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交渉 8

 暫くして、全てを視終わったらしく、鍛冶さんは目頭を押さえて、フーッと息を吐いた。

「如何でしたか?」

 オレがそう尋ねると、鍛冶さんは少し疲れたような顔をしていたが、目頭から手を離し、淡く微笑んだ。

「品質も大きさも申し分ないよ。これだけあれば十分作れるだろう」

「なら、制作をお願いします」

「作るのは構わないよ。だけど、勿論、タダでとはいかない。

 君が作ったアイテムボックスだけでも、勿論、足りないよ。

 まあ、これだけ素材を揃えてもらっているから、かなり割引くけどね」

「実際どのくらいでしょう?

 この間、鍛冶君に提示したものは高すぎると言われまして……」

「何を提示したんだい?

 こちらは高すぎるものとしか聞いていないんだ」

 オレはそう言われて実物を見せた方が早いと思って取り出した。

 それを見た鍛冶さんは目を右手で覆ってから上を見上げ、大きく息を吐いた。

「ある程度のものは出てくるだろうと覚悟はしていたよ。

 ただね、その大きさの、しかも雫型の人魚の涙が出てくるなんて誰が予想できるんだい?

 と言うか、君はどこでそれを手に入れたんだい?」

 鍛冶さんは顔をオレに向けて、少し睨むように見てきた。

「報酬でいただいただけですよ。好きに使っていいと言われましたので、財産価値で言うとかなり高いかと思いまして」

「確かに高いけど、高すぎるよ。

 因みに何の報酬?」

 未だに表情を険しくしている鍛冶さんにそう尋ねられ、オレは鬼怒川先生を見ながら口を開いた。

「あれは……厳密に言うと何になるんでしょうね?」

「俺に聞くな」

「そう言われましても、説明が長くなるじゃないですか」

「説明すればいいだろう?」

 そう言われてオレは頭の後ろを掻いた。


「えっと……。最初に中立派の魔法学校がここに助けを求めに来たんです」

「ここというのは如月魔法学校の事だろうけど、いつの話だい?」

 鍛冶さんは腕を組みながら、そう尋ねてきた。

「あっ、すみません。オレが小学四年の頃です」

「内海達が卒業した翌年度か……。あの辺りは魔法学校の解体が多かったからね」

「ええ。表立って反政府に加担していたところは取り壊されましたし、それ以外のところもかなり打撃を受けましたからね」

「不当な財産没収とかもあったからね。

 正直、学校以外もあったけど、学校に関しては裁判もあって、財産の返還があったからね。

 うちなんか、戦いに必要だからと、国に巻き上げられた魔法具は一切返ってこなかったけどね。まあ、何をどれだけというのは控えていたから、それを元に金銭に換算して返還を要求して、通ったものは返ってきたからマシだけどね。

 一部は知らぬ存ぜぬで返ってこなかったから、未だに腹立たしい出来事だよ」

「あの時期は色々ありましたからね。

 まあ、その裁判についてご存知なら、話が早いですね。と言うか、その報酬です」

「……はあ?」

 鍛冶さんは呆けた顔でそう言った。

「だから、その裁判の報酬です」

「意味がちょ~っと分からないかな。もう少し詳しい説明をお願いしてもいい?」

 鍛冶さんは頭を押さえながらそう言ってきた。

「えっと、如月魔法学校に中立派の魔法学校の方が助けを求めに来たんですが、会長があまりに忙しく、オレに任せるとおっしゃったので、取り敢えずできる範囲で手を貸しただけです」

「ごめん理解できない」

 鍛冶さんは頭を抱えてそう言ってきた。

 鬼怒川先生は軽く溜め息を吐いた。

「お前の説明が雑過ぎるからこうなるんだぞ」

「でも、ざっくり言うとこういう事ですよ?」

「ざっくり言い過ぎだ」

「はあ……」

 オレの反応を見て、鬼怒川先生はまた溜め息を吐いた。


「あの時は中立派の魔法学校の理事長だとか、校長、他にも私立の魔法学校の代表とかが数人集まって、如月魔法学校に助けを求めたんですよ。

 ただ如月には何のうまみもない。だから金銭的援助はしないという話になった。

 それでもと言ってくるから、如月が西雲に手を貸したいのなら貸してもいい。判断を任せると言った。

 西雲はそれを受け、助けを求めてきた先に『裁判を起こし、国から不当な財産の没収の撤回、および、裁判費用の請求、その他諸々を勝ち取れればどうにかなると思いますけど、どうします?』と言って、それに賛同したのが、僅かな財産を持ち寄って、裁判を起こした。

 その裁判の流れを全て作って、弁護士とかに全て指示をしたのは西雲で、勝訴まで導いた。まあ、その間に色々あったようで走り回ってましたが、それで多くの中立派の魔法学校は西雲に恩ができたが、西雲は如月の指示により話を受け、動いたまでだと言った。

 その裁判で財産を取り戻した人間の中で、人魚の涙を所持している人間がいて、この状態でそれを持っているのは不都合なのもあって、報酬という名で一般人である西雲に人魚の涙を渡したんですよ」

 鬼怒川先生は渋々とではあったが、当時の説明をした。

 鍛冶さんは何とも言えない顔をしていた。

「なんか、もう、流石、内海の後輩とも言えないレベルで、すでに過去がエグいんですけど」

「まあ、如月の手足として一番動いてた時期がその辺りなんで、国に対してだろうが、何だろうが、敵とみなした相手は徹底的に潰しにかかる勢いだったんですよ。

 だからこそ、如月の姫の番犬とか言われてたんですよ」

「ああ、はい……。もう、何と言うかです。はい」

「心中お察ししますよ。ここの教員は何つー方向で育ったと全員が思ってますよ」

 それを聞いて、鍛冶さんは俯いて深い溜め息を吐いた。


「先生は徹底的にって言いましたけど、オレとしては納得いってませんよ。

 財産を奪われた人はもっといるわけですし、全員が全額返還されたわけじゃない。

 逆に多く返された人もいる。その理由が分かっているからこそ、もう少し叩けるだけ叩いておけばよかったと思ったくらいですよ」

「それをしたら、裏で動ける範囲を超えるだろうが」

「それはそうですけど……」

 そう言うと、鍛冶さんはオレに話し掛けた。

「君の名前を当時聞く事がなかったけど、全部表に出ずにやってたって事?」

「そうですよ。表舞台では動かないように、如月が揉み消せる範囲でっていう条件の元で動いてたんで」

「なんか、もう、本当に異常……」

「異常って、そんな事ないと思うんですけど……」

 そう言うと、鍛冶さんは噛みつく勢いで話し始めた。

「小学四年で裁判を裏で動かすのが君の普通だっていうのかい?

 しかも、国を負かすような裁判を!

 その一件でそれだけの人間と関わって恩を売ったって言うんだい?

 それだけ大きな事を成したのなら、数年の時が経とうと、その恩は消える事はない。

 それどころか、一部では伝説化されているに決まっているさ。そうでなくとも、あの時の裁判は上流階級の人間は勿論、一般人でも知っている。

 世論は国ではなく、原告側に味方した。それがどれだけの事か君には分からないのかい?

 普通の子供では有り得ない事を君はしてるんだよ」

「えっと……、すみません?」

「別に謝って欲しいわけでもないし、悪いと思っていない事に謝られても困るよ」

「すみません」

 もう一度謝ると、鍛冶さんは小さく溜め息を吐いた。

「正直、かなりの功績だろうし、ある種の英雄と称えられてもおかしくない出来事だよ」

「英雄なんて有り得ませんよ」

「そんな事はないだろう。多くの人が語り継いでいる裁判で、弁護士も裁判官も何もかもが伝説のように語り継いでいる。

 スポットライトが当たっているのは、その時、弁護を務めていた人とかしかいない。

 だが、本当の事を知っている人間としては、真の英雄は君だと言うだろう。

 だからこそ、如月の元に君がついているのなら、誰一人として、如月に反抗の意は示さないんだろう。

 どれだけの大きな事か、君はもう少し自覚しておいた方がいい」

 オレは否定も肯定も出来なくて黙った。

「まあ、言われるわな」

 鬼怒川先生は自業自得だといったような感じだった。


「……でも、オレの功績では駄目なんですよ」

 鬼怒川先生は分かっているから気まずそうに顔を背けた。

「けど、君の功績のはずだよ? それこそ、如月がとか、そんなのは関係なく、動いたのは君自身なんだから」

「……そういうわけにはいかないんですよ」

「何故?」

 気まずげに鬼怒川先生を見ると、眉を寄せられた。

「……如月は、ここの生徒会長をしている如月は西雲を守ると最初に言ったんですよ。それもあって、理事長が条件を出した。その条件が、使える人材に育てろだった。

 だからこそ、功績は責任を持った人間のものになる。

 それは上流階級によるある事だ。

 従者の功績は主のもの。その功績を作る為の環境を整えたり、実力を付けさせるのは主の役目だからな。

 だからこそ、下の功績は上の功績になる」

「けど、主従関係ではないでしょう?」

 鍛冶さんのその質問の答えは『その通り』だ。けど、それだけで片付けられない。

「主従関係ではないです」

「なら……」

「それでもオレがここにいる条件でもあるんですよ」

「どういう事?」

 オレはまた鬼怒川先生を見た。

「お前はどうしてそういう時だけ助けを求めるんだ。

 まあ、お前自身はそれを口外する事を理事長に控えるよう言われてるからな」

「えっと、ご説明願いたいのですが……」

 オレを睨むようにしていた鬼怒川先生に、鍛冶さんは気まずげにそう言った。

「……少しばかり色々あったのは事実なんですよ。

 ここの入学自体は生徒会長をしている如月の要望で、許可をしたのは理事長です。

 ただ、あの戦いの後、一般人を魔法学校に入学させるのを是としないのが政府の方針となってしまっている。それは在籍している一般人に対しても言える事で、中立派とかは入学許可している生徒もいなくはないが、それでも肩身は狭い。

 区切りのいいところで一般の学校への進学を勧められる事も多い。

 それはこの学校も例外ではなかった。

 だから、西雲以外にいた一般人は区切りのいいところで外部進学するか、戦いの後に中途退学して、他の一般学校に編入したりしていた。

 西雲は生徒会にも入っているが、特例として扱い過ぎるのもよく思わない人間は勿論いた。

 だからこそ、理事長が外部進学の話を持ちかけた事もあった。

 まあ、その辺りに如月は荒れてたように思うが……。

 それは置いておくとして、無条件で特例を活かしながら在籍許可は難しいという事だった。

 だからこその条件として、特待生の条件に加え、己の功績はこの学校の功績として扱う。それを認められないのなら、温情として推薦書は書いてやるから外部進学しろって話だった。……まあ、そんな感じですよ」

 あらましを鬼怒川先生が説明すると、何とも言えない空気が流れた。

「えっと、戦いでも活躍して、この学校を守っていた子に言う事じゃない気がするんですけど」

「まあ、それに反発を示す教員はいましたよ。

 だが、所詮如月の当主に雇われてここにいる身なんで、あまり強くも出られないんですよ」

 鍛冶さんはそれを聞いてから、少し思案して、オレの方を見た。

「……西雲君はその条件を呑んだからここにいるって事だよね?」

「まあ、そうですね。元々、功績とかはそこまで気にしていなかったのもあるんですけどね」

「その話を言われたのはいつ? 裁判の辺り?」

「いえ、小学六年の時ですが、裁判に関してはわりと大きな事でもあったのと、会長に振られた話だったので。どのみちオレの功績にするつもりもなかったんです。

 依頼先もオレ自身ではなく、この学校でしたし……」

「それをどう言っていいのか分からないけど、君の行動だというのに、君が評価されなくて本当にいいの?」

「まあ、そこまで功績に興味がないので……」

 本当に功績とかに興味はない。オレは自分のできる事をしただけで、それが褒め称えられる必要はないと思う。

 それが読み取れたのか、鍛冶さんは大きな溜め息を吐いた。

「君自身が大損するかもしれないんだよ?」

「はあ、まあ、可能性としては否定できないかもしれませんけど、オレ自身が身を削る事はほとんどないんで、大丈夫だと思いますよ」

「今回のこの件は? 対価は君が払うんだろう?」

「あ~……、まあ、そうですね。人魚の涙が使えないのは確かに痛いですね」

 全く使えないわけではないんだろうけど、これをお金に変えると色々面倒になりそうだし、使わない方がいいんだろう。

「君、その人魚の涙の価値は分かっているのかい?」

「取り敢えず、佐々山君……えっと、現在、生徒会に佐々山家の令息が在籍しているんですが、その子に大体の金額は提示されましたよ」

 あれは信じられない金額だと思うんだけどなぁ……。

「佐々山……。あまりそこと取引するのはおススメしないよ」

「えっと?」

「あそこはあくどいからね」

「ああ、そういう意味ですか。まあ、取引はするつもりはないんで大丈夫です」

「そう。深くは聞かないけど、見積もりはそこまで間違ってないと思うよ」

「う~ん。それはそれで、こんな大金に変わる代物は持ちたくないんですけどね」

「そう言われても、こっちも困るんだけどね」

「まあ、そうですよね」

「と言うか、内海に作るように指示されていたのなら、対価になるようなものも作らされたんじゃないのかい? いくつか木箱が残っていたように思うけど?」

 鍛冶さんは引き出しの中身をちゃんと見ていたようでそう言ってきた。

「そうですね。今回言われた素材以外も作らされましたが、それにどれくらい価値があるかまではちょっと……」

「その価値は今視てあげるから、出してごらん?」

 鍛冶さんにそう言われ、オレは残りの中身入りの箱を全て取り出し、蓋を開けた。

 鍛冶さんは中身を見て、一瞬固まったが、一つ一つ丁寧に視始めた。

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