目を丸くした。
「えっ、父? 年の離れたお兄さんとかじゃなく?」
「オレに兄弟はいませんよ。家族は父と母だけです」
「本当に? 親戚に同姓同名がいるとかじゃなく?」
「おそらく父以外に西雲葉一はいないかと思いますが……」
「なんでそんなに曖昧なんだい?」
「父も母も実家と縁を切っているので」
「ああ、一般人ってそういう意味のか……。
って、縁切りする程の事があったって事?
なんか色々分からなくなるけど、君のお父さんって二十代じゃないよね?
君だってもう十五、六だろう? 十代の頃の子だとしても、三十超えてる?
えっ、あの見た目で? どう見ても二十代なんだけど?」
目に見えて混乱しているのがよく分かった。
「落ち着いてください。うちの父はもう四十代ですよ」
「嘘でしょ⁉ 私と同い年とか、私より年下と言っても通用しそうなくらいに若く見えるのに⁉」
「そう言われましても……」
どうも若く見られているようだけど、そんな二十代なわけはない。
「本当にあれで四十代?」
「あれでと言われましても、父も母も同い年ですが、二人して大学を卒業後、社会人を経験してからの結婚でしたし、それから一、二年でオレが生まれてますが、そうなると、どう計算しても四十近いでしょう?」
「それは……そう、だけど」
そう言っても受け入れられないようだった。
「そんなに若く見えますか?」
「誰がどう見ても、若く見えると思うよ。
肌のハリとツヤが四十代ではない」
きっぱりと言われるが、オレにはよく分からなかった。
「そうですか……」
「まだ君の年の離れたお兄さんとかなら納得いくような見た目だよ」
「はあ……。
しかし、父とはどういう経緯で知り合ったんですか?」
オレとしてはそっちの方が気になる。
「ああ、まあ、色んな所の社長が代わる代わる連れてきたんだよ」
「は?」
理解できず、呆けた声が出てしまった。
「うちにもお得先はあるんだよ。そこの社長達が連れてきたんだよ」
「えっと、うちの父とその社長さん達と知り合い、なんでしょうか?」
「そうじゃないと連れてこないと思うよ。
どういう風に知り合いなのかも詳しくは知らないけど、君のお父さんって本当に一般人なんだよね?
実家と縁切りしただけで、元は良いところの出とかじゃないよね?」
「違うはずなんですけど……」
違うと言い切りたいが、そこまで経済力の強そうな人と知り合いだと言われると、オレもどういう繋がりだと問い詰めたくなる。
「それにしては、あまりに洗練された所作と雰囲気だったけどね」
「そう言われましても……」
「君のお父さんはあちこちの社長を骨抜きにしているようだったしね」
そう言われて思わず噴き出した。
「は? え?」
「いや、一番最初に連れてきたハゲ狸……失礼、とある社長がね、いつもは不機嫌な顔で横柄な態度を取るくせに、君のお父さんを連れていた時は、それはもう見苦しい程にデレデレしていたからね」
「えっと……」
所々棘のある言い方だったのは、きっと気のせいではないんだろう。
「だからその社長に『貴方様の愛でている花ですか?』と聞いたら、『そんな失礼な言い方をするな!』と怒られはしたけどね」
「愛でている花……?」
「ああ、こういう言い回しは知らないのかい?
平たく言うと愛人の事だよ」
「は? あっ……」
なんて事を言い出したんだと思って、驚き過ぎて、上手く言葉を紡げなかった。
「ああ、すまないね。ただ、そのくらいハゲ狸がデレついていたんだよ」
「ハゲ狸……」
「ああ、そこは聞き流してくれ」
「はあ……」
「まあ、その後はその社長に『彼は誰一人として手にする事はできない絶対不可侵なのだよ』と気持ちの悪い顔で言われたよ。
それを言うのは一人二人ではなく、誰も彼もがといったようだったよ」
「えっと、理解が追い付きません」
普段、柔らかな笑顔を浮かべている父さんだが、そんなにあらゆるところで好かれながら、全くその素振りも見せず、争いを起こさせていないという事なんだろう。
父さんは争い事が嫌いと言うより、面倒事が嫌いだ。オレもそういうところがあるから分かる。
だが、他者が見て分かるような異常な目を向けられている事に気付かないわけじゃないだろう。きっと無視してるか、気付かないふりをしているんだろう。
それはまだいい。
絶対不可侵ってなんだ?
意味が分からない。
そんな事を思っていたら、鍛冶さんが説明してくれた。
「色んな人の話を聞く限り、誰も手を出してはいけない、抜け駆け禁止といった事が暗黙の了解だそうだ。
だから、何かしらの誘い……食事とかもだろうけど、うちの見学とかも、普通は身分の高い人間が誘ったら、身分の低い人間は断れない。
だが、君のお父さんに関しては、本人が断ったら、すんなり引かなければいけないというのも暗黙の了解だそうだよ。
無理強いをしない、嫌がる事をしない、本人の意思を尊重する。
そういう風になっているから、絶対不可侵と言われているようだよ」
「それを聞いて、どう反応すべきか悩みます」
「まあ、私も何度か顔を合わせているけど、君のお父さんだとは思わなかったし、あまり親しくなろうとは思わなかったよ」
「それは何故ですか?」
お得意先と親しい人間ならば、多少なりとも縁を繋いでおきたがるのが普通だろう。
オレのその考えが分かったのか、鍛冶さんは少し困ったような顔をしていた。
「……君のお父さんは、あまりにも自然に、あまりにも綺麗に微笑んでいたからね。
それは薔薇や桜なんかより美しいと言われてもおかしくない程だ。
そして、直感的に『近付き過ぎてはいけない』と思ったんだよ。
だから、お客以上に親しくはなりたくないと思って、ある程度の距離を保ったんだよ」
「はあ、そうなんですね」
父さんを花で例えられると思っていなかったから、余計に理解に苦しむが、あの微笑を綺麗だという人はきっとたくさんいるんだろう、とは思う。




