訓練二日目
神在さん達がいたところは防御担当の人達の訓練している場所に程近く、少し危ないんじゃないかとも思ったけど口出しするのは止めた。
佐々山君と卯月谷君もその近くを走っていた。
「二人ともどう?」
オレが聞くと水無月さんが疲れ切った顔をした。
「駄目よ、この子。体が硬すぎるわ」
体が硬いと言われた神在さんはぐったりとしていた。
「そ、そんなに硬いの? イメージなかったんだけど……」
「私もイメージなかったわよ。普段あんなに動いてるくせにどういう筋肉してるのかしらね。
ほら、前屈でも何でもいいから見せてあげたら? 本当に酷過ぎるんだから何かアドバイスでも貰いなさい」
水無月さんは神在さんを小突きながら促した。
そして、神在さんは大人しく従って前屈をするが、それはとても酷かった。
「えっ、本当にそれが限界?」
「げ、限界です」
プルプルとはしているが、なんと言うかとほとんど曲がっていない。
「……ぷっ、ふ、はははっ、ご、ごめん。ふふふ、笑ったら失礼なのは分かってるんだけど、あんまりに酷いから……ははは」
失礼なのは分かっていたが、あまりにもおかしくて笑ってしまった。
「あ~、お腹痛い。笑ってごめん。失礼なのは分かっていたんだけど、ついね」
笑い過ぎて涙が出てきてしまい、それを拭った。
そこでやっと周りがオレの事を驚いた顔で見ている事に気付いた。
「……何? なんでみんなそんな顔してんの?」
「いや、だって、西雲君が笑うの初めて見たもの。貴方って笑うのね」
「そりゃオレだって人間だから笑いもするよ。それを言ったら水無月さんだって人の事言えないくらい笑わないと思うけど」
「それはそうかもしれないけど……」
人の事を言えない人に言われるのが一番嫌だ。
心外だといったように腕を組み、むっとしていると会長がオレの元に走ってきた。
避けないとぶつかりそうだったので、思わず避けたが、その所為で、長月君と師走田君が避けきれなかったようで腕にぶつかられたようだった。
二人とも痛そうに腕を擦っていた。
「行き成り突っ込んできてどうしたんですか?」
呆れた声で聞くと、会長はオレの方に向きなおし、飛びついてきた。
予想外過ぎてこれは避けきれなかった。
「葉月ちゃんが笑った!」
「は? なんです? それがどうしたんですか」
「だって、すっごく久しぶりだよ! もう何年振りって感じだもん!」
会長は小さな子供のように飛び跳ねた。
「別にいいでしょ。オレが笑おうと笑わまいと」
「よくない! 私は笑っていて欲しいの!」
真っ直ぐな目でそんな事を言われると流石に恥ずかしかった。
会長の事をバッと引き剥がして、訓練に戻るように伝えた。
会長は最初は渋ったが、それでもやらないといけないのが分かっているからか、比較的素直に戻っていった。
オレの周りでは攻撃担当のメンバーがみんなぽかんとした顔でオレを見ていた。
き、気まずい……。
「と、兎に角、オレの事はいいから訓練するよ。走り込みしてた二人は続けて! えっと、他のメンバーは……」
ああ、頭が回らない。冷静さを欠くと碌な事がない。
「えっと、神在さんは明日も柔軟も追加でして欲しいんだけど……」
「また、私が付き合わされるの? 嫌なんだけど」
心底嫌そうな声で水無月さんがそう言ってきた。
「えっと、どうしようか。他の攻撃担当は男ばっかだし……会長にでも頼もうか」
「嫌です! 会長以外だったら誰でもいいんで、会長以外にしてください!」
神在さんは会長だけは断固拒否らしい。
「えっと、でも、他男子ばっかだよ?」
「それでも構いません」
会長と組むくらいなら男子と組んだ方がマシらしい。二人が仲良くないのは分かっていたけど、ここまで酷いとは思わなかった。
「じゃあ、卯月谷君とでもいい? 彼も体力は増やした方がいいし、少しでも運動させた方がいいだろうし」
「畏まりましたわ」
卯月谷君ならいいらしい。
取り敢えず、卯月谷君には後で決定事項として伝える事にした。
「えっと、走り込みが今日まだ終わってないのは?」
それを聞くと神在さんだけが手を上げた。
「じゃあ、走り込み開始してもらっていい?」
オレが言うと神在さんはすぐさま走り込みを始めた。
「じゃあ、他の人達の訓練始めるから、少し広い場所に移ろうか」
流石に人が近いところで訓練すると危ないので、オレ達は移動した。
「長月君と水無月さんはコントロールは良いから威力を高める訓練を行いたいんだ」
「でも、昨日の見て分かったと思うけど、私使えない属性があるんだけど……」
「使えないのは適性の問題だから仕方ないよ。使えるのを強化していけば問題ないよ」
水無月さんは自分が使えない属性がある事に引け目を感じているようだが、それは天性のものだから仕方ないとオレは思う。
「取り敢えずどの属性でもいいから二人とも魔法を打ち続けて。的が無いとやりにくいと思うからオレが適当に出しからそれに向かって打ち続けといて」
オレはそう言うと無属性の大きな壁を出現させた。
「霜月君は今日は水属性のみで訓練しようか。師走田君と共にオレに向かって攻撃してくれ。師走田君はどの属性でもいいよ。オレは避けたり、相殺程度の魔法は使うから二人はオレに当てられるように頑張ってくれ」
「は? 当たんねぇって言いたいのかよ」
オレの言い方が癇に障ったらしく、霜月君が突っかかってくる。
「今のままでは当てるのは難しいと思うよ」
「はっ、すぐに当ててやるよ」
「そう。じゃあ、訓練開始だ」
オレはそう言うと二人から距離を取った。
各々言われた訓練内容を開始し、一時間くらいが経っただろうか。走り込みをしていた三人がふらふらになりながらこちらへ向かってきた。
「攻撃止め!」
オレのその合図で全員が攻撃を止めた。
霜月君は結局オレに一撃も食らわせる事はできなかった。
「走り込み終わった?」
オレが三人に言うと三人ともカウンターをオレに見せてきた。それぞれ伝えた距離はちゃんと走ったようだ。まあ、若干名走ったとは言えない人もいるが……。
「卯月谷君は明日からは神在さんとの柔軟も追加だからね」
その言葉に卯月谷君はショックを受けたのか、不貞寝の態勢に入った。
「こら、寝転がるな」
怒られるのは流石に嫌なのか、卯月谷君は渋々立ち上がった。
「取り敢えず、後から来た三人は水無月さん達と同じ訓練をしてもらう。オレがそこに壁を出してるから、それにどの属性でもいいから攻撃して。神在さんはなるべく真っ直ぐ飛ばしてね」
名指しされたのが恥ずかしかったのか、神在さんは少し俯いて小さな返事を返した。
「あと、水無月さんと長月君はもう少し弾速速くね。オレが終了って言うまでは続けるように。それじゃあ、開始」
それを合図に訓練を再開した。
その日は日が落ちる少し前まで訓練を行った。
終わった頃にはみんなへとへとだった。
「じゃあ、今日はここまで。明日も同様の訓練を行うから」
その言葉にみんなどっと疲れた顔をしていた。
「少し伺ってもよろしいでしょうか?」
聞いてきたのは師走田君だった。
「何?」
「この訓練はいつまで行うのですか?」
「まあ、ずっとと言えばずっとだけど、自分に必要なものが分かっていたら自分で訓練内容組んでくれてもいいよ。どうする?」
「えっと……、正直自身の弱点があまり把握できていません。それに今日は副会長に一撃も当てられませんでした。なので、自分自身で内容を組むというのは難しいです」
正直なのは良い事だ。
「うん。じゃあ、この訓練を続けていこう。師走田君の場合、かなりバランスが取れてる。だからこそ、実戦に近い形の方がいいとは思う。できれば森で訓練を行いたいんだけど……」
オレは他のメンバーも見ておかなければいけない。そうなると森に行ってというのは無理だ。
「もし、問題がないのなら師走田君と霜月君が森に入って、お互いで実戦形式の訓練を行ってもいいんだけど……」
「それはつまり互いに攻撃し合えと?」
「簡潔に言えばね。もちろん戦略も自分達で練ってってしてくれてもいいけど……」
「なんでそんなに歯切れ悪んだよ?」
少しイラついた声を出したのは霜月君だった。
「森はオレがトラップ魔法仕掛けてるのは知ってるだろう? あれに引っ掛かられても困るし、魔法を当てられて解除されても困るんだよ。それを張り直せるなら別だけど……」
オレの言葉に二人はだんまりだった。
「もし直接の攻撃系が嫌なら、トラップ魔法とかしてみる? 取り敢えず、魔法解析学と構築学とかを頭に入れてもらう事になるけど……」
「その二つって大学の専攻ですよね? 場合によっては一生関わらない分野ですよね?」
「まあ、そうだね。オレは小学一年の時に叩き込まれたけど」
サラッと言うと、みんなは化け物を見るような目を向けてきた。
「言っておくけど、みんな入った時期がもしオレと同じだったら同じ訓練させられてるんだよ?」
呆れたように腕を組みながら言うとみんな目を逸らした。
「まあ、オレは無理にとは言わないよ。で、どうする? 今日と同じでいい?」
「……はい。今日と同じものでお願いいたします」
師走田君は少し考えてからそう返答した。
「じゃあ、今日はもう日も暮れた事だし早めにみんな帰ってね。帰り道とか危ないだろうから女の子は一人で帰らないようにね」
「西雲先輩は帰られないのですか?」
神在さんが少しもじもじしながら聞いてくる。
「ああ、オレは会長と少し残って書類整理とかするから」
「それだと、会長も女性なのに遅くなってしまうのでは? いいのですか?」
女の子に一人で帰るなと言っておきながら居残りさせるのはどうなんだといったニュアンスで長月君が聞いてくる。
「ああ。大丈夫。家が近いからオレが家まで送るし」
サラッと言うと神在さんが絶叫する。
「西雲先輩が家まで送るんですか? で、でしたら私も残って……!」
「いや、いいよ。そんなに掛からないだろうし。神在さんももう疲れてるだろうから早く帰って休んだ方がいいよ。オレと会長は慣れてるし、大丈夫だから」
入って一か月くらいの人がいても作業が遅くなるだけだ。そっちの方が勘弁なので断ると神在さんは肩を落としていた。
「みんな気を付けて帰ってね」
オレはそれだけを言うと会長の元に向かった。
「あら、そっちは訓練終わったの?」
「ええ。こっちはまだですか?」
「ううん。もうこっちも終わろうかなって思ってたところよ。暗くなってきちゃったしね」
「ええ、早く帰らせてあげないと夜道は危ないですから」
みんな家の人を呼ぶなりなんなりしてくれればいいんだが……。
「そうね。じゃあ、文月ちゃんも唯ちゃんも今日はお疲れ様。気を付けて帰ってね」
「はい。失礼します」
二人はそう言うとすぐさまこの場を後にした。
「取り敢えず、今日取れたらデータ教えてくださいよ」
「うん。じゃあ、生徒会室行こうか」
オレと会長はこの日も居残り確定だ。だが、これで粗方データは集まった。
後は先輩達が来るその日まで訓練を続ける事だけだ。