交渉 10
「まあ、報酬の話は取り敢えずこれで終わりだけど、少し確認事項があるんだけど、いいかな?」
鍛冶さんは、オレらの話が終わったのを見計らって、そう言ってきた。
「確認事項、ですか?」
「ああ、賢者の石についてだよ」
「……大きさとかですか?」
「あとは加工をどうするか、だよ。
君は神杖の側だけを求めてきたけど、賢者の石はどうやってはめる気だい?
大きいと加工で小さくしなければいけないし、小さすぎるのなら、はめるところを工夫しなければいけないからね」
「加工……。正直、保管というのもある意味難しくて、未だに大きくなっていってるんですよ。そうなると、今の大きさより一回りくらい大きくなりそうなんですよ」
「えっと……、君はどうやって賢者の石を作ってるんだい?」
そう言われて説明をしてない事に気付いた。
「えっと、召喚魔法はご存知……ですよね?」
「ああ、知っているとも。もっとも、私は失敗した人間だけどね」
「あっ、えっと、すみません」
「いや、この学校の生徒会メンバーなら、ほとんどが成功しているだろうからね。
で、召喚魔法がどうしたんだい?」
「召喚魔法で召喚した召喚獣が住む為の空間があるのはご存知ですか?」
「ああ、召喚者の魔力で満ちた空間で、まだ未熟な召喚獣はそこで魔力の供給を受けて成長するんだろう? 成熟した召喚獣も召喚者の魔力の供給を受ける事でより強くなるという事は聞いた事があるよ」
「その空間に核となる魔力の塊を入れておく事で、その核が魔力を徐々に吸収して大きくなっていくんです」
「つまり、魔核に魔力の吸収をさせる方法で賢者の石を作ってるって事かい?
作り方としては研究用のものと大差はないけれど、魔力の供給源は一人の人間という事と、一定の魔力が常に満ちている空間だからこそ大きくなるのは速いってところかな」
「詳しく説明せずとも理解していただけるのは有り難い事です」
それが少しばかり怖くはあるが、内海先輩の知り合いなのだから当たり前の事なのかもしれない。
「理屈は分かっても私にはできないけどね。
召喚魔法も成功はさせられなかったけど、魔核を用意できないだろうからね。
あれは研究用でも作るのは難しいと聞くよ。下手すると爆発するらしいからね」
「まあ、魔力の凝集物質ですからね。下手するとその魔力が周囲に飛び散るんで、爆発も起きるでしょうね」
「そんなものをよく作れたね」
「それは、まあ、内海先輩に鍛えられてましたから……」
きっとそれがなければ上手く作れなかっただろう。
「ははっ、あの子は規格外だからねぇ」
「……内海先輩の作った賢者の石はどのくらいの大きさだったんですか?」
「小指の爪ほどの大きさだよ。
それでも鑑定眼で視たら賢者の石に相違なかったよ」
「そうなんですね」
どのくらいの期間で作ったか分からないけど、きっと自分では欲しい時期に欲しい大きさにならないと判断したんだろう。
「で、君のは?」
「ああ、お見せした方が早いですね」
オレはそう言って、召喚獣の過ごしている空間を開いた。
すると、鼻先がニュッと出てきた。
「ああ、ごめん。今回も外には出してあげられないんだよ」
そう言いながら撫でてやると、気持ちよさそうにキュゥと鳴いた。
「……君の召喚獣はドラゴン?」
「ええ、そうですよ」
「有翼種?」
「はい、そうです」
「それはまた……。かなり希少なものを召喚したんだね。
しかし、その鳴き声って事は、まだ幼体かい?」
「よくお分かりになられますね」
「まあ、ドラゴンの類は成体になると、かなり低い鳴き声になるからね。
それだけ高い鳴き声って事は生まれてまだ数年かそこらだろうね。
それにしては大きそうだけど」
見える鼻先だけでも大きさは予想できるのか、鍛冶さんは少しばかり顔を引き攣らせていた。
「そうですね。オレが召喚した時はまだ手乗りサイズだったんですが、今はこの学校の校舎くらいにはなってますよ」
「それだけ君から魔力の供給がされているっていうのと、元々大きくなりやすい種なんだろうけど、それ以上大きくなったら、どこにも出せない気はするけどね」
「そう、ですね……」
分かっている事だけど、少しばかり寂しく思ってしまった。
「……あまりそういう表情をしない方がいい気がするけどね」
鍛冶さんは目を手で覆ってからそう言った。
「えっと、変な顔してましたか?」
「無自覚かい? 質が悪いねぇ」
未だに目を覆っている鍛冶さんがそう言った。
「すみません。意味が理解できません」
「……そうかい」
鍛冶さんはそう言うと、目を覆うのをやめた。
「はあ……」
そう言うと、オレの召喚獣は自分が構ってもらえないのがつまらないのか、鼻先でオレを突いてきた。
その様子に思はず口元が緩んだ。
「まったくもう。本当に可愛いなぁ」
そう言って撫でてやると、嬉しそうな鳴き声が聞こえた。それと同時に背後でバタッという音がした。
後ろを振り向くと、数人の生徒が倒れていた。
「えっ、どうしたの?」
「副会長の所為っスよ」
鍛冶君に冷たい声でそう言われた。
「えっ、オレ、何かした?」
「ええ、顔面凶器を振り翳してましたよ」
「どういう事?」
「無自覚ド天然による無慈悲な攻撃っスよ」
「ごめん、本当に意味が分からない」
自分の知っている言語で話してくれているはずなのに、意味は一切分からなかった。
「そのうち死人がガチで出そうなんスけど」
「なんで?」
「自分の顔面自覚してくださいよ」
「どういう事?」
こんな平凡な顔なのに、一体何を言っているのか分からなかった。
「普段眉間に皺寄せて過ごしている人間が、蕩けそうな微笑浮かべれば倒れる人間もいますよ」
「えっと、そんなに見苦しい顔をしてた?」
「……もういいっス」
鍛冶君は呆れたような顔でそう言った。
「君はもう少し自分の価値を見直す必要があると思うよ」
鍛冶さんが少し憐れむような目をしながらそう言ってきた。
「はあ……?」
「まあ、今は何を言っても無駄なのはよく分かったよ。
で、賢者の石は?」
鍛冶さんは話を戻したかったようで、そう言ってきた。
「あっ、すみません」
オレはそう言ってから、召喚獣の方に向き直した。
「ごめん、またアレを取り出したいんだ」
そう言うと、深紅の石を差し出してくれた。
「ありがとう」
お礼を言って撫でてやると、機嫌良さそうにキュゥと鳴いてから、奥に引っ込んでいった。
「これですよ」
そう言って鍛冶さんに見せると、鍛冶さんは口をぽかんと開けた。
「……えっ、デカッ」
鍛冶さんからそんな言葉が漏れた。
「大きい、ですか?」
「私が今まで見てきた中では最大サイズだよ」
「そうなんですね。オレは自分で作ったものしか見た事がないんで、基準が分からないんです」
「あ~……。まあ、それは仕方ないかもしれないね。
しかし、一人の人間の魔力で作られると、これ程に透明感が増すんだね。
私が見てきたもののほとんどが研究用だから、濁りとかもあって、これ程までに綺麗な印象はなかったよ」
「そうなんですね。
けど、大きいとなると、加工は必須でしょうか?」
「あっ、いや、石をはめるところは今から作るからどうとでもなるんだけど……。
これからも大きくなるって言ってたよね?」
「はい」
「今の大きさに合わせて作ると加工は必須になるよ」
「それはそうですよね」
「だからこそ、どうするか、だよね。
ただ、こっちとしてはその大きさの賢者の石は預かりたくないんだよ」
「ああ、これを持ってると知れたら、何かしら狙われますよね、きっと」
「そういう事。だから、君が持っている方が安全だとは思うんだけど、そうなると君がはめる事になるだろう。
そうなった時に加工をどうするかなんだよ。
どのみち、微調整はいると思うんだよ」
ピッタリの大きさでないといけないという事なんだろう。
「通常の加工はどのように行うんですか?」
「特殊な溶剤があるんだよ。それに浸けて、徐々に小さくしていくんだ」
「ああ、魔力分解の溶剤ですか」
「それは知ってるんだね」
「存在は知っていますけど、流石に持っていないのと、魔法具製作管理者の資格があっても、それは扱えないですよね」
「うん。他の資格がいるよ。私は持ってるから使えるけど……」
それでもこの大きさの賢者の石の加工はしたくないんだろう。
「どのみち、それで加工するって事は預けないといけなくなりますよね」
「そう、だねぇ……。
君は小さくしなければいけなければ、どういう方法を取ろうとか考えていたかい?」
「そうですね。魔力で切断できればいけるかなぁとは思っていたんですけどね」
その場合、球体にはならないだろう。今でも球体とは言えないくらいに、表面には凹凸がある。
「は? えらく力業な方法を考えていたんだね」
鍛冶さんは何とも言えない表情をしていた。
「できないでしょうか?」
「普通はそんな方法を考えないよ。魔力の凝集したものに魔力をぶつけるような事、普通はしないからね」
「ああ。まあ、他の人が作ったものなら、オレもしませんよ」
「つまり君自身が作ったものだからって事かい?」
「はい」
「まあ、君の魔力の親和性、加えて君自身の魔力で作ったものだから、他のものより安全なのかもしれないけどね」
鍛冶さんは若干呆れていた。
「魔力分解の応用で切り離せばいいかと思っていたんですけどね」
「まあ、理屈の上では可能だけど、かなり難しいと思うけどね」
「確かに球体にはできないと思いますけど」
「ん? ああ、別に球体である必要はないよ。言うのを忘れていたね。申し訳ない」
「えっ、球体じゃなくていいんですか?」
「いいよ。と言うより、石座を作って、そこには石を留めておくツメもちゃんと作るから、そこに合う大きさなら形は特に気にしなくていいんだよ」
「あっ、そうなんですね」
「ただ、大きすぎるとはまらないし、小さすぎると外れるからね」
「ああ、そういう事ですか」
「説明不足だったね。てっきり知っているものだと思っていたよ」
「いや、えっと……、資格は持っていても、魔法具に触れる事自体が少なかったんで、ほぼほぼ素人なんです」
「君みたいな素人は今まで見た事がないけどね」
「そう言われましても……」
「加工にしても、君が魔力で加工したいっていうのなら止めはしないけどね」
少しばかり呆れた声に聞こえた。
「……溶剤に溶かすと、それは廃棄しないといけませんよね?」
「ん? まあ、そうだね。再利用はできないから、然るべき方法で廃棄しなければいけないよ」
「もし、欠片ができれば、それは他に使えますよね?」
「……何か他に欲しいものでもあるのかい?
それとも売ってお金にでもするのかい? 小さくともかなりの値はつくとは思うけど」
「売る気はないですけど……」
「何か欲しいの?」
「欲しいと言うか……」
「えらくはっきりと言わないけど、やましい事でもあるのかい?」
「やましくはないですよ。ただ、どのくらいの欠片ができるのかはその時にならないと分からないんで、数がなければ意味はないですし……」
「数が欲しいの?」
「まあ、ちょっと……」
「……君がどうしたいのかは今は聞かないでおくよ。
まあ、何か頼み事があるのなら、またはとこ殿経由でしてくれたら構わないよ」
「ありがとうございます」
お礼を言うと、鍛冶君は一瞬驚いた表情をしたが、すぐに戻した。
「まあ、いいけど、俺はまた巻き込まれるってわけね」
「その時は宜しく頼むよ」
「俺にも何かないと見合わない気がするんスけどね」
「そう言われても、オレに渡せるものはあまりないよ」
「……別に金取ろうとは思ってないんで、イイっスよ」
「どのみち対価はこちらが貰う事になると思うし、君は気にしなくていいよ」
鍛冶君を窘めてから、鍛冶さんはそう言った。
「そうですか。
取り敢えず、賢者の石はまた戻しますね」
「ああ、態々出してもらってすまないね」
「いえ」
オレはそう言いながら、賢者の石を元の場所に戻し、空間を閉じた。




